58話 隔たれた扉
「どうするべきだろう……」
部屋に入ってすぐ座り込み、呟いてみる。
(バラバラになったし、一先ずフラウちゃんのところに行ってみれば良いんじゃないかしら。聞きたいこともあるし)
(でも一番問題なのは……)
(セレーナなら上手くやるでしょ。向こうだって子どもじゃないんだし)
そう言われると違うとは言えない。他にやる事がなければどうすればと考えるが、今は話を聞きたい人が他にもたくさんいるのだ。
(そうだね。じゃあ、フラウのところに行ってみるよ)
そう言って部屋を出る。フラウが案内されていた扉の前に立つ。そして扉を軽く叩いてみる。
「僕だーーレノンだけど、フラウ、居るかい? 入っても良いかな?」
しばらく待ってみるも、音沙汰なしだ。
(返事、しないわね……いないのかしら?)
(扉も開かないや。他の人の部屋に行っているのかもしれないね)
(だとすると?)
サキに問われて少し考えてみる。すぐに答えは浮かんだ。
(やっぱりセレーナさんかな)
(確かに他の選択肢と比べたらそうね。行ってみましょう)
今度はセレーナの部屋の前に立つ。不思議な事に、扉が光を放っていた。
(これって……強化の魔法の類だよね?)
(そうかも? あと、端の部分も何か変よ)
そう言われて見てみると、扉の端とその隙間の小さな穴から光が漏れているのが見えた。
(これって……色も違うけど、やっぱりーー)
(別の魔法でしょうね)
サキも僕と同じ結論を導き出した。恐らく、扉に強化の魔法をかけ、更に壁だか結界を張っているのだろう。
一応確認のため、扉を引いてみようとし、押してみようとするが……
「やっぱり開かないか……」
想定した通りだったが、残念過ぎて声に出してそう言ってしまった。
(開かないことはわかったわ。けど、これってつまりどういう事なの?)
(多分……多分だけど、ラドさんが入れないようにしている……気がする。フラウがこの中に居れば、連れ戻そうとするラドさんから身を守れて、自分の部屋にいないのにも説明がつくし)
(じゃあ、どうすれば会えるの?)
「セレーナさん。レノンです。聞こえたら開けてください!」
一応声に出してみるも、やはり音沙汰はない。
(今は……無理かな……)
サキの純粋な質問に、僕は歯切れ悪く答えた。
(ーー諦めるの?)
(諦めるというより、扉は動かないし、その奥で結界が張ってあるとしたら、外の音も聞こえないよ)
(そんなもんなの? もっと叩いてもっと大声を出せば聞こえるかもしれないじゃない)
(ちょっとやそっとじゃダメだよ。僕も師匠から教えてもらう時、結界を張ってもらって練習したけど、どんなに声を出しても魔法を使っても、部屋の外の人には聞こえなかったから。セレーナさんの魔法は一流だし、聞こえないよ)
僕はそう理屈を並べてみた。そう言いながら、説得している相手は、サキだけでなく、自分も含んでいるのかもしれない。
(じゃあ……次はどこへ?)
(ラドさんかな。何でこうなっているのか知っていると思うし……)
そうして今度はラドの部屋に行き、扉を叩く。
「……誰だ?」
扉から声だけが聞こえる。扉は開かないようだった。
「ラドさん!」
(返事あった!)
返事があっただけで嬉しかった。
「俺はここにいる。お前はラドではない」
「あ、いや! そういう事ではなくてですねーー僕です、レノンです!」
「今お前などと話す気分ではない。それを認識した上で、何か言いたい事はあるか?」
扉越しだが彼の圧を強く感じる言葉だ。
「あ、あの……フ、フラウとセレーナさん……知りませんか……?」
それに対する返事はなかった。
「ラドさん、あのーー」
「その話をするつもりはない。お前も明日以降しばらく顔を合わせる事はない。さっさと出て行け」
「そんな、僕だって参加するつもりでーー」
「三日後に戻って来れたら聞いてやる。馬鹿共の夢物語はもう間に合っている。以降は答えない。さっさと去れ」
「ラドさん!」
それに対して返事はもうなく、僕は立ち尽くすのみだった。
(……もう帰りましょ!)
(うん……)
(なんてやつ! 折角心配して来てあげたのにあんな事言うなんて! もう知らないわ。さっさと行ってやりましょう!)
(じゃあ、先輩の部屋に行っても良い……?)
(なんで? どうせ行っても怒られるだけじゃない。もう私は嫌よ)
(ごめんね……僕が不甲斐ないから。だけど、明日行く時、先輩と一緒だし、助けてもらう事になるからさ)
(……助けてもらうかもだけど……従騎士になってから怒られてばかりじゃない)
確かに思い出せば、怒られている事の方が多いかもしれない。
(まあ、あなたがそれでも我慢できるっていうなら、そうすれば良いけど……)
(覚悟して入った道だからね。僕は頑張るよ)
そして覚悟を固めて先輩の部屋に行くもーー
(いないじゃない!)
(そ、そうだね……)
扉を叩いてみても声をかけてみても返事がない。とりあえずここにはいないらしい。
(ねぇ、本当に大丈夫なの……? 明日も、今回の依頼自体も…………)
彼女は不安そうに言う。
(大丈夫……とは言えないかもしれないけど、やるべき事、そして出来る事をやっていくしかないよね)
僕はそう言って笑ってみせた。サキと対面しているわけではないから意味はないのに、そうしていないと気が済まなかった。
(じゃあ、部屋に戻りましょう。あーあ、暇になっちゃって仕方がないから、私がシーナさんの事を話してあげるわ)
(サキが自分から昔の話をするって言い出すなんて、珍しいね)
(そうかしら? そうかもねーー)
彼女はそんな風に言った後、
(もし、誰に相手にされなくなっても、私がいるからーーそれを忘れないで。私は、自分の仲間がたとえ何をしようとも、悪魔になろうとも、ずっと仲間だから)
僕に向けて彼女は優しく、でも真剣に言ってくれた。
今までと違って、仲間同士でも、何だか噛み合わない。やってみなきゃわからないけど、協力出来ないかもという不安がある。そう、本当は不安だ。
なんだ、バレてるじゃないかーー
(ーーありがとう。それなら安心して頑張れるよ)
そして僕は誰もいない廊下を引き返し、自分の部屋に戻った。
少し歩いただけなのに、思ったより疲れていた僕は、木製で毛皮の毛布という大自然を感じられるベットに横たわった。
(相も変わらず臭いわね。毛皮というのは)
(そうかもね。でも僕の村も、臭いの種類は違えどこんなもんだったと思うし、慣れだと思うよーー相変わらずって事は、やっぱりティマルスに来た事はあるんだね。そこで巫女様と会ったって事?)
(ええ、十年前に、弟子と二人で世界を摘み食いーーじゃなくて、弟子の修行に付き合ったときにね)
(へー、でもさ、いきなりで会えるものなの? かなり身分高そうな人だったよ?)
先輩に、巫女様は領主と同じ地位と説明されたのを思い出す。だとすると普通に考えて会いたいだけで会うのは難しいはずだ。
(私を誰だと思っているの? 私が会いたいと思えば会えるのよ)
(うーんと……つまり魔法を駆使して邪魔する人や物を全てふっ飛ばしてきたって事?)
少し考えてみたが、やはりこれくらいしか思い浮かばなかった。
(何でそうなるの!? 普通に私が偉大で天才な魔女だったから顔パスだったんだけど! しかも一度会いたいと思ってたって言われたんだけど!)
(そっか、ごめんね。サキは天才魔女だもんね。そりゃ有名にもなるか)
(ふふん、ようやく言葉だけじゃなく心にも私の凄さが沁みてきたようね)
少し嬉しそうに彼女はそう言う。魔法で出来る事の天井がわからないため、とにかく凄いとしかわからず、他よりどれくらい凄いのかはわからなかった。
しかし、アムドガルドでの憑魔との戦い、大伯の反応から、目の前に本物がいたら顔パスも十分あり得ると、今なら思える。
(あれだけ助けられれば流石にねーーそれで、巫女様について何か知っている事はあるの?)
(シーナさん。もう実際に会っちゃったから、大体はあんな感じの人、で済ませられるんだけど……)
(けど?)
気になる部分がある、といった感じだ。
(メイジスに助けを求める人じゃない気がするの。何というか、もっとティマルス内でどうにかしようとする人だからーー)
(獣王様が倒れたっていうのが今までにない例なら、なりふり構ってられないのも仕方ないと思うけど……)
(そうかも。私そういうのわからないし……うーん、でもね、なんだろう……本来はもっと自分が動くのが好きというか……レノンを催促に派遣するよりも前に、自分から行っちゃうような人な気がして、そんなところが格好良かったからーー)
彼女は寂しそうにそう言った。彼女は偉い人にあまり興味もないと言う。しかしむしろそれ故に、言葉として表現し辛い直感的な部分で感じる事があるのだろう。
(やっぱり十年も経てば、みんな変わっちゃうよね。ギンも、ハクちゃんも、言っちゃえばアゲートも、みんなあの時と変わらずって感じだったから感じないでいられたけどーーそうよね。十年、経っているのよね……)
(あいつ、何しているんだろう……この私の弟子なのに、今まで一度も名前を聞かないなんて……きっと、頼りになるのにな……)
(サキ……)
(ううん、ううん! そう、だから私がする話は、他の人が言うより曖昧だから。ごめんね、期待させちゃったのにこんな事しか言えなくて!)
(サキ)
(ごめん、レノン。何か言った?)
寂しさを誤魔化そうとする彼女を呼び止める。
(もし、みんなが変わっても、サキに対しての僕は変わらないでいるよ。だから今まで一緒にやってきた事を、君も忘れないで。僕だってずっと仲間で、もし君が困った時は、必ず助けになるから)
(ーーーーふっ……ふふっ……)
何故だか彼女は急に笑い出した。
(僕は真面目だけど、何かおかしいかな?)
(だって、だってさ。ふふっ……今のってさっきのお返しのつもり?)
(……そうだよ。だって……言われて、嬉しかったからさ……)
言って今更恥ずかしくなって、返す言葉も段々声を小さくなる。
(あれはね、私がとっても頼りになる偉大なる魔女だからこそ言って重みがある言葉なのよ? 私が居なくなった後のあなたじゃ、ちょっと頼りなさ過ぎない?)
(そ、それは今の段階の話だよ。僕だってもっと強くなって頼りになる人になってみせるし!)
(変わらないって話じゃなかったの?)
(……そ、そこは変わっても良い部分だよ)
苦し紛れに僕はそんな答えを返してみる。
(でもやっぱり変わらないわ。『私に対してのあなた』はね。だって、どんなに魔法が上達しても、私より魔法が上手くなる事なんて有り得ないもの)
(くっ……言い返すのが難しい……!)
いつかは上回りたいけど、そんな自分の姿を想像するのも難しい。想像しないとまず魔法にならないのにだ。
(あっ、でもあの弟子を超えるくらいなら出来るかも? そしたら一番弟子にはなれるかしら? いや……やっぱりそれもレノンじゃ難しいかしら?)
(わかった。それなら出来るさ。目標は難しいくらいが丁度良いしーーとにかく今のでやる気出たからね。明日から頑張ってサキも先輩も巫女様も、みんな驚かせてみせるから)
わざとらしい挑発だと思いつつも僕は乗ってそう言ってみせた。何だか今回も僕が励まされているような気がする。
(ええ、頑張りましょう。戻った頃にはきっとあの二人も、私達のように仲良しになっていると信じて)
(そうだね)
話も終わり、実際に一息吐いてみてご飯まで寝ようと思ってベットに入ってみる。
眠くなってきて意識も絶え絶えなときに、誰かに何かを言われた気もしたが、聞き取れなかったし、気のせいだったのかもしれない。
◆
「では、従騎士のお二方。そして、ザックとバロン。宜しくお願いしますよ」
夜が明けた朝、見送りに来てくれた巫女は、僕達に言った。
「はい。必ずや果たします」
「ーーはい……! 必ず、巫女様の期待に応えてみせます!」
僕達がそう返した後、ザックとバロンも礼をする。伝心狼も何匹か見送りに来ているため、一言は伝心で伝えたのだろう。
「あ、あの! やはり私も、同伴させてもらえないでしょうか!」
フラウが巫女に向けて声を投げる。多少声が震えており、勇気を出して放った一言だとわかった。
「行きたいで行けるなら苦労しないんですよ。これから行う会議にも出てもらわないといけませんし……まずは分身か分裂するところから始めてください。ないんですか? そういう魔法?」
「あるにはあると思いますが……す、すみません……専門外です……」
「あれば便利なのですが……仕方ありません。今回の任務は主力を使わないものです。それに、むしろ行く事で不備がある人は連れて行く事はないでしょう」
そう言ってラドとセレーナをの方を見る。当然と言えば当然だが、一夜経っても何も解決していないため、和解は出来ていないようだった。
「ラドのケチ……」
「なっ……」
「そこ、刺激しない! もっと自覚を持ちなさい!」
「ご、ごめんなさい……!」
フラウが言った後、欠かさず彼女を注意する。多少強い言葉に驚いたのか、反射的に謝っていた。
「……ミスティーリアさん、レノンくん。手を抜く事はないと思うけど、逆に無茶し過ぎてもダメですからね」
「セレーナさん……セレーナさん達は、大丈夫ですか……?」
「そこはまずありがとうございますでしょーーセレーナ様、お言葉、感謝致します。従騎士ミスティーリア、行って参ります」
そう言って先輩は引き離そうとするように僕の腕を引っ張る。
「あ、あの! 僕まだセレーナさんに……!」
「あなたは目の前の事に集中すれば良いの! こうなった以上、絶対に失敗は許されないんだからね!」
そして眉間にしわを寄せ、顔を強張らせた先輩は、そのまま物でも引きずるように僕を引っ張っていった。
その時に見えたザックとバロンは、僕達には声をかけずに一人と一匹、向き合っているだけだった。




