86話 創作の蛇神
「ええい、どうせやつもボロボロだ! セレーナ! 行ってしまえ! オマエ達! 苦し紛れの攻撃なんかに絶対に当たるなよ!」
「セレーナ……」
少女は彼女の元に駆け寄って申し訳なさそうにその名を呼ぶ。
「お嬢様。一度の魔法で大量の魔力を放出するのは、まだまだ未熟なご様子でーー」
セレーナはフラウの横に立ち、肩に触れる。
「うん……ごめん。私の魔法じゃダメみたい……」
自らの非力さを悔やむ少女に騎士は言った。
「鱗が剥がれたところから突き刺して流しますよ。良いですね?」
「で、でも私じゃまた上手くいかないよ。ゼクシムさんみたいに決められないし、時間もかかるし、その間皆戦い続けなきゃいけないし、もしそのせいで誰かが怪我をしちゃったら……」
自信を喪失し、そう弱音を吐くが、セレーナはその肩を離さなかった。
「お嬢様。いいえ、騎士フラウ。先輩騎士として少々厳しい事を申しますね」
フラウは驚いて声を出さずに頷く。
「騎士の使命とは訓練のように上手くいくものではありません。華麗に完璧に決める事が美徳だと母上から教わったかもしれませんーー」
「うん……」
「ですが、我々騎士に求められる事は、確実に使命を果たす事です。出来なかったら残念でしたで終わりとはいかないのです。今回の場合で言えば、我々が出来なければティマルスは崩壊します。大切な人が死にます。それで良いのですか?」
その問いかけに対して少女は首を振る。
「代わりがいないのです。困ったら下がって待っていれば、答えを見つけて代わりにやってくれる人なんて、いつも横には居てくれないんです! なので、例えあれを滅多刺しにしようと、時間がかかろうと、返り血で血塗れになろうと、打ち倒さなければならないのです。何が一番果たすべき目的なのか、分かりますね?」
「ティマルスを救う事。大切な人を、守る事……!」
「そうです。それさえ分かれば、行けますね?」
「うん……! そうだよね。ごーーありがとうセレーナ。行こう!」
「はい!」
セレーナとフラウ、それぞれ前方と後方の緑と黒の鱗の境目に分かれる。そして剣の先端を光らせ、蛇神の身に突き刺した。
「刺さった!」
「それならーー」
「グギャ……ギャアアアア……!」
雷がその身の内側で鳴り響く。その度に尻尾や口が開く。たとえ一撃で流れる血が紙で指を切った程度であっても、散らす鱗が流れた汗の粒と同じであっても、彼女達は諦めずに続けていく。
「効いている!」
次の一撃は弱まるどころか自信に繋がって強くなっていく。
「凄い! お魚捌いてるみたいだよ! どんどん取れていく!」
その表現もあながちおかしいものでもない。手際の良さは美しく、舞うように散らしていっているのだ。
「完全に麻痺して足の動きも止まっていますね。その太い足も偽物です。蛇なので。胴から生えているように見えますが、実は繋ぎ目があります」
「そんなのあるの? ここからだと見えないけど……」
「鱗がある時は隠れていましたし、すぐ目の前で見ないと分からないかと思いますが、確かにあるんです!」
「あるんだね!」
「そこを斬れば切断……正しく言えば分離出来ます!」
「斬れるんだね!」
巫女が言った後、イリューゲは驚いた顔をするが、その後に繰り返す。
(凄く強引な気がするけど……本当に繋ぎ目なんか都合良くあるのかしら……?)
(違うよサキ。都合良くなんかない。本来あの蛇神には繋ぎ目なんてないんだーー)
(ないの!? じゃあダメじゃない! 教えてあげないとーー)
(だから今、作ったんだ。イリューゲが自分自身で、蛇神にはあるとそう信じたから!)
(そんな魔法みたいな事……!)
(魔法は魔力と想像ーーだから魔力がなくても、心を動かせれば……変えられる!)
「足を斬るぞ! 切れ目がある……はずだ! ラド! 後もう一人ーー」
指揮長が辺りを見渡す。
「俺が行こうーー暇を持て余している」
「オマエは魔力の配分を考えろ!」
「ならばゼクシムが斬りに向かう前に終わらせれば良いなーー」
騎士は剣を抜く。そして四本炎の槍を降らせる。その槍は正確に足元に突き刺さる。
「ーーここか」
ラドは二人の騎士の攻撃を妨げる事なくその場に移る。そして両手で剣を持ち、全力で斬りつける。手本のような一撃で見事に切断された。
「グウゥーー」
「反応が遅い!」
既に次、その次と進んでおりーー
「アアアアアァァ!?」
その巨大な胴体が音を立てて地に着いた時、支える四肢は一本たりとも残ってはいなかった。
「騎士さん凄い!」
「ええ……! 本当に凄いです! 皆様!」
二人はその早業、技量に歓声を上げる。
「首が地面に着いたよ!」
「尻尾もです! 一気にいきましょう!」
二人は持ち上げられていた部位の元に行く。
「グゲガアアアアア!!」
突き刺しても貫けない程太い首、そして尻尾に剣を突き刺し、同時に電撃を放つ。その悲鳴を上げた身体は浮き上がり、尾から首までの黒鱗は取り払われた。
「……何!? それは何故、どういう事ですか!?」
「指揮長! どうされましたか!」
「セレーナ! 退け! ご自身と森の加護を弱めてまで、王が直々に裁きを下す事を決断された!」
「ーーはい! お願いします!」
セレーナは指示通り後退するとーー
「グゴォンガアアアアアァァ!!」
天から雷が放たれた。激しい光に目を開けてはいられなかったが、森が色を取り戻した時、唖然とした。
その衝撃は周囲の草木が生きていた事を忘れさせる程のもので、蛇神の顔の鱗、そして頭……頑丈な角さえも全て消し飛ばした。蛇神の頭は、為す術なくその頭を地に伏せる他なかった。
「死んだの……かな? でもまだビクビク動いている……」
「死んでいませんよ。翼、鱗、四肢、角と全ての装備を捥がれたとしても、全身が切り傷だらけになろうとも、身体が繋がっているのなら、蛇は執念深く生き残り続けますーー」
「そんな! 化け物だよ!」
「そして今まで最も自身に傷を負わせた者の名前を声に出しながら、何があろうとそいつだけは殺してやろうと起き上がるのです」
「今までで一番……?」
「ゼクシムでしょう。蛇神との戦いでは、いつも参戦し、遂には、たった一人でも抑え込まれたのですから……!」
(シーナさん! 蛇の演出だとしても容赦なさ過ぎよ!)
「ゼクシム……!」
少年はその男の名前を呟いた。
「ゼクシム……ゼクシム……!」
本当に蛇の姿と等しくなった蛇神は、自らの胴体を持ち上げながらその名前を恨み言のように呟いた。
「蛇が……喋った!?」
「俺の名前かーー」
「全員ゼクシムから離れろ! そして全員で可能な限りあいつを強化しろ!」
「はい!」
全員がそれに答えた。これで蛇が戦うべき相手は絞られた。もうやつの目にはその男しか映らない。
「貴様とも、これで最後だな……」
彼は右手を伸ばし、そこの風を掴み、纏めて剣とする。
「確実に仕留めろよ」
その剣に炎の荒々しさが加わる。
「ーーお願いします!」
更に雷の激しさが加わる。
「ヴヴヴヴゥゥゥ!!」
その剣の周りに数本の光線を加え、
「オレ達も追い風をくれてやる!」
「だゾ!」
更に更に風の勢いを足す。
「師匠! お願いします!」
「その全てを、あいつに……!」
「兄ちゃん頑張れー!」
「その一撃で、ティマルスを救ってください!」
僕達も声をかける。そして蛇が大きく口を開く。
「ゼクシム……決めて!」
師匠の身体が光り始め、その剣も周りの力も合わせて巨大化し、更なる輝きを放つ。
「ああ、受け取った……! ティマルスを内から滅ぼさんとした創作の蛇神よーー」
「ゼクシム……ゼクシムゼクシムゼクシムゼクシムゥゥゥアアアアアァァ!!」
蛇神は全身を使って勢いをつけ、縦からでも呑み込める程の口の大きさに広げ、飛びかかってくる。
「この一撃で……貴様が滅べ!」
その蛇神の口にその剣を突き刺し、切り裂いてーー
(ゼクシム! 逃がさないで! いっけえええええええ!!)
「ぐおおおおおおおおおおおおおーー」
その身体を引き裂きながら駆け抜けていく。その一撃から逃れる事など許さず、ただ果てのみを目指す。
裂かれた身体は風に従って彼が進むべき道を開け、先へ、先へと切り開かれていきーー
「これで……終わりだああああああああああ!!」
「アアアアアアアアアアアアアァァァ……」
その声がティマルスに響き渡った時、遂に尾の果てまでーー遂にその化け物を両断した。
「あ、あんなに大きかった蛇神を真っ二つに……!」
少年はその様をありのままに見て驚き、他でもない彼の口で言った。切り捨てられたその身体は、既に一挙動すら生命の活動を感じさせない。
「イリューゲ、これで蛇神はーー」
巫女は問いかける。
「うん! これなら絶対にーーもう逃げも出来ない! 蛇神は、完全に死んだんだ!」
(イリューゲ自身が言ったって事は……!)
「幻の竜を、完全に倒したんだ!」
その瞬間蛇神の身体が薄くなり、跡形もなく消え去った。
「やりました! やりましたよー!」
僕も巫女も両手を突き上げて叫ぶと、他の全員からも歓喜の声が上がった。
「巫女様、ありがとうございます!」
「ザックー! 私こそありがとうございます! あなたの伝心での補助のお陰です!」
そう言って巫女は喜びのあまりザックに飛びついた。
「おわっ! 巫女様! 嬉しいお気持ちは分かりますが落ち着いてくださいって! バロンも助けろって!」
慌てるザックを横目にバロンは勝利の遠吠えを上げていた。そして振り向くと今度は導師を見つけたのか走っていき、
「爺様! 終わったんですよ爺様! 私達全員で、遂に終わらせたんです!」
四つ脚のヤギに戻り、膝をついて座り込む導師の毛を引っ張って巫女は言う。導師は流し目をして疲れ果てたという様子で息を吐いた。
「今なら弄り放題かー?」
指揮長も導師の角に止まってそんな事を言っている。
「巫女様、凄い嬉しそうだね」
(本当ね! だってずっと頑張ってきていたからーー)
「レノン!」
「おっとーー」
フラウは僕を引っ張って騎士の元に連れていくいく。
「セレーナ! ラドも! やった、やったよー!」
(こんなに良い顔しちゃってーー)
彼女は呼んだ全員を抱きしめて輝く笑顔を見せた。セレーナはふと横を見て、
「ゼクシムも来なよ!」
一人で座り込んでいる師匠に向けて言った。
「俺はーー」
「オマエも行くんだゾ」
「おいちょっと待て!」
パロが肩を掴んで立ち上がらせた後、蹴飛ばして僕達のところへ送り込む。そしてその勢いのまま倒れ込んだ。
「危ねえだろ! 何やってんだ!」
「俺はもう動けないと言おうとした」
そんな師匠の表情を見たラドは、
「……疲れたな。お前は完全にやり切った」
そう言って師匠の肩を叩いた。
「ラドがもう言い返せないなんて」
「本当ですね!」
僕達は喜び、このティマルスにいて一番笑った。