78話 裁きを下す時
「ここまでやられたら仕方ないねぇ!」
お婆さんは光る導師の杖を払う。彼は驚きもせずに、間を空けずに爪で切り裂こうとする。それが空を切ると、老婆は裾から紙を取り出す。瞬く間にそれを短刀に変えると、導師の爪を弾いて迎撃した。
「ば、婆ちゃん……?」
その姿からは想像がつかない身のこなしに圧倒され、イリューゲが一言呟いた。
「イリューゲ! 逃げなさい! こいつらは私達がティマルスにいる事を許さない悪者だよ!」
それに答えるようにお婆さんは叫んだ。
「そ、そうなの……? お兄ちゃん達も……?」
「違いますよ! 僕達はーー」
「私が抑えるから、さっさと行きなさい! 振り返るんじゃないよ!」
「でも、婆ちゃんが……!」
「大丈夫さ。悪者は竜神様が懲らしめてくださるからね!」
「……わ、わかったよ。婆ちゃん! 死んじゃ嫌だからね!」
イリューゲはそう言い残して走り去っていった。
「今のは本当に子どもだったのか。戦えないのなら逃してやるけど、それにしても酷い言い様じゃないか。散々ティマルスを嗅ぎまわって幻の竜を放ったやつの言葉とは思えないな」
「あの竜を……!」
(この女が……!)
指揮長の言葉を聞いて思い出す。確かに前に見た幻の竜はこの家で見せてもらった竜の姿をしていた。そして老婆は短剣を杖に変え、両手で持つ。
「竜神様は本当に悪い事をした者を裁いてくださってくれただけさ。でも、フフフ……そうさね、導師まで連れて来られちゃあ誤魔化しきれないしねぇ。まったく指揮長や、真っ先に殺したつもりだったのに、本物の飛竜と導師まで連れてくるとは……あんたは予想通り、生かしておくべきではない害悪だったよ」
「好きなように言葉を並べるが良い。それで私のーーこのティマルスの仲間を殺した罪は消えないのだからな。悪びれもせず偽り続けるお前に、死をもって償えなどと言うつもりはない。ただこれ以上被害を広げないために、切除させてもらう」
「そうかい! そっちがその気なら直接手を下すのみさ!」
答えるように杖を鳴らすと、周りの子どもの姿が変わり、黒のローブを着た大人に変貌する。
「帝の影!? お前ら、こんな所にまで!」
「こいつら、如何にも悪そうな姿に変わったゾ……!」
ティマルスもラティーと同じような目に遭わせようとしていたのか。そうと分かれば弁明の余地はない。僕は強く杖を握る。
(レノン、我を忘れてはダメ。分かるわね?)
(分かっているよ。こいつらだけには、殺されるもんか)
「なるほど、騎士並の魔力を持った子どもは、帝国の暗殺者だったわけか。ではそれを統べる貴様もーー」
「折角好きなだけ並べても良いと言われたんだ。こう名乗るなんて何十年振りだけど、あえて懐かしく名乗らせてもらおうじゃないかーー」
お婆さんはそう言って笑みを浮かべ、
「私、帝国四天王が一人、メイド長を務めさせていただくヘイリースでございますーー」
彼女は丁寧にお辞儀をしながらそう述べた。
「帝国四天王……!?」
「やばいんだゾ?」
「南北に派閥が分かれる前の帝国で、皇帝に選ばれた四人のみに与えられた血を選ばない最も名誉で高尚な称号……」
ゼクシムはパロの質問に答える。
「ただの婆ちゃんじゃないのは想定内だけど、それってつまり、滅茶苦茶やべーやつってこったな!」
指揮長は驚きながら言った。
「さぁて、そんじゃ人生最後の大仕事、させてもらおうじゃないか!」
全員に向けて雷を放つと、帝の影も動き出し、その内一人が僕に迫ってきた。
「レノン、下がれ。文句は言うなよ?」
敵に強く風を浴びせながらそう言うと、勢いを殺された黒ローブの女の懐に蹴りを入れて吹き飛ばす。
「ーー言いませんとも」
「よし」
振り向かないまま彼はそう呟いた。
(今出来る事はーー)
そう言って辺りを見渡す。今の戦場、敵陣は指では数え切れない数の帝の影に、ヘイリース。自陣は師匠、導師、パロ、僕、そして飛竜がいる。
「師匠! 指揮長がいません!」
「指揮長は幻の竜でもなければ負ける事はないはずだ……むしろ奇策を信じろ!」
そして僕を掴むと風の剣を振りながら一回転して複数がかりで攻めようとしていた影を吹き飛ばす。導師も戦い慣れているといった様子で爪、光線、刃と化した翼で容赦なく敵を攻撃する。
「ぐっ、ぐあっ!? 導師め、想定以上だ……!」
吹っ飛ばされながらも、帝の影の男は体勢を立て直して着地する。そして今度は他の帝の影の前に障壁を張り、補助に回る。どのような組み合わせかまでは分からないが、互いに補助し合って致命傷を負う事を防いでいるようだ。
「グガアアア……グガアアア!!」
飛竜は咆哮を上げ、飛び上がっては潰そうとしたり、尻尾で薙ぎ払ってはいるが、とても戦い辛そうにしていた。
(敵の数が多過ぎる……飛竜が上手く戦えれば……)
(でも私達を巻き込まれても困るし……)
「レノン! 払っても払ってもキリがない! どこかに治療屋がいるはずだ!」
「はい! 今探します!」
師匠の言葉に従って治癒魔法を使っている者を探す。そして木の影で動かずに魔法を使っている者を見つけ、
「北東の方角の木の影に隠れている人がずっと魔法を唱えています!」
「了解、見つけたぞ!」
返事をすると風の剣を前に掲げ、木々を薙ぎ倒しながら突っ込んでいった。
「いない……!」
「躱されています! カラスに化けて飛ばれました!」
「シャー!」
僕の足元の土が隆起し、蛇が飛び出して噛みつこうとしてきた。
「自分の身くらい自分で守れるさ!」
「くっ……邪魔だねぇ!」
光の壁を作ってぶつけようとしたが、蛇から急に老婆の姿に変身する。短剣で壁を砕かれ、そのままもう一撃を入れようとする。
「サキ! 強化を!」
(任せて!)
こちらも強化をかけて杖で迎い撃とうとするが、厳しいかーー
「それそれそれそれだゾー!」
わざとらしく声を出しながらパロが突進してきて近づいて霧揉み回転した瞬間、風の刃が発生し、老婆を襲う。そしてそのまま通り過ぎていく。
「くっ……何だいそれは!」
驚きの表情を見せながらそれを受け止める。その後に再び僕を見たが、すぐに蛇に切り替えて毒を吐く。
「ぐふっ……! ゲホッゲホッ……」
(毒の息……!?)
その後は即座に地面に頭を潜らせ、師匠の風の刃に尻尾を切られながらも地中に消えていった。
(直さなきゃ! 早く!)
その通りなのだが、魔法が使えない。口も、それどころか全身に力が入らない。
「大丈夫か?」
師匠はすぐ駆け寄って僕の身体の痺れを取り去ってくれる。
「お陰様で何とか……」
「それにしても器用に戦うな。何か戦い方を変えなければ……」
「広範囲の魔法が使えればーー」
「この状況で言葉が通じない彼らと素早く連携を取るのは難しい。指揮長はいないし、この敵の数ではパロを捕まえるどころか、呼び止める事さえーー」
パロは掻き回そうと敵の間を縫って辻斬りのような事をしているが、一羽では限度がある。陣形を崩すには至っていないのが現状だ。
「前、後ろも……囲まれてます!」
「仕方ない……」
僕を掴んで一旦飛び上がって離脱し、風の剣を回転させて地面に突撃しながら着地する。吹き飛ばして道を作るも、また別の相手が複数人で連携を取ってくる。
(どうするの!? 次から次へと、全然隙が見えないんだけど!)
(多分常に複数人で戦えるように作戦が練られているんだ。連携は向こうの方が上手。だとするとそれが機能しないようにしないと……)
「ガアアアアアアア!!」
「師匠伏せて!」
僕達が伏せた後、物凄い速さで尻尾が通過し、ぶつかった木をへし折る。
「あっぶねええええだゾ!?」
「大分動きが大きくなっている。怒っているな……あんなのに巻き込まれたら即死だ。こちらも気をつけながら戦わねばな」
「はいーー」
起き上がり、距離を取った後に僕に言う。その後すぐ構えて周囲の敵を牽制する。飛竜とは少し離れたため尻尾は届かない。今度は飛び上がり、着地する瞬間に尻尾を叩きつけていた。一人捕らえたようで、その人はもう動く様子はない。
(うっ……)
(ごめん。見たくないものだったね)
(……いいえ、仕方ないわ。あそこまでやられちゃったら、救えないでしょうね)
(うん、飛竜の一撃なら確実にーーでも……)
その際目に映るのは地獄の光景だ。こいつらを止めるため、僕自身はそうするべく自らの身体を動かしているがーー
(今更よ。戦いってそういうもの。私はあなたと一緒に戦っているの。そんな事で足を引っ張るのは不本意よ)
(分かった。君を舐めていたよ)
(私はあなたの師匠の師匠なのよ? もっと敬って然るべきなのよ)
(確かに、違いないやーー)
そして戦い続けている師匠の方に意識を戻す。
「師匠、提案があります」
「聞こえている。気にせず続けてくれ」
風の剣による一振りで三人を吹き飛ばして彼は言う。その後僕を狙った光の弾を風の刃で両断した。
「中途半端な攻撃は無意味です。確実に仕留めましょう」
「分かっているつもりだ……! だが、相手がそうさせないようにーーくっ……!」
上空をカラスが通り過ぎ、巨大な火炎弾が落とされる。彼は僕の元へ突っ込む形で避ける事で難を逃れ、その後カラスをパロが猛追するも、既に落とされた炎が草木に燃え広がる。追いついていない……水……水と言えば先輩の波ーー
「激流波!」
(ザブーンってね!)
先輩のように想像通りとはいかないが、一つの波を再現させて火元にぶつけた。何とか消化できたようだ。
「あまり無理をするな」
「これくらいなら僕でもいけますよ」
「このままだと魔力切れになるぞ」
「はい。なので確実に仕留めます。飛竜に任せて僕達は補助に回りましょう」
一瞬強い風が吹き荒れた後、
「危険だ。連携が取れない。私達はどこで補助をする?」
彼は問いを投げた。
「飛竜に乗ります。連絡は導師様に僕の心を読んでもらいます。そして、乗った後の連携は導師様にお任せします」
「もっと良い策はあるだろうーー」
「ですが……」
彼は僕を掴み、
「確かに俺も竜に乗ってみたいな」
(そうよね。やるわよ)
そう呟くと導師の元へ一直線に飛んで行き、彼のすぐ後ろに僕を置く。振り向いた導師の鋭い目線が僕を刺す。
「師匠……!」
「上手くやってみせろ」
そう言って指を鳴らすと、僕達を覆う結界が現れた。僕は導師に負けずに目線を返し、自分の胸に手を当て、言葉なしでも伝えたいと示す。
導師はその様子を伺っていたが、無言で杖を持ち直し、杖に僕を映した。そして手をかざして僕をもう一度見た。
「お願いします。本気ですよ……!」
「フッ……」
鼻で笑われたと思ったが、
「ヴヴオオオォォ!!」
角を思いっきり結界にぶつけて突き破り、翼を広げると飛び上がった。
「マジかだゾ!?」
(えっ? 今の何!? 乗ってくれるの? 乗ってくれるのよね!?)
(分からないけど僕はそう信じているから!)
「師匠! 行きましょう!」
「やったか、飛ぶぞ!」
そう言って飛び上がる。それと同時に巻き上がった風を竜巻として残し、帝の影の追撃を阻止した。そして導師が先に飛竜の背に乗り、
「着地するぞ!」
「はい!」
続けて僕達も乗ることに成功した。
(やった!)
(ここからだ……!)
「グゥ……グウオオオォォ!」
一度大きく声を上げると、飛竜は走り出し、勢いをつけたまま尻尾で薙ぎ払った。
(凄っ! 速っ! てか怖っ!)
その勢いは想像以上で、しかも掴まる場所が思ったよりない。あまり安全地帯と呼べたものではなく、導師が付けたと思われる首の付け根の縄がなければ即振り落とされていただろう。
「そこから動くなよ?」
「は、はいいいい!」
(パロは!?)
(信じるしかないよおおおおお!)
飛竜の首の付け根に跨り、僕は導師と師匠に挟まれているから飛ばされそうになってもぶつかって止まれるが、一人だったら絶対無理だ。
一回転をした後は翼で扇いで勢いを更につけた状態で垂直に飛び込み、一人に噛みついた。
「うぎゃあああああああ!?」
その悲鳴を聞いてすぐ、炎を口元まで出して焼き続け、腕が垂れた後に木に向かって投げ捨てた。
「くそっ……! くそっ……!」
様々な魔法が飛竜に放たれるが、どれを受けても怯みもしない。飛竜が次の相手を見定める。
「ひっ……!」
帝の影が恐怖の表情をする。その時、導師が杖を振りかざした。その合図で飛竜が飛び上がった。のしかかるか爪で攻撃すると思ったが、違った。
ーーその口から大量の炎が放たれた。
「えっ!? ちょっ! それは……!」
突然の出来事に敵味方両方とも動けず、黒の人間共は炎に包まれた。
(レノン! 森が! 森が……!)
燃え広がっていく……はずだった。しかし緑は赤くも黒くもならず、緑のままだった。それどころか、大地から黄緑の光が薄らと漏れ始めていた。
「燃えて……ない……?」
「獣王が戻ったのか?」
「その通りだ」
声が聞こえた方を向くと、指揮長の姿があった。
「なるほど、その準備をしていたんだな」
彼はその言葉に頷く。
「全快には遠く及ばないが、手伝ってくれる事になった」
「また無茶な作戦なんだゾ」
「パロ、無事だったか。良かった」
「導師が合図をくれたから何とか逃げ延びたゾ」
「憑魔め……もう復活して……こんなにもしぶといなんてねぇ」
しわがれた声に目線を向けると、縛りつけられているヘイリースの姿があった。土に潜って炎をやり過ごしたようだが、逃げきれなかったようだ。
「獣王様はティマルスと一体化しているゾ。その木の根も、獣王様からの裁きだゾ」
「ティマルスは我々の土地だ。この土地を護りたいという感情は、どの種族の誰もが強く持っている。守護の憑魔である獣王様を、そして我々を侮ったな。帝国の侵略者よ」
(守護の憑魔……!)
(ずっと生き続けていられるのはそういう事なのね)
これに関してはサキも知らなかったようだ。
「流石はティマルス、千年以上帝国の言う事を聞かないだけあって、私一人じゃ不足だったね。そんなのは分かっているさーー」
そして師匠と僕の方を向く。
「ところでメイジス。何故ティマルスに与するんだい? ティマルスは帝国の支配の邪魔になるよ。それは南部だけでなく、北部も同じ。自らが清く正義だと思っているなら、ここで死んでおいた方がマシさ」
「生憎だな。俺は北も南も帝国も興味がない。助けたい、力になりたい者のために戦う。それだけだ」
それを聞くと、
「ははーん……あんたみたいなのが英雄ってやつなのかい。自分の意志だけで、未来を考えない愚か者め! 世界にはこんなのがいつもいる。困ったもんだねぇーー」
「良いさ。あたしゃ最低限の仕事は果たせた。後はあんた達だけさ。最後まで戦って死ぬか、綺麗事を捨てるか、楽しみだねぇ」
「ーーやつが来る! 一旦この場から離れろ!」
師匠が驚きの表情を見せながら叫んだ。
「婆さん殺せば終わりじゃないのか!? ああでも潰されちゃしょうがねぇ!」
全員が退避する。
「今だけを繕う偽善者に、裁きを下す時が来た! 我らが世界帝国よーー」
「永遠なれ!!」
そう聞こえた直後、轟音が鳴り響き、強い衝撃が僕達を襲った。音が鳴り止んだ後に振り向くと、離れていても見える、四肢を持つ竜の姿があった。




