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天才魔女との憑依同盟  作者: アサオニシサル
4章 邂逅の悪魔と幻の竜
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85話 幻想の竜神

(ヤルキって何? まさか殺る気ってやつなの!?)

「何それ!? えっとつまりーーどういう事ですか!?」


 走る師匠に急に抱えられた僕は訳が分からず聞くことしか出来ない。その瞬間光の線が横切る。


「うわっ!? これは間違いなく……!」

「いえ、私達を殺そうとしているのではありません! ただーー」

「この魔法って! もしかしてまたあの悪い導師がいるの!? で、でもそんなやつ……竜神様がきっと、やっつけてくれるよーーうっ……!」


 その瞬間、イリューゲの身体が強い光を放ち始める。


「巫女様! 創造魔法です! 竜がまたーー」

「だが今の魔力量ではあれ程の竜はーー何だこれは……! サキみたいに急に増え始めたぞ!?」

「想定内です! これは竜を呼び出すための作戦……! 今度こそ、終わらせます……! なのでもう一度だけ、私達に力を貸してください!」

「なるほど、最後かーー」


 巫女の言葉に反応し、立ち止まる男が一人。


「それならもう、逃げる必要はないな」


 そう言って僕をバロンに乗せた。


「よし、戦えるやつはここで止まれ! 導師は後ろから竜を叩くーー今回は味方だから安心しろ! そして巫女は十分距離を取れ! バロンも女子供二、三人くらいでへばるなよ? 青年は頑張って走れ!」

「ザックさん走らせてすみません! 頑張ってついてきてください!」

「無茶言うなよ! くっそ……!」

「すみません……辛いなら、私降りましょうか……?」


 巫女が申し訳なさそうな顔をして彼に聞く。


「あっ……いえいえ! 走ります! 走りますよ俺!」

「はい! お願いします!」


 巫女は満面の笑みで答えた。


「ではバロンも、お願いします!」

「バウ!」


 元気良く返事すると彼も走り出す。そして少し離れ、なおかつ竜がまだはっきり見えるところで、


「ーー止まってください!」


 巫女が宣言する。すると足を止め、向き直り竜を見る。


「ギョワアアアアアァァ!?」


 早速師匠が飛び出して風の剣を頭に叩きつけていた。怯んだところに狙いすましたように空から一点光線が放たれる。それは白い翼膜に直撃した。


「なんで止まっちゃうの……? 逃げなきゃ危なーー」

「イリューゲ」

「な、何? 巫女様」


 巫女は優しく少年に語りかける。上を向いて目を合わせ、彼女の言葉を待つ。


「あなたにはあれが竜神様に見えますか?」

「なんで? あれは竜神様だよ」

「婆ちゃんがイリューゲと一緒に見て、そう言っていたのですか?」

「本物は見た事ないけど……婆ちゃんが見せてくれた絵と同じだよ!」


 少年は強気に訴えた。


(やっぱりあの絵を再現していたのね!)

(よく似ていたしね……!)


 説明の時に口からは出さなかったが、これも気づいた要因の一つ。やっぱり最初見たやつの印象は、間違いではなかった。


「確かに一見竜神様に見えますね。ですが私には分かりますーーあれは竜神様ではありませんね」

「なんで!? ちゃんと竜神様の姿をしているし、悪者の導師を退治しようとしているのに!」

「違うところと言えば……そうですねーーあの竜の背中には何が見えますか?」

「背中? うーん……よく見えないや……」


 巫女の問いに少年は目を凝らす。そのやり取りの直後、


「転倒させろ!」


 指揮長が声を張る。踏み潰そうと前足を上げたところで、師匠がその中に潜り込み、後足めがけて風の剣を振るった。


「くっ……無理矢理だと足りないかーー」

「こうだ!」


 全速力で走ってきたラドが勢いそのままに槍で追撃をする。竜は鈍い声を出し、大きな音を出しながら倒れ込んだ。


(そうやってすぐ無茶して……!)


 サキは悪態をついたが、ラドに連れられて無事に退避出来たようだ。


「あっ! 黒い鱗が見えるよ!」

「白く光を発している長い棘は見えませんでしたか?」

「ううん、どこも真っ黒だった」


 巫女は軽く口角を上げた。


「ーーそれはおかしいですね。竜神様は裁きを下す神様です。神の裁きとは雷で下すもの。ですがその棘がないと雷を発する事が出来ないと思うのですが?」

「雷? 炎じゃなくて?」

「ええ、竜神様は天を支配する神。悪者を裁くために風や雷で嵐を起こすーーそう、天気さえも思い通りに変えてしまえるのです。時々山に向けて火を吹く事もありますが、天気を自在に操れるのに雷を操らない訳がありません。今までこの竜が雷を使った事はありましたっけ?」

「ないけど……それ、本当なの?」


 まだ疑いの目を持って少年は尋ねる。


「私は巫女ーー竜神様に向けて祈りを捧げますし、竜神様の事ならこのティマルスの中で最も詳しい存在なのですよ?」

「そうだけど……」

「本物の格好良い姿も知っていますし、羽ばたく度にあちこちで閃光が走る事も、翼を広げたらどれだけ大きいのかもです。更に数々の悪い魔物との戦いを繰り広げた伝説も知っていますよ」

「えーっ!? どんな魔物と戦ったの? 一番強かったやつにはどうやって勝ったの? ねぇ教えて!」


 身を乗り出して彼は聞く。


「本当の話を知るという事は……私の話を信じてくれますか?」

「うん! 巫女様の中でも、竜神様の事は信じる! だってバッチバチの方が格好良いもん!」

「そうですよね! 絶対に本物の竜神様の方が格好良いんですよ!」

「よし、これが終わったら巫女様から貸していただいた本を一緒に読むか」

「うん! やったー!」


 ザックはイリューゲの頭を撫でた。そして巫女と目配せをして頷いた。


「じゃああいつは何? 竜神様に似ているけど、違うやつなの?」

(お? これはーー)

(イリューゲの考えが変わったわ!)


 流石巫女様。僕の曖昧な案からここまで練り上げて上手く進めるとは。


「はい。あれは竜神様ではありませんーー何せ竜神様は一番偉い神様なので、一番忙しいのです。急に天気が変わった時などに、その力のほんの一部を感じる事が出来ますが、こんな些細な小悪党共のために姿を見せるような神様ではないのですよ」

「婆ちゃんが悪いやつって言ったようなやつが小悪党なら、どんな悪い事をしたら来るの?」

「直接私達の世界にまで降りてきて姿を見せるとなると……それはイリューゲの想像を絶するような事です! まだ子どものあなたが聞いてしまったら、驚きで耐えきれずに死んでしまうような……! それでも、イリューゲは聞きたいのですか……?」

「嫌だー! そんなの聞きたくないー!」


 彼はそう言って勢いよく首を振った。


「では今は止めておきましょう。それではあれは竜神様ではないという事は分かりましたか?」

「うん! じゃああの竜は何なの?」

「そうですね……本来竜神様やその子孫たる飛竜の喉元に存在する逆鱗すらないあの化け物は竜にあらず! あれは竜神様に成り代わろうとした邪神の蛇ーー即ち蛇神じゃしんです!」

「蛇神……!」

「竜神様を倒し、ティマルスを我が物にしようとした蛇の神ーー大昔に竜神様に敗れた後、復活の時まで地の底でティマルスの大地の力を吸っていたのです……!」

「図鑑で読んだ事ある! 土に潜って眠るなんてやっぱり蛇だ!」


 少年は手を挙げながら大きな声で言った。


「流石、イリューゲは博識ですね。土で眠る蛇に本来翼などあったのでしょうか?」

「ないけど……今目の前にいるあいつにはあるよ?」


 巫女はあくまで余裕を崩さず、ふっ、と笑って口を開く。


「本来蛇とは地を這うもの。しかし天を司る竜神様に並び立つためには、自らに翼を足す必要がありました。そのため愚かにも蛇神は、竜神様の子孫たる飛竜の翼を模したのです」

「飛竜のを!? でも、どうすれば良いの……?」

「この翼など所詮後から付け足したもの。本来生えているものではありません。故に蛇は空を舞えど、其を司るには至らず。空の異常……とてつもなく強い風に煽られれば、飛膜は破れずとも根元から千切れるはずですーーそれを祈りましょう」

「うん、わかった!」


 そして巫女は指揮長を見る。


「風だ! ラドとフラウで前線を支える。後ろに目を向けさせるな! セレーナはあの二人が持ち堪えられるように集中しろ! りゅ……蛇神を吹き飛ばす程の風を起こせ!」

「お嬢様ーー」

「ラド!」


 二人は呼び合いーー


「リューナの騎士の力でも竜を抑えられるという事を証明しましょう!」

「ーーうん!」


 拳をぶつけ合って音を鳴らすと、二手に分かれて駆け出した。


「風か。そう来れば俺だな。俺に続け!」


 師匠がそう叫んで右腕を前に掲げると、蛇神の足元にその影すら呑み込む程に巨大な魔法陣が描かれる。そこから今まで見た事がない程の大きさの竜巻が作り出された。


「オレの分野でもあるからな!」

「指揮長! オレも手伝うゾ!」


 指揮長も獅子の型に姿を変え、パロも巨大化する。そして二羽はその巨大な翼を目一杯開く。そこから力強く羽ばたくと、巨大な竜巻を発生させた。


「ヴヴヴゥゥ……」


 導師も自身が身につけた翼を巨大化させる。


「ヴヴォオオオアアアァァ!!」


 飛竜が飛び立つが如く勢いから繰り出された風を、自身の魔法で束ねて渦とした。


「グギャアアアアア!!」


 突然現れた竜巻に巻き込まれた蛇神は、怒りの声を上げるも、抗うだけで精一杯のようで、持ち上げられそうな四肢を地に降ろそうとしている。


「ゼクシム以外は離れろ! 巻き込まれるぞ!」


 指示に従って全員が退避する。


「魔力の流れーー読めたぞ!」


 歯を見せて笑った師匠は、掲げた右手を一気に強く握る。すると個々ですら強大な個々の竜巻が合わさり、一つの超巨大な竜巻へと昇華された。


「グググ……グガアアアアアア!?」


 その威力は絶大なものだった。今までは何とか持ち堪えられていたあの図体を遂に持ち上げたのだ。


「うぐぐぐぐぐぅ……!」

(こっちまで来てるって!)


 その余波は僕達まで襲いかかる。巫女はイリューゲが飛ばされないように抱きしめる。バロンが前に立ち、風除けとなった。


「イリューゲ! 覗いてみてください! ここまで強い風なら……!」

「ーーうん……! きっと出来るよ!」


 ーーその瞬間、


「ギャアアアアアアアアアア!!」

「つ、翼が……!」


 蛇神の鼓膜を破る程の悲鳴と共に、その一対の巨大な翼が捥がれ、吹き飛ばされた。


「やったあ! 出来た!」

「やりましたね!」


 巫女とイリューゲは抱き合いながら歓声を上げ、


「すげぇ……!」


 ザックは後ろに戻ってきたバロンの頭を軽く触って労いながらも声を漏らした。蛇神はその後、地面に叩きつけられた。


(こんな事ーー今までなら同じ強さの魔法でも起き得なかったかもしれないわ)

(イリューゲがあの翼が捥げると信じたからだ。これなら……勝てる!)

「本当に千切れるとはーー」


 前線に立つ者達も驚きながらその様を見て呟く。


「よーし、これで飛ぶ事はない! 陣形を元に戻せ!」


 指揮長の指示が響き渡る中、蛇神は唸り声を上げながらも起き上がる。大空と風で戦う力こそ失ったが、とにかく大きい鎧蜥蜴といった出で立ちで、未だに大地を強く踏みしめる。


「起き上がったよ!?」

「ええ、翼はあくまで後付けの装備です。無くなったからといって死に至らせるものではありませんから」

「じゃあどうすれば……!」

「あの全身を覆う黒い鱗。とても硬いですが、ギザギザしていますよね。あれも飛竜を模したものなのです」

「本当はどんな姿なの?」

「蛇とは地を這う存在。今は何故か足まで生えていますが、本来はその身体を引き摺りながら移動します。その中であのギザギザは動きづらく、適していません。本来の蛇の鱗は緑色、そして岩や鎧のようなものでなく、肌や皮のように柔軟で滑らか、地を這う事に適しているものなのです」

「じゃああれはなんで黒く変化しているの?」

「これも翼と同じです。上から貼りつけているだけなのですーーつまり、強い衝撃を全身に与え続ければくっついている部分を弾き飛ばせます。例えば身体を痙攣させ、動きを止めざるを得ない程痺れる電撃を受けた時、無理が生じて剥がれるでしょう」

「さっきも凄い風だったけど、兄ちゃん達出来るかな?」

「出来るはずです。鱗が剥がれるその様を見守りーー祈りましょう」


 巫女は祈る姿勢を取り、少年もその真似をする。その後、背中を摩って蛇神を見つめる。


「雷だ! ゼクシムとラドが前線に立て! 導師、フラウ、頼んだぞ!」

「は、はい!」


 フラウは指揮長の方を向き頷くと、剣を両手で持ち、目を閉じて祈りを捧げる。導師も力を蓄え、黒い雷の球体を生み出した。徐々に力を増して大きくなっていくと、その周囲に閃光が音を立てながら弾け出す。蛇神も迎い撃つために大きく口を開いたーーその時だった。


「グオオ……グググググゥゥ!?」


 大地から何本もの蔓が飛び出し、蛇神の顔に巻きつき始めると、その口を閉じさせた。


(この蔓って!)

「獣王様のだ!」


 口から放たれるはずの炎は、鼻から少量炎が噴き出すに留まった。いとも簡単に光の盾に阻まれる。


「なあなあ、これが獣王様の力か……! すげぇな……!」

「はい!」


 森の加護以外では初めてその力を見る彼は、僕の背中を叩きながら言った。蛇神は必死に前脚で蔓を切り裂いていたが、


「はああああああ!」


 時は満ちた。少女が力強く剣を振りかざすと、蛇神の背中に雷を落としーー


「ヴヴヴヴォアアアァァ!!」


 刮目し、蛇神を鋭い眼光で捉えると、走って勢いをつけながら巨大な黒雷の球体を放った。


(雷! 目が潰れるわ!)

(そうだった!)


 僕は咄嗟に目を瞑ると、それでもなお感じられる程強い光と、雷を近くで聞いたような轟音が鳴り続け、蛇神と激突した事を告げる。


「巫女様あ……!」

「ちょっとじっとしててくださいね……!」


 巫女は少年に覆い被さり、目を塞ぐ。


「でも音が……!」

「そ、それだけ強いって事です!」


 音が収まり、目を開けると黒雷を受けた腹の周辺から広がって右半身の黒鱗しか剥がれていなかった。


「全部とはいかないか……」

「ごめんなさい! 私が弱いせいでーー」

「言っても仕方がない! 導師! もう一発は……辛いか……」


 導師は片手を地面に着けて息を荒げる。全力ーー大分無茶をしたようで、そう気軽に言えるようなものでもないらしい。


「導師様……ごめんなさい……」

「俺が行こう。雷も操れる」

「ダメだ。全力の二発目、撃ち終わった後に導師みたいになられたら計画が崩れる!」


 師匠の提案に指揮長は首を横に振る。


「そうも言っていられる場合では……!」

「指揮長! 雷なら私も使えます! 前線に出ても良いですか?」


 フラウがひたすら謝り続ける中、セレーナが言った。


「……オマエが無事でないだろう。常に防御魔法と治癒魔法を使っている。前線に立ってあの鱗を全て突き破る雷など放つ事など不可能だ」


 その美しき顔に既に余裕はなく、魔法の使い過ぎで消耗しており、息も荒くなっている。


「……承知しております。私で全部は叶わないでしょう。ですがーー」


 それでも彼女は笑った。騎士団の華と呼ばれた優しい微笑みではなくーー


「私も長と名のある立場。人々の上に立つ者として、少女一人くらい、奮い立たせてみせましょう」


 勝利を己が力で手繰り寄せんとする戦士の笑いだった。

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