44話 医長と行く道
クフリーから再出発。太陽の光が僕らを照らす中、僕はセレーナと馬に乗って、首都ラクレーに向かっている。実際には彼女が馬に乗っており、僕はその後ろに乗せてもらっているだけだ。
大伯と話し合った結果、制圧部隊よりも先行して、急いでラクレーへ行くことを許されたらしい。また、問題の解決よりもラドを見つけることが優先で、ラクレー以外で彼を見つけた際は、制圧部隊と連携を取って、準備ができてからラクレーの攻略に臨むようにとのことだった。
あれだけ急な出来事だったのに、知っていたかのように対応できるとは、大伯はさすがだと思った。
「レノンくん、酔っていないですか?」
セレーナは前を向いたまま僕に話しかける。
「いえ、大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」
「なら良かったですーー今回の件、レノンくんの視点で気になることは何かありますか?」
「僕の視点からですか? そうですねーー」
黒死の悪魔、魔本、強化された剣族。どれも気になるが全部実際に見たものだ。まだ見えてこない存在はーー
「ラクレーを占領したアムドガルド王国の戦力と、恐らくそれを執り仕切っていると思われる剣王の存在ですかね」
「アムドガルド王国の戦力は確かに未知数ですね。私達がラクレーに近づくにつれてわかってくるとは思いますが、最初に接触するときは慎重にいきましょう」
セレーナは丁寧に答える。
「はい。わかりました」
「それと、剣王というのはーー黒死の悪魔が逃げる剣族に向けて言っていたという用語ですよね」
その後、彼女は僕に確認するように聞く。
「剣族の王様、アムドガルド王国の王様を意味していると連想できます。つまり、黒死の悪魔と並んで今回の騒動を起こしている中心人物の一人だと僕は考えています」
「今まで単独と思われていた黒死の悪魔が、剣王なる人物と組んで、組織として行動しているということですよね」
「あの黒死の悪魔と手を組むなんて、何を考えているんですかね。今はメイジスだけでも、いつ剣族が殺されてもおかしくないのに……」
「単体なら私が優勢と言えたところですが……何か策を練っているかもしれませんね。これまでの情報によると、黒死の悪魔の結界などに使われる黒死魔法は私の浄化魔法で対応できる範囲のはずなのですが……」
医療隊である彼女の魔法は傷を癒すだけではない。体内の毒を消し去るのも専門分野だ。その効果は僕の毒癒しの比ではないだろう。
ーーつまり有害な黒煙を主力に戦う黒死の悪魔を相手にするとして、彼女はこれ以上ない程の適任なのだ。
「これ程心強い味方はいないと僕は思っています。敵の策については、ラクレーに行く前に話を聞ければ良いのですが……」
(……嫌な予感がするけど、セレーナが有効なのも事実で……危険だけど、やっぱり今がチャンスなのかしら……? でも……)
サキは未だに決めかねるといった様子でブツブツと呟いていた。
「どのような関係なのかもわからないですし。もしかしたら、既に黒死の悪魔がアムドガルド王国を支配して、どうにもできない状態かもしれません。情報を集めることも大事ですからね」
「勿論最優先はラドさんですが、そっちもできるだけ早くどうにかした方が良さそうですね。ともあれ今の段階では情報が足りず、どうするとも判断できません。どこかの都市で聞き込みをしましょう。騎士なら今、緊急時なので協力してくれるかもしれません」
「ーーはい。何だかレノンくんは立派ですね。もう少し子供っぽい方だと思っていました」
セレーナはそんなことを言い出した。まあ、よくあることなのだが。
「よく言われますよ。子供だガキだって」
(いつも見た目だけで判断されるなんて失礼よね?)
うんざりしたようにサキは言う。彼女もよく言われたのだろうか。彼女の場合は、言動も子供っぽい部分が多い気もするが。
「でも話してみると、色々考えている、そう思うんです。私がレノンくんくらいのときは、ただ夢だけを見ていましたよ」
「それは、騎士になる夢ですか?」
「そうですね……誘われてからはーーええと私、昔は病院で医者の見習いだったんです」
そういえばフラウからそんな話をしていたと思い出す。
「どうして医者から騎士になろうと思ったんですか? 誘われたと言われましても、そう簡単になれるものではないですし……」
「本当に、そうですよね。自分でも笑っちゃいますけどーー誘ってくれた人を見ていると、なりたくなったんです」
(誘われただけで騎士になるなんて変わった人ね)
「それでなれちゃうのがすごいですがーーどんな誘われ方をしたんですか?」
「えっ!?」
僕がそう聞くのはそんなに変だっただろうか。一瞬動揺したような声を上げる。
「あっ、そのーー意訳すると、医者でも騎士の医療隊でもやることは大して変わらない。それなら騎士になった方が偉い人に感謝されるって」
「意訳……? それにしても大分雑ですね……」
「そうですよね。私も今ではそう思っています」
ハハハなんて言いながら彼女は話す。
「誘ってくれたのってラドさんですか? 昔からの知り合いって聞きましたし」
「ああ、違いますよ。一応ラドも横にいたのですが、別の人です」
「その人も今は守護騎士なんですか?」
「……いいえ、その人は騎士になれませんでした」
「そうなんですか……その人は今どんな仕事をしているんですか?」
「あの……それは…………」
医長は言葉を詰まらせる。表情は見えないが、その声色から話すのが辛いのだと感じた。
(平民で騎士になる人って、人生をかけて試験を受けるみたいよ。落ちたら職もないし、帰るお金もないなんてザラにある話みたい。それだけ連絡が取れてないなら……そういうことよね……)
(そっか……そうなのか……)
恐らく騎士見習いができる前の話なのだろう。今ならそれでも騎士見習いとしてやっていきながら騎士を再び目指すこともできそうだが……彼女は若く見えるが、年齢は聞くものではないーーとようやく学んだ。
「あの、ごめんなさい……」
「ーーって、そんな暗い雰囲気にするためにそういう話をしたんじゃないです。貴族でもない限り、レノンくんくらいの歳の子は子供っぽいのではないかと思っていたという話でした」
振り向いて僕の顔を見て無理矢理笑ってみせていて、これ以上引きずらないように僕も笑顔を返した。
あと、独立した領地であったラティーは、リシューの領地になってしまっているため、今は本当に平民だ。一応ーーなんて思ってから思い出した。過ぎたことは仕方がないのだが。
「ーーよしっ」
セレーナは急に馬を止める。そして馬から降りる。
「どうしたんですか? まだ街は見えないようですが……」
辺りは一面土だ。野宿するには早過ぎる。そう思いながらも僕も馬から降りる。
「実戦練習をしましょう。レノンくんの魔法を知り、連携を取りたいのでーーあそこに魔物が見えますね?」
そして医長が指差す先を見ると、転がって移動している丸っこい魔物が見える。
「あの蛇を討伐しましょう。私がーー」
「あの」
思わず話を止めてしまった。
「なんでしょう?」
「僕、見間違えていないですよね……あれが蛇ですか?」
「はい。蛇です。足ありませんし。それで、私が前で盾をするので、あれを後ろから倒してもらって良いですか?」
「はい。わかりました!」
「では、近づきますよ!」
(もう走り出して……! 今はもうすっかり頭騎士なのね!)
僕も追いかけて蛇と言われる魔物の元へ走る。近くで見てわかったが、大きさは僕の膝くらいだ。すると魔物も気づいたみたいで、こっちを向き、火を吐いた。
医長は魔法で鏡みたいな盾を出し、その攻撃を完全に防いでみせた。魔物はみるみる小さくなり、細長く、蛇に相応しい姿となる。
炎を吐くということは火の魔法はダメか。折角練習したのだが、仕方ない。
「小さくなると、狙い辛いですね……!」
医長の後ろから魔法を撃つにしても、小さ過ぎる。
「大きくなるのを待ってください! 火を吹くまでにもう一度大きくなります!」
そう言っていると、蛇は空気を吸い込むと巨大化する。今度は思いっきり吸ったためか、僕と同じくらいの高さになる。
「氷柱!」
氷の棘を放つ。チャンスが少ないので、一つ大きなやつをだ。それが背中に刺さると叫び声をあげる。しかし浅い。貫いていれば炎がそこから出るはずである。
「中々の魔力量ですね。良い調子ですよ!」
そうするともう一度炎を吐き出した。今度の炎の量は並でないが、避けることもなく盾で防ぐ。
「医長もすごいですね! 全然動じないです!」
「これくらいはーー守護騎士ですから」
余裕そうにそう言った。どうやら本人が言っていたように、後方で治癒魔法をかけるだけが医療隊の仕事ではないらしい。もしかしたら彼女が凄いだけかもしれないが。
この魔物は芸がないらしく、もう一度空気を吸い込む。
「それなら次はーーこうだ!」
僕は高く飛び上がって落下するとともに杖を振り下ろしーー
「風刃!」
(とっておきのを!)
超巨大な弧を描く。それがそのまま風の刃となり、地面を割りながらまっすぐ飛んでいった。
「ギエエエエエエエエ!」
相手は動きも鈍いためそのまま当たり、真っ二つに割ける。
「すみません医長! 後お願いします!」
「はい!」
貯めていた炎が溢れ出し、それがこちらにも向かってくる。しかしそれも完全に防がれ、どちらにも届くことがなかった。
「ありがとうございます。最後、これで良かったのですか? 僕だけだったらこれではーー」
膨らんでいるときに攻撃しろと言われたからそうしたが、明らかに悪手だったと思う。もし僕一人だったら危なかった。
「そういう魔物ですからね。本当は慎重に行くべきなんですけど……良いところを見せたくて、張り切っちゃいました」
セレーナは笑顔でそう言っていた。怒っていないのであれば、僕としても助かった。
「それでーー戦闘の方はどうでしたか?」
「良かったです。お嬢様と一緒に行動していただけのことはありますね」
「いえ! 全然フラウには届かないですよ! 助けてもらってばっかりでーー」
(フラウ呼びになっているわよ? 何度かもう言ってるし、私は別にそれで良いと思うけど)
「あっ……」
セレーナにとって領主は主人、その娘は歳下でも敬わなければならない存在だ。それを僕なんかが呼び捨てしたら気分が悪いかもしれないと思ったのだ。
「気にしなくても良いと思いますよ。お嬢様もそっちの方が良いと思っているみたいですし」
彼女はそれを察したらしく、そう言ってくれた。
「フラウのこと、気にかけているんですね。彼女からも優しい人って聞いていましたが、その通りでした」
「大伯がとても厳格な方ですからね。私が支えてあげたいと思っていましたが、ダメでした……」
そして、胸の前に手を当てて目を瞑り、『お嬢様』と呟いた。余程心配しているのだろう。そして、探している間も、ずっとーー
「医長の優しさはしっかり届いていましたよ。彼女の生きる支えにもなっていたーーそして今もなっているはずです。ただ、それだけじゃどうにもならないくらいに、ずっと気持ちを溜め込み過ぎただけなんです」
「レノンくんは彼女のことを、リオナのお嬢様としてだけでなく、少女フラウとしてしっかり見てくれていたんですね」
「僕はそれができる立場にいたからそれができただけです。医長からの立場も必要ですし、きっと大伯からの立場も」
「ーー決めました!」
突然医長はそう言って僕の目を見る。
「はい!? な、何をですか?」
「レノンくんを最後まで連れて行くことをです」
(でもそれって、最初はそうじゃなかったってことよね?)
サキが不満そうに言うが、僕も最初から最後までついていくつもりだった。だから僕の頭上には、驚きの記号が出た後の今、疑問の記号が浮かんでいるのが医長から見えているだろう。
「大伯から指示ーーいえ、助言をされていたのです。人数が増えて二人となってはいても、レノンくんが弱ければ、私が一人のときより劣ってしまう。荷物となるようであれば、ラクレーに着く前に捨て置きなさいとのことでした」
(捨て置くって……)
「しかし、その必要はなさそうです。だって一人で成し遂げるべき目標を持っていて、私のことを励ましてもくれました。守ってあげなくとも、一人でもやっていけます」
「そうですかね? 守ってもらってばかりだったと思いますが……」
いいえ、と医長は首を振る。
「戦いの面ではそういう型になっただけです。私に併せてくれていながら、一人ならどうするかを考えていましたね。それを行う実力もあると見ました。今後の戦いでは、そういうことも大事になってくると思うんです」
「剣族との戦いでは、相手の数が多いですからね。医長でも完全には補助しきれないこともある、そういうことですね」
「その通りです。それなので、守護騎士についていく、ではなく、私と協力するーーつまり私のことも助けてほしいのです。あなたであれば、気負いせずにできますよね?」
(できるの?)
セレーナに続き、サキまで聞いてくる。
「はい。助け合いながら行きましょう。自分の為すべきことをしながら、お役に立てそうなことをやっていきます」
(サキほど気負いせずには色々なことは言えないけどね)
(私は良いのよ。どうせ聞こえないし)
僕がサキに言ってやると、彼女はそんなことを言っていた。
「期待しています。では、行きましょうーー」
「あっ、待ってください!」
ずっと待っていた馬の元に戻り、乗ろうとする医長について行き、呼び止める。
「何でしょうか?」
彼女は不思議そうな顔をして僕を見る。
「よろしければ、もっと軽い言葉で話してください。何と言いますか、僕がそうしてほしいんです」
「そうですかーーじゃあ、そうするわね?」
彼女はこんな感じかという風に僕を見て言った。
「はい! ありがとうございます!」
「私のことも同じように呼んでも良いよ?」
彼女はそう言ってくれた。
「お気持ちはありがたいのですが……他の人の前に立ったときにも、抜けなさそうで…………」
「ふふふ、そうよね。それは大変よね。きっとお嬢様も怒ってしまわれます」
そんなことでフラウは怒らないと思うが、ここで言ってしまうと呼び方を定着しなければならないと思ったので、黙っておくことにした。
「な、なので、お気持ちだけ受け取っておきます!」
「レノンくんがそう言うのであればーー」
「レノンで良いですよ。短い方が呼びやすいと思いますし」
「そこはレノンくんかな。私がそう呼びたいから」
「そうなんですか? それならそれでも良いですけどーー」
「それより、話し慣れて他で出たら困るから呼べないんだよね?」
「はい。そうですよ……?」
僕は言いつつも、何か良からぬ流れになることを感じ取った。
「じゃあ一回きりこの一瞬だけなら慣れないから、言えるんだよね?」
セレーナの顔は柔らかい笑顔で、とても楽しそうだった。
「……えっと……そういうことになりますけど…………」
「じゃあ、よろしく。セレーナって言ってみて」
「えっ……言わなきゃ、ダメですか?」
「言えないのなら仕方ないけど、レノンくんって平気な顔をして嘘をつくんだなって思うだけ。お嬢様にもそう伝えてしまうかもしれません」
どうやら観念した方が良いらしい。覚悟を決めようと思った。
「言えないとは、言ってませんよ! それに、フラウは関係ないですし……」
「じゃあお願いね? どうぞ!」
(言っちゃえー!)
「よ……よろしく、セレーナ」
僕は慣れないようにそう言うと、セレーナの顔がパッと明るくなった。
「うん。よろしくね、レノンくん」
そして彼女は手を伸ばし、僕はそれを取り、握手を交わした。
「さて、行きますか。後、さん付けでも良いから、今後もセレーナって呼んでね。これはみんなに言っているから心配しないで。医長って、何だか冷たさを感じる呼び方だから……」
これは本当にそう思っているらしく、真面目な話らしい。
「わかりました。セレーナさん、では行きましょう!」
僕達は今後来る困難の前に交流を深めた。お互いを認め合ってーーと言っても僕は彼女のことを尊敬していたがーー多少の動揺では崩れない関係を築けたと思った。




