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天才魔女との憑依同盟  作者: アサオニシサル
4章 邂逅の悪魔と幻の竜
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71話 僕に託された使命

「急がなきゃ! 導師様が怒ってるって、おっかな過ぎるよ……!」

(もう怒っているなら、今更急いでも仕方ないんじゃない?)

「更に遅かったらもっと怒られるんだよ!」


 その声に伝心狼が一瞬驚いたように声を上げる。


「すみません……驚きましたよね……」

(そんな必死にならなくても、別に死にやしないんだからーーあっ、それより見て! 見た? あそこの花、綺麗な色していたわ)

(はいはい、そんなの見てる時間ないからね)

(はーいはい、真面目で結構……あっ!)

(今度は何見つけたの? 止まらないけどーー)

(人! 人がいたわ!)

「嘘っ!?」


 僕はサキの言葉を聞いて飛び降りる。狼は止まって振り返ると、驚いた顔を僕に見せる。


「すみません! ちょっとやりたい事があって……待っててください!」

(どこ?)

(少し戻ってーーそう、ここら辺)


 抽象的だと呆れながらも、彼女に言われた通り、僕は来た道を見渡しながら戻る。


「あれか! あそこの木の横に居る……!」


 木にもたれかかって座り込んでいる人の姿を見つけて僕は駆け寄る。


(あら、あの青ローブはーー)

「師匠! 師匠じゃないですかー!」


 近づいて誰だか分かった瞬間、僕は更に速度を上げて走る。


「ーーレノンか。バレてしまったな。お前になら構わないが」


 僕の方を見る事もなく彼は呟いた。酷く疲れているように見えた。


「ご無事で良かったです。ところで誰ならーーまさか、まだ竜が?」

「そんなに警戒しなくても良い。飛竜……あの竜は空に消えていった。虫を除けるように私を払った後にな。追いかけはしたのだが、速すぎてな……お陰で見失った末に、この有様だ」


 そういう彼は特に外傷を負っているようには見えない。しかし身振りがぎこちない様子から、無茶をして全身を動かし過ぎたせいか、とにかく痛いのだとわかった。少し身体を動かすのも大変そうに思えた。


(バカ! 何追ってんのよ! 折角見逃してくれたのなら、それで良いじゃない)

「無茶しないでくださいよ。でも安心しました。今ここにあの竜はいないんですね」

「ああ、だから少しここで休んでいた。少し経てば動けるようになる。そしたらまた戦えるはずだ」

(まったく、あなたは戦う事ばっかりーーで? 私達じゃなく、誰にならまずかったのかしら?)


 彼女が鋭く切り込み、僕に思い出させる。そうだ。流されそうになったが、何があったかを聞かなくては。


「師匠、そういえば誰かに追われているんですか? でしたら一緒に行きましょう。今僕達は、導師様の元に向かっているのでーー」

「そうだな。まずは導師の元に行くとしよう。彼も待っている事だしな」


 そう腕を伸ばしながら言うので、その先を目で追うと、行儀良く座っている狼が目に映った。


「ああごめんなさい! それで、どうします? 急ぎますよね? でも二人乗りだと走り辛いかなーー」

「慌てるな、追われてなどいない。だから歩きながらでも良いだろう。導師は私が何とか説得する」


 そう言って肩を貸して立たせ、彼を伝心狼に乗せてあげる。狼についていくように僕も歩き始める。


「ありがとうございますーーでは何故隠れていたんですか?」

「……騎士に会いたくなかっただけだ」


 彼は前を向いたまま、ボソッと呟いた。


「騎士……あっ、セレーナさんの事ですね。巫女様が探してもらっているって言ってましたけど……良い人なので、逃げる必要はなかったと思いますよ。むしろ治癒魔法をかけてもらいに行った方が良いですよ」

(そうね……セレーナよね……うーん……)

(セレーナさんがどうかしたの?)


 何か思うところがあったらしく、考え事を始める。


(セレーナって確か……うーん……えーっと……)

「セレーナの事を知っているのか?」


 師匠が意外そうに僕に尋ねる。僕は彼の方に意識を戻した。


「はい。僕の上司ですから」

「上司? という事はーー」

「はい。僕もリューナ騎士団の医療隊です。まだ半人前の従騎士ですがーー」

「……お前が? あれだけ攻撃魔法を使いたがっていたあのお前が?」

「村の火事になった日に、治癒魔法がもっと使えればという場面に遭って、そこでようやく大切さに気付いたんです。もし師匠に破門されていなかったら、それでも気付いていなかったかもしれません。それに、戦い終わった後、助けてもらえなかったら、ここに居ることすらないです。ありがとうございます」


 僕は師匠に頭を下げる。今があるのは、サキだけでなく、この人の力もある。そのお礼はどこかでしなければと思っていたのだ。


「……礼など不要、ただの自己満足つみほろぼしだ。実は私も、昔はお前のように……いや、お前と違って全く治癒魔法を覚えようとしなかったーーお前はもう、気付けたのか」

(もうって、今気付けているならあなたも同じよ。それにしてもーーあれだけ私に任せっきりだったあなたが遂に……言い続けて良かったわ)

「全然師匠には追いつけていないです。竜との戦いの時も、僕の魔法だけじゃどうにもならなかったですし……」

(そうね、ラティーでも、ティマルスでも、あなたの治癒魔法には本当に助かっているわ。ありがとう、ゼクシム)

「サキもありがとうって言っていますし!」


 僕がそう言った途端、彼は衝撃を受けたような顔をして、僕から顔を背けた。


「どうかしましたか?」

「……その礼は、受け取れない。先程も言ったように、こんなものは罪の残滓でしかない。行って当然、行わなければならないものなのだから」

「そう……なんですか?」

「ああ……深くは聞かないでくれ。誰にもな……」

(変なゼクシムー。まあ良いわ。ところであなたは何でセレーナの事を知ってーーーー)


 そこでサキの言葉が止まった。


(サキ? どうしたの?)


 不思議に思った僕が聞くとーー


(分かった分かった! 思い出したわ!!)

「うわっ、突然なんだよ……」

(セレーナの事! 何で私があの時に、セレーナの事を聞いた事があったのか、全部思い出しちゃった! ふっふふーん、さすが私……!)

「ああ、初めてセレーナさんに会ったあの時のーーそれなら勿体ぶらずに言ってよ」


 今回はあえて口に出して言う。


「彼女が何か言ったのか? セレーナについてか?」


 意図した通りに彼も興味を持って聞いてくる。


(ほら、師匠も聞きたがっているし、ほらーー)

(そんな事しなくても隠さないわよーーゼクシムが私に話したのよ。セレーナの話を。私に会う前、治癒魔法を使えない彼に治癒魔法をかけてくれていた仲間、それがセレーナ!)


 思い出せてスッキリしたのか嬉しかったのか、彼女は自信満々に答えた。


「それってつまり、セレーナさんが騎士になる前に一緒に旅をして、今もずっと探している人って……!」

(それがゼクシム!)

「へぇーって……えええええ!? 師匠とセレーナさんって、そんな関係だったんーー」


 師匠は急に僕の顔の前に指で線を引いた。すると途端に口が閉じて動かなくなった。


「むごご……!?」

「落ち着け! 彼女が何を言ったのか知らないが、そんな大声を出したら駆けつけられるだろ!」

「べぶば……」

(また会えた方が良いに決まっているじゃない!)

「十年も前に昔の事を聞かれて、ほんの少し答えたくらいだぞ……! 何故君はそんな事まで覚えてーーおっと、すまない」

「ぶはー」


 腕を振る僕を見て、彼はハッとして逆に線を引いて魔法を解く。危うくここで文字通り息絶えるところだった。


(まあ、私は天才だから仕方ないわね。あなた達とは違って些細な事でもしっかり記憶に残しておけるのよ)


 さっきまで忘れていた癖に、と思いつつもそれは置いておいて、


「本当に会いに行かないんですか? セレーナさんはずっと探していたんですよ?」

「……もう会わなくて良い。それこそ忘れるべきだ」

「何でそんな事言うんですか! 本当に今も探し続けているんですよ?」

「何も知らない他人の癖に、勝手に口出ししないでくれ。そんな事より、騎士なら少しは勉強したらどうだ?」

「何でいきなり勉強の話になるんですか? 誤魔化さないでくださいよー」

(ゼクシムの癖に師匠ぶって……ゼクシムの癖に!)

「もう話すのは止めだ。導師への言い訳を考える」


 そう言った後、狼に指示を出し、少し速度を上げる。それ以降彼は口を聞く事はなかった。


「すみません導師様! お待たせしました!」

「ヴヴゥ……」


 前に話した謁見の間に座する風格ある者の目は、険しく僕を睨みつける。怒っていない時もそのような目をしているかも知れないが、であれば怒っている時に睨みつけることはない……なんて事はあり得ない。


「例の竜と接触して生還した。その情報を提供する。だから怒るな。喜んでくれ」

『報告せよ。』


 石板にはそれだけが刻まれていた。遅れた理由を問う事はない。既に導師は僕達のそれを読んでいるのだろう。目は険しいままだが、蹄で地を揺るがす事もなく、座っていた。


「指揮長は死んだ。死体は確認出来なかったのだが、恐らく例の竜に食われた」

「やっぱり……そうでしたか……」


 一瞬の出来事だったが、確かに僕もそんな生々しい音を聞いた。あれで生きていると考えるのは、難しいだろう。


『それは、飛竜ではない別物であったか。』

「四肢を持つ竜ーー幻の竜と思われる個体だった。ティマルスで見る竜ではない。イヴォルの奥地……とにかくメイジステンに生息する種類に近い存在だった」

(私達にはよく見ている余裕なんて無かったけどね)

『外からの異物。ならば排除する。能力を報告しろ。』

「やはり私単独の討伐は困難な強さだ。メイジステンのそこらの竜とは力、硬さ、速さの全てが桁違いだ。あれは飛竜並みと言っても過言はないだろう」

『戦わずに空に昇り消えた故生き延びたか。理由は不明か。』

「ああ、わからない。前に輝の森で会った時は、輝石獣の光を受けた上である程度戦ったが、滑空したまま襲ってきたのを躱し、振り向いたら居なかった。その後も警戒はしていたが、現れる事はなかったな」


 導師は少し考える素振りを見せた後、目を開いて石板の文字を切り替えた。


『飛竜らしき強欲さも感じられぬ。別物と仮定した上で、飛竜に何か知らぬかと聞くしかあるまい。』

「……役に立つかはわかりませんが、パロさんが伝心を試みたのですが、無言無視されたと言っていました」

『幻の竜であれば伝心は不要。恐らく不可能だ。』

「分かりました」


 伝心の可能不可能はメイジスの僕より、ティマルスの彼らの方が正しい判断が取れるはずだ。それに任せるべきだと思った。


『我は香の森の主力で北の山脈へ向かい、飛竜と接触する。可能であれば協力関係を結び、帰還する。』

「でも、上手くいくのですか? 元の飛竜もそう一筋縄ではいかなそうですが……」

『我にも策は有り。加えて今後如何なる事が起きようと飛竜との接触は不可避。我々が向かうか奴等が来るかの差のみ。此方は任せよ。』

「妥当だな。では私はティマルスの族長の一人として、香の森も護ろう」


 導師はその意志を読み取ったのか、頷いた。そして、


『巫女から得た情報を報告せよ。』


 石板が光ってこの文字が刻まれた。


「えっ……それは……」


 良くないと思ったが既に手遅れ。文字を読んだ時点で考えない事など不可能だ。


『不要な情報のみ。想定内である。』

「怒ったりはしないのですか? その……」

『笑止。汝の思考同様、我は下らぬ事で裁かぬ。』

「そ、それでは協力は可能なのではないでしょうか?」

『不可能。巫女自身が此処に至らず。つまり未だ語らぬ機密を保持し、画策していると断定する』

「そのようには見えませんでしたが……」

『故に汝に命ず。巫女に催促した上で種族間の調和を図り、協力関係を構築せよ。』

「も、勿論努力しますけど……何で僕に……?」

『憂慮すべきは人間のみである。故に人間の汝に命ず。』

「導師様は譲歩して下さらないのですか? 例えばーー」


 導師は強く蹄を叩きつけて立ち上がった。そこだけは譲れないらしい。


「わ、分かりました! 善処します!」

『汝等人間の中に憂慮すべき癌がもう一つ存在する。我には解決不可能だ。』

「で、でもそれなら師匠の方が……」


 師匠は、サキ、セレーナ、巫女、ティマルスの他種族の住民達と色々な人と交流している。架け橋として彼の方がより適していると思ったが、


『汝等に期待する。以上だ。』


 それだけが刻まれた。


「う、承りました! 出来る限り頑張ってみます……!」


 導師は僕を流すように見て、その後師匠を見て一度視線を止める。


「……すまない」


 師匠がそう呟くと、導師は視線を前に戻し、自らが先に謁見の間を後にした。僕達も一先ず外に出る。


(えーっとまずは……)

(シーナさんの所にゼクシムを連れて行きましょう。セレーナに探させているんだし、報告しなきゃだし!)

「では私は輝の森に帰るとしよう」

「ちょっと待ってください! もう一箇所だけ寄ってはいただけないでしょうか?」

「私は輝の森を守護するために族長代理となった。あまり長い間離れるのは良くないのだが……」

「それは分かっています。ですが……巫女様が師匠とお会いしたいと言っているので、一度だけ絆の森まで、一緒に来てはくれませんか?」

「断る。どうしても話がしたいと言うなら、向こうから来るように伝えてくれ」

「ーーでは、どうしても話がしたいです!」


 急にそんな声が後ろからした。


「この声は!」

「まさかもうここまでーー」


 僕達が振り向くと、僕達が絆の森に来るまでに乗ってきた馬車がこちらに向かってきて、すぐ後ろに止まった。


「大丈夫ですよ。一人で降りられますからーー」


 そう言って姿を見せたのは、巫女だった。


「折角ですからこの馬車というものに乗ってみましたが、ゆっくり話が出来て良いですね。速度もゆっくりですがーー」

「森を全力で走る狼のようにはいきませんよ。ですが馬も、平地で何も引かずに乗馬してであれば、狼にも負けないかも知れませんよーー」


 笑顔を見せながら馬車から降りるセレーナは、師匠と目を合わせた瞬間、目を見開いて手で口を覆った。


「くっ……まさか……」

「ゼクシム……! ねぇ、ほ、本当に、ゼクシムだよね!?」


 驚きと嬉しさを隠せないという顔で問いかける彼女。それに対し、


「私はヴァーン。輝の森の族長代理、ヴァーンだ」

「ーー師匠。何故、ここまで来てそんな……?」

「ゼクシム……よね……? 何を、言っているの……?」


 問われる彼は息を吐き、


「ゼクシムなどという男はーーとうの昔に死んだ」


 導師にも負けない険しい目つきをしながらそう答えた。

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