74話 少女の言葉
「ーーっと、今はこんな感じ。やっぱり分かんないや。どうしてなんだろう……」
「そっか……話してくれてありがとう」
「うん」
フラウに先程まで何を話していたのかと聞かれたので、これまで話した師匠の事を伝え終わったところだ。
「レノンはティマルスに来てからずっと頑張っているんだね。ラドやセレーナだけじゃなくって、巫女様や導師様、それにゼクシムさんと…………ええと……」
「大丈夫。そんなに気を遣わなくてもねーー無闇矢鱈に駆け回っているだけだよ。上手くはいっていない。先輩とは、仲違いしちゃったし……」
その件についてはしっかり話せなかった。先輩の事も立場もわかってなかったし、今もわかっていない。答えも出せず終いだったなーー
「そういえばさ、フラウもすごい活躍だったんだってね。あのヤギを五体同時に相手をして勝っちゃったんだって? 僕は一人でも勝てなかったのになー」
「あれは……向こうが上手く連携が取れていなかったから、運良く隙を突けただけ。導師様はラドが戦ったし……」
「そうだったんだ」
あの戦い終わった後に二人に会っているのだが、どちらも重傷は負っていなかった。上手く戦ったんだな。上手く組めさえすれば、もしかしたらあの竜も倒せるかもしれないのに。
「ところで、何でフラウは……」
(今言っても、フラウちゃん、困らせちゃうだけでしょ)
(そうか、そうだよねーー)
僕が聞いたところで彼女は答えてくれないだろうとは思っていた。巫女様がいくら聞いてもダメだったと言っていたから。だけど、今の僕、僕達には謎な事が多過ぎる。例えどんな内容であっても、わからない事は知りたいという気持ちだけで口が動いていた。
「そうだよね……ごめん」
「……うーん」
師匠の事、何故悪魔に、先輩怒っているよな、何で皆んな協力出来ないの、とにかく竜を倒さないと……違う違う。
「ごめんね。無理して答えなくても良いんだ。今頭がごちゃごちゃし過ぎてて、何か話す言葉が見つからなくってーー」
今目の前にいるのはフラウだ。何か言おうーー何も思いつかないならせめて笑おう。
「ごめん、ちょっと疲れているのかな。寝てくるよ」
自分から座って話そうなんて言い出した癖に、少し気まずくなってくる。サキに気を回させるくらい、不用心な事を言いかけたのだ。寝ても冴えない事など分かっていつつも、これ以上困らせるよりはマシだろう。そう思って立ち上がる。
「ーーま、待って!」
彼女は僕のローブを掴んで引き止めた。
「レノンまで居なくなっちゃったら私……」
「ーーフラウ?」
二人の騎士も巫女も話し合いがあって、彼女は一人の時間が多かったのかな。僕も行って戻って来たと思ったら、またーー
「私、レノンになら……話しても、良いよ」
「でも、話したくない事でしょ?」
僕が言うと、フラウは首を横に振る。
「レノンがね、さっき私に言ったように、わ、私にも気を遣わなくても良いと思う」
「フラウ……ありがとう、でもーー」
「関係ないよ。私がどうで、レノンがどうだからなんて。良いと思うじゃない。私がそうしてほしい! 何かあった時に、一番に私に相談してほしいのーー」
「レノンの力になりたい。今は皆仲良くないけど、レノンなら、仲良く出来ると思う。私が居たって、そんな変わらないかも知れないけど、話を聞いたり、一緒に戦ったり、手伝う事くらいなら出来るはずだから……!」
僕の手を取ったその手は、強い意志が込められているけど、優しかった。色々抱え込んでいた考えや、身体の重さがなくなって、ふわっと軽くなった。
「ーー本当は仲良く出来たらなっ思っているんだけど……師匠は、話してくれないや。優しかったし、守ってくれたけど、悪魔だって事も、最後まで教えてくれなかった」
「じゃあ、一緒に考えようーー私ね、レノンを助けるために来たんだよ」
「僕を? どうして……?」
「ギンさんが私の部屋に来て、言ったのーー」
「ギンさんが……?」
正直この時点でおかしい気がするが。リューナ城の警備は万全だ。あのアメリア大伯の指示の元、虫一匹入れないという程厳しく、あんな見るからに怪しそうな人が入れるわけがない。
(稀によくある話よ。よくわからないけど。今度会ったら問い詰めてやりましょう)
(僕にギンさんの口を開けるのかな……)
しかしそれは今聞くべき事ではないのだろう。可能か不可能かは置いておいて、サキの言っていることは正しいのかもしれない。
「うん。今度は貸しを作りに来たって。それで私をここから出してくれるって。その時に選択肢を二つくれたの」
もしこの借りを返してと言われてフラウの善意につけ込むものだったら危ない。これが終わった後も可能な限り一緒にいよう。
「それで……何と何だったの?」
「この紙で作った鳥を、イヴォルに飛ばすか、レノンの元に飛ばすかを選んで良いって言われた」
「それでイヴォルを選ばなかったの……?」
「うん、レノンにも……レノンがティマルスで辛い目に遭う事になるかもしれないって、教えてくれたから。それにーー」
少女は目を瞑って息を吸って、
「わ、私……レノンと一緒にイヴォルに行くって決めたから!」
僕に向けて言ってくれた。強い覚悟を持って言ってくれたであろうこの言葉。彼女はあの時の約束を果たそうとしているんだ。一度縁を断ち切られても、無理をしてでも諦めないで来てくれた。そんな彼女の言葉に、元気をもらった。
「うん、そうだ。その通りだね。自分から言ったんだ。約束は守らなきゃだよね」
「う、うん!」
「よし。じゃあこれが終わったら、今度こそ一緒にイヴォルに行こう。そのためにはやっぱり、ここでくすぶっているわけにも、寝るわけにもいかないねーー」
「よーし、行こう! もう一度話し合って、とにかく師匠と会ってみなきゃ!」
「私にも行かせてーー」
僕が立ち上がると、彼女も立ち上がる。
「もう一人、言ってあげなきゃいけない人がいるの」
「ーーうん!」
悩んでいる場合じゃない。話し合いを続けるために、僕達は部屋に戻った。
「失礼します。今戻りました」
「お、皆んな戻っていますよー」
「あ、すみません。お待たせしました」
「……し、失礼します!」
僕達は部屋の中に入っていく。
「……何故、お嬢様を連れてきた?」
「彼女の力が必要だからです」
「お嬢様はあいつとは会った事がない。話す事がないだろう」
「だとしても、皆んなが考える時の助けになりたい」
少し彼は苛立っているように見えた。
「それに、あれは危険だ。次会った時は、どうなるかわからない。守り切れる保障がない」
「フラウは戦えます。もし戦う事になったら、良い結果に貢献してくれるはずです」
「戦果の話ではない……! もし万一の事があった時にだと何度もーー」
「そういうところだよ、ラドーー」
フラウはラドに向けて言うと、彼の元まで歩いていく。
「お嬢様?」
「勝手に私を置いて行って、勝手に苦しんで、勝手に怒ってーーセレーナにも、巫女様にも迷惑かけて!」
「ですが、それはお嬢様をお守りする事が私達に与えられた命令で、それを破ろうとするからでーー」
「ラドだって分かるはず。いや、ラドだから分かるはずだよ。『何でそんなに辛いのに、私に頼らないんだ』っていう、今のこの気持ちが!」
「……それは」
彼の強い眼差しに、僅かであるが濁りが見えた。
「ゼクシムさんがどういう人かは、私は会った事がないから分からないよ。でもさっきレノンから聞いた通りだと、ここに居る皆んなと仲良くしていたんだよね? 頼りにしていたんだよね?」
「ええ、そうですよ。私もそう、セレーナも、レノンも、パロもそうーー」
巫女の言葉に僕を含め、それぞれが頷く。
「そしてここに集まって、最初から最後まで、一番話していたのは彼でしょうから」
「巫女様……今それは……」
「関係あるよ。だったら、ラドもそう思っているはず。それなのに、ラドは、まだ彼のように方法を選ぶの? 助けられるなら、何が何でも助けたいと思っているのに!」
彼は何も語らず、席についたまま、ただ少女を見上げていた。
「だから、皆んなで行こうよ。大丈夫、もし戦う事になっても、ちゃんとラドの力になるよ。だって、ラドが戦い方を教えてくれたんだもん」
「お嬢様……」
「如何なる手を使ってでも、彼が困っているなら、助けを求めさせたいですよね?」
「俺は……」
「爺様呼んじゃいます? 連絡すればすぐ来てくれますよ?」
「あいつみたいに、そこまで薄情ではないです……!」
「という事はーー」
彼は目を閉じ、口を閉じる。そしてその目でフラウを見つめーー
「……わかりました。お嬢様、迷惑な友人に立ち向かう力を、私に貸してください……!」
観念した彼の口からついにその言葉が出た。
「うん!」
「良かったーー」
セレーナが安心したように言った。
「セレーナ……今まであいつの件で、そしてお嬢様の件で声を荒げた事を謝罪する。俺が愚かだった」
「お嬢様については、ただラドを責めるのも酷よ」
「……そうだろうか?」
「だって、お嬢様がこんなにも急に立派になられたのですから」
「今度は認める事と見極める事も必要……か。既に隊長を担っているセレーナは良いとして、俺には荷が重い」
「そこはあなたも成長しないとでしょ?」
ラドは参ったという風に息を吐く。
「ゼクシムについてはーーラドの方がよく考えていたんだなって気づいた。私はただ……何かの間違い、理由があるはずだって言っていただけだから。実際に彼に会って、色々考えてみて分かったの。ただ待つだけ、ラドぶつかっていただけで、何も解決しようとしていなかった私も悪かったって」
「そこは問題ない。あいつに存分に責任は取ってもらうからな」
「そうね。うん、今回はゼクシムも悪い!」
「今回もだ」
「ふふっ、そうかもーー」
セレーナは笑って答える。
「仲良きは素晴らしき事ですね。では、明日に備えて今日は解散しましょう」
「あれ? 師匠が変わってしまった理由って……」
(結論出ていないわよね?)
僕は話している巫女の方を見て言った。
「ここに集まった目的は、皆の気持ちをまとめる事です。全員で協力出来るなら、後はその想いを彼にぶつけるだけですから」
「そ、そうだったんですか……?」
「ラドとフラウを仲直りさせたのはお手柄でしたよ」
巫女、セレーナ、ゼクシム、パロ、そしてフラウを見る。
「ラドと比べたら、ゼクシムを仲直りさせるのなんて世話ないよね?」
セレーナは僕に微笑みながら言った。
「そ、そうなんですかね?」
(うん、大丈夫よ! だってゼクシムだし!)
僕の中の師匠は冷静で落ち着いている人だったのに。ある意味今回で想像していたものがどんどん剥がれ落ちていっている。
「巫女様、ここまで来て誤魔化そうとするのは善い行いではないです」
「出来れば穏便にと思っただけですー」
「そんな風に考えるから導師に疑われるんです」
巫女は拗ねたような顔で、ラドは呆れた顔で小競り合いをする。
「レノンくんが来るまでの間に話し合ったの。あくまで私がそう思っただけだけど……」
「ど、どんな内容なんですか……?」
聞きたいと思ってセレーナを見たが、
「あえてお前には言わない」
ラドが答えた。
「な、なんでですか……!」
(酷い! なんでー!?)
「すまないと思っているが、それを策にさせてもらう」
「僕が知らない事が策に……?」
「そういう事だ。ここは我慢してほしい」
ラドは僕に頭を下げた。
「わわっ、そんな作戦でしたらそこまでしなくても、了解しましたから! 大丈夫ですから!」
(私を作戦の中枢に置かないなんて……でも、そういう事なら……)
「ーーそうか。すまない。やつがどんな魔法を使うかの確認は、魔女の方が良いだろう。各自明日までにそれぞれ確認と調整をする時間が必要だろうからな」
「ーー分かりました」
彼は鎧を触り、剣を握りながら話す。そして僕の了解の言葉に、全員が頷いた。明日、遂に師匠との決戦だ。
「ところで、結束強まっていざ再会までは良いんですがーー」
「なんで戦う事がほぼ前提みたいな纏まり方なんです?」
「はっ!? 確かに!」
(本来仲間同士だから説得材料の理由探って戦い回避出来るならした方が良いみたいな流れだったのに!)
「巫女様ーー」
ラドがこれまでにない程澄んだ目で見て、澄んだ声で呼ぶ。
「ぶん殴って頭空っぽにさせた方が、ゼクシムは説得しやすいですから」