29話 均衡が崩れる時
村を焼かれた事が許せなかった。楽しむように人を殺す事が許せなかった。人を殺す事を正しいと言う事が許せなかった。
ーーそんなやつから守りきれなかった事が許せなかった。
「絶対に許せない。だからお前も許さないんだ! 火炎弾!」
ルクレシウスは何もしなかった。しかし、男に直撃する寸前に透明な壁に防がれてしまった。
「攻撃が通らない……か」
(自動障壁ね。ラティーのときは全く気にならなかった。だけど、今の私達にはこんなにも厚い……)
「弱い。その程度、避けるに値しない。実質リオナ=ダグラスの小娘だけだ」
「くっ……」
「レノン、下がって。今はサポートに……私がチャンスを作ってみせるから」
(悔しいけど、その通りよ。フラウちゃんを補助しながら有利に進めて、行けるときに最大魔力のをぶつけましょう)
これが現実か。村の人の敵討ちどころか足手まといだ。
「…………わかったよ。準備ーー」
「ありがとう、レノン」
僕は後方に下がり、フラウに強化の魔法をかける。それを受けてフラウは再び男に斬りかかる。自動障壁を突き破るが、剣で受け止められる。
「……やはり貫いてくるか。だが二人でやっと一人に並んだだけだ。お前と同じくらいの強さの人が相棒だったらもう終わっていたかもしれないというのに、お前も大変だな」
「そんな必要ない。私達で力を合わせば、あなたを倒せる……!」
フラウは一瞬強化に割く魔力を増やし、拮抗した状態から相手の剣を払う。下がる相手を壁まで追いやって追撃しようとするも、いきなり目の前に、地面から岩の壁が飛び出してきたため手が出せなかった。
「それは本心から出る言葉か? ただの自己暗示ではないのか?」
壁の奥から男はそう語りかけてくる。
「……今が、戦いの最中だということを忘れないで」
吐き捨てるようにフラウは言う。
「私を倒せるのではなく、倒さなければならない。だからそう信じ込ませているだけだ。そうしなければ、相棒が使えない事を証明してしまう。それを否定するために、ハンデを背負いつつも私を倒す事を成功させなければならない」
「静かに、戦って……!」
フラウは剣を一振りして電撃を放つが、自動障壁に阻まれる。
悔しいが僕が役に立っていないのは事実だ。僕がこの男に何かをしようと思っても届く事はない。これではサキと出会ったあのときと何も変わりがない。
「くっ……やっぱ接近かもっと大きな魔法じゃないとーー」
「そうだな。もっと大きな魔法でなければ戦況は変わらぬな。このようにーー」
「させない!」
フラウは魔法の発動を阻止しようと男に突っ込む。
「勝利のための選択肢が少ないと読まれやすいぞ」
ルクレシウスは洞窟の壁に手を伸ばして触れる。すると突然フラウの真横から岩の柱が飛び出し、突き飛ばす。
「うがっ!」
「フラウ! 大丈夫!?」
壁に叩きつけられるも、すぐに立ち上がり体勢を立て直す。
どうやらあれは、手が岩に触れるとそこから柱を出す魔法らしい。しかも同じ岩からならどこからでも出せる。ここで戦うには厄介過ぎる魔法だ。
「今度はそっちだ」
(レノン! 右に!)
男がそう言うと僕の横から柱が飛び出してくる。
「しまった……!」
間に合わないーーフラウの強化に多く魔力を割き過ぎたせいでこちらの強化を疎かにしていた。逃れようと動いたタイミングでは間に合わないことを悟る。
「っ……! レノン!」
フラウはこちらに向かいながら一瞬手を伸ばして電撃を放つ構えをしたが、止めて加速する。僕が柱にぶつかる前に追いついて抱えるが、逃れるまでは叶わずに一緒に吹っ飛ばされる。そのまま再び壁にぶつかる。
「レノン、大丈夫?」
「傷癒し……何してるんだ! 無茶し過ぎだ!」
僕はフラウに『傷癒し』をかける。
「ありがとう。でも私は鎧と強化の魔法があるから大丈夫。だから気にしないで」
フラウは僕にそう言うと男の方に向き直り、構える。
「二人で力を合わせるとはこのような事を言うのか? 私には民草を守ろうと奮闘する騎士にしか見えないがな」
「そんな事、ないーー」
しかしフラウは僕の前に立ったまま動かないでいる。
「動かぬか。いや、動けぬだな。相棒から離れればいつ狙われるかわからぬ。そのときに近くにいなければ次は守れるかわからぬ。完全に足手まといだな。少年よ。自身より小さい女子に守られる気持ちはどうだ? 最後まで守られ続けながら、このまま壊れていくのを見ているつもりなのか?」
「あなたじゃ、私を壊すことなんてできないーー」
フラウは剣をしまって右手を前に伸ばす。
「轟雷爪!」
目の前に巨大な魔法陣が現れ、フラウの手から鋭い爪が伸びたかのように五本激しい雷が放たれる。
男は壁際を走りながら雷が迫る度に地面から岩の盾を作って時間を稼ぎながら逃げる。盾や壁に当たると大きな音を立てて砕く。土煙が上がる中、急に僕の横から岩の柱が飛び出すも、フラウの手を借りずとも躱す。
しかしーー土煙が収まったとき、男は傷一つついていない様子だった。
「遂に使ったか。上級魔法を。それが貴様の切り札であったか。だが、これも決定打にならなかった」
「でも……あなたも余裕そうには見えなかった」
「そう思うならもう一度使ってみるが良い」
眉一つ動かさず、余裕そうに言う。
「っ……!」
「雷属性の上級魔法は落雷を想像したものが多い。しかしここは洞窟。空からの雷は届かない。シーザーの娘が戦うには明らかに場所が悪い。もし、他に手があるのであれば、試してみよ」
フラウは動く事ができない。これで再び振り出しだ。あいつはフラウの追撃を防ぐために岩の柱で僕を襲った。今回は避けられたが、次はわからない。そう思わせる事自体がやつの戦法かもしれない。
「やはりないのか。身体と魔力は老いと共に衰えるが、魔法の上達は修練する年数がものを言う。若き少女がこれ程まで強大な魔法を操るということは、逆を返せば他は大して使えぬということだ」
「うるさい……」
「他にも単なる技術ではない戦術というものもある。相手に底を見せてはならないーーこれは私の戦いの持論だ。奥の手を使うのであれば、その相手は確実に仕留めなければならない。底を見せた時点で負けだ。見極められない相手であれば戦う事自体を避けるべきだ。お父上、最強の守護騎士と名高いかのシーザー辺境伯は、どのような考えを教えてくださったのかな?」
「うるさい! 轟雷爪!」
もう一度唱えるも同じように壁を出され、上手く逃げられる。そして今度は複数の岩の柱が僕を襲う。
「レノン!?」
フラウは僕の元へ、そして僕を掴んで飛び上がって岩の柱から逃げる。最後の柱は剣で防いだ。
火を見るよりも明らかな劣勢、このままではあいつを倒せない。新たな選択肢も僕が足を引っ張って潰した。
「やっぱり僕が……!」
(前に出るのは絶対にダメ。あなたがサポートして初めて成り立っている均衡なのよ。何か他の手をーー)
「このままの方がダメだ! フラウがやられるのをずっと見てろって言うのかよ!?」
「レノン……?」
フラウがこちらを見る。しかし、気にしている余裕などなかった。
(落ち着いて行動しなきゃダメよ。フラウは鎧があるから一先ず無事、レノン、あなたさえ避け続けられればーー)
「さっきからダメだダメだばっかりだ! そう言うだけで何も考えてないくせに! このままじゃ勝てない……! 僕が動かなくちゃ!」
(私だって考えていない訳じゃない! それにあなたがそうしたい気持ちはわかるわ。でもーー)
「わかるわけないだろ! やろうと思う事は大体できたとか、悩みがほとんどなかったなんて言うやつが、何もできない今の僕の気持ちを、わかるわけなんかないだろ!!」
(わ、私だって……本当は…………)
「本当は、なんだよ! 本当の姿ならどうとでもできたとかか? そんな昔の事の話をいつまでもしてるんじゃなくて、今できる事をやってみせろよ!」
(…………ごめんなさい。役立たずで……)
「……ふむ。どうやら頭から壊れたようだな。まあ良いーー」
男はそう小さく呟いた。
「少年よ。私は逃げはしない。それほどの強い感情を力にすれば、あわよくばこの身に届くかもしれないぞ」
両手を広げ、男はそう言った。
「黙れ! 言われずともそうしてやる……!」
「レノン……! やめて!」
「見てろよ……火炎竜!」
僕が魔法を唱えた瞬間にフラウの前に分厚い壁ができるが、僕の前にはできない。魔法陣から出た炎の竜が男に噛みつこうとして自動障壁にぶつかる。
「もっと魔力を込めれば!」
自動障壁に亀裂が入り始める。
「よし、行ける!」
それを見て僕はそのまま走り出す。タイミングを合わせろ。あれを砕いた瞬間に目の前に出て全力で叩くんだ。そして男に更に近づいたそのとき、大きな音とともに自動障壁が破れる。
「死ねえええええええええ!!」
そのとき、いかにも待っていたかのように男の足が一歩前に出る。
「ーー死ぬのはお前の方だ」
その言葉と同時に後ろから尖った岩の柱が突き刺さる。壁に手は触れていないはず。しかしそれは火炎竜の首とともに僕の身体を深く抉った。
「うがああああ!?」
僕は崩れるように倒れこむ。次に見えたのは倒され、巨大な岩でつぶされるフラウだった。
「感情如きでこれ程までの差が埋まるほど殺し合いは甘くない。冷静さを失った貴様を先に殺せば、強化の魔法がなくなり均衡が崩れる。さすればこの少女も倒せると思ったが、一撃をズラすために戦い自体を棒に振るとは、どちらも知性がない。正しい判断ができぬのであれば、魔物と戦うのと変わらん」
「レノン……き……聞こ、える……?」
「フラウ…………?」
顔は見えない。だが、声は聞こえる。もう身動きが取れないようだった。
「……もし、生きているなら、逃げて…………あなたはこの人に、殺されちゃ……ダメ…………」
「心臓を貫こうとしたつもりだが、致命傷には至らなかったか。少年よ、幸運な貴様に逃げる時間をやろう。まずはこっちから確実に殺す」
男はそう言いながら更にフラウの上に岩を重ねる。
「ぐっ……くっ……!」
潰されるフラウを見る。このままでは死ぬ。親しくなった人が目の前で死ぬ。
「僕は逃げない……だ、だって、僕は、ぐあっ……!」
立ち上がろうとするも、激痛が走り、血に染まった脇腹を押さえる。動こうと思っても、できない。
(フラウちゃんも……レノンも…………いやっ……! こんなのいやよ!)
激痛に意識が持っていかれそうな中、サキの叫び声が聞こえる。
(ごめんね、レノン……本当はね……本当はわかってたの……この旅が始まってから、全然あなたの助けになっていない事なんてーー)
「えっ……?」
(だからーーずっと、いつかはあなたの助けになって、魔女として誇れる存在になりたいってそう思ってたの)
いきなり何言っているんだ。そんな事、一度も言わなかったくせに。
「サ…………キ……?」
(……ごめん、違うよね。今できる事、だよね。今まではできなかったけど、それでも、今も、本当に、あなたの助けになりたいの!)
動きたい。彼女の気持ちに応えたいのに無情にも身体は言う事を聞いてはくれない。
(だから、もう一度……! 私の想い、どうかお願い……届いて!)
その声と同時に僕の身体の中で、ゆっくりとだが、確実に何かが動き始めた。




