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天才魔女との憑依同盟  作者: アサオニシサル
2章 白鎧の少女
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2章おまけ ハクと学ぶ魔物、魔法、魔族の言葉の由来考察

「…帰って」


 僕は扉を開けた途端、待ち構えていたかのように目の前の人に殴られた。


「痛ぁ……! ハクさん! なんでいきなり殴るんですか!」

「ギンだと思ったから。非常識でしょ? こんな時間に足音を立て、扉を開けて来る人なんて普通ギンしかいないと思うわ」


 そう言われれば今は夜かもしれない。部屋に戻ってベッドに入ったところまでは記憶にある。しかし、朝を迎えた記憶はない。


「すみません……次回からは昼に来るようにしますね。あ、それでハクさんに会いに来た理由は、聞きたいことがあるからなんです。今回聞きたいのはーー」

「次回はない方が嬉しいんだけど……」

「今回聞きたいのはこれです! 魔族と魔物! その言葉の由来です!」


 僕はめげずに押し切る。彼女との会話では、少し強引に話を進めた方が乗ってくれると思ったからだ。


「そんなこと聞いてどうするの? 魔物と呼ばれている存在がいて、魔族もいる。それはもう変わらない事実だし、区別もできているからそれで良いじゃない」


 至極真っ当な意見だ。で、あるのだが、気になったのだから仕方ない。気になったら僕は答えを得て納得したいのだ。


「はい……そうなんですがちょっと疑問に思ったんです。魔族という呼び方は、魔物に似ていて嫌だからメイジスという呼び方にしたと本で読みました。魔族は魔法の力が使える民族で魔族だと思うのですが、魔物には魔法を使えない種類もいますよね。なんで魔物って呼ぶんですか?」

「そもそも魔法ってなんで魔法と呼ばれているか考えたことある?」


 間髪入れない質問返し。隙も容赦も全くない。これがギンの商人だからの決め台詞をキャンセルさせる技の鋭さか。


「えっ!? 魔法は……魔法ですよ…………うーんと……便利な力、とかですかね?」

「確かに便利な力よ。でも私が求めていた答えじゃないわ。魔法というのは帝国語の元となったアムドガルド語で魔の方法、技法を指すわ。そして魔は普通でないことを指すのよ」

「アムドガルド語で? つまり帝国語とアムドガルド語で意味が違うんですか?」

「いいえ、同じはずだけど、その言葉を使っている人が違うわ。アムドガルド語は、アムドガルド人が意思を伝達するために作られた言葉。つまりアムドガルド人視点なのよ」

「難しいですね……そうなるとつまりどう違うんですか……?」

「魔法ーー魔物も魔族もだけど、これらの言葉にはその前に前提条件が加わるの。それは『アムドガルド人にとって』よ。これらの言葉を前提条件を付けて訳してみて」

「はい。魔法は、『アムドガルド人にとって』普通ではない技法、方法。魔物は、『アムドガルド人にとって』普通でない生物、ですかね。魔族は、『アムドガルド人にとって』普通でない民族。これでも完璧に理解できなくてすみません……」


 答えに近づいているはずだが、いまいちピンとこない。


「そうね……やっぱりレノンがアムドガルド人ではなく、魔……メイジスだからかしら?」

「あ、気を遣わなくても良いですよ。今は魔族って呼ばれても分類上と割り切るので怒ったりしません。少しでもわかりやすくお願いします」


 僕がそう言うと、彼女は小さく頷いた。


「レノンが魔族だから、アムドガルド人にとっての普通がわからないのよね。普通とは自分達、つまりアムドガルド人のことよ。つまりもう少しわかりやすく言葉を加えるとーー」

「魔物とは、アムドガルド人ではない生物。魔法とは、アムドガルド人が使えない技法。魔族には更に意訳を加えるけど、アムドガルド人ではないけど人の分類に近い種族ということになるわね」

「おお! 魔物と魔法はわかりました! でも魔族はややこしいですね……」


 かなりわかりやすくなったが、魔物の括りの中に魔族も入っているような気がする。


「そこら辺は歴史が関わってきているのよね。魔族は魔物の後に訳あって区別してできた言葉よ。大昔、アムドガルド王国と魔物が争っていたときの話、魔物を倒して自国の平和を守るために、今までは魔物と見做していたけど、自分達と姿が似ている存在を魔族と名付けて特別視し、協力を仰いだ時期があったのよ」

「僕知っています! 古代戦争ですよね。剣族とメイジスが力を合わせて魔物の脅威を晴らしたーー帝書に書いてありました!」


 帝書ーーメイジステン家が帝国を築き上げるまでの歴史を物語調にしてわかりやすく教えてくれるものだ。子供は毎週音読をしてもらって内容を覚え、そこから仮名文字を覚えるのだ。


「帝書を読めるってあなたは剣字も読めるってことなのかしら。見た目より頭良いのね」


 剣のように鋭い容赦ない言葉の一撃が僕に突き刺さる。しかし本人は単に感心しているだけのようで、僕が心に傷を受けていることに気づいていないようで、話が止まったことを不思議に感じているようだった。

 ここで挫けてはいけない。傷は舐めておけばその内治る。そして治ったとき、心はより大きなものとなるのだ。何事もなかったように会話を続けるのだ。


「読めない剣字は母さんに聞いて、頑張って練習して覚えたんです。帝書の内容は何回も読み書きしたので、結構詳しいんですよ」

「そう。ならその部分は理解してもらえたわね。これでわかった?」

「あの、ここまで聞いていてアムドガルド語の解釈についてはよくわかりました。しかし今の帝国語だと、火吹きハイエナが火を吹くのは魔法でなく、僕が火炎砲を撃つのは魔法という違いがやはりあると思いますが……」

「その点については理屈の通った説明ができないわね」

「ハ、ハクさんでもですか……?」


 これはわからず仕舞いかと思ったそのときーー


「でもそうね。仮説を立てると、帝国語としてアムドガルド語由来の魔法という用語を、魔族の集落独自で使っていた別の言語に置き換えて教えるときに、完全な翻訳ができていないまま広がってしまった可能性があるわね」


 彼女は今度は理屈なるものに逃げる隙も容赦もなく仮説攻撃を加える。やっぱりあの人にわからないなんて言葉なかったんだ。

 そしてそんな彼女についていくためにも頭を今の発言の理解に回す。


「剣族は火吹きも火炎砲も同じで魔法だろと思いながら教えていても、メイジスは自分達の技法と魔物の能力は違うと考えていたということですね」

「そう。それで魔族が身近に使う彼ら自身の技法を指してこれが魔法と教えたから、彼らの能力だけが魔法と呼ばれると魔族は理解したの。やがて帝国になり、魔族が中心となって火吹きと火炎砲を分ける価値観が当たり前のまま、魔法という言葉がそのまま浸透した故に今ではそうなっている、と考えればあり得ない話ではないわよね?」

「すごいです。仮説と言いながらも僕はすんなり納得できました」

「帝国語になるとき、または同じ帝国語のはずなのに時代が流れて意味や呼び方が変わっちゃう言葉ってあるのよ。魔法という言葉は翻訳の間違いからだったけど、意図的と思えるものもーー」

「意図的……? たとえばなんですか?」

「呼び方で言うと魔族とメイジス。これは知れ渡っているけど、魔族と呼ぶな、メイジスと呼べとしたものよ」

「魔族は魔物に似ているからですよね。元々魔物から区別された言葉でもまだ離したかったんですね」

「メイジスって呼び方は元々の自分達と同じ魔族の集落の言語の一つだし、皇帝の家の名前で国の名前であるメイジステンから一部をもらえるなら嬉しいでしょ」

「確かにそう言われると嬉しいです」

「そうね。他には剣族もそうよ。元は単に人、魔族という言葉ができてからは人族、それを帝国語にするときに魔族が変えたのね」

「何だかわかってきた気がします。そのままだと魔族が人じゃないみたいに思ったからそれ以外の名前を新たに考えたんですね」

「そうそう。武器として剣を授けてくれた人達、或いは剣を作るだけで自分達より上手く使いこなせないのを皮肉って剣族としたのね」

「ハクさん……きっと皮肉ってないですよ。感謝して付けたと思いますよ」


 僕は繕うように擁護する。

 生まれつきの性格ではなく、これまで歩んできた彼女の人生が期待や希望を奪っていると思ったからである。


「どうかしら。魔族って、打ち倒した獣の魔物と手を組んだ負け組民族とは言え、平然と並獣族ーー獣と並ぶ民族とか付けちゃうからね」

「……やっぱり知識ではハクさんには勝てません。それなら僕はこれから頑張って民族間の仲を平等にして変えていきますよ。剣族は剣を授けてくれる民族として、並獣族は獣族も独立した民族として認めた上で獣族と寄り添って暮らしていく民族としてです!」


 それでも、そんな彼女の瞳に、そして全身に光を当てたいと思った。その光源となるために僕は伝える。


「理想を語らせればあなたは私より数段上ね。私はどうしても過去に囚われてしまうから……」

「それなら僕がハクさんが理想を抱けるような世界にします。これからもそのために必要な知識を僕に分けてください!」

「はぁ……仕方ないわね。次来たときに都合良くまた時間があればね」


 その言葉を引き出せて僕は嬉しかった。


「はい! 今度はきっと都合の良い時間帯に来ますから!」

「さて、そろそろあなたも考え終わったかしら?」

「はい。おかげさまで疑問も粗方解決しました!」

「あなたの頭の中で会話するべきなのは私じゃないわ。もう十分あなたの知識も整理できたでしょう? それなら実際の行動に移してみなさい」


 ーーよう! ーーよ! ーーきて! 起きて!


 目の前の先生とは違うところから声がする。


「えっ……? はい。おかげで助かりました。改めて、今回はありがとうございました! これからも頑張ります! ではまた!」


 消えていく世界でそう伝えると僕の視界は暗転し、刺すような光と声と共に目を覚ました。



 ◆



「レノン、おはよう。やっぱりまだ疲れている?」

(おはよう。昨日遅くまで練習していたから疲れていたのね。ごめんなさい。反省するわ)


 目を覚ますとそこには見慣れた顔と声があった。


「おはよう。またフラウより遅かった……毎度迷惑かけてごめんね」

「ううん、大丈夫! レノンは疲れているだろうし、ゆっくりしてもらいたかったから待っていたの。ところでレノン、夢を見てた……?」

「えっ? なんで?」


 眠い目を擦り、身体を伸ばしながら聞く。


(寝言言ってたわよ。しかもハクちゃんのこと呼んでた! すごいって!)

「あー、見てたかもしれない。ハクさんに何かを教えてもらっていたんだ」

「そ、そうなの……!?」

(ねー! 私も居たのよね? ハクちゃん私に何て言ってた?)

「ごめん、あんまり覚えてないんだけど……僕とハクさん二人だった気がする」

「そ、そうなんだ……」

(えー! 何でよー! 私の方がハクちゃんと仲良いのにいいいいい!!)

「うっるさ! あぁ、ごめんサキの方ね」


 僕は声を出して会話していたことに気づく。そう言えば声を出さなくても会話できたなと思い出す。


(サキは置いてきた)

(だからなんでー!)


 そう言われても、まだ慣れていないから長過ぎる言葉はまだ伝えられないから待ってくれ。そう心で呟きながら続きの言葉を続ける。


(この会話にはついていけない……)

(その方が……良くない! 今度は、今度こそは連れてってね!)


 夢に連れて行くなんてそんな器用なこと僕にできるはずはないんだが。


「でも、今度はみんなが出てくる夢が良い。だからそうだったら良いなぁ」

「うん。私もそうだと良いな」

(絶対よ! 絶対だからね!)

「よし。目も覚めたしーーお待たせ! じゃあギンさんとハクさんに挨拶に行こうか!」

「うん!」


 僕達はそうして元気良く部屋を出たのだった。

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