38話 とある村での戦い
空で忙しく呼んでいる。烏が夜を連れてくる。
因みに魔物図鑑によれば、烏の目は夜には何も見えないらしい。実は夜になる前に巣に帰っているだけらしい。自分が扱えないものをわざわざ呼ぶなんて、烏からしてもバカだとわかる話なのだ。
そんな僕らは渡り鳥。帰る巣はなく寝床を探す。何故鳥に拘るのかと言うと、足が鳥のように頼りないものとなってしまっているからだ。
「レノン! あれ!」
フラウが僕の名前を呼び、遠くに向けて指を差している。何だ何だと目を凝らしてみる。
「あれはーー家? もしかして村があるのか!」
(確かにあるわね。レノン、疲れているでしょ? 泊めてもらいましょう)
とても嬉しい知らせだった。ルセウの街を離れた辺りからクフリーへの道では、見かけることがなかったからだ。野営も慣れたが、木でも良いからベッドで寝たいのだ。
「行ってみよう!」
フラウも頷き、よく見えるようにより近づいてみる。
栄えた街みたいに扉はないが、簡単な門がある。そこに槍を持った門番が二人立っている。勿論門番は武装した騎士ではなく、村の若い人なのだろう。村というのはそういうもののはずだ。しかしさすがは剣族。歴戦の屈強な戦士のような体格をした長身の男達だった。
僕達が門に向かって歩いていると、門番の一人が村の中に入っていった。
「あのー、旅の者です。もしよろしければ今夜一日泊めてもらいたいのですが……」
なんだろうと思いつつも残った門番に話しかける。槍を構えているので、まずは敵意がないことを示さなければならない。
ーーところが門番は、問答無用で僕に向かって槍を突き出してきた。
「障壁っ!」
ギリギリなところで土で盾を作り、突きを防ぐ。
(いきなり何すんのよこいつら!)
「敵意はありません! 話を聞いてください!」
「子供のメイジスが二人だ! 村中から大人を連れて来い! 数でかかれば狩れるぞおおおお!」
話を聞く気がない門番は大声で叫ぶ。するとさっき村に入った門番が既に呼びかけていたのだろう。鉈や鎌、中には丸太を持った剣族が、男女問わずぞろぞろと姿を現した。
「ど、どうすれば!?」
フラウはその様に圧倒され、慌てて僕に聞く。剣族達は、自分達を逃すまいと思っているのか囲もうとしだしている。しかもこんなことになるとは勿論思ってなかったため、彼女はローブ姿のままだ。
「落ち着いて。強化の魔法を使えば大丈夫。話を聞いてもらうまではやるしかない。峰打ちでいこう……!」
僕はそう判断し、強化の魔法をかける。
「まずは女を捕えろ! そして男を向かわせるな!」
門番が号令をかけると、僕とフラウ両方に襲いかかってくる。
振り下ろされる農具の鎌を避けて蹴り飛ばし、続けてくる槍も躱して持ち主の男の腹を杖で突く。
「わあああああ!!」
鎌を両手で持った女性が叫びながら迫ってくるが、隙だらけで、攻撃が繰り出される前に膝を入れ、振り返って鉈を杖で受ける。その女もそれだけで息が上がっている。武器が農具だらけなのを見ても、戦闘慣れしていないのは明らかだった。そして、僕を押さえ込んでいる間にフラウの方をーーという作戦のミスがここで響いてきた。
「はあっ!」
「ぐわあああああ!」
フラウが剣を鞘に納めたまま振り回し、門番の槍をへし折りながら腹に強打を与える。吹っ飛ばされて大の字に倒れた。
「化け物め! 死ねええええええ!!」
強化の魔法なしでは僕達二人でも持ち上げることすら叶わないだろうと思われる程の大きな丸太を持った男が、それを力一杯振り下ろす。やけになっており、全く周りは見えていないようだ。
(避けたら、倒れている人に当たっちゃう……!)
そのときフラウが抜刀して飛び上がり、丸太を真っ二つに斬る。
「レノン! 飛ばして!」
「ーーわかった! 追風刃!」
大きく力強く弧を描き、三日月型の風の塊を発生させる。それは真っ直ぐ飛んでいき、丸太にぶつかると、形を崩さずにそのまま遠くへと丸太と共に消えていった。
「あ、ああ……! あああああ!! 魔法だああああ!」
男は斬られた丸太を捨て、一目散に逃げていった。他の剣族ももう襲ってくる気配はない。大規模な魔法を見て戦意を喪失してしまったのだろう。
(一先ずは大丈夫そう……かしらね。お疲れ様。追風刃、即興にしては良かったわよ。刃じゃないけど)
(うるさい、大事なのはイメージだからこれで良いんだよ)
そうサキと軽く言い合いながらも、沈黙の睨み合いは続いている。余裕ができたというだけで、気を抜いてはいけない。
「おうおう、よくもやってくれたじゃねぇか」
その声と共に、村の奥から両手剣の大きさの剣を片手に持つ今まで見た剣族の中で一番デカイ男が姿を現した。ここまでとなると、もしかしたら僕の倍とかになってくるかもしれない。
「ダメですよ老旦那! 旦那は村の宝なんですから!」
村の女の一人が言う。髪はないが、確かに髭が白く、相応の年を取っているように見えた。
「うるせえ! 村の宝は村人全員だろうが! 全員で守るべきに決まってんだろ!」
大地を揺るがすようなガラガラ声で怒鳴る。
「僕達は村を襲おうとなんてしていません。その証として、この村の人はみんな峰打ちで無事です」
「なんだとぉ……?」
老旦那と呼ばれた男は、倒れている剣族を目を凝らして眺めた。
「その通りだ。これは殺し損ないの跡じゃねぇな。テメェ……何が目当てだ?」
一番怖そうなのに一番話が通じそうだ。他の人も全員が黙って老旦那を見ている。
「一日泊めてもらいに来たんです。それだけです」
「本当にそうか?」
「はい」
僕の目をじっと見つめた。その間目を逸らさずにいた。
「良い目をしている。嘘はついていない目だ。命の取り合いはもう止めだーー」
「老旦那! でもメイジスですよ!?」
「それならーー」
周りが反応し、僕が期待する。しかし老旦那は、目を険しくし、
「お前、俺と決闘しろ」
僕に向かってそう言った。聞き辛い声であったが確かにそう言った。
「な、なんでそうなるんですか!?」
「泊まるときに闇討ちされると思ったら眠れねぇじゃねぇか」
「それはそうですけど……」
正直言ってこんなことになると思っていなかったし、今ならどちらも無事なので解散したいのが本音だった。
「それだけじゃねぇ……仲間がやられてそのまま黙っていられるほど俺は穏やかじゃねぇぞ! 剣族の誇りを見せてやる! まさか男が逃げるなんてことはねぇよなあ!」
誇り、逃げる。僕は目の前の男から発せられた言葉を受け止める。
(ーーどうするの?)
サキは緊張した様子で聞く。フラウもただ僕を見つめている。
「僕は剣族から逃げません。その勝負、受けます。ここからは他人に迷惑をかけるのは止めましょう。賭けるのは明日の朝までお互いの全てです」
「良いだろう。憂さ晴らしにはそれで十分だ。だが死ぬほどこき使って、奴隷に連れてかれた仲間の気持ちを味あわせてやる。死ぬ前に参ったと言うのを忘れるなよ?」
「それくらいの覚悟は持って受けているのでーー中立の立場の人がいないので、見届け人をお互いに一人ずつ出しましょう」
「お前んところはその女で良いんだよなぁ?」
「は、はい!」
フラウは慌てて返事する。その声に威圧を感じているのだろう。
「こっちはロン、お前がやれ。汚ねぇ采配したら許さねぇからな?」
「へい! 親方……わかりやした!」
「全員離れろぉ! 巻き込まれても知らねぇぞおおおお!!」
それを聞いた剣族達は慄いて後ずさりをして場所を空ける。
「えっと、正式な場ではないので、細かい部分は省略します……! よ、よろしいですか……?」
フラウは恐る恐る確認する。
「うるせぇ! つべこべ言わず早くしろぉ……」
「す、すみませんでした! あの、それではっ! 二人とも構えてーー」
僕も相手も武器を構える。
「始め!」
フラウの声の後、ドシンという大きな轟砲を合図に開幕を告げた。この音は、相手のただの足音だ。
「ううぅおおおおああああ!」
それに雄叫びが加わって走り出す。僕のリーチに入る前に大剣が振り下ろされた。それは始まる前から予想していたため、簡単に避けてみせた。大剣は勢いよく地面に埋まり、隙が生じるーーと思われた。
「だあああぁ……」
「ーーくっそ」
地面が揺れる。いや、浮かび上がっている。そう感じて後ろに下がった。しかしそれは間違いだった。
「あああああああ!!」
「嘘だろ!?」
剣を引っこ抜いているのではない。剣を両手に持ってその筋肉だけを頼りに、何と大地を切断しながら、徐々に上を目指して回し切りをしているのだ。つまり僕が後ろに避けていても、大剣が地表に現れたらーー
(杖! 強化!)
「ぐううううぅぅぅ!」
瞬時に杖にかける強化の魔法を大きくして対応する。何とか受け止められてはいる。しかし大地を切り進む一撃が僕の身体で抑えられるはずはなく、大剣の動くままに引きずられて最後には飛ばされた。空中で上手く体勢を立て直すことに成功し、何とか倒れることなく着地することができた。
さっきまでの剣族とは違う。動きが洗練されており、武器の振り方を知っているといった風だ。武器自体も戦闘用に特化した業物と見た。
そして考え方も違う。他の剣族は力一杯武器を振るうことしか考えていなかったため、一度攻撃して動きが止まってしまっていた。しかし今目の前にいる男は、隙も小さい。避けられることがわかっていて、その次の動きに対応した攻撃に繋げることができているのだ。
そして何より違うのがーー
(目の前! 来る!)
「わかってるよ……!」
強化の魔法を足にも強くかけて相手を見ながら飛び跳ねる。そしてさっきまでいた空間が鈍い銀色に染まる。
「大した反応速度だ。それにその木の杖……この剣を受け止められるほど硬いわけがねぇ。瞬時に判断して魔法をかけているわけだ」
伸ばされた腕、そして突き出した剣を戻し、握り直し、構え直す。
「動きに隙と迷いがないですね。そして何より歩幅が段違いに大きいです。僕が引きずられたあれだけの距離を三歩で詰めて追撃を繰り出すなんて、到底真似できません」
気を抜いたところに一撃を食らえば両断されることは間違いなしだ。強化の魔法にとにかく多く魔力を割かねばならず、集中し続けなければならない。無闇に魔法を使うのは逆に隙を与えかねないか。
「だが剣族の目を舐めんなよ。どんなに逃げ続けても追い続けてやる。さぁて……いつまで逃げていられるだろうなぁ!」
また大きな一歩を踏み出す。そして最初と同じように僕のリーチが届く前に剣を振りかざす。僕はさっきの場所に戻るように躱してみせた。
「おらぁ!」
この大剣が風船でできているのではないかと錯覚してしまうほどの速さで、返しの二撃目をお見舞いしてくる。これが片手なんだからおかしな話だ。
だが僕も何もしないわけじゃない。
「逃げない!」
返しの二撃目、瞬発的に足を強化し、その斬撃の上を飛び越える。しかも真上ではなく、斜めに、杖を構えて相手の顔目がけてだ。
「ぐわっ!」
老旦那は不意を突かれての一撃に仰け反り、バランスを取るために大きく後ろに足を出す。
男はコンパクトに片手剣を上下に振るって一撃目、二撃目と連撃を加えたつもりなのだろう。これが同じ背丈の者同士であれば普通、胸から腹にかけての攻撃となり、隙間も小さいために剣を止めないと防げない。しかし僕は明らかに小さい。下の方を意識して振るうことで僕を狙うことができても、僕に対しては大振り過ぎて、返しは足狙いから斜めに斬り払う形になってしまう。
それは時間としては小さな隙であっても、空間としては大きな隙間となってしまうのだ。
「もう一度!」
跳ね返される形で地面に戻ると、再び男の顔に向かって飛びかかる。今度は余裕があるため、強化全開だ。
「くっ……だが甘い!」
今度は大剣を横に、盾のようにして顔を守る。しかし縦に長い身体の上部を狙っているので、バランスを崩すのには十分だ。もう一歩後ろに下がる。
そして僕はその攻撃を繰り返す。一歩、また一歩ーー
「その攻撃はもう効かねぇ! 逆に叩き潰してやる!」
そう言うと僕の攻撃に合わせて、盾を押し出すように大剣を横のまま僕に向けて突き出す。僕は背中から地面に叩きつけられ、激痛が走る。
「ぐえっ!」
(レノン!? 次が来ちゃう!)
「これでーー」
老旦那はそう言った。向かって来なくなった僕に剣を向け、参ったと言わせて終わりだと思っただろう。
だが僕の方が、一回だけ、早かった。
「おわあああああ!?」
老旦那の体勢は、立て直されることはなかった。後ろに出した足は、へこんだ大地の斜面に滑ってしまい、そのまま踏ん張れずに仰向けに倒れこんでしまった。この穴は、彼が大地を切断しながら持ち上げたときにできたものだった。
「いたた……」
こうなれば先に倒れ、なおかつこうなると予測して受け身を取れた僕の方が起き上がるのは早い。男が起き上がる前に大剣を蹴飛ばし、顔の真上に杖を振り上げる。
「参った……俺の負けだ」
そのとき老旦那はそう言った。
「そこまで! 勝負ありです。レノンの勝ち!」
フラウは嬉しそうに大きな声でそう宣言した。向こう側の見届け人も異議なしですと悔しそうに言った。




