6話 騎士見習いとは
「あれ……ここは…………?」
目を覚ますと建物の一室にいた。自分が寝ているベッドがあり、その他は机と椅子があるだけの狭い部屋だとわかった。
(おはようレノン。ここは宿屋ね。昨日の会話の流れを聞く限り、あなたを運んでくれたみたいよ)
「昨日……うーんと…………」
僕は昨日の事を思い出そうとする。確か走った後に限界の中歩いて、門の前まで来たはずだ。それ以降記憶にないが、そうだとするとここは都市の中の宿屋という事なのだろうか。
(寝ぼけてるのね。ほら、窓を開けてお日様の光を浴びなさい)
「うん……」
言われた通り窓を開ける。眩しい光が目に入り、風が僕の髪を撫でる。暖かさと涼しさを肌で感じて今は朝なんだと身体が理解した。無意識に身体を伸ばすと、痛みが走り、萎縮する。その刺激で頭が冴えてきた。
(大丈夫? 体、痛むの?)
「少しだけ。でも大丈夫。問題なく動けるよ」
(強化したまま動き過ぎて体が悲鳴をあげたのかしら?)
「僕の体で出来る範囲内でちょっと頑張り過ぎて筋肉痛ってだけだよ。サキの杖の時と比べるような痛みじゃないし」
(魔法も体を使うのも、まだどっちにも慣れてないのねーーまあ、歩けそうならまずは外に出て宿屋の人にお礼を言いに行きましょう)
「わかった。サキ……迷惑かけてごめんね」
(気にしないで。むしろ私がいるのだからここからは大船に乗った気持ちでいなさい)
サキは凄い魔法をたくさん使えるんだ。それを教えてもらえるのだから、きっとこれから上手くいく。
「うん、そうだよね」
前向きに考えることにして扉を開けて部屋を出る。扉を横目に見ながら廊下を歩き、階段を降りた。
「おはよう……ってあんたちょっと待ったあああ!!」
「はいい!?」
忙しそうに仕事をしているこの宿屋の主人ーー女の人だけど貫禄があるからきっとそうだと思うーーに呼び止められる。その声と勢いに驚き、固まっていると近づいてきた。
「あんた昨日運ばれた人だね?」
「はい! レノンって言います! ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした!」
とりあえず頭を下げる。今の僕に誠意を示す手段はこれしか思いつかなかった。
「あんた勘違いしているね。あたしは怒ってなんかないよ。代金は貰ってるんだし。ただ忙しいから声が大きくなっただけさ。ほら、顔上げなって」
「そ、そうなんですか……?」
恐る恐る顔を上げると確かにその顔は微笑んでいるといった感じで怖いという印象とは無縁だった。それを見ると少しだけホッとした。
「落ち着いたかい? あたしはここの宿屋を経営しているマリア。他所からの行き倒れって聞いたけど、リシューに何しに来たんだい?」
「騎士見習いになりに来たんです。村から出てきたのですが、情けない事に力が及ばず、都市の中に入る前に倒れてしまいました」
「そうかいそうかい。騎士見習い、あたしは大歓迎さ。他所からも客が来ればうちの宿屋も繁盛するからね。向こうもまだまだ人手が欲しいみたいだし、スカウトするから呼び止めておいてくれって言われてたんだよ」
「そうだったんですか。騎士見習いの方はよく泊まられるんですか?」
「泊まるよ。うちは親が営業していた頃はただの酒場だったけど、騎士見習い制度が始まって、あたしが取り仕切るようになってからは宿貸しも始めた。それで今じゃもう酒場というより宿屋って感じだからね」
「僕も使わせてもらいます。よろしくお願いします」
「それならあんたの部屋は取っておくよ。次からはあんた払いだからね。何日泊まるかは財布と相談して決めるんだよ?」
「はい。わかっていますーー」
そのとき、グーッと僕のお腹の音が鳴った。そう言えば夜に何も食べていないのだった。
「うちは朝は出してないから、なんと言われても出来ていないものは出せないよ」
「いえ! そういうつもりじゃなくてーー」
「だから、干し肉とパンで我慢しな」
そう言うと僕を引っ張って連れて行き、干し肉とパンを手渡してくれた。
「良いんですか?」
「毎回はやんないよ。騎士見習いになって他所へ行ったときにうちを宣伝してくれさえしてくれれば、それで良いさ」
「ありがとうございます!」
(ありがとう、おばちゃん!)
「母さん! もう昼御飯作り始めなきゃ! お客は自分の腹時計のくせに遅れるとうるさいんだから!」
女の人の声が奥から聞こえる。どうやら娘さんらしい。
「じゃあ行かなきゃね。ここが待ち合わせだからね。騎士見習いが来るまで出ちゃダメだよ」
「はい。忙しい中ありがとうございました!」
マリアはそう言い残し、忙しそうに去って行った。
僕はもらったパンと肉を食べ、木のコップを鞄から出し、魔法で水を入れて飲んだ。肉に塩味がついていて、胡椒が振ってある。単純だがパンと合わせて食べると美味しかった。あとお腹が空いていたので何よりも美味しく食べられた。
(嬉しいけど、これだけだと味気ないわね……シロップかジャムをつけたいわ……)
僕がどんどん食が進む中、どうやらサキは不満らしい。ジャムはともかくシロップは希少だし、お腹が空いている僕はとにかく肉が食べたかった。
「シロップなんて高価だから買えないよ。甘いらしいけど僕は肉の方が好き――ん?」
今のサキって僕が食べた物の味がわかるのかーーどこまで僕と共有しているのだろうか。ふと気になった。
「ねえサキ、どうやら味はわかるみたいだけど、他には? どこまで僕と同じように感じられるの?」
(あっ――)
サキは固まって黙る。少し経った後口を開いた。
(そ、そうね……味はわかるわ)
「本当にそれだけ?」
疑念を抱き、問い詰めるような口調でサキに話しかける。
(……わかったわ、わかったわよ! め、面倒だから話していなかっただけだし! 目、耳、鼻、舌は多分共有出来ているわ。でも動かせないし、痛みは感じないし、魔法も使えないわ。これは本当よ)
動かせる分、僕だけが痛みを感じるということか。確かに痛いならもっと声に出しているはずだ。
「ありがとう。問い詰めるような聞き方してごめんね」
(ううん。大丈夫よーーそれよりも来ないわね……)
「うん、確かにそうだよね。結構待ったけど……」
誰も席に座らない朝の酒場で食事を終え、僕はただ待つだけになる。そのときーー
「すまない……遅れたな…………」
怠そうな声が聞こえる。その方向へ顔を向けると、黒い髪の男が頭を掻きながら姿を現した。
「あっ、いえ! 待ってないです。僕も今来たところなので!」
「ああそう? なら良かった。つか朝から仕事とかあり得ないんだけど……騎士見習いは時間自由なのが強みなのにさー」
(酒臭っ……何この人…………)
確かに酒の臭いが酷い。絶対に二日酔いだ。
「……ごめん臭う? 昨日飲み過ぎたからなー」
「酔い覚ましの魔法をかければ少しは効くと思いますが……」
「何それ。治癒魔法使えるの? とりあえずもらうわー」
「ーー酔い覚まし……! どうですか?」
僕は手を男の前に出し、目を閉じて魔法を唱える。男は『うっ』と唸った後、黙っていたが、段々顔色は良くなっていった。
「大分良くなった……どこでそんな魔法覚えた?」
「村で二日酔いをする人がいたので、他の治癒魔法の時と同じように、元気な姿を想像したら治せたんです。本には一々書いてませんでしたけど、名前を付けるなら酔い覚ましかなって思ってそう呼んでます」
「魔法で大事なのは想像力だからな。うん、君は騎士見習いの才能がある。受付所まで連れて行くから一緒に来てくれ」
「僕、騎士見習いになれそうですかね?」
戦闘面は見られていないが、騎士見習いの人にそう言われると嬉しい。
「あるな。才能は間違いなくある。騎士見習いの課題は魔物と鎧と酒だからな。これを克服したら一流の騎士見習いだ。俺は酒が弱くて毎晩辛いんだ……」
「飲まなければ良いと思いますが……僕もお酒好きじゃないですし…………」
「もし騎士見習いになれればその内わかるさ。酒飲めないと仲間も見つからないってーーよし、じゃあ案内するからついて来てくれ」
「は、はい。お願いします!」
僕は連れられて騎士見習い受付所まで歩いた。普通の家と比べれば大きいには大きいが、僕が思ったよりも階層は高くない。白い石で建てられた施設だった。
「おはようルーシィ。昨日の例の彼を連れて来たよ」
建物の中に入り、机に向かっている若い女性に話しかける。
「おはようございます。スラストさん。今日は朝から活動されているのですか?」
「治してもらった。彼にね。彼は素質あると思うから色々説明してやってくれ。じゃあ俺は依頼見てくるから。今月は余裕を持ちたいからね」
「はい。もう焼失はしないでくださいね?」
「わかってるって。じゃあ君、頑張れよー」
僕を案内してくれたスラストと呼ばれた騎士見習いは、軽く手を振って去っていった。
「僕、レノンって言います! よろしくお願いします!」
「ルーシィと申します。依頼の受付と説明の仕事を担当していますーー元気の良い挨拶、こちらも元気をもらえるので、是非続けてくださいね」
「ありがとうございます! えっと、さっき言っていた『ショウシツ』ってなんですか? 失くしたんですか?」
早速僕はルーシィに聞く。
「焼けて失うと書いて『焼失』です。これは任命勲章が燃えて自己消滅する事を表します。一定期間に定められた数の依頼を受けないと、この勲章ーー任命章が勝手に燃えてなくなってしまいます」
そう言うと透明な球体の中に入った任命章を見せてくれた。
「これが騎士見習いの証……! かっこいいですね!」
「自分が騎士見習いだという事を証明するのはこの勲章だけです」
「なくなってしまった場合、どうすれば貰えるのですか?」
「もしこれをなくしてしまうと、騎士見習いではなくなるーーつまり職を失うことを意味します」
「そんな……! 気をつけないと……」
「では、騎士見習いについてお話ししていこうと思います。宜しいでしょうか?」
「はい! お願いします!」
返事をする僕を見ると、笑顔で頷いてくれた。
「まず騎士見習いとは、騎士と共に民の平和を守るメイジステン北部独自の職業です。北部でしか通用しない職業だと思ってください」
「南部との仲は良くはならないんですね……」
「はい。悪の宰相セルゲイは、未だに南部を占領しています。皇家メイジステン家とは一切血の繋がりのないのにも関わらず、先帝の死以来ずっと……そんな中、先帝の娘であり、正統なるメイジステン家の長女アンナ陛下が、民のために整えてくださったのが、この騎士見習い制度なのです」
「僕達でも平和を守れるようにって事ですね」
(アンナへーかねぇ……確かに皇家だけど……十年も経ったのに、まだあれが北帝に残れてるんだ)
サキは何か言いたげにそう言った。聞くにも聞けないので無視するしかない。
「その通りです。陛下は騎士だけでなく、民も国のために戦う事をお許しになったのですーー騎士見習いを目指す事は、アンナ陛下に仕えて戦う事と同義です。それを了承し、忠誠を誓ってくださいね」
「はい。わかりました。誓います」
(えー、誓うの……?)
とりあえず必要ならとそう答えた。正直忠誠を誓うと言われても、会った事のない人だしどんな人だかもわからない。何だか曖昧なものだと思った。
サキは嫌そうな声を出す。誰かに仕えるのは嫌みたいだ。
「では騎士見習いになった時の話をしますね。任命章を見せる事で恩恵がありますーー」
(恩恵……任命章を見せたら食後に甘い物が出るとかが良いわ!)
サキの思っている通りにはならないと思うが、イメージとしてはそんな感じだろう。
「任命章を見せる事で、狩った魔物の売買や、メイジステン北部の街を自由に往来する事が可能となり、通行税が免除されます。また納税は依頼の報酬からこちらがお渡しする際に天引きする形で徴税しますので、税に関して考える必要はありません」
「騎士見習いとしてしっかり活動出来るようにしてくれるのが任命章で、焼失は、税をしっかり納めるためにあるということですね」
「仕組み上そうなっているというだけです。先程も申し上げた通り、騎士見習いとして自覚を持ってくださいね」
「はい! なった時は常に意識するようにしますーーでは、そろそろどのようにすれば騎士見習いになれるかを聞いても良いですか?」
説明も大事だ。だけど飛び出してきてしまった以上、もう目指すしかないのだ。名誉ある仕事であることはわかったが、それよりも、どうすればなれるかの方が大事だった。
「そうですね。ではその話をしましょうーー」
ルーシィは頷くと、別の資料を取り出した。
「二ヶ月に一度認定試験があります。それに合格すると任命式を経てお渡しされます」
「試験があるのですか!?」
(試験あるの!?)
僕達は驚いて声を合わせて言う。
「はい。都市の問題を受け持つのですから、安心して任せられるように試験として魔物と一対一で戦ってもらいます。月の最終日が任命式で、その一週間前が試験日です。つまり、今から大体一ヶ月後ですかね」
ルーシィはその様子を物ともせず、淡々と説明する。驚かれるのも慣れているのだろうか。
「わかりました。その試験を受けたいです。登録してもらえますか?」
「では、受験費用として銀貨五枚をお支払いください」
「お金かかるんですか!?」
(お金取るの!?)
またもや二人とも声を合わせて言う。
「はい。試験実施、そして運営費用として徴収しています。これは本当に覚悟がある者だけが受けて欲しいという陛下の想いからのものでもあります。そのリスクを考慮し、受ける気がある人だけが受けてください」
「あ、あの……じゃあ仮にですけど、一応聞いておきたい事があるのですが、僕が費用を出して無一文になって落ちてしまったらどう生活していけば良いのですか?」
「騎士見習いでなくとも受けられる依頼がありますので、それをこなしてください。ご覧になりますか?」
「お願いします」
「こちらになります」
なんだ。そういう依頼もあるのか。そう思いつつ依頼を受け取る。じゃあとりあえずこれで稼ぎながらと思いつつ、依頼状を読んでみた。
「えーっと……『経験不要・メイジス限定〜メイジスだけの職場が魅力、大規模農場で働こう〜』こっちは……『経験不要・収穫量三年連続上昇〜農場の規模と共に成長できる職場〜』また農場……『経験者優遇・メイジス限定・リシュー近辺トップシェア(経営者調べ)〜麦じゃない、ニッチ産業のプロになろう〜』って……これ結局全部農場じゃないですか!!」
思わず声を出してそう突っ込む。依頼状など名ばかりで、ただの求人票だ。
「はい。農業従事者は多くて困る事がありません。騎士見習いになろうとして土地を売る、村から逃げ出してくる形で都市に来られる方が増えていますので、生活に行き詰まったときに農業に戻れるようにしています。農場主の方は衣食住を保障してくださるので、働けずに餓死する事はありませんよ」
(衣食住の保障? そんな美味しい話ってあるのかしら?)
「騎士見習いは試験も仕事も簡単ではありません。それくらいの覚悟はできていますよね?」
「はい。ま、万一の場合覚悟しておきます……」
そう言いながら鞄の中の袋を取り出す。母さんがくれたお金があったはずだ。全部取り出してみると、銀貨三枚と銅貨十枚が入っていた。
(銅貨十枚で銀貨一枚分よ。宿屋に泊まって生活する分なら十分だったのかもしれないけど、銅貨一枚分足りないわね……)
「すみません。手持ちじゃ足りないです。どうにか試験日までには準備しますのでそのときで良いですか?」
「大丈夫ですよ。準備ができてからまたお越し下さい」
「ありがとうございます。丁寧にお話してもらえて助かりました」
お礼を言って受付所を後にする。そして外に出た瞬間頭を抱えた。
「どうしよう……どうやってお金稼げば良いのさ?」
都市に着いてすぐお先真っ暗だ。試験はまだわかるにしても、受けるのにあんなに高額のお金がかかるなんてーー
どの階級にも門戸を開いたと聞いていたが、それがこれとはあまりにも非情だ。僕の頭の中は、明日どう生きようかというその事だけでいっぱいになった。
(強くなって魔物を売って稼ぐとか?)
「それ騎士見習いにならないと出来ないって言われたばかりだよ……いっそのこと魔法で増やせたら良いのになーー」
(さすがにそれは夢見過ぎよ。魔法はイメージしたものの劣化しての再現。パッと作ってみて通用するものが作れるはずもないでしょう? どんなに上手い人でもすごく似てるが精一杯、国はその一歩先の対策をしているのよ)
僕の発言が現実逃避に聞こえたのか。冗談を大真面目に諭され、頭を切り替える。
「だよね……ふざけたこと言ってごめん……」
(誰しも考えるわ。でも私でバレたんだから、あなたじゃダメよ)
ーーああ、もう過去に実践済みだったのか。本気でやる人がいるとは思わなかった。
「……ありがとう。それにしても宿屋に泊まって生活したら更にお金減るし、これからどうやって生活しよう」
(宿屋ーーそう、宿屋よ!)
サキが何か閃いたというように言った。
「何か良い案あるの?」
(宿屋で働いて泊めてもらって、お金も稼ぐ。これで解決よ!)
「そんな上手くいかないよ。マリアさんにも迷惑かけちゃうし……」
(じゃあどうするって言うのよー)
拗ねたような口調でサキは言う。
「ないけど…………」
(じゃあ行きましょう! 何事も行動あるのみだわ!)
「そうだよね。わかった。とにかく聞いてみるよ」
申し訳ないけど今自体がどうしようもない状況だ。ダメ元でも聞いてみる価値はある。僕は宿屋に向かって歩き出した。