67話 嵐を呼ぶオウム隊
「待て、指揮長。まだ出て行くと決めた訳ではない。まずは情報交換と今後の方針を決めるとだけでな……」
輝の森の族長は声のする方にそう弁明する。香の森の族長もその方向を鋭い目で睨みつけた。
「そうだゾ。導師様の言う通りだゾ。オウムとヤギは協力関係、守ってもらっているのはオレ達音の森側なんだゾ」
「黙れ黙れ黙れーい! あのおぞましさは目で見ぬと分からんのだ! 肌で感じぬと分からんのだ! 外野が何と言おうとあれから守れる者はここに残しておく必要があるのだ!」
虹色と比喩される程に色鮮やかな羽を広げ、頭には本当に王冠みたいに黄色く輝く立派な冠羽を立てたオウムが、クチバシをこれでもかというくらい開けて怒鳴った。
「ですが! 守り続けても、いつかは守り切れない時が来てしまいます。それではーー」
「その話はもうたくさんだ。とにかく絶対に行かせない……! 断るなら、私達を殺していけ! ギャアアアア!」
「ギャアアアアアアア!!」
「ギャアアアアアアアア!!」
最後の掛け声を号令に、それに呼応してあちこちから同じような掛け声が聞こえてくる。そして恐らく鳴き声の数だけ、つまり数え切れない程の竜巻が発生する。
(そんなにたくさん……! しかも囲まれている!?)
「レノン! 掴むぞ!」
「はい!」
師匠は僕を片手で持ち上げると迫る竜巻を避ける。その竜巻が四方八方に風の刃を放ち始めた時ーー
「どう身を振っても、戦いは避けられないか……!」
そう言いながら地面に手をつけると周囲の風が渦を巻き始め、それが僕達を風の刃から守り始める。僕達は彼が作った竜巻の目にいるような状態になった。
「そんな……こんなの本末転倒です! こんなのただの同士討ちじゃないですか!」
「彼だって本当はわかっているはずだ。だが、大きな決断には、きっかけが必要だ。仲間が死ぬのを見るのは……いや、何でもないーー」
(そこまで言えば分かるわよ! 気なんか遣えないくせに、変に回さなくて良いわよ!)
「……広げていくぞ!」
竜巻がどんどん広がっていき、あちこちで風の刃がぶつかる音がするも、止まる事なくなお広がっていく。
そして空を見ると翼を生やした導師が光の束を放ち、避けて応戦しようとしているオウムを撃ち落としていた。
「貴様ァ! 今飛竜紛いのその姿を私に見せるとは良い度胸だ! 決めたぞ! もう許さん! 貴様だけは絶対に殺してくれるわ! グウオオオオオオオ!!」
天を見ながら猛獣のような低い雄叫びを上げると、その身体が強い光を放ち始める。その光が収まると、身体は導師より更に大きく、その身体の半分を猛獣の姿に変えたものとなっていた。
「姿が変わって大きくなったーーのに頭はそのまま!? 師匠、こ、これは!?」
「やべーゾ! あれはオレ達が使う特別な魔法の一つ、『獅子の型』だゾ! 獣の姿を模して陸上でも戦える姿だゾ! つまり、指揮長がマジになってるゾ!」
パロが飛んできて僕達に話しかける。今は竜巻が消えているが、どうやら逃れる事が出来たらしい。
「パロ、無事だったか。お前なら大丈夫だと信じていた」
「あれ見りゃオレには分かるゾ。けどいきなりやられて焦ったゾーーそれよりどうするつもりだゾ? あのままじゃ導師も死んじまうゾ!」
「導師様が……?」
そんな事起こり得るのかと再び空を見上げると、風の刃や導師の爪に抉られながらも前足で導師の肩を掴んだところだった。一見互角、むしろ指揮長の方が不利に思えたその時、指揮長の傷が綺麗さっぱり消え去った。
「傷が……!」
「空から見れば分かるゾ! 輝石獣の光だゾ! あれがある以上傷はすぐ癒えるゾ! それにーー」
「魔力も尽きないな」
その効果は確かにあるらしく、大地を割るような衝撃と、土煙がここまで届いて僕らを襲う。導師があの高さから大地まで叩きつけられたらしい。
「グウエエエエエエェェェ!?」
その後そのつん裂く声は指揮長のもの。以前に空からヤギに放ったものと同じ規模の熱線を解放し、巨大な翼を貫いたのだ。傷は癒えど痛みは感じる。悲鳴を上げたすぐ後に鈍い音が響き、蹴飛ばされた身体が木にぶつかってへし折る音が聞こえた。
「導師もすぐにはくたばらないなーーよし……パロ、着いてこい!」
「行くゾ!」
「待ってください師匠! どこに行くんですか!」
いきなり飛び出そうとしている彼らを呼び止めて言った。
「奥へだ! 輝石獣を止めてくる。私は族長だ。何とかしなくてはならない!」
「僕も行きます!」
「お前はここで待ってろ」
「何でですか! 僕だって何か役に立てます!」
僕が自身の胸に手を当ててそう言うと、
「知っている。だからあれが何かあった時に誰も死なないように手を加えてくれ」
師匠はさも当たり前かのように真顔でそう言った。戦力として数えられている事がわかって嬉しかった。
「わかりました! でも、どうすれば止められますかね?」
「知らん。彼女に聞けば……とにかく何かあるだろ。急いで戻るからな、お前なら出来る。頼んだぞ」
「えっ……?」
僕が師匠の顔を見て、続けてパロの顔を見ると、パロは頷いた後、羽で器用に僕の肩を叩いてくれた。僕も頷く事しか出来なかった。
「お前族長向いてないゾ……とにかくここは任せたゾ!」
そう言うと、彼らは正に風のような速さでいなくなってしまった。
「師匠ー! 無茶ですよー!」
(まあ、ゼクシムの頭に期待するだけ無駄よ)
「ーーそうなの?」
(うん。ここは私達で何とかするわよ。もうやるしかないのは分かっているんでしょ?)
「うん、分かっているよ。師匠の話、後で詳しく聞かせて」
そして大怪獣乱闘に目線を戻すと、羽ばたいて巨大な竜巻を起こし、それを翼を盾にして受け止めているところだった。すぐに押し戻される事はなく、未だ拮抗しているようだ。
(ねぇ、レノン)
「何か良い案思いついた?」
(私の杖を返して貰えば良かったんじゃないかしら?)
「あっ……それ今更言う!?」
(仕方ないじゃない。気づいたのが今だったんだから!)
確かに気づかなかった僕も同じだと思ったが、
「クエエエエエエエエ!!」
その一声で大地を蹴り、巨大な竜巻を回り込んで側面から攻撃しようとした指揮長を、もう一対翼を生やして、その翼を剣のように振りかざし、突き刺した。
「ギャエアアアアアアア!?」
あまりにも痛々しい悲鳴。舞う血飛沫。その鋭き翼は、もし首なら落ちていたというくらい深く腹部に突き刺さっていた。傷を塞ぐにも刺さっていてはどうしようもない。
「ウエェアアア……! だがお前はこの足で捕らえたーー今、だ……!」
その声が聞こえたのか、或いは伝心が通じたのかはわからない。近くにいた一羽のオウムが、指揮長の足に頭を押さえられて動けなくなっている導師を視界に捉えた。
「こっちだって今だ!」
僕はそのオウムの視線の先に立ちはだかる。
「ギャアアアアアアア!!」
叫び声を上げると、そのオウムはクチバシを僕に向け、止まっていた枝を蹴って矢になった。そして僕目掛けて一直線に突っ込んできた。
(サキ! この一回に注ぐよ!)
(ーー任せなさい!)
目の前に分厚く巨大な光の盾を作り出す。オウムがその盾に突き刺さる音と衝撃が僕を襲った。
「ギャアアアアアアアアア!」
「ギャアアアアアアアアアアア!!」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
その声達はハッキリと僕の耳に届いた。その後、何本もの矢が僕の作り出した盾にぶつかった。その勢いは半端なものではない。おそらく突き刺した後の事を考えていないその一撃は、衝撃を与える度に盾にヒビを作っていく。
(危ないわ……これだけの衝撃、オウム達も無事なわけないのに……!)
「くっ……何回も受け止めるのは……!」
鈍く重い衝撃が止む事なく続けられる。辛くも崩壊を免れる盾の全力を維持する事で、僕の腕は赤い線を描く。
(レノン! 治癒と並行して!)
「ダメだ! 僕の限界を超えるかも知れない! そしたら維持が出来ない!」
「グゥ……そうだ! それで良い! 後先は考えるな! 全てを懸けて壊せ! 導師を潰せえええい!!」
その号令で鼓舞すると、何と、抉られたままにも関わらず、傷口を拡げながらも僕の方を向き、その口に魔力を蓄え始めた。
(後ろから魔法が……!)
僕も導師も動けない。何とか保っていた拮抗もここまでだ。一筋の閃光となったオウムが僕の肩を掠め、指揮長の口から光線が放たれた。
光の線は一本目は真っ直ぐ衝突し、二本目はその線を延長するように同じ方向に放たれた。
「クソガキがああ! 長の指示に刃向かいやがって!」
「仲間を死なせないのが指揮長の役目だゾ! そのまま撃ってたら仲間も死んでたゾ!」
放たれた方向は意図したものではなかった。パロに飛びかかられ、蹴りを入れられて首を半回転させられていたのだ。
「パロさん!」
「レノン! 意識を逸らすな!」
「あっ……!」
そう呼びかけられた時には既に盾に矢が突き刺さった後だった。
ーーしかしその盾は、崩れる事はなく、むしろヒビも消え、形も元に戻ったどころが更に大きくなっていた。
「これは!」
(強化の魔法……! 私達じゃない力が!)
「貴様まで……裏切ったのか……!」
指揮長の怒りに震える声に対して男は、
「裏切ってなどいない。昔から俺は、彼女の味方なのだから」
「キュー……!」
そう言い放った。そして更に後ろからも声が聞こえた。そう鳴くのは耳と額が特徴的な魔物、輝石獣だった。後からついてきた彼らが、僕を助けてくれていたのだ。
「仲間にあんな無茶させてまで徹底して戦う理由なんてないんだゾ!」
一旦導師と指揮長を引き離してパロが問い詰める。
「お前達もだゾ! 幻の竜から逃がしてくれた恩が例えどれだけ大きくたって、こんな無茶苦茶に命を懸ける必要なんてないんだゾ!」
傷ついたクチバシ、顔に血を流し、中には起き上がらないオウム達に向かって叫ぶ。彼らは皆俯き、ある者は指揮長を伺い、ある者は視線を逸らして頷いた。
「くそう……だが導師は……導師だけは……!」
「何考えているか全然分かんないゾ! 導師とは協力関係! さっきもそう言ったゾ! 本心では嘘だったんだゾ!?」
「うぐぐ……それは……!」
「堪忍して話すんだゾーー」
パロがそう言った瞬間、大きく地面を踏みしめる音がした。導師が杖を強く握り、歩み寄り始めたのだ。そして鏡に指揮長を映そうとするがーー
「撤退だ! 我々は導師に、そして輝の森の者共に虐げられた! 信頼出来るのは故郷、そして同族しかいないのだ! 無事、または軽傷の者は存亡の為に殿を務めよ!」
そう言うと翼を広げて飛び始めた。
「待ってください! 僕達はそんなつもりじゃ……!」
手を伸ばして呼び止めようとする僕の進路を塞ぐように、オウム達が立ち塞がった。
(何であんなやつをあそこまで! 酷いやつじゃない!)
僕もそう口に出そうと思ったが、オウム達も先程までと違って強い敵意を持つわけではなく、思い詰めた顔をしていた。
「分かっているゾ……」
パロはそう呟くと、
「お互いに一旦落ち着く時間を作らせてほしいゾ……ここのオウム達も、どうすれば良いのか分からなくなっているんだゾ」
僕達は頷いて武器を収める。導師は杖をかざし、鏡に映そうとする。映されたオウムは小さな鳴き声を上げながら恐怖に震えるも、
「大丈夫だゾ。導師は心さえ読めれば寛大……なはずだゾ」
パロの言葉に頷いてじっとしていると、導師は杖を引いた。その後すぐに武器を納めて魔法を使う前の四足歩行の姿に戻った。
その瞬間、その場にいた全員が胸を撫で下ろし、ずっと続いていた緊迫していた空気に終止符が打たれた。
◆
コンコンと扉を叩く音がする。一息ついたばかりなのに仕方ないと立ち上がり、扉を開けてやる。
「はいはいこんな時間にどちら様ーーってあんたかい」
「カー」
老婆は戻ってきたカラスを見ると、家の中に招き入れる。
「それで? 何かあったのかい?」
カラスは老婆の肩まで飛んでいくと、耳元で小さく囁いた。
「おやまあ! 指揮長が暴れているのかい!? それは大変だ!」
老婆は驚き、子ども達が部屋に居るにも関わらず大声で叫んだ。




