90話 騎士狩祭
逞しい街だ。
僕が最初にイヴォルに抱いた感想はそれだった。街の作りの頑丈さもそうだが、何より活気がある。屈強な騎士見習いと思われる人々もそうだが、それだけではなく、武器屋、防具屋も賑わっており、何かあればすぐに駆けつけられるように騎士も巡回をしている。それに萎縮しないのだから、大したものだと思う。
人が苦手なフラウは兜を被ってもう外から見たら誰だかわからない。
「俺達はどうしても目立つ。セレーナと一緒にゼクシムを城に連れていかなければ……」
そうラドが言った矢先にーー
「おいちょっとあんた! もしかして伝説の旅人、ゼクシムさんじゃないか?」
師匠に声がかかった。
「確かに俺はゼクシムだ。悪いが俺はあんたを知らないのだが……」
「罪人の悪名が広がっているのかもな。まったく手間がかかるやつだ。俺が話してやる。守護騎士が同行していると話せば安心するだろう。これに懲りたらさっさと城に向かえーー」
「ゼクシムさん! サインください。貴方様は我々の中で英雄なんだよ!」
「なんだ、ゼクシムさんがいるのか?」
声を聞きつけ、人が集まってきた。
「英雄? 俺はとても助けられはしたが、そんな凄いことをこの街でした覚えはないが……」
「してます! してます! 優勝ですよ! 騎士狩祭で小さな女の子と一緒の組み合わせで狩人側で優勝したじゃないですか!」
師匠は腕を組んで考え込んでいる。
話の流れから狩人というのは騎士ではない、というところまではわかるのだがーー
「レノンくん。難しい顔しているね。狩人っていうのは騎士見習いみたいなものよ。言うなれば順番が逆で、イヴォルの狩人の制度を騎士見習いとして広めたと言う感じだけどね」
セレーナが教えてくれた。僕がなるほど、と思ったのと同時に師匠も思い出したみたいでーー
「サキと組んで優勝した大会か。そんな大会もあったな。あの賞金には助けられた。こちらも感謝している」
(あんなのお安い御用よ。ちょちょいのちょいで片がついたわ)
師匠の言うことは少しズレているが、話が通じているかつ、このイヴォルの街では嫌われていないようだ。
「今年もやるのか? 賞金が出るなら参加するが……」
「それが狩人側は一度優勝した人はもう出られないんですよ。騎士は勝っても年数制限超えるまで毎年出るくせに……!」
「騎士狩祭ーーもちろん聞いた事があるが、あれはイヴォルの騎士に狩人が立ち向かうものだ。旅人はどこからでも参加でき、騎士はイヴォルのみとなれば毎年同じ騎士が出るのも趣旨とズレていないだろう」
ラドはいつも通り淡々と正論を語る。
「でもそのせいで俺達狩人はもうゼクシムさん以来勝てていないんだ。騎士マクルスって奴が強過ぎて……ゼクシムさん強い人誰か知っていませんか?」
「強い者なら知っているぞ。ここにいる皆強いからな」
師匠はハッキリとそう言った。
「俺とセレーナは駄目だ。よその騎士だからな。それにオウムも普通に考えて無理だろう」
「差別だゾ。これでも上級魔物だゾ」
「群れで戦う恐ろしさで上級だと認められているのだと思うがなーーではなく、魔物は参加できないだろう」
「頭ではわかっているんだゾ。ここに居させてもらえるだけで感謝しているんだゾ」
「だったらそこの二人は?」
狩人が、聞くと師匠は答える。
「そこの全身鎧の子は強いな。事情があるが、騎士ではない。参加条件を満たしているはずだ」
うおおおおおおおおと歓声が挙がる。
「え、その、私は、その……」
とても参加したくないと言いたげで、僕が断ろうとした瞬間ーー
「そう言えば賞金と一緒に辺境伯から直々に現役時代の剣の複製品も貰えるな」
「えっ!? 直々に……! そうなんですか! で、でも……」
フラウは食い気味に言ってしまったが、悩んでいるようだ。
「お父さんに直接会うのは簡単かもしれないゾ。でも強くなったところを見せたら喜ぶと思うゾ」
パロは小さく耳打ちした。
「一人は決定だな。それでその子も強いんだろ?」
狩人のおじさんは僕を指して言った。
「勿論だ。こちらに危機が訪れたときに心強い」
(私は優勝しているけど、これなら大丈夫よね)
二人共勝手な事を言っているが、
「そ、そんなことないですよ……僕なんか全然弱くて役に立たないので、そんな皆様の期待通りの活躍なんか出来ませんよ……」
「レノンは強敵にも立ち向かっているし、どうしたら勝てるかを見つけてくれるから、とっても頼りになるよ!」
フラウはそう言ってくれるが、魔境を越える際に出ようと思っても止められたことから、僕は自信を喪失していた。
「そんな、高く評価し過ぎだよ……僕なんて、杖なし魔法も安定していないし……」
「となると、だが困ったな。騎士狩祭は二人一組だからなぁ……」
狩人のおじさんが困ったように頭を掻く。
「そ、その……レノンが出てくれるなら……」
フラウは小さい声で言った。
(ほら、言われているわよ。ここで出なかったらフラウちゃんは誰とも知らない人と組まなきゃいけなくなるんだし、諦めて参加しなさい)
自分には自信はないが、サキの言う通りだ。もしフラウが他の人と組むことになって、大会途中でシーザー辺境伯の娘だとバレてしまったら大変なことになりかねない。
「あと、これでも僕、従騎士ですよ?」
「騎士狩祭では、騎士側は騎士しか参加できないが、狩人側で参加する従騎士もいるぞむしろ従騎士なら心強いな」
(どうしたの? いつもなら自分から参加させてくださいって言うところでしょうに)
サキは少し不審に思ったような口調で言ってくる。ダメだ。サキが協力してくれているのに、自分の魔法に自信がないなんて言えない。
「ーーわ、わかりました。僕、参加します……」
騎士と戦うことに不安を覚えるが、僕はそう答える。
「じゃあ二人で参加で決定だな。今年こそ狩人の優勝だ! 期待しているぜ!」
この後会場で正式に受付を済ませた。その間に師匠は、守護騎士の二人と共に城に連行されていった。フラウは『シロガネ』という別の名前で参加することになった。ひと段落ついたと思った時、辺りを見渡すと見た事がある人を見つけた。向こうも気づいたらしく、こっちに近寄ってきた。
「おや、レノンくん。こんなところで会うなんて奇遇だね」
(奇遇というか待ち伏せね。面倒なことになりそうだわ……)
胡散臭い商人。ギンの姿があった。
「レノンくんも騎士狩祭に参加するのかな?」
「はい……一応そうですが……」
「歯切れが悪いね。もしかして自信がないのかい?」
「一緒にいる人は皆強いのに僕だけ弱いので……」
「そうかー、レノンくんなら鍛錬ついでに私の魔物の素材集めの依頼もしてくれると思ったのになー、あっ!」
ギンはわざとらしく声をあげる。
「そう言う事なら、ジャジャーン! この帽子、どうだい?」
ギンはそう言うと、黒い三角帽を取り出して僕に見せてきた。
「帽子……ですか?」
「ただの帽子じゃないよ。ハクお手製のサキの魔力に反応する帽子だ。いろいろな事ができるよ。どうだい?欲しくはないかな?」
「ハクさんが……買います! いくらですか!?」
「簡単な説明書付きで今なら無料でお試しができるよ。ちょっと慣れるまでは扱いが難しいからね。とりあえず渡しておこう、はいっと」
ギンは品物を簡単に僕に手渡すと去って行ったーーと思ったら戻ってきた。
「欲しい素材は、水晶亀の甲羅さ。どれくらい集められるかはレノンくんの腕とやる気次第だけど、きっとレノンくんなら私の為に集めてくれると信じているよ。だって私は協力的な商人だからね。取引は騎士狩祭の初戦の前日、夕方にここで待ち合わせだ」
一方的に喋ると今度こそ去っていった。
買うとしたらいくらなんだろうと思いつつ、渡されたものに目をやる。それにしても説明書と言われて渡されたこの本、凄く魔法の本みたいで格好良い。流石ハクさん。デザインの才能もある。
「ハクさんが作っているんだ。きっと色々できるはず。上手く使いこなせるように練習しなきゃ!」
僕はこれで強くなれるならと帽子を被り、グッと手を握った。




