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天才魔女との憑依同盟  作者: アサオニシサル
2章 白鎧の少女
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30話 魂の鎖

「うっ……ぐ、ぐぐっ…………? ぐあっ……!?」


 体勢を崩し、倒れてうずくまる。苦しい。何かが僕の中で動いている。僕に気づいたのか男が振り向く。


「その命すら捨てにきたのか。貴様は愚かで此奴は憐れだ」

(動く……? やった……! 動かせる! これならーー)

「まあ、私はそれでも構わないが」


 ルクレシウスがそう言い終わった直後、僕の中の少女は言った。


(ーーーーあなたのために、あいつを殺せるわ)

「うがあああああああああ!!」


 痛い。痛い。痛い。

 他の誰の悲鳴でもない。僕のだ。何が起きているのかわからない。でも叫ばずにはいられない。

 痛みの元凶を見ると、脇腹が、抉られた傷口から、ローブの血の染みを広げながら、僕の身体を貫きながら何本もの鎖が飛び出している様子が見えた。それは一直線に男へ向かう。


「なんだこれは!?」

(敵を見て! 捉え続けて!)


 痛みで見開いた目で宿敵を追う。ルクレシウスはフラウを潰している岩に身を隠すもそれを容易く砕く。新たに岩の壁をいくつも作り上げるも、僕から伸びる鎖の先端が尖った楔のようになっており、まるで紙のように壁を貫く。


「くっ……!」


 男は僕の背後から岩の柱を伸ばして攻撃しようとする。


(させない!)

「うがっ……あああああ!!」


 背中に激痛が走る。大きな音を立てて岩の柱を砕いたようで、それが落ちた衝撃が伝わる。


「創生魔法式ーー城壁巨人!」


 男は両手を地面に当てそう唱える。あらかじめ準備してあったのだろうか。地面に一瞬で魔法陣が浮かび上がり、強い光を放つ。

 すると男の前に、これまでにない大きな揺れと共に地面から土と岩でできた壁が現れる。それは天井にぶつかるまで伸び、行く手を完全に塞いた。そして後から両側面に巨大な手ができあがった。


(何をやっても同じ……同じよ!)


 それはこれまでの壁とは違い、簡単には貫けない。しかもヒビが入ってもすぐに修復される。手で弾かれた鎖を掴む。


(もっと……もっと! これなら、いける!)

「があああああああああ!!」


 腹から、そして肩からも内側から身体を突き破る激痛が走る。

 新たな鎖が巨人の手首に巻きつき、砕く。修復が始まるも、掴んでいた鎖は離れる。それも含めて一斉に壁に向かって放たれ、鎖から衝撃が伝わる。


(壊すために強く強く……これなら!)


 一旦引いて鎖を束ねて太い棒にする。それが勢いよく放たれると、掴もうとした手を易々と粉砕する。直後に壁にぶつかるとついに壁を貫通した。修復が進む隙を与えずにもう一度放たれると、空いた穴は大きく広がる。

 下部を壊された壁は全体を支えられなくなり、衝撃と共に崩れてバラバラになった。そしてその鎖は男に向かう。


「バカな!? くそっ、攻めても勝ち目はないか……」


 男は迫りくる鎖に備えて崩れた壁から巨大な手をいくつも作り、それを壁にする。


(邪魔あああ!!)


 今度はその棒を鞭のように振るい、全体を薙ぎ払う。大きな土煙を上げながら止まることなく端の壁にぶつかり、大きな音を立てる。その後束ねていた鎖は元に戻り、それぞれが土煙の中に飛び込んでいく。土煙が晴れた頃には男は全身を鎖に縛られていた。


(レノン! 後ろも!)


 声に反応して後ろを向くと、残った鎖が後ろの方向に伸びる。


「ハハハ……まさかそうなるとはーーよっ!」

「なんだこれっーーぐわああああああああ!?」


 ギンは咄嗟に避けてその後ろのギンと戦っていた男達を貫き、血が飛び散る。その男達は動く事はなく、流れる血とともにうなだれて鎖が抜かれると地面にそのまま落ちた。


 サキは捕らえた男を引き寄せる。


(よくもこの魔女の前で大事な仲間を痛めつけてくれたわね。謝罪と命乞いをーーまあ、聞こえないだろうけど)

「ハハッ、ハハハハハハハッ!!」

(何がっ……! 何がおかしいのよ!)

「今のその姿、貴様自身にも見せてやりたいものだ。見れば誰もが疑うこともない。貴様は人の皮を被った化け物、悪魔だったと! 私は敗北を認める。しかし私は確信した。この戦い……正義は我らにあったのだと!」

(ーーああそう。さようなら)


 そう言うと縛る鎖一本を残してそれ以外の鎖を再び束ね、男を頭から叩き潰した。


(レノン、終わったわ。傷癒しを。ん? ほら、早くーーレノン……?)

「ーーそれ以上何かしたらその器、壊れちゃうよ? 外も、中もね。だって魔女である君とは作りが違うのだから」


 ギンがこちらを見てそう言い、魔法で光る板を出した。鎖が身体から伸びて血まみれでーー

 骨の化け物ならぬ真っ赤に染まった血の化け物へと変わり果てた僕が映った。


(嘘ーーーー何……これ……? 私はただ……こ、こんなつもりじゃ……あなたを助けたくて…………)


 鎖が消えていく。僕の身体に戻る事なく、その場で薄くなり、やがてなくなった。


「お疲れ様、レノンくん。よく頑張ったよ。少し休んで大丈夫だよ」


 ギンは僕の顔に手をかざす。

 ーー辛うじて保っていた僕の意識も遂にここで途絶えた。



 ◆



 意識が戻った。そう思って起き上がってみると真っ白で何もない場所だった。ここは前にも来たことがある。辺りを見渡してそのときに出会った人物を探す。しかし、その姿は見当たらなかった。ふと思い出したように後ろを振り向いてみるが、やはりいなかった。


「どこかに……やっぱりか」


 自分の身体を見ると、一本の鎖が見えた。それは胸の部分に刺さってーーさっきみたいに血塗れではなく溶け込んでいるように見えるーー遠くまで伸びている。それを元に歩いていくと、探していた少女の姿があった。


「サキーー」

「レノン! 良かった……だなんて言う資格はないわね。これは私がやったこと、最善を尽くして生かすのは当然の義務よ」


 最善を尽くす。それでは僕の魂が身体を離れずに留まっているのはサキが手を打ってくれたからということか。


「ここにまだ僕がいられるのはサキのおかげなんだね。ありがとう」

「……あなたの身体を貫いた鎖と同じように、私から伸びた一本があなたの魂と繋がった。ここに繋ぎ止められた私と繋がったからあなたの魂はこの部屋の外に出ることはなかった」


 僕とサキとで繋がっている一本の鎖と、その他にもう一本だけは見える。しかし、最初に会ったあのときに何本も繋いだと言っていたサキを繋ぎ止めている鎖は、跡形もなく姿を消していた。


「じゃあ、それの他の、サキを繋ぎ止めていた鎖は……?」

「この一本以外全部取り除いたわーーこれももういらないわね」


 そう言うとサキを部屋に繋ぎ止めていた最後の一本も消え、僕とサキを繋ぐ一本だけになってしまった。


「なんでそんなことを!?」

 怪我が治ってあなたの魂が身体に定着したら、すぐにここを離れられるようにーー」

「ど、どうして……! 離れるだなんてそんな……いや、あれだけの事を言ったんだし、当然か…………」


 唐突に出たサキの言葉に驚きを隠せなかった。サキと離れるだなんて今まで考えもしていなかった。

 だが、危機的状況だったとしても、言って良い事と悪い事がある。本当は、いつもは、怒鳴りつける程気にする事なんかではなかったのにーー


「あなたを死に追いやったのは私。ラティーの件の後にすぐにこうしていれば、あなたが再び死を感じることなんてなかったのに。外を見たい、話したいなんてわがままを通したから、こんな結果を生み出したの。こうなるなんてこと、もっと早く気づくべきだったわーー」

「違うよ! あのときは、サキが何もしなければ僕はもっと惨めにーー」

「それなら私がもしすぐ離れていたら、あなたはこの依頼を受けることにはならなかったわ。ギンはあなたの中に私が入っていたことも、きっと見抜いていたはずなんだから」


 サキは毅然とした態度、口調で答える。


「そうかもしれないね。でも、それも僕が選んだことだから」

「だって……だってこうなるなんて思って選んでない! 望み通りのーー理想の結果にならないならやった意味がないじゃない!」


 それまで冷静に話していたサキが、感情を露わにして叫んだ。そして休む事なく言葉を紡ぐ。


「あなたと生活する中で、あなたは危険と遭遇しながらもできる事を増やしていった。私だって力になりたくてできることを探したわーー」


 少女の顔は歪み、その目から涙が溢れ出た。


「でも……でも、私にできることはあの鎖だけだったの! 本当はね、魂と魂を繋いで私の魔力を流す予定だった。本当はもっともっと慎重にやらなきゃいけない事だって知ってた。でもね、いつまで経っても上手くいかないの。それなのにあなたはどんどん前に進んでいって、あなたを助けてくれる人と会って、旅をして、助け合って……その内あなたは私に期待をしなくなったわ」

「そんな事ーー」


 僕が何か言おうとしてもサキの言葉は止まる事はなく綴られた。


「私は役に立たない、いらないって言われるのが怖くなった。喋るだけで、わがままを言うだけで、そんなの迷惑だって言われるのが怖かったの! だから私は魔法ができるんだって、いつかそれが助けになる日が来るかもしれないから必要な存在なんだって思わせたくてーー」


 気づかなかった。あんなにわかりやすいと思っていたあのサキの事すら。

 思い込んでいた。魔女は天才だから他者の魔法が劣って見えるのが当たり前で、凡人とは思考が違うから当然のように言えるのだと。

 間違いだった。少女は僕以上に無力で、そんな事とっくにわかっていて、僕なんかより必死に努力していたのだ。


「役立たずでも、苦しむレノンを助けたくて……全力で鎖を動かせば繋がるかもしれないけど、何が起こるかわからなかったから。だからやらなかったのに…………でも、これだけは信じて? あんな酷いことになってるだなんて…………本当に気づかなかったの」

「うん、わかっているよ。サキは進んで僕を傷つけるような事はしないって。だって僕が傷ついたのを見たとき、君は痛みすら感じていないのに、いつも傷を癒せって言ってたもんね」

「……戦況の判断の邪魔をしていたわ」


 サキは卑屈な言葉を返す。


「ううん。心配してくれているのが伝わっていたよ。だから、戦っているときも独りじゃなかった。寂しくなかったし、ずっと心の支えだったよ」

「心の支え……? 私は自分の事ばかりだったわ。レノンの気持ちなんて考えてなかった。だからーーあなたを怒らせた」

「僕も同じだよ。ごめんね、サキの気持ちに気づけなかった。それに、わかってたつもりになってたんだよ。バカだった。お互いずっと、背中合わせで支え合ってたのにね」

「背中合わせ……?」


 わからないといった風に聞き返す。


「向かい合ってなくても僕は寄りかかってたんだ。今ここでサキの魂を離してしまったら、サキは消えちゃうんでしょ? そんな事をしたら僕は倒れちゃう。絶対に後悔する。だから、これからは向かい合いたい。サキの身体が見つかるまで、一緒に探したい」

「簡単に言わないで! 私はあなたの身体の事はわからない……あなたの痛さなんてわからない! だから、だから次は本当にあなたを殺してしまうかもしれないの! 粉々にしてしまうかもしれないのよ!?」

「なら、それで良いよ」


 そのときの彼女の顔はそんな事言われるとは想像もしていなかったというような顔だった。


「な、何を言ってるの!? 意地張っているのね? わかるわ! そうでしょ! なら今すぐ考え直して訂正しなさい!」

「意地じゃない。後悔しない選択肢を選んだだけだ」

「それじゃあ、見つかるかもわからない私の身体が見つかるまでは、どんな目にあっても私を許し続けるって言うの?」

「間違えていると思った事があったら今度は僕の力で止めさせるよ。僕が支えるから。でも、見つかるまでーーいや、見つかっても、支え合っている限り一緒だ」

「…………バカ。もう何を言っても無駄ね」


 サキは溜め息を吐いて僕から目を逸らしーー


「あーもう無理! 疲れたー!」

「うおわあっ!?」


 サキが浮くのを止め、床に寝っ転がる。鎖に繋がれた僕も引っ張られて倒れる。目を開けると、寝そべったサキがじっとこちらを見つめていた。


「私ね、レノンがここに来るまでの間、ずーっとどうしようか考えてたの。あなたを殺す自分が怖くなって、離れる事が一番なんだって思い込ませた。でもダメ! あなたは動かせない。それなのに私は、あなたとまだ一緒にいたいって、そう思ってしまうの」

「サキもそう思ってくれていたんだ。良かった。まだ一緒にいてもらわないと困るから」

「この旅は私にとっても新しいものよ。身体があったときとも宝玉のときとも全然違う。少なくとも何もできないあんな玉なんかよりは全然楽しいもの」

「そっか。それならどうか、この先僕が恩を返し終わるまでの間は、離れるなんて二度と言わないでほしいな」

「恩を返し終わるまで、ねぇ……せめてもう少し強くなってから言いなさい。今のあなたじゃ、できる事が少な過ぎるわ」

「…………返す言葉もないよ」

「さあ、そう思うならもっと強く! いつまでも寝てたらダメね。魂の部屋の治り具合から見ると、もうそろそろ目覚めても良さそうだし、あなたを待っている人がいるでしょう?」

「えっ、そんなのどうやってーー」

「私も会いたい人がいるの! さあ、私のためにも目覚めなさい!」


 僕の額に人差し指で軽く触れると急に視界が暗転し、意識が飛んだ。



 ◆



「うっ……」

「レノン! 大丈夫? 私のこと、わかる?」


 声が聞こえる。これはフラウの声だ。


「目も開いてないのにいくらなんでもそれは早すぎじゃないかな?」

「でも! 今動きました!」

「そう、覚めたのね。ならもう行って良い? 次にやらなきゃいけないことがあるんだけどーー」

「そっちも早いよ。まだ顔すら合わせてないじゃないか」


 この軽い感じの声はギンさんだろう。だけど聞き慣れない人の声がする。どうやら女の人の声のようだ。


(今の声って……今の声って! ハクちゃんかしらーーハクちゃんじゃない? いいえ、やっぱハクちゃんよね!)

「ハ、ハクチャン……?」


 サキの声はこの高い声だ。ハクチャンって誰だろう。聞いたことない名前だ。まずここはどこなのだろうか。家にはもう着いたのだろうか。

 目を開くと、そこには白くて長い髪が綺麗な女の人が僕の顔を覗き込んでいた。


「……うわっ!? な、なんでしょう……?」

「……なんでしょうって。あなた、私を見てハクちゃんって言ったわよね?」


 しかし笑顔どころか微笑みすらなく、薄い青の瞳は僕を睨みつけていた。

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