7話 宿屋のお仕事(前編)
「あんたが何者か、なんで来たかはわかった。で、うちで働くから無料で飯を出して無料で部屋を貸して更に金を出せって言うのかい?」
僕自身の紹介と頼み事の内容を聞くと、宿屋の主人であるマリアは立ち上がり、僕の顔を覗き込む。
「は、はい。それで間違っていません……」
つまりはそういう事なのだ。更に仕事を変えることを前提として働くので、奴隷とはまた違うわがままな事を言っている。そうとわかっていても、こうするほか思いつかなかった。
「よくもまあこのあたしにそんな事を言えたもんだよ。周りでそんな話は聞いてない。いきなりあたしのところに来た度胸だけは、今この段階で認めてあげるよ」
「あ、ありがとうございます」
(随分偉そうね……何様なのかしら?)
全部事実だ。そう言われても仕方がない。むしろサキがそう言ってくれるおかげで、それを言ってはまずいと冷静になれた。
席に座って腕を組み、目を閉じて唸りながら考えているようであったが、片目を開いて僕を見ると、への字の口を開いた。
「…………あんたは何をしてくれるんだい?」
「材料を取ってきます! それに、料理の手伝いや、それを運ぶのも! 後は……後は…………」
(酔いを覚ます魔法がーー)
「そうだ、酔い覚ましの魔法が使えます!」
役立ちそうなことを言い、サキの囁きから付け足して伝える。
「酔い覚ましねぇ……治癒魔法の類いだろうけど、本当にそんなことできるのかい?」
そう言ってマリアは僕を見ながら腰を下ろす。
「本当です。村の人を二日酔いから助けるために使っていました。すぐに仕事が出来るようになる程度には効き目があります」
「ーー嘘をついているようには見えないけどねぇ……治癒魔法を使えるって事なんだろうけど、じゃあ傷癒しくらいは使えるのかい?」
「出来ます!」
「他には? 治癒だけに限らずで良いよ」
「準備、障壁、火炎砲、風刃、氷柱ーーその他は生活で必要な範囲なら使えます」
「治癒が使えて戦闘用の魔法も幅広く使えるってのかい? どこにでもいそうな坊やに? にわかには信じ難いけどね……」
そう言いながら僕の目をもう一度見た。
「よしわかった。それなら今日一日働いてみな。明日も働いてほしいと思ったらあんたの言う通り無料で泊めてあげるよ」
「本当ですか!? ありがとうございます! 僕、頑張りますので!」
「そうと決まったなら早速仕事だよ。まずは空が暗くなる前にカエル三匹獲ってきな。戦闘用魔法が役に立つ程に使えるのか、どれだけ料理が出来るのか、証明してもらおうか」
「わかりました! いってきます!」
そう言って僕は走って宿を出ようとした。
「ちょっと待ちな!」
「はいい! ごめんなさい!!」
マリアが僕を呼び止め、それに可能な限り最速で反応し、戻る。
「……これを門番に見せなさい」
何か書き、その紙を僕にくれた。見てみると、サイン付きの外出申請書だった。
「わかりました! ありがとうございます!」
それを手に持ち、今度こそと走って宿を出た。そして外に向かって走った。
「君、何の用で外出を? 騎士見習いなら任命章を提示してくれ」
僕が都市の外へ出ようとするのを門番が引き止める。
「まだ騎士見習いではないんですけど、これを……」
そう言って僕は手紙を渡す。門番が折りたたまれた手紙を開くと、文字が光って喋り始めた。
「その子はうちの宿屋の新入りさ。材料を獲らせに行くから通しておくれ。魔物は取引しないでうちで使うから合法だろう? 文句があるならうちに来な。マリアの宿屋の主人より」
それを聞いた門番は焦り、慌てているように見えた。そして横にいるもう一人の門番に声をかける。
「この声、本当にあのマリアさんか……」
「ああ、ここらでこんな魔法を使えるのは一人しかいない」
「どうする? 機嫌を損ねると都市中の宿屋の値段がまた『適正価格』に跳ね上がるぞ……!」
「そしたらリシューから騎士見習いは全滅、騎士の俺達は朝から晩まで週七勤務に逆戻りーーそ、それだけは嫌だ!!」
顔を突き合わせて二人の門番は話し合う。
(何か話し合っているようね……もしかして、マリアさんって凄い人?)
「ーーもしかしたら……そうかもね」
会話を聞く限り、マリアさんは僕が思っているよりは影響力がある人らしい。いや、偉大なオーラたっぷりであったが。
「よし、よく聞け」
門番が真剣な表情で僕を見て、肩に手を乗せた。僕は驚いたが、コクコクと頷く。
「俺はお前を見ていない。だから自由に通っても良い」
「ほ、本当ですか!? 良かっーー」
「が!!」
安心した直後に突然の大きな声にビクッとする。
「頼む……頼むから問題を起こさずに戻って来てくれ…………」
門番は手に力を込めながらそう言った。
「あ、あの……マリアさんって宿屋のご主人ってだけではないんですか?」
「あぁ、この街の騎士見習い創設期から色々な形で関わっていて、昔は自身も優秀な騎士見習いだったらしい。当時は騎士見習いを流行らせたかった領主様をも利用してのし上がったって話だ」
「そんで今は自身が作ったリシュー商店組合の頭。普段は騎士見習いの味方で、宿屋の価格も他のと比べて安い……が! 怒らせると理不尽な人だ」
「り、理不尽とは……?」
「わざわざ言うかよ! とにかくあの人はリシューの店の主人だ。お前に何があったか知らんが、強く生きろよ……!」
そう言うと門番は僕を手で押し出した。後ろを振り返るも、早く行けという動作をするだけだった。仕方なく歩き出す。
(大変な人にお願いしちゃってたみたいね)
「誰が提案したんだっけ?」
(ーーーーさあ、道は開けたし! ここから騎士見習い目指して頑張りましょう!)
「準備……っと。本当に役に立つ魔法を頼むよ。これからあそこで生きていくには、上手く狩れるようにならなきゃいけないし」
強化の魔法をかけて話しながらも軽く走る。軽くと言っても魔法を使わないで全力疾走するよりは速いので、きっともう門は遠くなっているのだろう。
(それに関しては任せなさい! 今日は数を狩らなきゃだから新しい魔法を練習している時間もないけどーーあ、いた)
緑蛙を見つけた僕は臨戦体勢に入る。
(三匹集めて一気に倒す?)
「いいや、堅実に一匹一匹探そう」
そう言って僕は『障壁』を唱えて緑蛙の体当たりを防ぐ。僕にぶつかるより早いタイミングでいきなり盾にぶつかったために、着地に失敗したそれを『火炎砲』で倒す旅の時と違い、終わりがわかっているので、魔力の配慮もしなくて良い。そのために動かなくなるまで炎を出し続ける。
「よし、これで一体」
(地道で夢がないわねー。バーっと集めてブワーって焼けば早いのにー)
「僕そんなに強くないからね。現実を見よう」
(あーもう早く魔法教えたーい!)
それは僕も本当にそう思うのだが、言葉で言われてすぐできるようにならない以上、今の段階では仕事をこなすほかない。
「治癒魔法と戦闘用の攻撃魔法が使えるってあまりない事なの? 都市に出たら当たり前だと思ってたよ」
(さあ? よくわからないわ。私は誰よりも凄いから当然出来るけどね。そのくらいは他の人も当たり前だと思っていたけど、適正の問題で得意不得意があるから、あなたみたいな初心者の段階で色々使えると、他より一歩秀でて見えるんじゃない?)
「そっか。そうだよね。そんなもんだよね」
そんな話をしながらも緑蛙を探しては倒した。見つけて速攻。一体ずつなら楽勝だ。
「よし、これで終わり!」
三匹目を杖で叩きつけて倒すと、魔物を入れる袋に入れた。
(お疲れ様。でもまだそんなに日は暮れてないわ。もっといっぱい持って帰った方が喜んでもらえるんじゃない?)
「うーん、でもやっぱりこれを料理するんだから日が暮れてからじゃ遅いよ。やるべき事は倒して持っていくだけじゃないんだし」
そう言ってナイフを取り出す。
(ーー何をするの?)
「食べられるようにするんだよ。やった事ない?」
ナイフをカエルに突き刺し、向こうでの手間を省けるようにと血抜き処理を始める。
(痛いっ! あわわわわわ…………み、見たくない……)
「そっか。やった事ないよね。慣れてないとそう思うかもしれないけど……ここは耐えてね」
品質を維持する魔法、または品質を良くする魔法が上手に使えれば最後までやっても良いがーーきっとマリアなら使えるだろうーー手をかけるのは良くないのでこの程度にしておこう。ナイフを拭き、カエルを袋にしまった。
(これで終わった? もう良い? 帰る?)
「うん。今はこれで終わり。後は戻ってからやるよ」
(戻ってからもやるの!? うぅ……憂鬱……)
「触感がないだけマシだと思うよ。無理な人はあの触った感じがーー」
(もう嫌! そんな話聞きたくない!)
「ああ、ごめんって。じゃあ帰って調理しよう! 頑張ろうか」
(うん……)
返事に力はなくどうやらサキはこういうのが苦手なタイプだとわかった。僕は約束の三匹分を持って急いで帰った。




