46話 ラクレー攻防戦
「レノンくん、あれ……!」
遠くにだけど、うっすらだけど、ラクレーの城が見えてきた。
「いよいよですね……」
「覚悟はできているよね?」
「助けてもらったので、今度は僕がラドさんを助けるんですーー」
日付変わって夜を越え、ついに僕らは目に刻む。
昨日の野営は、敵地の近く、そして僕達は見張りを交代しながら休んだ。正直言ってよく眠れたもんじゃなかったが、そのまま進むのはどうしようもなく酷だ。敵は本拠地だし、夜襲が有効なほど敵の層も薄くないと判断してのことだった。
そうして僕達は、前に進み出した。
「うわっ……これ、どういうことですか?」
(……見れたもんじゃないわね)
進み出して少し経った頃。僕達が見たのは、騎士……だった人だろうと思うものだった。
磔の刑というものだろう。鎧を剥がされた騎士が晒されているのである。勿論息はしていない。木に吊るされている人も見える。それが木があるごとにーー先も、その先も、更にその奥の木もとそうなっている人が続いているのである。
「……見せしめでしょう。捕らえた……これだけの数いれば、殺したのも含めるでしょう、とにかく騎士を集めて、晒しているのです。ここに来るメイジスーー私達も、こうなるぞという風に脅しているんです」
セレーナの話し方が戻っていた。軽い口調で談話をしているほどの余裕はないのだろう。
「あまりにも残忍ですよ……! こんなことーーうっ……!」
(見ない方が良いわ……)
一瞬見てしまった人ーーだったものは、身体が抉られて、その部分が赤黒くて……でも、それが剣族にやられたのか、或いは、晒された後に魔物に食われたのか、それすら僕にはわからなかった。
「こんなこと……人にできるんですか?」
「メイジスが酷い仕打ちを剣族にしたように、剣族もそれができてしまうのです。きっと、民族など関係なく、人は力を得るとどのような形であれ残忍な面が出てしまうのでしょう。前にそのような目にあっていれば恨みも募り、よりそうなってしまうんです」
「これも、僕達メイジスのせい…………」
歩いても歩いても続くそれを見ながら、彼らの辛さを思い知った。
「大事なのは、ここで断ち切ることです。私達がこの恨みを剣族にぶつけてはいけない。剣族に復讐するのではなく、あくまで考えを改めさせることを目的に。そして、私達ーーメイジスも悔い改めなければならないのです」
自身の胸に手を当てて耐えるように言う様は、僕だけでなく、自分自身にもそう教えているように聞こえた。
そうして言い終えると、
「ここにはラドはいません。いないので……早く進みましょう」
続けてそう言ってセレーナは進む速度を上げた。
(見ても状況は改善しない。早く抜けましょう。ここにいる騎士も数は限られているし、そう長くは続かないはずよ)
そうして僕達は、恨みが形になった森を抜けた。視界が良くなると、城はより近くなっていた。しかし、視界が良くなるということはーー
「レノンくん、来るよ!」
その声が聞こえてすぐその場から離れる。空気を切り裂くように矢が通り抜けていく。
「どこから射られました!?」
「あそこ! あの遠くの!」
セレーナの指す方を見て、目を凝らすと、弓矢を持った女が居た。この距離でも正確な狙いだなんて、視力の強化以外にも経験まで積んでいる。元から狩りに参加していた口だろうか。その女もその場から離れ、見えなくなる。
「見失ったーー」
(ちょっと待って! それよりこの音は……)
「嘘だろ!? 単に武装した兵士だけじゃない……騎兵までいます!」
大きな音を立てるそれは一気に距離を詰めてくる。あの矢が始まりの合図だったのだろう。それにしても、人が馬の速度で走るのに、馬は何の速度と言おうか。そんなのを考えている暇もないので、思考から捨て去り、僕達も動き始める。
「まずは火で撹乱をーー火炎弾!」
杖を前方に大きく振り、普段より小さいが、火炎弾を五つ出し、それを五つの方向に放つ。
「爆破!」
それを当たるギリギリまで飛ばし、当たる前に派手に爆破させる。
「うあああああああ!!」
勢いを殺そうとするが、止まり切れず爆発を浴びる。浴びちゃ意味ないのだ。ちょっと距離を詰め過ぎた。
「なんだよ! 痛くねえ! 拍子抜けじゃねえか!」
「あの火吹き馬の騎士に比べたら楽勝だぞ!」
「うおおおおおおお!!」
再び進軍が始まる。火吹き馬とは、ラドの魔法のことだろう。
(さすがに火力下げ過ぎじゃないの? 逆に勢いづけかねないわ)
(これでも頑張ったんだけどなあ!)
仕方ないじゃないか。これも魔法の本に書いてあった通りの魔法じゃないんだ。僕は魔法学者じゃないんだぞ。素人が突貫で弄った魔法の魔力効率を舐めるな。
ーーそして、今向かって来ている人達が、フーリで見た火を恐れず、訓練を受けた兵士だと言うことだ。
「一度勢いは殺せたと思います。それに馬もーー」
「くそっ! くそっ! やっぱり止まらないか!」
僕達の横を風になった馬が通り過ぎていく。完全に制御できなくなっている。これだからメイジスとの戦いで騎兵はダメなのだ。馬が走っているときに真近で魔法を見てしまったときの対応が難し過ぎる。事実メイジスにとって馬は、基本は移動手段だけだ。
「かわいそうだけどーー」
(仕方ない!)
僕は前方を見てまだ人が乗っている馬にもう一度火の魔法をお見舞いする。火は人間には克服できたが、馬には厳しいのだろう。逆を返せばそれを乗り越えるほど強い感情を、僕達に向けているのだろう。
因みに例の物語に出てくる騎士の相棒の天馬は、喋れるし勇敢だから大丈夫なのだ。
ーーそんなことをしていると、また矢が飛んでくる。それはセレーナの盾により止められた。
「武装した歩兵、そして弓兵だけでも強敵よ。この数全員は相手にできない……」
「やはり本を狙うしかないですね。誰が持っているのかわかりませんが……」
そしてついに歩兵が目の前にまで来てしまい、槍の突進の一撃が放たれる。それを避け、火炎弾を一つにまとめて放つ。それはもう片方の手に持つ盾に防がれた。
「舐めるなメイジス! 剣王の訓練を受けた俺達は、魔法なんか怖くないぞ!」
「くっ……」
「いいえ、魔法は怖いです。メイジスにとってもーーレノンくん!」
そしてセレーナから手を伸ばされる。
「えっ……? はい!」
よくわからないがとりあえず手を取ろうとすると、腕ごと掴まれる。そして背負われる形になった。そして頭を上から割と強く押され、
「……もう来るから」
とセレーナに囁かれた。僕はこれで察した。だって前に一度やったからね。僕は目を瞑る。
するとすぐに雷の音が鳴り、もう一度鳴る。
「雷だとおおおおお!?」
「くそっ! 目をやられた!」
「め、メイジスめ! がああああああ!!」
「俺は見えるぞ! 真っ白な未来!」
そんなこんなで阿鼻叫喚が聞こえてきた。セレーナは僕を背負いながらも全力で走る。このままでもしばらくは動けないと判断したのだろう。たとえ彼らが目のせいでふらついていたとしても、剣族の大きな男達にぶつかって、それに当たり負けずに、逆に倒していくその様は、さすが守護騎士と言うしかなかった。
「あれが城門ね! 橋もどっちも壊れているけどーーきっとラドがやったのね。飛び越えるから、しっかり掴まってて!」
「えっーーはい!」
そう言って今度は思いっきり跳躍しーー
「蕾の盾!」
そう唱えると、蕾のように閉じた花びらが僕らを包む。中々窮屈で早く出たいなと思っていると、外から何回もドドドドドドとその蕾に何かが当たる大きな音がした。
「お、落ちてますよね? 越えられてますか!?」
「越えられているはずです……!」
セレーナは曖昧なことを言ったが、大きな衝撃とともに止まった。多分無事着陸できたのだろう。
「レノンくん、大丈夫?」
彼女は僕に確認を取る。
「結構きついです」
「ごめんね、これ一人用の広さの盾だから……」
そっちの意味でもあるのであながち間違いではない。
「じゃあ、開けるからね?」
「ーーはい!」
セレーナは僕の確認が取れると、
「咲き誇れ!」
そう言って蕾は開かれた。その瞬間を狙っていた矢も、その花びらが防いでくれた。
「行きましょう!」
「あともう少しですよねーーどこに行けば良いのかわからないので……お願いします」
「こっちです!」
するとセレーナは僕の手を引き、壊れている城門を抜ける。待ち構えた敵の前に盾を張り、攻撃を弾く。
「脅しが通用しないのなら、仕方ないですーー」
僕は前に有効だった雷爪を、彼女は剣で敵の手を傷つけ、武器を落とし、掴めなくさせた。そして奥へ突き進んだ。
ラクレー城は今回のために作られた城ではないため、設計者はメイジスが侵略することを想定していないのだろう。
とにかくセレーナが守護騎士に相応しい実力だと、何度目の再確認だよと思うほど見せつけられた。
「剣王が隠れている場合、どこにいるかはわかりませんが……玉座の間はあの建物にあると思います」
「あの建物ーー天井に穴開いてますよ!?」
セレーナが指差した建物の天井には穴が開いており、そこから赤い光が出ていた。恐らく魔本の光だ。
「嘘……? あれは……!」
セレーナはショックを受けたような顔をする。
「あれも……ラドが、空から……突っ込んだ跡でしょう…………」
セレーナの言葉の歯切れが悪くなっていくのを感じた。それで僕も察した。跳ね橋、城門、そしてあの広そうな建物。いつ壊したのかはわからない。でもラドが壊してもアムドガルド王国が機能しているということはーー
(まだそうと決まったわけじゃないわ。最後の最後、そうでない可能性がなくなるまで諦めてはダメよ)
(うん、そうだよね)
サキがそう言ってくれる。ここまで来たら結果を見るまで考えても仕方ない。
それに武装兵の姿が見える。仲間を呼んでいるようで、ここもすぐに安全じゃなくなりそうだ。
「セレーナさん! まだそうと決まったわけじゃないですよ。とにかくここから離れましょう!」
そう言って僕は前に出る。その武装兵に向かって火炎弾を撃つ。
「ぐわっ! くそが!」
そう言って僕に向かって走り、剣で切りつける。それを横に転がって躱す。
「火炎砲!」
後ろに下がりながら放つ。近距離で放つと少しは効果があるらしいが、倒すまでには至らないだろう。同時に反動で下がるのに利用してより距離を取る。
その着地地点に別の兵士が槍を投げてきた。
「レノンくんーー間に合って……!」
盾が僕の前にできると、その槍は僕にまで届かずに止まった。
「なんでいきなりそんな無茶するの……?」
「守護騎士がいるなら絶対に大丈夫だと思っているのでーーそれくらい守護騎士は強いです。ラドさんも強いですよね?」
「ーーええ。とっても強いわ。私よりも」
「だったら僕達がやられない限りラドさんもやられてないですよ。まだやられてないのなら、やられる前に根本の魔本を作る悪魔をやるだけです」
自分でも言っていることは理屈が通ってないと思うが、とにかく彼女を励ましたかった。
「ありがとう。そんな気がしてきたわ」
そう言うと今度はセレーナが前に立ち、三人を相手に全員の手を攻撃して武器を落とさしていた。さっきのでコツを掴んだようで、手慣れたものだ。
「さすがですねーーあとさっき壊れた建物から魔本の光と同じ色の光が見えました」
「ということは、そこに行けば少なくとも魔本はどうにかできるってことね」
「だと信じたいです。でもとにかく行くしかないので」
「あと少しだと思うし、行こう!」
そして僕達は再び走り出す。行先では遠くから沢山の矢による妨害があったが、盾で全部防げた。矢に当たらないようにするためか、追手も来なかった。
そしてついに、セレーナが言っていた目指している建物へと入る。その中は、見上げたときに見た細長い塔とは違って色々なものが置けるほど広い。そして生活用品が置いてある。
「ここは城全体の中では居館と呼ばれていて、家の要素を持つ建物になるわ。というより、この居館ーー即ち家に、他の主塔や城門などの軍事的な役割を持つものが合わさると城になると言った方がわかりやすいかもしれないわね」
さすがは城勤めの騎士。外の案内から頼りにしていたが、城のことには詳しい。
「とにかく階段を上っていけば、あの魔本がある部屋に着くんですよね」
「それは合っているけど、実質家だからって気を抜かないでね。誰か隠れているはずだからーー」
「はい。わかりました」
そして僕達は階段を上る。常に慎重に、周りを警戒しながら行動していたが、ついに部屋の前まで誰と会うこともなかった。
「何もなく来てしまいましたね……」
僕は思わず言ってしまう。本があるのに何もないなんておかしい。何かがあるはずなのだ。
「もしかしたら複写本で誘い込むため……?」
「とにかく行くしかないですよ」
「そうよねーーじゃあ、一、二のーー」
「「三!」」
僕達は同時にそう言って部屋の中に入る。すると部屋の中に居たのは、帝の影の薄地の黒いローブとは異なり、長い黒ローブにマントまで付けていて、何よりあの四角い学士帽まで着用している。そして見た目も痩せていて細いが、背が高いーーイメージ通りの学者だと自分をアピールしている姿の男が立っていた。