64話 二枚舌の観戦者
「魔力はまだあるんだゾ? どうせお前、ただのメイジスじゃないだゾ」
小バカにしているように聞こえるが、目は笑っていない。僕を見ているそれは、中身を見透かされているようだった。
(こいつ……まあ良いわ。確かに大きいのはまだ一、二回程度しか使っていないし、まだ出せるわね。あまり良い傾向じゃないけど)
「ただのメイジスかどうかはともかく、まだ出せます!」
「それならちょこまか動きまわれだゾ! いつもならやつの魔法で死ぬが、今はそうでもない……かもしれんゾ?」
「はい……? はい!」
不安がたっぷり残る助言だが、それでも何もないよりは信じるしかない。
「フゥ……」
どうやら向こうも、見世物が終わり、つまらなくなった事に不満があるようで、あくまで僕を使い潰してでも楽しみたいらしい。
「ググウァ!」
(レノン!)
鳴き声と同時に大地を蹴って爪を突きつけようとしてくる。僕は出来る限り強化の魔法を強めてそれを回避すると、
「ヨコ! とにかく距離を取れゾー!」
「ヴアァ!」
その指示通り僕は距離を取る。もう一度来たので同じように躱す。それを見た周りから笑いが起きる。
(本当に向こうは向こうで実況? みたいなのしてるのね……)
(逃げる事しかできないとでも言われてるのかな……)
そうだったら嫌だなぁと思いつつ逃げ回る。
「グググゥ……!」
「後ろに跳べゾ! 薙ぎ払うゾ!」
「ググググググ……!」
「左に回れゾ! 捕まえようとしているゾ!」
段々怒りが目に見えてきて、攻撃も雑になる。今なんか爪やそこから伸びる風の刃の一撃の速さ自体は変わらないが、爪が地面に埋まってしまった。
「ウガアアアアア!!」
遂に怒りが頂点に達したようで、雄叫びを上げると、強い風が巻き起こる。これには周りを囲んでいたヤギ達も驚いて、騒めき始める。
そして観戦どころではないと離れ始めた。
「オマエ! 並獣族の兄ちゃんだゾ! そこの鎧を拾って、狼を駆使して何とか逃げっゾ!」
「くっ……わかった! レノン! すまない……生きろよ!」
「はいっ!」
そう言うとバロンが少し辛そうながらもザックを乗せ、先輩を引っ張り上げると、早歩きくらいの速度で離れていった。
「ここからは出来れば得だが下手すりゃ死だゾ! どうするゾ?」
「……時間を稼ぎたいです」
「オマエ、中々面白いゾ!」
「面白くないでーー」
「ガアアアアアアア!」
その瞬間に両手を横に広げ、そこにそれぞれ一個ずつ黒い球体を作り出す。僕の盾を突き破ったあれだ。
「アアアアアアアアア!!」
右手を僕に向けてその球体を放つ。凄まじい勢いで迫ってくるが、曲がりはしないため、回るように動けば避けられる。
「アアアアアアアアアアアア!!」
今度は左手の分を放ってくる。それも避けると今度はその間に準備が出来ていた右手の分を放つ。
「動き続けっゾ! 回り続けっゾ!」
(どれもバチバチ鳴ってるし! 当たっても良いやつは一つもないわ!)
「これ終わり来るんですか!?」
そう言ったときにはオウム自体も飛び回って躱している状態で、喋れる状態ではなかった。木から木へ飛び回っているものの、その木自体に球が当たると折れてしまうのだ。
ーーしかも、その木が燃え始める。
(嘘……本当に森が燃えてるーーじゃなくて! これまずいんじゃないの!?)
「ガアアアアアアアアアア!!」
火の中でも動じずに僕を目で追っては球を撃ち続ける。どうやらそれくらいの火では傷つかないらしい。やはり勝ち目はない。そう思った次の瞬間ーー
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
今度の叫びは悲鳴だ。空からヤギを覆い尽くすほどに巨大な光の束が降ってきて、それを焼き尽くした。その後、倒れ込んで翼が消え、脚も元に戻って戦う前の姿になった。
「やってやったゾ! ズラかるゾ!」
「えっ? えっ!? これ良いんですか? 良くないですよね!?」
「導師が来るゾ! 導師に任せっゾ!」
彼はそう言うと、僕のローブを足で掴み、飛び上がった。すると目の前に杖を持っており、全身黒の毛に首元と髭が白くなっている立ち上がったヤギが現れた。
「あ、ヤベーー」
「えっ……?」
あれだけ必死に羽ばたいていたオウムはそれだけ言うと急に飛ぶのを止めた。
「どういう事ですかー!?」
そして僕含めて地面に落ちていった。上から降ってくる彼を受け止めると、石になっていた。
「こ、これは……?」
(石に……? 石化の魔法!?)
(そんな事まで出来るのか……どうにかして治さないと!)
そう思って毒癒しの領分で、普段の……というかさっきまで動いていた彼の姿を想像してーー
「い、石……石戻し!」
そう唱えると顔の部分だけふさふさした羽毛に戻す事が出来た。
「やった! 出来る! 石戻し!」
この手の類は出来るとわかればもう一度は簡単だ。そう唱えて完全に石化を解除してみせた。
「オマエ凄ぇゾ! 助かったゾ! じゃあ逃げるゾ!」
しかしそう言った次の瞬間には僕は吹っ飛ばされており、燃える草木の上に叩きつけられていた。
「あっ……! あああああああ……!」
肌が焼かれる感触に目を瞑りたくもなるが、前を睨みつけた。目の前には先程見かけたヤギ。鉤爪は当たり前のように付けており、片方の手で僕の首を掴んでいた。
「心を読まれるゾ! 清い心でいろゾ!」
「そ、そんな事言われても……!」
清い部分だけではなく、本心を見抜くために心を読むのでは、と思いざるを得ない。こればっかりはどうしようもない気がした。
杖の先端がジリジリと音を鳴らし、鏡のようなものが浮かび上がる。それには僕の顔が映っていた。
(サキ……! どうしようか……?)
(えーっと、えーっと! 心を読むならーーそうだわ! レノン、私にーー)
「な……に…………」
彼女の声が聞こえなくなってくる。最後の一言までと思ったが、それが叶う事はなかった。
◆
「起きろゾ! 起きろゾ! 起きないと……あれやるゾ! コケコッコー!」
「村を守らなきゃ!」
飛び上がって起き上がると周りを見る。よく見ると日差しが全然なく、まだ薄暗かった。やつらの襲撃は朝と決まっているため、どうやら聞き違いだったようだ。
「なんだーー疲れているのかも……」
(レノン! 寝ぼけてないで起きなさーい!)
「なんだ……やっぱり朝か……」
朝を告げる声が聞こえたので、折角横になったのだが、仕方なく起き上がる。目の前には鳥がいた。
「やっぱりいるじゃん!」
「いい加減にしろゾ! オレだゾ!」
「そうなんだ……ここどこ……?」
ボーッとした頭のまま僕は聞く。
「牢獄みたいだゾ。捕まったらしいが、殺されなかったゾ」
じっとその鳥を眺めてみる。黄色と緑色の羽、頭の羽は寝癖のようになっていて、肩に乗ったら僕の頭の上にクチバシを置けそうなくらい大きな鳥……ようやく頭が冴えてきた。ふざけている場合じゃ全然なかった。
「あー……すみません……そうでしたね。香の森でヤギと戦って……」
「導師にやられたゾ」
「では何故生きているのでしょうか?」
(ふふっ、なんででしょうねー?)
サキは自分のお陰だと言わんばかりに得意気でいるが、ここは牢獄だ。
「それを読み解くための鍵が、ここにあるゾ」
そう言うと手紙を咥えてヒョコヒョコと移動し、首を伸ばして僕に渡してくれた。
「手紙……ですか? でも、誰からですか?」
「オレが知る中で、手紙を書けるというか、文字を読めるのは、導師だけだゾ」
「そうなんですねーー」
僕は手紙を開いて目を通してみる。想像していたよりも綺麗な字で丁寧に書かれていた。
「何て書いてあるんだゾ? 読み上げてほしいゾ」
「はい、わかりましたーー『必要事項のみ記載する。汝等は我の下僕として扱う。輝の森へ向かい、族長代理を連れて来る事を命ず。達成した場合、此度の罪を不問とす。我々は人間と異なり、欲を隠蔽せず。取得が必要な情報があれば謁見する事を許可す』だそうです」
「分かったゾ。だが辺りを見てみたが、ここからは出られないゾ」
「多分ですが……迎えに来るまで待機して、それまでに荷物と聞くべき事をまとめろという事かと……」
(思ったより待遇悪いわ……)
(生きているだけで全然良いよ。何をしてくれたの?)
(まぁその内、割とすぐわかるから良いでしょ)
彼女は説明してくれなさそうだった。
(それでも良いけど……とにかく助かったよ。ありがとね)
(ええ、レノンも、ありがとう)
(何が?)
サキにそう言われるような事はした覚えがないので少し不思議だったが、
「じゃあ、話し合いするゾ。オレからしたら話し方とか見た目とかは男みたいに見えるけど、実はオマエは、女で美少女で魔女って事で良いゾ?」
などと意味不明な事を言い出したため、思考を切り替えた。
「色々僕達の事知っているみたいですが、大体間違ってます!」
「そーなのかだゾ……オレには髪の毛の長さでしか人間の男と女の違いが分からないゾ。オマエを魔女だと思って手を貸したんだゾ。それも違うのかゾ?」
「それは……なんというか……難しいですね……」
(どうすれば良い? まだサキの事把握しきっていないみたいだけどーー)
時間を稼ぎながらサキに質問する。
(いずれわかる事だし、言っちゃっても良いわ。その方が速く進むでしょ?)
彼女が嫌がりそうだから質問したのに、意外にもそうはならず、拍子抜けだった。
「その、信じにくい話かもしれませんが……えっと、あっーー名前を聞くのを忘れてました。僕の名前はレノン、ラティー村から来たレノンです。もし宜しければ、名前を聞いても良いですか?」
「メイジステン……リバー、リューナ、イヴォルとかなら聞いた事あるゾ。でもラティーなんて言われても分からねーゾ。まあ良いゾ。オレはパロメディス、長いからパロって呼ばれるゾ。当然生まれも育ちも音の森だゾ」
「音の森……そう言えばヤギが居て入れてもらえませんでした。それについて何か知ってますか?」
僕の言葉を聞くと、少し辛そうな顔をした。
「話し辛い事でしたら……」
「いや、良いんだゾ。もう過ぎた事だからゾ……音の森は、あの竜ヤローのせいで壊滅したゾ。指揮長は何とか無事だったみたいで良かったゾ。でも群れのやつらでは連絡が取れないのも居るゾ。そいつらは、もしかしたら……」
「辛い事聞いてしまってごめんなさい」
指揮長から連絡が取れなくなっていたのは、これが原因だったか。やはりティマルスでは飛竜の被害が起きているんだ。早く止めなければならない。そのためには協力が必要だ。導師様に巫女様の伝言を届けなければ。
「オレは輝の森に居たゾ。仲が良いやつがいて、後は指揮長の縁でオウムはみんな輝の森に居させてもらっているゾ。輝の森は一番危険だが、一番安全な場所だゾ」
「ーーそれはどういう意味ですか?」
輝の森ーー先程の紙に記されていた場所について知っているならこんなに頼もしい事はない。それに今まであまり聞かなかったので、僕も出来るだけ情報を集めておきたいと思っていたのだ。
「一番狙われるが、今の輝の森の族長代理が、唯一あれを追い払えるんだゾ」
(輝の森の族長って、亡くなられたって……)
「輝の森の族長って前に襲撃で……」
「そこまで知っているんだゾ? お前、思ったより情報通だゾ。それは前の族長で、縁があるやつが代理で族長をやっていて、そいつがとにかく強いんだゾ」
「そんなに強いんですか? でも討伐までは至っていないのですね」
「あれは本当に強いゾ。でも、動こうとしないゾ。森から離れる事を極端に恐れているからだゾ。だが、そんな族長代理がもっと恐れている魔力反応があったゾ」
「それが来るから動けないって事ですか? それって……」
考える僕をパロはじっと見つめる。自分を指差すと、頷いた。
「それがお前……のはずだゾ」
「僕……というよりーー魔女の事ですね」
「お前は魔女じゃないのゾ?」
「色々あって、僕の中には僕と魔女の二つの魂があるんです。そして、ほんの少しだけ、その力を借りる事が出来ます」
「なるほどだゾ。そいつの観測によると、丁度あの時に香の森にいるメイジスのはずだったゾ。もっと強いーー導師を片手で倒すくらいだと思っていたゾ」
「あれを片手は流石に……」
(私に恐れをなすのは当然よ。今は微力だとしても、生前に私の魔力を肌で感じた事があるならば、同じ気配を感じただけで震え上がる事間違いなしね)
まるで悪人みたいな言い方である。
(でも、輝石獣に……それも偉い人に知り合いなんていたかしら? この私の記憶力でも覚えていないなんて……)
輝石獣とは、輝の森に住む宝石を額に持つ獣らしい。確か強くないからヤギやオウムよりは重要ではないと先輩が言っていたから、詳しい事はあまり聞けていなかった。中にはそんな強いのもいたのか。
(そんな怖い事した事あるの……? まあ今は良いけど。それに、サキは記憶力良いけど、記憶違いだったり忘れる事もあるよ。セレーナさんの事人違いしたりね)
(あれはーー本当に聞いた事あった気がしたんだもん……)
と言ってもセレーナ本人が会った事がないと言っているしーーとここまで来て、今話すべき事ではないと察した。
「僕はそんなに強くないです……ごめんなさい……」
「でも、オマエは良いやつだゾ。良い人ではあるって言っていたから、オマエかもしれないゾ」
(ではって何よ)
(恐れをなすような事をしてきたからだよ、きっと)
(むう…………勝手にみんなが怖がっただけなのに……)
彼女は小さな声でそう呟いていた。
(ごめん、そんな責めるつもりじゃ……)
(うん……)
「事情が違くても、話せば納得してくれるかもしれないゾ。というか、そうじゃないとオレらは死ぬゾ」
「そ、そうですよね……」
「オレは話したい事は話したし、後は聞くべき事を考えて待つだけだゾ。輝の森への案内は、オレに任せるだゾ。導師にもそう言ってみるゾ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
そう言った後、僕は巫女様の依頼の件と個人的に聞きたい事を整理して、謁見の時が来るのを待っていた。
少し経ち、振動と轟音と共に扉が開いて光が指すと、二体のヤギが姿を現した。
「オレ達にこっちに来るように言っているゾ」
「ーーわかりました」
そうして僕達は牢獄から出る。そして歩いて、歩いて、多少距離があったが、導師が待つ森の中の謁見の間に相当するであろう場所に通された。




