34話 初めての凱旋
「手当てをしてくれるだけではなく、泊めてまでいただいて、今回はありがとうございました」
日が昇り、家を出る準備を済ませた僕達はギンにお礼を言う。
「いやあ、お礼を言うのは私の方だよ。君達はしっかり依頼をこなしてくれたんだからね」
「あの……それで、預かってもらっていた鎧なのですが……」
フラウが申し訳なさそうに尋ねる。
「ああ、ごめんごめん忘れてたよ! どんなに貴重な金属でも、盗る気はなかったんだよ……本当だよ? でも、ちょっと直してはもらえなかったけどね」
「いえ! 直すだなんて! 依頼中に損傷したものなので、自分で行って直してもらいますから!」
「あらーーじゃあこれ、お金取っても良いのかしら?」
声は相変わらず素っ気なく涼しげだが、重そうに鎧を持っているハクが奥から姿を現した。
「えっ? あっ、僕運びますんで! 準備ーー」
「そう。じゃあこれ、よろしく」
ハクから鎧を受け取り、それをフラウに渡す。その鎧はへこみも穴もなくなり、綺麗に磨かれて僕が見たときより綺麗な、まるで新品みたいになっていた。
「あれからやってくれたんですか? しかもあの時間だけでーー」
「そういう道具もあるわ。剣族の技術も悪くないと思ってちょうだい」
「流石ハクさんです! ありがとうございます!」
「本当に無料で良いんですか……?」
「自分からは何も言わないわ。ただ壊れているものを直した。それだけよ」
「あ、ありがとうございます……! 着替えてきます!」
「そこの部屋を使って良いわ」
「はい、ありがとうございます!」
ハクが指差すと、フラウは荷物を持って部屋に向かって走っていった。
「それにしても君がやるとは思わなかったよ。あれだけ嫌だって言ってたのに何があったんだい?」
それを見送ったギンがこちらに向き直って意外だという風に言う。
「私はシーザーのファンなんだから、当然でしょ?」
「ハハハ、そうだったね」
ハクの刺すような目つきがギンを襲い、苦笑していた。
(ハクちゃんの優しいところ、変わってなくて良かったわ)
(うん、良かった)
最後まで変わらない二人を見ながら、僕とサキは声に出さずに会話をする。
「二人はもう準備できてるの? 静かになったら今度こそゆっくり寝かせてもらうわ」
「僕は大丈夫です」
「じゃあ、フラウちゃんを待つだけだね」
「何言ってるの? 私はここにいるあなた達二人って言っているの。勿論あなたも行くのよ?」
ハクがギンに向かって言う。
「ん? 確かに私は今回の件にも臆さずに外に出るよ。でも鎧を直してたんだから、まだ新聞は書けてないだろう? まさかーー」
「そのまさかよ。鎧と一緒に持ってかれなかったけど今取ってくるわ」
「えっ、ちょっーー」
そう言うとハクは奥へと消えていった。
「嘘だろ……私の休暇は……?」
「ハクさんってもしかして時間止めることができたりするんですか?」
「いやいやまさか。彼女は剣族だし、魔法なんて使えないさ……そのはずなのに……」
ギンががっくしとうなだれ、それを見ているとハクが戻ってきた。
「そうよ。ちょっと真面目に勉強したから読み書きができて工作ができるだけ。少しはあなたも真面目に働きなさい」
そう言ってギンに何枚か紙を突きつける。
「あぁ……本当によくできているねーー君の言う真面目になんて合わせてたら死んでしまうよ。ちょっとくらい家にいたって良いじゃないか」
「ハクさんも疲れてますし、一日のお仕事全部やって休ませてあげようって優しさですよね?」
「一日分? 今まで溜めてきて、今日やらないといけない事が沢山あるんだけど、それを全部潰してくれるのかしら?」
「ハハハ、私が何人いても死に絶えてしまうよ」
「久し振りにその余裕そうな顔が崩れるところも見てみたかったから丁度良いわ」
「わかった。私もしっかり働くよ……それっ!」
ギンはそう言うと、もらった新聞それぞれに指を当てて、合わせて何十枚にも増やした。
「そうやって増やして配っているんですね」
「ああ、私の魔法も中々だろう? 紙の質は落ちるし、増やせる上限もある。それにまず、一枚目は作れないんだけどね。私の文字は汚過ぎてダメさ」
「そう言えば、なんで逆位置なんですか? 不幸そうで売れなさそうですが……」
「タロットって未来を予測するものだろう? これはその逆、過去の結果を記録したものだからね。タロットで逆と言ったら逆位置しかないだろう?」
「そうかもしれませんが言葉を選んだ方がーー」
「因みに正しく未来を占う誕生月別タロットコーナー『正位置タロット』は、世の中の出来事に関心がない一般の方々向けに安価で大好評別売り販売中だよ。是非逆タロが高くて買えないときも、正タロは買ってくれると嬉しいかな」
「えっと、長い時間お待たせしました! すぐ行けます!」
ギンも宣伝をねじ込んで満足したと思う頃、フラウの声がした。走って戻った騎士の鎧は威厳のある輝きを放っていたが、その振る舞いから少女の面影を残していた。
「うんうん、鎧も立派に直ってよかった。さて、じゃあ行こうか」
ギンは歩き出す。しかしそれは扉とは逆方向だった。
「そっちはーー早速逃亡ですか!?」
「流石に違うさ。正面から出ると目立つからね。裏口を使っているんだ」
そして通路まで歩き、隠し扉の前に立つ。
「じゃあ開けるよ? 準備は良いかい?」
「ハクさん、僕頑張りますので」
「頑張ってらっしゃい。もし次見かけたらで良いから、ギンがしっかり働いているか見てもらえると嬉しいわ」
「はい!」
(私も頑張る! ギンにも働かせる!)
「もたもたしてると私がどんどん不利になるぞー。それっ!」
(だからまたね! ハクちゃんも頑張ーー)
「ありがとうございます! またーー」
「お、お世話になりまーー」
急にギンが僕達を引っ張って扉の中に飛び込み、言い終わる前にバタンと音を立てて閉まってしまった。
出た場所は激戦を潜り抜けたあの洞窟だった。
「ここから直接通じてたんですね」
「ああ、そうさ。意外だと思うだろう? だから作るのさ」
「なるほどーー」
「しかも特製の魔法の扉でね。私達の合作で、私達が決めた人以外が開けても、普通の扉としてただ洞窟の奥にしか行けないようになってるんだ」
「本当に苦労しているんですね。ただハクさんと暮らしたいだけなのに……」
「まあ、もう何年もしているから慣れたさーー洞窟を出たら私はこの新聞をルセウに売りに行くけど、良ければ乗って行くかい?」
「乗るってもしかして、あの鳥にですか?」
「大きくできるからね。どうだい?」
「乗って飛んでみたいと思ってたんです! お願いしても良いですか?」
「ああ良いさ。じゃあさっさとこの洞窟を抜けちゃおうか!」
「あっ! 待ってくださいって!」
走ってどんどん前に進んでいくギンを僕も走って追いかける。
「レノン、そんな走ったらーー」
「とっとっとーー」
フラウに言われて止まる。転びそうになったところを引っ張られる。狭い通路の部分はとんでもなく足場が悪いのを忘れてた。口数の多い商人はピョンピョンと跳ねながら進み、すぐに見えなくなった。
「大丈夫?」
「うん。ありがとう」
「ねえレノン……あのハクさんとも仲良くなれたの?」
フラウが僕に聞く。
「昨日の夜に話す機会があってそこで少しね」
「ど、どんな話を?」
「色々だけど……ハクさんの昔の話とかかな。話をするとね、本当は優しい人なんだってわかったよ。でも、こういうのはあまり言いふらすもんじゃないから、内容は内緒かな」
(そうね。気遣いしないとギンみたいになっちゃうからね)
(それは酷……うーん、そうかもね)
その発言にも毒があると思ったけど、気をつけなければと思う自分もいた。
「そんな深い話を……」
「ハクさん優しいからフラウもきっと話せばわかるよ」
物知りで、何でもできて、本当は親切でーーもっとゆっくり、そして色々話したかった。でもあの話を聞いたから、どの民族も平等にという大きな目標に、彼女が外に出て暮らせる世界にするという具体的な目標ができた。
「おーい。魔物が出たよー! 手伝ってくれー!」
「すぐに行きます! どこまで行ったんですかー?」
響く声に返事をして行こうとするが、こういうときいつも前を走るフラウがいないと気づく。
「あっ、そうだーー」
思い出したように振り返り、フラウを見る。
「色々と凄過ぎて忘れかけたけど、これが初めての依頼達成だったね。フラウ、これからも頑張ろうね」
「う、うん……」
「ほらっ、行こう!」
僕はそう言いながらフラウの手を引く。
「うわっ!? ちょ、ちょっと待ってよ!」
一緒に走ればフラウの方が速いのはわかっている。それでも少しぼーっとして、今は少し驚いている少女の手を引いて走り出した。