66話 目を疑う輝の森
「そういや、輝石獣の額の宝玉は、戦う時以外にも光を放つんだゾ。夜にも仄かに紅い光を放つんだゾ」
「想像するだけで綺麗ですねーー見てみたいです!」
「そうやって魔力を集めているんだゾ。戦う時は眩しく光ると言っただゾ? でも魔力を集めている時は、ほんのり儚く光るんだゾ。だが……」
「ですが?」
「実はオレらは、鳥目でよく見えていないらしいんだゾ。つまり……人間にはもっと綺麗に見えるはずなんだゾ。羨ましいゾ」
「でしたら、もし僕が見たら感想を教えますね」
「……お前なら綺麗って言ってくれるって信じているゾ」
「えっーー」
すると木から僕の頭の上に乗る。
「フゥー、やっと帰って来れたゾー! と言っても、ここは本当の故郷じゃないけどだゾ」
ここが丁度境目か。つまり着いた開口一番の座も彼が持っていったという事になる。ずっと喋っていたその体力は凄まじいものだ。
しかし門番の姿は見えない。それどころか輝石の光すら見えず、辺りに輝石獣はいないようだ。
ーーその代わり、一人の人間が立っていた。青いローブのフードで目元が隠れている、包帯のようなもので端から端までを覆われた棒のような何かを背負った男の姿だった。
「来てしまったか……」
男は静かにそう言った。
「あなたは……!」
(うっそー!?)
僕達は驚いてそれぞれ声を上げる。
「師匠じゃないですかー! 探したんですよ!」
(やっと会えたわ! あれが私の弟子のゼクシムよ!)
目の前に立っていたのは、ラティーの村で僕に魔法を教えてくれたヴァーンだった。
「ゼクシム……? あの人は僕の師匠のヴァーンさんだよ?」
「あの男はヴァーンだゾ。自分でそう名乗ってたからそうだゾ」
「ほらぁ」
(二人とも何を言っているの? あれはどう見たってゼクシムよ。例え十年経ったとしても、私が自分の弟子を間違えるわけないじゃない!)
「それなら僕だって間違えないよ! 十年経ってないし」
「……どういう事だ? これはどうなってーー」
彼は僕を見て、言葉を紡ぐ。だけど僕はまず最初に尋ねないと気が済まなかった。
「師匠! 師匠はゼクシムさんじゃなくて、ヴァーンさんですよね?」
(さあゼクシム! 違うと言いなさい!)
彼は面食らった顔をしていたが、冷静さを取り戻したようで、口を開いた。
「レノン……だよな? まずはどういう事かを説明しろ」
「僕の事を知っている! やっぱり師匠だ!」
「教えてくれ。彼女は……サキはどうなっているんだ……!」
「サキの事、分かるんですか!?」
彼は僕がその事を一言も告げずとも、彼女の事を聞いてきた。
「分からないから聞いている! 彼女は今、お前とどういう関係なんだ!」
「どういう関係って……」
(ゼクシムは勘が良いから、見知った魔力ならそれだけで誰かわかるのよ。こんな事出来るやつ滅多にいなかったわ。やっぱりゼクシムね)
何とも言えない聞き方に困惑するが、サキは特に動じずに補足を加える。いや、目の前の人は僕の師匠なので補足ではないが、そういう人もいるという情報を提供してくれる。
「僕の身体の中に、僕と彼女の魂が共存しています。彼女はこの身体を動かせませんが、僕と心の中で会話する事が出来ます」
「……そうか。彼女なら有り得ない事もないのだろう。それで、彼女を元の姿に戻す方法は分かっているのか?」
男は俯き、独り言を呟くように言った。
「分かりません。でも諦めません。いつかは見つけ出してみせます」
「……何も分かっていないのか」
「……はい。僕達はこんな感じです。えっと、今度は師匠の話を聞かせてください。師匠……ですよね? ゼクシムさんを知っていますか? よく似ているみたいなのですが……」
(よく似ているじゃなくて本人なの!)
ゼクシムという名を聞いた時、また驚いたという顔をした彼は、息を吐いて間を取った後、話し出す。
「ああ、私はヴァーン。今はお前の師匠でも何でもない。あの日に破門した通りだ」
破門。弟子である事を認められなくなった時の事を思い出す。
「あのときはすみませんでした。僕は魔法の事、何もわかっていませんでしたーー」
あの時は何も理解していなかった。
炎を出したり、風を操るのは格好良いと思っていた。手当なんて、もう十分出来ていると思っていたし、それを更に練習するより、格好良い事をしたいと思っていた。
でも、黒と白と赤が村の色を奪ったあの日、その魔法で僕は、人を殺した。そんな自分を全然格好良いとは思えなかった。それより、練習した魔法のおかげで人の命を一人でも多く救えた事。それは全員を救えなかった後悔の上でも、誇って良いと思っている。
やはり師匠が言っている事が正しかった。
「でも今は、騎士見習いになって、従騎士になって、師匠の言う事の大切さが分かるようになりました。例えもう僕を弟子だと思ってくれなくとも、もう魔法を教えてくれなくとも、あの時教わった事は今でも僕の中で生きています。だから僕は、あなたを師匠だと思っています。ありがとうございました」
「そのまま弛まず鍛錬していけば、更に強い魔法が使えるようになるだろう。以上だ。帰ってくれ」
師匠は急にそう言い出して話を切ろうとした。
「僕達には目的があります。話したい事も沢山あります。それを為すまで、帰る事は出来ません」
「話は読める。導師まで動いたのは予想外だが、ヤギは何度かこの件で話しているからな。だから先に断っておく。私はここだけは何があっても守り切る。だからここを離れるつもりはない」
「誰かから命じられているからですか?」
「違うゾ。こいつはーー」
「パロ、余計な事は言わないでくれ」
彼はそう言って止めようとするが、
「お前が全然喋らないからだゾ。お前が喋らないなら代わりに全部オレが話してやるゾ」
パロは目を鋭くさせ、強気な口調でそう言った。
「……分かった。必要な事は自分から話すーー私がここを離れない理由、それは私が代理とはいえこの輝の森の族長で、輝石獣をこの手で守るべきだからだ」
「師匠が……族長代理……?」
(ゼクシムが族長に!? そんな事あり得るわけ!?)
「輝石獣は彼らの石から放つ光を集める事で、この額の石を大きくする事が出来る。大きな石を持つ者は強さ、そして頼りになる者の証。大きな石を持つ者こそが族長として相応しい。そして私はーー」
そこまで言うと背負っている棒の先端部の布を解き、僕らに見せた。
「この杖が最も大きな輝きを放っていた。だから選ばれた。それだけの話だ」
その杖は、間違いなくあの日僕を助けてくれたサキの杖だった。
「やはり、その杖はサキの杖なんですね」
僕の言葉に対して彼は口を閉ざした。
(レノン、あれ、やっぱりゼクシムよ。何故だかヴァーンを名乗っているけれど……その理由を聞く事は許されるよね?)
「うーん……」
ここまでサキも折れないし、疑うのも間違いだと考えを改める。どうやらゼクシムという人物が、ヴァーンと名乗っているという事みたいだ。
「師匠、あなたはサキの弟子、とても近くにいた人物だと伺っています。そんな彼女があなたをゼクシムだと言っています。何故彼女が話を聞いている中、ゼクシムという名を隠すのですか?」
僕の言葉を聞くと、彼は口を閉ざした。黙っていたが、僕の目が合った後、口を開いた。
「……あの日の私はもういない。君と話したい事なんてもうないんだ。ゼクシムは、君を追う青年は、それを諦めた。その瞬間、青年は死んだんだ」
「師匠……」
サキが怨恨の憑魔との戦いで命を落とした時、彼は横にいたはずだ。その時彼が抱いた感情は、言葉で伝えられるものではないのだろう。それは深い傷として残っている。そう感じざるを得なかった。仕方なかったという励まし、再会の機会を得た喜び、彼女の意志を忘れるなという鼓舞。どれも僕からかけられるものでは到底なかった。
(そう、わかったわ。別に今名乗る名がゼクシムでもヴァーンでも良いけど、彼は私が知っている彼その人なのね。それならーー生きていて良かったわ。それで、どうするのかしら?)
(どうするって?)
(私達が帰った後はどうするつもりなのかって話よ。その後もずっと守り続けるだけじゃいつまで経っても解決しないわ)
(それはそうだけど……)
僕は師匠の顔色を伺い、曖昧な言葉を返す。
(もう……あなたまでそんなになってどうするの?)
(だって、師匠は……)
(ーー仕方ないわね。あなたは私の言葉を伝えなさい。そのままね)
(そのままって、何を言うつもりーー)
(私がゼクシムと話すなら、私の言葉をそのまま伝えなきゃ意味ない……ううん、私がゼクシムと前のように話したいの。だから、お願い)
そう言われたら、断る事なんて出来なかった。
「あの、師匠。サキが伝えたい事があると言っているので、伝えても良いですか?」
僕は師匠に確認を取るように尋ねる。
「彼女はそんな事言わない。誰がどう思っていても言いたい事はそのまま言う」
これはつまり、そのまま言っても良いという事だろう。
(ええ、その通り。だから断られても伝えなさいーーあなたはこの後どうするの? ずっと守り続けても解決しないわよ)
「これからどうするつもりなのか、と聞いています。ただ守るだけでは解決しないとも」
「この地で最後まで守り続ける。何があろうと、ここが新たな私の居場所なのだから」
(そう。じゃあ私の事は守ってくれないの? 今こそゼクシムに守ってほしいんだけどなぁ)
「えっと、じゃあ自分は守ってくれないのかって言っています。今こそ守ってほしかったとも……」
「うっ……」
彼は驚きの表情を浮かべた後、
「……それなら君もここに居れば良い。仮に君が昔みたいに魔法を使えなくとも、必ず私が守ってみせる」
少し困ったように、しかし彼女の要求を断りはしなかった。
(嫌よ。私はティマルスを救いに来たの。なんで自分の最期まで守り続けていればだなんて自己満足に付き合わなきゃいけないの? その後で私も死ぬじゃない。あなたがこれを解決して、最後まであなたが守り抜きなさいよ)
(本当に言うの……?)
どう考えても理不尽だ。お姫様が騎士の前の最前線に自ら立とうとして、それをわざわざ守りに行かないといけないという事なのだから。
(一々確認取らなくて良いわよ)
彼女は本気で言っているようだ。
「それは嫌みたいで、あくまで彼女はティマルスを救いに来たから、自分の最期まで守り続けるのではなくて、この一件を解決する事で最後まで守ってほしいって言ってます」
「また無茶苦茶な事を……! それに、出来る事なら既にやっている! 昔は俺とサキで完結する無茶だから良かったが、今は俺にも守らないといけない民がいるんだぞ!」
流石にとんでもないと思ったのだろう。彼は多少声を荒げた。
(あっ、今俺に戻ったわね。そっちの方が格好良いと思うけど、まあ良いわーー)
(でもあなたがこの話に乗ってくれないと、私達横にいる導師に殺されちゃうんだけど? 失敗したら処刑って約束をもうしちゃったし。それでも乗ってくれないの? 私を助けてくれないの?)
「そんな無茶苦茶な!?」
(良いから!)
「あの、サキは導師様とは言葉を交わす事が出来るんですけど、僕の意識がない間に失敗したら処刑って約束しちゃったみたいで、助けてくれないのかって……ごめんなさい」
余りにも我が儘過ぎて、申し訳なくなりながらも、今彼を説得するにはこれしかないと諦めて口にする。
「それなら、それからも守れば良いのだろう。だから君がここに来てくれればそれで……」
(嫌! 私達はティマルスのために協力するってもう決めてるの! だからあなたも協力しなさい!)
(さすがに相手の事を無視し過ぎているよ! ただの我が儘だよ!)
僕の方が限界に達し、彼女にそう言うが……
「分かった。もう分かった。何も言わなくて良い。その顔を見ただけでわかる。話し合えば良いんだろう? だからその……もうそういう事を言うのは止めてくれ!」
(ふふん、分かれば良いのよ)
彼の方からそう言うと、満足したように彼女は言う。
「……ごめんなさい」
(何で謝るの? 良いじゃない。嘘はついてないし、手段を選んでいる暇なんてないんだから。ゼクシムだって他の選択肢があったのにそう言ったのよ?)
確かにその通りかもしれない。しかし彼の弱みを突く形で無理矢理動かす形になってしまった事は明白で、それに対する強い後悔は残った。
「パロ、導師への通訳は頼んだ」
「ふん、結局こうなるなら最初から協力しとけって話だゾ。こいつ裏でずっとーー」
「それは余計な事だ。必要な事ではない」
「はいはい、わかったゾ」
「では導師。場所を変えて話をするとしよう。これでも族長の地位に肩を並べる者、話すために相応しい場所はあるーー途中に部屋があるから、レノンは話が終わるまで休んでいてほしい」
「分かりました」
導師はパロの伝心を通して頷くと、横に並ぶ。
ーーその時、遠くから甲高い鳴き声が聞こえた。
「クワアアアアアアァァァ!! 行かせない! ヴァーンは絶対に渡さないからな!」
それは大きな声を上げて僕達の元へ突っ込んできた。




