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天才魔女との憑依同盟  作者: アサオニシサル
4章 邂逅の悪魔と幻の竜
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65話 導師

 四つ脚を折り、寛ぐ姿勢を取っている。しかしその視線は矢の如し。目を合わせるのに勇気がいるどころか、その瞳に映っていると意識するだけで全身の毛が抜けてしまいそうだ。全身を覆う黒き毛に対して白い髭も威厳、そして威圧感を出す一因となっていた。


「機会を与えて下さりありがとうございます。リューナ騎士団医療隊、従騎士レノン。只今参上致しました」


 僕は導師の前に辿り着くと、跪いて挨拶の言葉を述べた。パロも彼なりに礼を尽くしたその様から、伝心で述べているようだった。

 すると導師は僕達から目を離し、横の岩を見ると前足の蹄で音を鳴らした。


「おおおおおおおおおおおおお!?」

(ちょっ……ちょっと何これ!?)


 床だと思っていた巨大な石の板が大きな音を立てながら自ずと立ち上がったのだ。勿論魔法だとわかっているが、いきなり見るには大規模で声を上げずにはいられなかった。

 これは新しい処刑道具なのだろうか。僕達は潰されるのだろうか。そうビクビクして導師を恐る恐る見てみると、表情を変える事なくその石を見ていた。それに釣られて目をそれに戻すと、半分が鏡ように僕らの姿を映している。これはもしやと思った時、薄っすらとその石が光り始めた。


「これは……『恐れは不要。現時点で汝の処刑は行わず。言葉は不要。以降は此の石板で会話す。』ってーー」

(心を読まれているわね。それにーー)

(あっちが考えている事があの石に彫られている……?)


 石板に文字が彫られており、それはまるで僕の考えている事に対しての応答のようだった。


(つまり導師様は、僕の心を読んで、自身の考えをあの石板に刻んでいるって事か)

(そうね。でも一日や二日で……とにかくそう簡単に準備は出来ないはずよ。大がかりに見えるもの)


 すると石板は再び光り始める。その光が治まると、刻まれている文字が変わっていた。


『如何にも。これは過去に我が魔族と会話するために作成したものである。元来の目的として使用するのは久方振りとなる。』


 それに対して聞きたい事がいくつも噴出してどこから聞けば良いのか困ったがーー


『魔女の心を読む事も可能だ。並獣族に対してもこの石板は必要である。人間は意図を隠す生き物だ。此度も疑わしい動きを繰り返している。』

「えっ!? すごいですね!」


 それすら整理して返してくれた事もだが、一番驚いたのはサキと直接会話出来るという事だ。彼女が僕の身体で共存を始めて以降、そんな相手は初めてだ。


『魔族は魔族だ。たとえメイジスと偽ろうと種として何ら変わりはなし。我が最も嫌う種である。』

「あっ、あわわ……」

(相変わらず魔族呼びしてるし……まあ、嫌うと言うか、嫌になるまで侵略戦争を仕掛けられているんだし、無理ないけど。それにしても、導師と会うのも久し振りなのに、覚えていてくれて良かったわ)

(えっ、サキ、会った事あったの?)

『十年程前だ。汝程我欲に満ち、人の道から外れた人間は、今現在まで相見える事なし。忘れる理由がない。』


 導師は顔色一つ変えずに大真面目に伝えている。これは昔何かやったな。


(久々に話すのにそんな事言うなんて……! 私はちょっと居させてもらっただけじゃない! しかもちゃんと恩恵も与えたのに、そこだけ忘れたの!?)

『恩恵を与えたのは汝ではなく、その弟子だ。汝はただ居座り、我欲のままに甘味を吸い尽くしただけであろう。』


 うん、実にサキらしい。


(あいつを連れてきたのは私だから私が与えた恩恵だもんーーまぁ、何だかんだそう言っているけど、でも私がここにいるってわかったら助けてくれたし、本当は会えて嬉しいんでしょ?)

『事態は一刻を争う。手段を選んでいる場合ではない。』

(でしたら何故、巫女様の協力要請に応じて協力しないのですか? 元々僕達は、それを再度伝えて説得し、連れてくる事が任務でした)


 そう、そもそも僕がここに来た目的は、巫女が導師と指揮者の二人を呼びかけても来ないからだ。緊急性を理解しつつ、行動に移さないのは疑問だった。

 すると前脚の蹄で地面を叩きつけ、今にも食らってやろうかという目で僕を睨みつけた。


「うあっ、ごめんなさい! ごめんなさい!」


 僕は理由など考える前に直感的に判断して謝るも、


(石板を見なきゃ!)

(そ、そっかーー)


 サキにそう言われて石板を見る。


『協力など、言語道断である。かの巫女は此度の元凶。ティマルスを我が物にしようと獣王にも手をかけた。今も魔族を用いて飛竜の討伐を企むと聞く。飛竜の討伐を成し遂げた後、次の邪魔者は我々である。』

「ちょ、ちょっと待ってください! 話が読めません! 何故巫女様が獣王に手をかけた事になっているのですか!?」


 獣王に手をかけたのは飛竜のはずだ。全く話が噛み合わず、混乱する。


『獣王に手をかけたのは人間、鎧騎士である。我が戦いの場で、この目で見た。これを巫女が手配せずして誰がするか。事実汝等は、人間同士協力しているではないか。』


 確かに目で見た事実に勝るものはない。だが、巫女が嘘をついているようには見えなかった。


「ですが、今暴れているのは飛竜で……」


 導師が険しい顔をしたままもう一歩僕に近づく。


「こ、こいつは幻の竜について何も知らないんだゾ。メイジスだから仕方ないんだゾ……!」


 パロはその間に割って入って言った。


「幻の竜……?」

(私も分からないわ)


 そうして首を傾げていると、文字が切り替わる。


『幻の竜について知っている事を説明せよ。』


 パロは黙ったままで、様子を窺うように導師の目を見て、すぐに逸らした。


「じ、実はオレも指揮長に言われただけで……飛竜とは違うくらいしか分かっていないんだゾ……後は、何となく感覚でしか……」


 導師は一歩下がり、足を折り、寛ぐ姿勢に戻った。


『汝が指揮長の代理か。人の言葉と伝心を取れる者は稀有であり、重宝する。人間のように醜くなければ殺しはしない。』

「それは助かったんだゾ」


 安心したと息を吐き、彼は言った。


「それで、幻の竜とはーー飛竜とは別に竜が居るという事ですか?」

『如何にも。我と指揮長は竜の襲撃の初期から異変に気づき、調査を行なっていた。その過程で飛竜とは別物であると断定し、メイジステンに生息する竜と類似しているとの情報を取得した。互いにメイジステンの竜を目撃していなかった事から、仮名として幻の竜と名付けた。』

「それで、飛竜とどう違うんですか?」

『際立つ点は三点ある。一つ、身体の構造が異なる。四肢を持ち、より安定して陸上を走行する。』

「確かに、それはメイジステンの竜に近しいものですねーー図鑑や挿絵でしか見た事ないですが」

『二つ、伝心が不可能。獣王は伝心が不可能な存在を基本的に庇護対象として認めない。飛竜には直訴なしでは動かぬ王が、自ら行動を示した。』

(確かに、それは異常事態ね)

『三つ、捕食を主な目的とせず、破壊と虐殺に重きを置いた行動を取る。竜視点から捉えたとしても非生産的な無駄な行為である。』

「……確かに言われてみればそうかも知れないゾ。襲撃の頻度も高く、被害も大きいゾ」


 そして、三点を列挙し終わった後、また石板が光る。


『以上から、人間がメイジステンの竜を連れ出して操っていると断定する。我々は対抗する戦力を整える必要がある。故に山脈に赴き、飛竜を説得。味方に付け、幻の竜、与する魔族、そして巫女を滅ぼす。』

「話が飛躍し過ぎです! まだ断定出来る段階ではないと思います!」


 それは間違っていると思いつつ、巫女の任務で来た自分に対して、何故彼が未だに殺さずに話しているのかと疑問に思う。そう聞こうと思ったとき、石板が光った。


『我はここでしか詳細に心を読めぬ。この霧とこの石板がなければな。あの簡易的な杖では完全には読み取れぬ。それを巫女も知っている。巫女は我に対し後ろめたい事柄があるが故に避ける。しかし汝はここに来た。無論その思考によってはその場で裁きを下す事もあろうが、未だ至らぬ。故に我は汝を信用す。これでは不足か。』

「わかりました。可能な限り協力します。しかし僕は、巫女様、並獣族ーーそして騎士の皆様の味方でもあり、その争いは望みません。あくまで導師様側と巫女様側の協力による解決を求めます。そのため、一先ず敵は幻の竜であると巫女様にお伝えします。協力関係はそれを倒すと巫女様が仰った際、その時まで結びましょう。以降はその時再び、直接お二人で決める事にしましょう。これで宜しいですか?」

(……そうよね。私も気持ちは同じ。言葉にして聞くとそんな無茶がーーって思っちゃうけど……)


 僕は思ったままに口にする。彼女もわかってくれたと思った。


『魔女より理屈が通じるな。それで良しとしよう。ただし、再度話し合う際、情けはかけぬぞ?』

「承知しております」

(ちょっと今のどういう事よ)


 僕はそう言った後、牢獄の中で見た手紙の内容について思い出す。確か協力の内容は、輝の森の族長を連れて来る事だったはずだ。


『具体的に述べると、我が山脈に向かう間、香の森と音の森の守りが手薄になる。同じく山脈へ進軍する人間に、通り道として香の森が攻め落とされる可能性がある。そのため、輝の森の族長代理に頼りたいのだ。』

「音の森は幻の竜の襲撃に遭ったと聞きました。その分も守っているのですね」

『如何にも。現在は輝の森、音の森共に安定していないため、保護している。』


 そんな導師が離れる間任せられる程とはやはり相当強い、メイジスで言えば守護騎士にも並ぶくらいの強さ、或いはそれ以上かも知れない。となると、あまり強くないという話と矛盾する。その族長代理だけが強いという事だろうか。


『そこは直接会った方が早いとして説明を省く。』


 パロとの会話も含めて、サキに関わりがあるという事しかわからないが、こう言われてなお踏み込んでは聞けない。もう仕方ないと割り切る事にした。


(で、私達とパロの二人で行くの?)


 彼女は少し不満そうに僕に話しかける。


(そういう事だと思うよ。何で?)


 僕が答えるも、導師は何も言わず、行動にも示さない。つまりその通りという事だ。


(何で導師は来ないの?)

(何でって……忙しいからだよ。飛竜を説得しに行くなら、相当な準備が必要だろうし)

(でも私達はそれで一度失敗しているわ。大事な内容なら導師も来た方が確実よ?)

(それはそうだけど……これ聞かれているから、失礼な事言っちゃダメだって!)

(でも、族長代理なんて本当に知らないもん! 次戦う事になったら本当に死んじゃうわ!)


 そこは確かにその通りだ。導師と同じくらいだと相手にもならない。


『我儘なやつめ。そうならぬと知っている故、詳細な説明を省いたと言うのが分からないとは。』

(……そう言われても良いもん。今話している私は私だけど、この身体は彼のもの。同じようには行かないのよ)


 サキがそう言った後、再びあの目をされるのではないかとゾッとしたが、そうはならず、訝しげに僕を見る。すると目線を下に逸らして固まった。そして目を閉じて溜め息を吐いた。


(何よ。溜め息吐いたって……)

『自らの愚かさに吐いたのだ。魔女に諭されるとは。事実汝は今、勝手が違う。そうでなければ汝に直接、』


 そこまで来て『そうでなければ』以降の文字が光って消え、


『汝が直接解決していたであろう』

(……当たり前よーーでも今の私は無力……に等しい微力。私をあてにして彼に強いるのは、一部だけだとしても重過ぎるの。だから、不甲斐ないけど……手伝ってほしいの)

『此度は失敗など許されぬ。致し方なし。並獣族の進軍の予定は聞いているか?』

「進軍と言いますか……僕が聞いた限りの直近の予定では、最速でも明日に騎士を率いて香の森へ向かい、導師様に飛竜討伐参加の是非を問うとの話でした。ですが……その、良いんですか?」

『万事恙無く進む策は無し。其は穴に気付かぬだけである。全て大事で護れるものは無し。其を為すは理を超えた者のみである。』

『であれば、超えられぬ穴を見定めて塞ぐ他なかろう。』

「ーーありがとうございます!」

(ありがとう。恩に着るわ。出来る限りの成果を上げると約束するわ)

『急げ。時は汝を待たぬ。備蓄から揃えよ。出来次第出る。』

「わかりました!」


 そう言って僕は礼をして後にする。


「何とか穏便に終われて良かったゾ。この調子だと、もしかするとあいつも、動かせるかも知れないんだゾ」

「どんな方かは分かりませんが、出来る事を頑張ります!」


 彼は僕の肩に乗ると、袋に食べ物を詰めるなど、一緒に準備をした。



 ◆



「……遂に動き出したか。それに、この魔力反応は、導師までも……」


 考えるだけで手が、足が震え出すが、そんな自分を見られると思うと更に嫌だ。


「キュー……」


 膝の上で私を見つめる輝石獣が、心配そうに鳴いた。


「すまない……代理とは言え族長を任された私がこんなでは、安心して眠れないだろう」


 そう言いながら頭を撫でる。ぎこちなく、変に力が入って心がこもらない事に気付くと、膝から自分が座っている大きな切り株に降ろした。


「……ごめんな。君が見せてくれた高みを諦めたどころか、こんなにも無様だなんて……」


 手のひらの上で小さな花を咲かせ、それを見ながら男は呟く。


「…………だが、守りたい仲間がいる。君を失望させる結果になるけど、俺は君の前に立つよーー」


 目を瞑り、独り言をまじないの類いのように呟いた。言い終えて、その花を乗せた掌を握ろうとするも、それを止めて風を吹かせてそっと飛ばした。


「パロ、来てくれ。伝達ーーあいつはいないんだったな……」


 腕を肩の高さに上げ、そう声を出すも、飛び立った事を思い出す。

 そして直接伝える予定だった者の元まで歩く。


「何かあったのか?」

「導師と魔女が到来する」


 私はそう告げた。


「追い払え。何があっても絶対にこの森から離れるなよ? わかっているよな?」

「……ああ、分かっているつもりだ」

「お前がいなくなったら輝石獣共も、我々も、飛竜にやられておしまいだ。我々を見捨てたりしないよな?」

「見捨てるつもりなどないさ。最期まで戦い抜くよ」

「なんだ安心したーー」


 そう言って私の元に近づくと、


「無理に迫ってくるようなら殺してしまえ。導師無きティマルスを担うのは、我々なのだから」


 指揮長は耳元で、小さく囁いた。

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