35話 動き出す者達
暗い、臭い、汚い。そんな場所に自分達はいた。これからきつくて危険な労働を強いられる。帰る事など許されるはずもなく、給料なんてものはない。
「これから地獄に行くのか……」
そう口にする事しかできなかった。きっとこんな事が言えるのも今のうちなのだろう。この収容所から出たらそれぞれ違う主人の元へ行く。何をさせられるかなどわからないが、自分である意味はない。それなら捨てられないように、せめて従順でなければならない。
何がいけなかったのだろうか。剣族として産まれてしまった事だろうか。
誰を恨めば良いのか。望んでもないのに勝手に産んだーー
「違う」
そのとき、自分達が入れられている檻の向こうで声がした。
「な、なんだ……?」
自分だけではない。全員が檻の外を見る。そこには誰かが一人いた。
薄暗くてハッキリとは見えない。しかも、ローブで顔を隠していやがる。だが、情報はそれだけで十分だ。そんな服を着ているやつは敵以外はあり得ない。
「お前は何故生きているのだ?」
「なっ……」
一人が声を漏らす。他の男達もそれに気づき、集まる。
対話など必要ない。理屈など意味ない。ただ言うことを聞け。そうこの身体に教えたのは貴様らだ。それなのに何で今更、問いかけるなんてことをしようと言うのか。答えなんて、もうとっくにーー
「ふざけるな! その答えは全て奪われた! お前らに! お前らメイジスに……!」
閉じ込められていた一人が怒りに我を忘れて拳を前に突き出した。すると拳を叩きつけた鉄格子は外れ、床に転がった。
「はっ……?」
「剣族よ、その感情を忘れるな。千年の時を経て、今こそ帰るべき国に帰るのだ」
「お、おおおお……!」
男達は驚きながらも後を追うように鉄格子から棒を引き抜く。自分もそれに続く。
「来たるその日のために命は紡がれたのだ。その恨みが我が力の源となり、そしてそれを汝らに与えよう。さあ、首都ラクレー……いや、アムドガルド王国の王都ラクレーに集うのだ。かの地にて剣王は待つ……」
そう言い終わると同時に目にも留まらぬ速さで去っていった。
「なんだなんだ! 貴様ら! うるさいぞ!」
怒鳴り声とともに騎士が降りてくる。そして自分らの姿を見たと同時に風の刃を放つ。それを受け、自分は倒れ込む。死んだと思ったが、何故か傷は浅く、それほど痛くなかった。
「うおおおおおおおおおお!!」
雄叫びと同時に俺の後ろから男達が飛び出し、その内の一人が鉄の棒で騎士の頭を殴りつける。
「なっ……!? 何故……だ……」
面を食らった騎士は倒れる。自分は起き上がり、騎士の兜を外す。そして首を掴み、持ち上げる。
「返せ……! 返せよ! 国を! 自由を! そして、誇りをよぉ……!」
感情が手にこもり過ぎたか。自分は憎き顔を見て言っていたはずであったが、その首はそっぽを向いていた。
◆
鋭い電撃が走り、その衝撃で怯ませると痛みを叫ぶ間もなく鮮やかな剣技をお見舞いする。流れるような動きなので、その傷跡がどのタイミングでつけられたのか、僕にはわからない。
とにかくわかる事は、相手であるこの大きな巨大な猪もその剣技に魅了されており、僕の事はノーマークでフラウに釘づけだという事だ。
「レノン、良い?」
「うん、いけるよ」
「じゃあお願い!」
フラウが大きめに斬りはらい、深く傷をつける。
「ンガアアアアア!」
それに怯んで大きく仰け反るのを確認しながら彼女は後ろに下がる。
(よーし、いっけー!)
「…………よし! 風刃の竜巻!」
地面に大きな魔法陣が出現し、そこから風の刃をいくつも巻き込んだ竜巻を起こす。突然発生したそれに気づいて焦って逃げようとするが、もう遅い。風の刃で足を取ったらこっちのものだ。倒れた巨体を引き摺って巻き込むと、風の刃が何度も切りつける。
「いくよ!」
「うん! わかった!」
「これでおしまい!」
既に空に剣を掲げて発動の準備をしていたフラウが言った。空高くにも魔法陣が浮かび上がる。それを見て僕は目の保護のために強化の魔法をかける。
「グゴオオオォォ!!」
凄まじい音と共に魔物の悲鳴が聞こえる。竜巻を消したときには、空からの一撃で焦げた跡が痛々しく残っており、もう猪の魔物が動く気配はなかった。
「うん、もう息してない。討伐完了だね」
フラウが猪に近寄り確認する。
「上手くできて良かったー。猪とは戦った事あったけど、あんなに大きいとは思わなかったから。上手く竜巻の中に引き寄せられるか内心不安だったよ」
「そうなの? 完璧だった。上手く決まったし」
「じゃあ、報告しに行こうか」
「うん! そっち持てる?」
「大丈夫……いくよ? せーのっ!」
僕も近づいて猪を一緒に持ち上げて運ぶ。
「魔法、いっぱい使えるようになっているね。それにーー」
フラウは僕の顔を見る。
「強化の魔法、もう無詠唱で使えるようになったんだね」
「うん。自分でも驚いてるよ。まだ準備だけだけど……」
(ちょっとだけどね。ほとんどこの鎖の維持に使ってるからほんのちょっとだけ、あなたに私の魔力を流しただけ。それでこの差。どう? すごいでしょ?)
サキが得意げに言う。胸を張ってそう言っている姿が容易に想像できるその声色は、とても嬉しそうだった。
(そうだね。こんな事をやってのけるなんて本当に凄いーーサキ様々だよ)
僕の魂はギンの依頼ーールクレシウスと戦ったときに、サキの鎖により彼女の魂に繋がれた。彼女曰く、前々から試みようとしていた事らしいが、それによりサキとの無言会話と魔力共有が可能となった。
魔力共有をする事で総魔力量が大幅に増加した。使える魔法の種類には直接影響はないみたいだし、無詠唱とも関係ないと思うと言っていたが、流石の魔女とて何でもをどこまでもしてくれる訳じゃない。むしろここからは僕が頑張る番。ディードも別れ際に言っていたように火の魔法だけに頼るのは良くないし、彼女の恩恵と期待に見合った努力をしなければならない。
(そうでしょそうでしょ。私は魔女なんだから。この魔力、いっぱい使っていっぱい頼って良いからね! これでより多くの人を助けて、充実した生活を手に入れるんだから!)
そう言ってサキがはしゃいでいる様を聞くのは微笑ましい。彼女自身ができる事を見つけ、満足しているのだから。
(もっと依頼をこなして貯金を作って有名にならないとそうは言えないよ。でもそのときは、何か食べたい物ある?)
(シロップと合うならなんでも!)
絶対今真顔になったなと自分でも感じる。想定通りだが、一番辛いのが来た。まずシロップは前提らしい。
(任せてよーーーー頑張って見せるから……!)
「あっ! 村、見えてきた!」
「本当だーー大きくて運ぶの大変だけど、あともう少し……!」
僕らはルセウの街から少し離れた小さな村に戻ると、ドスっと大きな音と共に置かれた巨大な猪を見て村の人が集まってきた。
「うおっ、すげえ! こんなでかいのを本当に退治してくれたんかよ。騎士見習いーー街の方まで行かねえと依頼出せねえけど出してみるもんだなぁ……」
「喜んでもらえて何よりです。これ、置いていきますね。食べられると思うので、足しにしてください」
「討伐したのはあんたらだろ? 良いんか?」
「荒らされた畑の分の足しにしてください。受付所の方に払ってもらった報酬でこの依頼の働き分は貰うので、僕達は大丈夫です」
「はぁー、あんたら若いのによくできてんな。騎士は税持ってくだけでこういうとき中々来てくれねぇってのによお。もう行くのか? 泊まってかなくて本当に大丈夫なんか?」
「大丈夫ですよ。この後受付所行かないと報酬も受け取れないですし」
「そうかあ。じゃあ今回はあんがとな。これからも頑張ってくれよお」
「はい!」
僕達は村の人と握手をして別れを告げた。その嬉しいというより助かった、これで安心できるという顔と僕の手を握る強さに、この村の生活を救えたという実感を得た。
(またもや依頼達成! 良い感じ良い感じー)
「今回の依頼も上手くいって良かったよ。これでこの期間のノルマ分は何とか達成できたし」
ギンの依頼は受付所を通していないために数には加えられなかった。それにあれは何日もかかったため、戻ってからいきなり焼失の危機と向かい合わなければならなくなった。焦ったしとても忙しかったが、何とか焼失は避けられた。
「うん、レノンと一緒に頑張ったからーーそういえばギンさんは大丈夫かな? 着く前はずっと忙しい忙しいって言ってて、着いたら本当に忙しそうに走ってっちゃったけど……」
一息ついたフラウが思い出したようにそう言った。
「確か……新聞を定期購読している領主様に公布許可の申請とか、買ってくれた宿屋の酒場で読み上げサービスとか言ってたよね」
(情報収集に売物収集、剣字代書の仕事をして行商のついでに郵便だとかも言ってたわね)
「そっか。更に情報と売物集めに代書に行商に郵便もか……」
「すごい沢山……ギンさん大丈夫かな? やっぱり私達もお手伝いした方が良いのかな?」
フラウが心配そうに僕を見る。
(客がいなければ仕事は減るわ。本来の量はきっとあなた達が思っている半分くらいよきっと。手なんか貸さなくても大丈夫だわ)
剣字は都市でも学校では習わなそうだし、代書も需要はないわけではない。でも仮名文字は都市の人ならほとんどの人が書けるはずだし、普通の人はそれで済むわけでーー確かに言われてみれば、実際は新聞売ってそれを読んで、手紙を運ぶだけな気がしてきた。
「実際は客の依頼がなければできない仕事ばかりだからそんな忙しくなることなんてないし、手伝うまでもないってさ。彼女はそう言ってるし、言われてみれば僕もそんな気がしてきた。だって、ギンさんだし」
「そうなんだ……代書屋とは違うけど、私の代わりに依頼を持ってきてくれる人、もしいたらお願いしちゃうかも」
「いるかもしれないけどお金かかるからね……それも少しずつで良いから練習しないとね」
「わかってはいるんだけど……」
「それはまた明日考えれば良いよ。次はご飯だからそっちを楽しみにしなくちゃ」
「うん。ありがとう。ご飯と言えば、この前話した美味しいシロップの話でねーー」
僕達は他愛もない話をしながらルセウの街の中心部へ戻り、受付所から報酬をもらった。そしてお礼を言って、その場を後にする。
メイジスに交じって大柄で目立つ剣族の男達の姿、日没セールをして生鮮食品を売り切ろうとする商人の声ーー
通り過ぎただけでは気づかなかったここでの日常を、目で見て耳で聞きながら宿屋に向かった。
「そこのお二方、止まってもらってよろしいですか?」
兜をしていないが、鎧を着た騎士と思われる男に声をかけられる。
(騎士ーーセルゲイ側とアンナ側、どちらなのかしら?)
サキの言う通りどちらかはわからない。フラウはバイザーを下ろし、いつでも剣を抜けるようにと身構える。騎士に警戒するフラウ見た後、僕も用心しようと思いながら口を開く。
「お勤めご苦労様です。どうかしましたか?」
「緑のローブに金髪、白い鎧に隠されたが青緑の瞳…………」
「なっ……!?」
この騎士は僕達のことを知って話しかけているのか。もしかしてフラウを連れ戻そうとーー
「君達、ルムンの怪物を倒した人達だね?」
「……だとしたらどうだと言うのですか?」
僕もいつでも戦えるようにと構える。
「おおっと……! そんなに構えないでくれ。私はテイオン。アムドガルド子爵、ロナルド様に仕える騎士なんだ。君達に頼みたいことがあって話しかけたんだ」
「は、はい……?」
騎士に頼んでいられない依頼を頼まれるのが騎士見習いのはず。それなのに騎士から依頼される日が来るなんて思いもしなかった。
「騎士の方が依頼ですか? どんな内容で……」
まだ何が起きるかわからない。そう自分に言い聞かせる僕に、テイオンと名乗った騎士は聞き捨てならない用語を口に出した。
「アムドガルド地方に居座る黒死の悪魔を倒すのを手伝ってほしいんだ」
「黒死の……悪魔……!」
「アムドガルドに……!」
僕達はその言葉に身構えざるを得なかった。




