83話 迫る現実
「どういう事ですか!? 導師様に何が!?」
二匹の狼に巫女、僕とフラウと乗り、走り出した。
「導師様が例の魔力反応の対象を見つけたそうですが、それが子どもだったみたいでーー」
「子ども!? そんな強い魔力を持っているのにですか?」
(ティマルスにいるメイジスの子どもってーー)
(イリューゲ!?)
(かもしれないというだけだけど……)
事情は見てみないと分からない。だけどイリューゲは普通の少年に見えた。例え強い力を持っていたとしても、自ら進んで誰かを殺すような子ではないはずだ。
「それだけではありません。その子を庇っている並獣族と伝心狼が一組いるみたいで……」
「まさかーー」
「はい。爺様は彼らごと始末しようとしているみたいなんです……!」
「そんな!」
(導師の考えなら躊躇なく殺しにいくでしょうね。それが一番早いから)
確かに話通りなら、その子さえ殺してしまえば竜ももう出現する事はなくなるがーー邪魔者含めて全員とは、やり方が強引過ぎる。
(それでも庇っている人ごとなんて……)
(導師にそう言っても手を止めてくれないわ。やっぱり……)
戦わなくては聞いてもらえないか。
「くっ……!」
でも、とにかく止めなくてはーー
「待ってください。そ、それじゃあ、今幻の竜と戦っているのは……」
戸惑いながらもフラウが聞く。
「ゼクシム以外は……分かりません。セレーナもどちらも見ないといけないですし……」
「ラドが着けば……! お願い……!」
「ーー散って!」
狼が瞬時に左右に散らばる。その直後、空から一本の光線が降り注ぎ、大地を薙ぎ払う。
(今のって……!)
(導師の魔法だ)
あの光は前に見た。僕の魔法では相手にならない強さだったヤギも、一度あの光線を受けただけで戦闘を続ける事が出来なくなる程だ。生身で受けたらひとたまりもない。
「すぐそこにまで来ています! 皆様……力を貸してください!」
「はい!」
「レノン! あれ!」
フラウが指差す方角を見る。木と木の間から、羽ばたく竜の翼が見えた。
「幻の竜……!」
「まずはセレーナの元に!」
巫女はそう言ってセレーナを探す。そして竜と対面する師匠、その後ろにいた騎士の元に集まる。
「セレーナ!」
「巫女様! お嬢様にレノンくんまで!」
「状況を説明して。私はどこに行けば良い? ラドはこっちじゃないみたいだし、やっぱり竜の方?」
「現状は導師様と幻の竜を相手しています。竜は大丈夫です。導師様の方をお願いします」
「でも竜はゼクシムさん一人だけじゃーー」
「下がってください!」
セレーナはそう言った瞬間に自身の目の前に透明な壁を展開する。その直後、
「グギャアアアアアアアア!!」
空に響くは竜の悲鳴、地が与えるは轟音。音の正体を求めると、飛び上がった竜が地面に叩きつけられていた。
「これは……!?」
荒れ狂う風。その源に立つ男は、ただ一点、竜だけを見つめている。
「師匠、一人ですか? 加勢しましょうか!」
「はああああああああ!!」
着地した彼は叫びながら巨大な風の剣を振るう。放たれた刃で起き上がろうとした竜の足元を掬った。
「師匠? 師匠!」
聞こえていないようなので、声をかけたり手を振ってみたりしてみる。
「レノンくん」
「はい」
「今のゼクシムには聞こえないから……」
「ーーそうなんですか?」
「キュー!」
「おわっ!?」
一匹の輝石獣がセレーナの肩に飛び乗る。僕は驚いて彼が元々いた場所に目をやると、二匹の輝石獣がセレーナの後ろに隠れていた。
「輝石獣もゼクシムのために駆けつけて、この恐怖に立ち向かってくれています。それに彼自身、一度あの状態になったら、終わるまでは……だから、むしろ共闘は無理ね」
「このままで行けそうですか?」
ゼクシムの様子を見ながら、巫女は尋ねる。
「彼は死にませんし、私達が死なせません」
「あなたが言うのなら、お任せしますねーー」
「ここは私達にお任せを。ですが向こうが見れなくなってしまってーーもう少し奥の方です! そっちに逃げて、追っていったので!」
セレーナは常に師匠を目で追い続けながら話をしていたが、一瞬辺りを見た後、指で方角を示してくれた。
「ありがとう! セレーナ!」
「行きますよ!」
巫女のかけ声で僕達は大地を駆けるーーそして間もなくその姿は見つかった。
「ラド!」
「爺様! 止めてください!」
二人は声を上げる。背中に切り傷を負った導師は、一瞥するも答えはせず、両手で抱えるような構えをして巨大な黒雷の球体を作り出す。ラドは何本もの炎の槍を降らせて攻撃し、導師は雨水をやり過ごすように翼を巨大化させて防ぐ。
「それでは防げないぞ!」
彼は地面に刺さった槍の元に移動し、背後から追撃を加えようとする。導師はそれに反応し、飛び上がった。
「それも的だ!」
槍を導師に向けて投げつけようとしたとき、
「ヴオオオオオ!!」
「何!?」
既に魔法の準備は整っていた。その手には、彼でも抱えきれない程の大きさの黒雷の球体がーー
両手を前に突き出して放たれたそれは、一本の槍など軽くかき消すと、大地に何本もの稲妻を走らせ、そのまま砕いてみせた。
「くっ……足場ごと砕いてきたか……!」
後ろに跳躍してその場を逃れるーーが、制空権は翼を持つ者にあった。
空を蹴るように一度強く羽ばたいて勢いをつけると、矢のように一直線に向かっていく。そしてそのまま鎧に爪を突き立てた。
「ラド!」
「ぐはっ!?」
地面が轟き、煙が上がる。フラウが叫び、動き出したが、その時は既に遅かった。
「今助けーー嘘っ……!」
諦めずに間合いを詰めて抜刀したフラウは、驚いて呟くも斬りつけてみせた。
「グヴゥ……アアアァァ!!」
導師は何と、少女の一撃を避けなかった。顔を歪めて呻き声を出しながらも、ラドを突き飛ばし、木に叩きつけた。
「がはっーー」
「ヴヴヴヴゥ……」
その後、一度地面を蹴る仕草を取ると、木に衝突して伸びているラドに向かって突進し始めた。
「絶対に……!」
彼女は自身を強化し、間に割って入ってみせた。
「無茶です! 逃げてください!」
「守る!」
そして迫る。迫る。迫ってーー
「ああああああああああああ!!」
叫ぶ騎士と正面から衝突した。片方は金属を易々と貫いて、もう片方は金属を突き刺した。
「ラド! ラド!」
彼に横に退けられた少女は、騎士の名前を呼ぶ。
「ラド! 返事をしてください!」
「ラドさん……!」
「守るのは……私の、務めですから……」
真紅の鎧を自らの血で上塗りした守護騎士はその場に倒れ込んだ。
「ヴヴヴゥゥ……」
彼は唸りながら後退りすると、自らの背中まで突き刺さる剣を引き抜いた。その傷が光り出す。治癒魔法をかけているようだ。
「ラドさんーーうっ……!?」
(無茶ね。気持ちは分かるけどーー)
治癒魔法を使おうとするも、強烈な痛みで想像が掻き消される。魔法は機能しない。
「どうして、僕だけ……」
どうにかして、導師ともイリューゲとも話し合う時間を作りたいのにーー導師は剣を投げ捨て、爪を鳴らす。
何で僕も導師も傷を負っているのに、僕だけが戦えないんだ。
「行かせないーー私は戦える!」
フラウは険しい顔をして構える。導師は刺すような視線で見下し、右足を前に出した。
「まだ続けるんですか? 共に戦った仲間を殺してでも!?」
巫女は導師の前に立った。
「巫女様! 危なーー」
少女はその顔を見た途端に口が動かなくなった。その瞳の強さが、導師に劣っていなかったから。
「いいえ、殺す事になります。命を奪わなかったとしても、たとえ最終的に正しかったとしても、あなたの独裁的な決断は、苦悩する他の者の心を殺す事になります」
巫女は導師に言い放った。
「いいえ、仲間です。それぞれに異なる意図はありますし、過去の歴史、好き嫌いもありますが、少なくとも同じ目的を果たそうとしているこの間は仲間なのです。種族が違えど、損得だけでなく、絆が結ばれるのです」
「ヴヴヴヴゥゥゥ!!」
彼は地面に手を叩きつけた。しかし、その表情、視線は揺らぐ事はなかった。
「脅しでは意味がありませんよ。あなたは私と違って、その圧倒的な力で如何なる問題も解決してきました。しかし、自分の力だけでは通用しない時があるのです。それが今、私と、この幻の竜なのですーー」
「メイジスでも並獣族でも、子どもでも巫女でも変わりません。ティマルスの民を殺すという行為は、守護する獣王様のご威光に背く事となるでしょう。それでもなお己のみが正しいとお考えなら、その爪で切り裂いてください!」
「ヴガアアアアァァ!!」
「巫女様!」
導師は雄叫びと共に爪を前に突き出した。
「『獣王の守護は無いのか』ですか?」
空を切った手を戻した彼は頷いた。
「爺様が本気で殺そうとしないのですから、起きるわけないですよ。流石に爺様でも、獣王には逆らえませんよね?」
導師はまじまじと巫女の顔を見た後、目を閉じて去っていった。
「いつの話ですか。もう……」
「巫女様! 大丈夫ですか!?」
「こんなの大した事じゃないですよ。それより、幻の竜と怪我人の治療をーー」
「皆様ご無事ですか? ラド!」
セレーナの声がする。そして二人は、ラドを目に入れると駆け寄った。
「俺が治すか?」
「大丈夫よ。ラド、今治すから……!」
「そうだな。その方がラドも喜ぶだろう」
セレーナは治癒魔法をかける。みるみると傷が治っていく。手際が違う。流石リューナの医長だ。
「すみません。僕はまだ使えなくて……」
「仕方ないわ。でも無理に使おうとしないでね」
「はい……」
「導師様はどちらへ?」
治癒をしながらセレーナが聞く。
「獣王の元へ行きましたよ。直接決断を下してもらうと、だから次に竜が出るまでに、関係する者全員神殿まで連れて来いと言っていました」
「諦めてくれたわけじゃなかったんですね……」
「あの導師を曲げただけでも相当なものだ。その猶予を有効に使わせてもらおう」
「有効にーーはい。では戻りましょう。絆の森に戻れば指揮長に会えるはずですし、少年とも会えるでしょう」
全員立ち上がり、僕は狼に乗せてもらい、絆の森へと帰った。
「おいレノン、例の幻の竜の御一行だろ? こっちだーー」
「ザックさんーーという事は、子どもを庇った一組は、ザックさんとバロンさんですか?」
「ああ、そうだ。そして、例の子どもはーー」
「イリューゲですか」
「そうだ……ついこの間蜜の森で拾って飯も一緒に食った。一人じゃまだ満足に生きていけない歳のガキに対して、『竜の元凶故殺す。差し出せ』なんて言われてもな……信じられるかって……」
彼は若干戸惑っているようで、頭を掻きながら歯切れ悪く話していた。
「だが、俺の魔力察知が正しければーー」
「……その話は指揮長様からお聞きしました。やはりーー殺さなければいけないのでしょうか?」
「ザックーー」
「巫女様、失礼しまーー」
巫女は手を前に出して制止する。
「少年については、まだ答えは出ていません。彼を連れて皆で獣王様に会いに行きます。指揮長さんはどこにいますか?」
「こちらです! 部屋で仲間とその少年の様子を見てもらっていて、皆様が来られたら案内するようにと」
「では、お願いします」
「はっ」
彼は軽く礼をすると部屋まで案内してくれた。
「導師か?」
扉を開けた瞬間、指揮長が言った。
「違います。今はいないですよ」
巫女は答える。僕達が部屋に入ると、それぞれの椅子の背もたれに指揮長とパロが、そして毛皮の絨毯の上にバロンが横たわっており、それにもたれるようにイリューゲが眠っていた。
「なんだ巫女かーーどれだけやられた?」
「ラドが重傷、フラウはーー」
「大丈夫です。見向きもされなかったので……」
「俺は無事だ。セレーナは……怪我こそないから振る舞いで誤魔化しているが、過労で限界が来ているな」
「それはオマエも同じだゾ。一発貰ってきたって身体が言っているゾ」
パロは目敏く彼が紡いだ言葉と身体の解れを見つけ出し、そこをつつく。
(ーーその通りね。僅かにまで誤魔化して見せているけど、歩き方がぎこちないわ)
「師匠……そんな……!」
「……俺にはセレーナがいる。直撃を受ければ死ぬのだろうが、そこまで意外な動きはしない。慣れてしまえば前衛は俺一人でも持ち堪えられる。硬い鱗を貫かずとも、待っていれば勝手に消えるからな」
「そんな事言っていると次死ぬゾ。ところでその医長が一緒じゃないゾ。どこ行ったゾ?」
パロは首を傾げて問いかける。
「ちょっと準備してもらっています。限界が近いのは見抜けませんでしたが……彼が言った通り怪我をしていないのは確認しましたよ」
「導師も傷を負っているだろう。こちらもまだこれだけ戦力を残していれば、最悪やり合えるか……」
「戦いませんから! そんな事言って……指揮長さんの方は大丈夫なんですか? 二度程死んだと聞きましたよ?」
巫女は心配した様子で指揮長に聞く。
「勝手に殺すな。二度目はどうせ偽物、ヘイリースの部下が何かだろ」
「では一度目は?」
「音の森を襲撃された時は獣王様に救われた」
「ですが……その時には既に獣王様は……」
「話は最後まで聞くべきだぞ少年ーー」
「す、すみませんでした!」
僕が謝ると、指揮長は二度頷いた。
「ふんふん。素直でよろしいーー我々オウムは倒れられた獣王様を音の森で保護していた。その時の王は、神殿で結界も張れない状態だったからな。だから力を蓄えてもらっていたのだが……結局その少量の力さえオレのために使って助けてもらった」
「幻の竜もかなり攻め込んでいたのですね……」
「だが悪い話ばかりではなかったぞ? お陰でオレが死なずに死んだと敵が誤認し、竜が退いたという事実を見れたからな。お陰でオレは敵の仕組みを推測する事が出来たからな」
指揮長は自慢気に、雄弁に語った。
「危機から逆転の道を見出したのですね!」
「流石だ指揮長だゾ! 格好良いゾ!」
「……無事だと分かればそれで良いですよ。後で自伝でも書いてください」
「なに、オレがティマルスに貢献していた事がそんなに悔しかったのか?」
余裕そうな表情を見せている指揮長が、一歩一歩巫女に近寄りながらゆっくりと言った。
「う、煩いです! 心配してあげたのに、損しました! それより今、その先の話ですーー爺様から獣王様の是非を問うから急いで神殿に来いって言われているんです!」
「ーーえっ、獣王様に会いに行くのか……?」
驚いた様子で指揮長は聞き返す。
「そうですよ。今は神殿に戻られたって言っていましたよね?」
「まあ……確かに今は神殿で休まれているが……」
目を逸らしながら答える。
「今は緊急事態です。休まれている中恐縮ですが、ご決断して頂く必要があると思います」
「まあ、そうだなーーそれで? オマエはどう持っていきたいんだ?」
巫女は少し考える素振りをして口を開く。
「……殺したくありません。私は、今の私達のように並獣族、獣族、メイジスが皆平等に助け合えるような世界にしたいのです。そして元凶とはいえ罪意識のない無垢なる子ども。割り切って殺すには、あまりにも……しかし、解決法が見つかっていないのも事実です」
「となると飛竜にもう一度力を貸してほしいとは言えないな」
「考えは爺様と同じでしょうからね……でも、それでも私は彼に、生きていてほしいのです……!」
「ーー案ずるな巫女。オレも同じだ。だからオレも少年との会話を試みたのだが……ヘイリースに懐いていて、色々吹き込まれているようでな。踏み込んだ話になると、ひどく嫌われてしまった」
「そうですか……」
指揮長は首を振った後、溜め息を吐いた。
「それで、誰がどう行くかは決まっているのか? 神殿まで、結構長いぞ?」
「それはですねーー」
巫女が待ってましたとばかりに笑みを浮かべて外を見ると、
「巫女様! お待たせしました!」
セレーナの声がした。
「これに乗っていきます!」
巫女が伸ばした腕の先を見ると、一台の馬車があった。