第2章 老練の凄腕冒険者と帰りを待つ受付 4
前回のあらすじ:ディーテさんの話を聞いて、俺は新たな花火を作ることを決意する。街の南で見つけたのは新たな花火の材料だった。
第2章4話です。
南のサウザン家を訪れてから数日、俺は今までの打ち上げ花火とは違う花火の作成に取り組んでいた。
厳密にいえば、今までに手に入れてた材料でも作ることはできたのだが、日本古来のそれを作るためには松が必要不可欠だったのだ。
そう、線香花火を作るには。
最も単純な線香花火を作るのなら、火薬と和紙さえあれば作ることはできる。ただ、打ち上げ花火と線香花火では使う火薬の配合は異なっている。美しい線香花火を作るためには松煙という、松の期の切り株を焼いたときに出るすすが重要なのだ。
この松煙は普通の炭より"燃えにくい"性質を持った炭だと思ってもらえば良い。線香花火の一番の魅力であるあの火花散る火球、これができるのは松煙のおかげなのだ。
現在の日本でも松煙は非常に貴重なものになっていて、現在の線香花火のほとんどは松煙に似た別のものを使っている。昔ながらの線香花火を作ろうとすると、1本100円でも作ることはできなくなっているとも言われている。
しかし、この異世界において松はそれほど貴重な木材ではない。
だからこそ、松の切り株を容易に手に入れることができたし、伝統的な方法で線香花火を作ることができる。
……と思ったのだが、まだまだ問題は山積みだったのだ。
「う、うまくいかない……。」
線香花火は和紙の上に適当な火薬を適量のせた上で、適切な力加減で紙縒を作ることで完成する。ちなみに紙縒とは、和紙を端からくるくるねじって作る、七夕の飾りなどにも用いられているものである。
そもそも火薬の配合は多くが秘伝である上に、紙縒だって線香花火に適したように作るのは非常に器用さが要求されるのだ。
当然なのだが、現代の日本で失われつつあるその製法を俺が知っているはずがない。すべてが手探りの状況なのだ。
一つ作っては、火をつけてみて確認する。
「これじゃ全然だめだ。」
出来上がったのは、到底線香花火とは呼べない駄作。もう一度火薬の配合から考え直さないと。松煙の量がもう少し多い方が良いか?自問自答しながら一つまた一つと試作を繰り返す。
打ち上げ花火の時と違い、一つ作るのにかかる時間は長くない。けれど、俺自身が線香花火を作ったことも、作っていることを見たことないのもあって、思ったような本物を作ることができない。
どこかで妥協するべきなのかもしれないが、できることなら妥協はしたくない。俺なりに本物と呼ぶことができるくらいのものを何とか作るんだ。
決意とともに、現在の火薬の配合をメモして再び線香花火を作り始めた。そして、その試作を作る作業は毎日遅くまで続けられた。
悪戦苦闘すること数日、それなりに形にはなったもののまだ納得のいく出来でない俺は目の下に隈を作りながら作業をしていた。ここ数日は夜遅くまで作業し、朝早くに起きてまた作業というなかなか身体的にも精神的にもしんどい生活を送っている。
「うー、だー、あー。」
意味をなさないうめき声をあげて俺は地面に倒れこむ。
線香花火を作るという発想に思い至った時点で、こうなることは予想できていた。日本ですらまとめに職人がいなくなっているというのに、俺がそう簡単に作れるはずがない。
「随分と苦戦しているのね。」
不意に声がかけられる。俺は上体だけ起こして、声の方を向くと、冒険者協会の受付であるディーテさんの姿がそこにあった。
「ディーテさん?どうしてここに?」
一応ここはウェスタン家の所有している建物だ。冒険者協会の受付で、貴族でもないディーテさんが無断で入ってきたとは思えない。そうなると、誰かから許可をもらってきたはず。
ディーテさんに許可を与えるとなると……やはりフィーアさんだろうか?セバスチャンさんはウェスタン家の執事なのでそういった権限を持っているとは思えない。
「ここに入れてくれたのはフィーアちゃんよ。あなたがずっと出てこないから、心配してたわよ。」
う、もしかして何度か来たりしてたのだろうか。全く気付かなかった。いや、それにしてもなぜディーテさんに?
「あなたがウェスタン家の人にいろいろ言ったんでしょ?それでようやく協会の方も重い腰を上げてね。諸々の手続きのためにウェスタン家を訪れたの。そしたら、フィーアちゃんにこっちに行くように言われたのよね。それで、何を作ってたの?」
なるほど。フィーアさんは早速動いてくれたようだ。たったの数日でそれほど進展があったとは。
俺はディーテさんに花火のことを、そして今作っている線香花火のことを説明する。もう秘密にしておく必要はないだろう。俺が異世界から来た人間であることも併せて。
「……異世界なんてにわかには信じられないわね。でも、あの日空に上がった花火なら私も見たわ。多分町中の人間が見たんじゃない?あんなおっきいきれいなもの、初めて見たもの。」
そういって俺が作業していた机の方に近づいてまじまじと見つめる。
「これがその、センコウハナビ?」
「そうです。打ち上げ花火ほど派手なものではありませんが、これをアレスさんに見せようと思っています。」
俺は線香花火について詳しく、さらに、俺の"狙い"について説明した。俺がどんな思いでこの線香花火を作っているのか、を重点的に。
今の俺の思いを人に説明したのは初めてだ。セバスチャンさんにすら話していない。
「協会も動いてくれたおかげで、あの人を説得する材料はあるけど、確かにそれだけじゃあの人は止まらないわ。あの人の考えを根本的に変えないと。ありがとうね、そこまで考えてくれて。」
「気にしないでください。俺が好きでやってることですから。」
「あなた本当に変わっているのね。」
確かに変わっているだろう。そもそも異世界からやってきている時点で俺以上に変わった人間などいないのだから。常識も、価値観も、何もかもが違う。ただ、俺が人の助けになりたいと、ディーテさんの力になりたいと、そう思ったのだ。
そして、ディーテさんはうつむいて少し何か考える様子を見せる。しばらくして、ディーテさんは顔を上げる。その顔は何かの決意に満ちたような表情をしていた。
「ねえ、そのセンコウハナビって私も作れる?」
第2章4話いかがだったでしょうか。あまりに長くなるので省略しましたが、伝統的な線香花火には和紙の質も重要です。和紙の質・火薬の配合・紙縒など、今の日本で失われつつある伝統が詰まっていると個人的には思っています。
次回更新は10/14(金)になります。読んでいただけたら嬉しいです。