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天才魔女との憑依同盟  作者: アサオニシサル
2章 白鎧の少女
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24話 怪しい商人

「私の名前かい?」

「はい」


 いきなり話しかけてきた旅する商人を自称する怪しい男にもう一度名前を聞く。すると商人は、ニヤッと笑った後に目を瞑り、チッチッと音を立てながら指を振った。


「ーー商人に見返りもなく何かを求めるなんて間違っているね。たとえどんなに小さな事であっても、求められたなら見返りが必要だ」

「えーっと……僕が名乗れば良いって事ですか?」


 名前を聞いただけだったつもりだったが、会話が上手くいかなくて困惑する。


「うーん、まあ一般的にはそれで良いとされているけど、そこは個人の裁量に任されているよね? 私としてはやはり商人だから、お金が欲しいと思っているね」

(乗せられちゃダメよ。こいつはギン。と言っても、さっきみたいに名前を聞いたらお金を要求されて、無視したら自分からそう名乗ったわ。どうやらその名前で通っているみたいよ。前に買った新聞ーー逆位置タロットを書いている人よ。こいつ、かなり面倒だし、さっさと別れて宿屋に入った方が良いわ)


 ギンーー銀髪だからか。助けを待っていて僕ができることならやりたいと思うが、逆位置タロットを買うときの情報『だけ』は頼りにしても良いという念押しの部分、そしてあのサキが、知り合いなのに避けたがっているという部分がアゲートを彷彿とさせ、僕を不安にさせた。


「それだけでお金はちょっと……あと、僕は見ての通りこの有様ですし、かなり疲れているので今回はちょっと……もしくはお話も明日以降で良いですか?」


 僕、そしてフラウが疲れているのもあるし、サキにこの人について聞く時間がほしい。そう思ってそれを告げるとギンと呼ばれた男に肩を掴まれた。


「ちょっと待ってくれって! ふざけて悪かったよ。ちょっとした軽い冗談だってば」

「えっと、ではお名前は……?」

「私はギン。いや勿論本名じゃないんだけど、こっちが既に色々な人の間で名前が通っていてね。そっちの方が親しみやすいだろうから、そう呼んでくれると嬉しいな」


 サキの言う通り、結局自分から名乗ってくれた。


「わかりました。僕はレノンです。こっちはーー」


 フラウが僕のローブをギュッと握る。先程から人と話すときは僕の後ろに半分隠れるようにしていたが、ギンはより不安だと言うことだろう。


「彼女はちょっと、色々ある人なので……すみません。もしそれでも良ければ、依頼内容をお伺いしますが……」

「うん、それで構わないよ。だって私には、既に彼女が誰だかわかっているんだからね」

「えっ……!?」


 フラウは驚いたようにビクッとする。


「リオナ=ダグラスのご息女さんだよね? だから私は君達に声をかけたんだよ」

「…………」


 そう言われると、何も言わずに下を向く。


「兜で顔を隠しても、鞘と鎧でバレバレさ。それらがどう見ても希少な代物であることはわかる。それにリシューでも、白鎧の騎士が黒死の悪魔を撃退したという名声は広まっているよ。リューナとリシューできちんと情報を集めた私の目は誤魔化せないさ」

(確かに……こいつならわかるのも当然、か。新聞にも書かれてたし、会った時点でバレバレだったと気づくべきだったわね。ドヤ顔ムカつくし……)

「あっ……そうですね。さすがです……」


 それならフラウのことをわかるのは当たり前だし、まずわかってでもいないとこんなボロボロでいかにもやられましたみたいな見た目の人に依頼など申し込もうとしないだろう。


「家の名前で呼ぶのは……その、止めてください。わ、私は、フラウ……です」

「そっか。君も騎士見習いだもんね。家柄より手柄で覚えてほしいか。じゃあーー怪物殺しのフラウちゃん、だね」


 ギンはにっこり笑顔でそう言った。


「それも嫌です……」

「あの、本人も嫌がっているので普通にお願いします。そして、そろそろ依頼の話に進みたいのですがーー」

「ごめんごめん。かわいいからちょっとからかっただけさ。顔が見えないのが残念だけどね。これはアドバイスだけど、騎士見習いとして生きていくのなら顔は出した方が良いと思うよ。人気商売だしね。そして笑顔の練習もしよう。私みたいにね」


 そう言ってもう一度輝く笑顔を見せつけ……いや、見せてくれた。


「じゃあそういうことで依頼の話をしようと思うんだけどその前にーー」

「その前に、何でしょう?」


 まだ何かあるのか、と正直僕は思ってしまった。


「実はもう宿を取っているんだ。そこで話をしないかい? 激戦の後で疲れているだろうし、座って何か飲みながら話をしようじゃないか」

(疲れているのをわかっててあの茶番やったのね……)

「ーーそれで良いかな?」


 僕は確認するためにフラウにそう聞く。困ったような顔をした彼女の様子から、決めかねているようだった。


「とりあえずは話を聞くだけだよ。無理そうだったらそのときは断れば良いから」


 フラウは僕の言葉を聞いて頷く。


(その判断が出来るなら、私は話を聞く分には良いと思うわ。正直碌な依頼でもないだろうし、今から断る心の準備はするべきでしょうけど)


 サキもそう言ったところでとりあえず意見は一致した。


「はい。では、お言葉に甘えてもよろしいですか?」

「うん。私も疲れている人を立たせっぱなしで申し訳ないと思っていたんだ」


 余計な話がなければもっと早く終わっただろうにと思いつつも、その優しさに感謝して、ギンに連れられて宿屋に入った。

 宿屋の個室に入ると、楽にするように言われたので椅子に座る。今はこれしかないが水よりマシだろうと、さっき言った通り飲み物まで出してくれた。甘くて、サッパリしていて飲みやすかった。サキもこういうのも悪くないと言っていて、正体を隠すのを諦めたフラウも表情から気に入ったという様子だった。


「家にはもう少し多くの種類の飲み物を置いてあるんだけどね。気に入ってもらえたかな?」

「はい。とても美味しかったです。わざわざありがとうございます」

「ありがとうこざいます」

「それは良かった。良ければこの飲み物の材料と作り方を教えようか?」

「無料ならお願いします」

「ハッハッハッ、随分警戒されてしまったみたいだねーーじゃあそろそろ本題に入ろうか」

「お願いします」


 やっぱり金を取るつもりだったのかと心の中でツッコミを入れながら、これ以上無意味に脱線しないように流す。


「私を連れて、洞窟の奥まで行ってもらいたいんだ」

「つまり洞窟探検……何か探し物ですか?」

「うーん、そうじゃない。何とも言い難いんだけど……やっぱり受ける言ってくれないとこれ以上は話せないな」

「その依頼って僕達でも出来そうなものなんですか?」

「ああ、君達なら出来るとも! なんせルムンの怪物を倒すほどの実力だからね。君達の実力に期待しているよ。あ、そうそう。奥に行きたいんだけど、邪魔者がいるから討伐してほしいって依頼なんだ」

「そういうのは騎士にお願いした方がーー」

「それが出来ないから君達にお願いしているんだと理解してほしい」


 その飄々とした口調から一転、真面目な口調に変わる。その雰囲気に一瞬圧倒されてしまった。


(ーーやっぱり面倒事よ。何があるかわからないし、関わるのは止める事を推奨するわ。それにまずあいつ、そこそこ戦えるはずよ。私ほどじゃないけどね)


 サキの話を聞いて話が段々良くない方向に進んでいるのを感じた。


「あ、あの……! その依頼は私達には難しいというかなんというか……」


 今まで黙っていたフラウが言った。これまで全然話していなかったフラウが割って入ったということは、フラウもその雰囲気を感じ取ったということだろう。


「君は会いたい人に会えているかい?」


 ギンが急に話題を変えて質問してくる。


「どういうことですか?」

「単純に質問さ。答えなくとも良い。考えてくれさえすればね」


 そう言われて思い浮かべてみる。母さん、ラティー村の人、リシューでお世話になった宿屋の親子、そして師匠と会いたい人はそれなりにいた。


「その人に会いたいのに障害があって会うのが難しいという状況を君達はどう思うかい?」

「それは……辛いことだと思います」


 僕がそう言うとフラウも頷く。


「そう思ってくれるなら改めてお願いしよう。私は事情があって、空き家に勝手に住んでいる。それは勿論そこにしか住む場所がないからだ」

「その事情を教えてもらっても良いですか?」


 状況は深刻、どうやら本当に困っているらしい。一応ダメ元で聞いてみる。


「うーんどうしようかなぁ……でも、本気でお願いするためにお話ししよう」

「お願いします」

「実はね、私は剣族を一人匿っている」

(剣族……もしかして……!)


 サキがその言葉に反応する。


「匿っているというのは具体的に、どういう事ですか?」

「奴隷ではなく、対等な関係として暮らしているということさ。私は一緒に暮らしたいんだけど、世間様はそれを許してはくれなくてね」

「剣族の扱いはあまり良くないと僕も聞いた事があります」

「私も……剣族は虐げられていると、聞いたことがあります」


 剣族はメイジスとの関わりが深い。しかしそれは両方にとって良い事ではない。大昔の話であるが、彼らの王国であるアムドガルドがメイジステン王国に征服され、帝国になってから久しい。それ以降から今までずっと身分に差をつけられ、中には奴隷にされている者までいるのだ。


「彼らはメイジスに、つまり騎士に刃向かう事ができないからね。メイジスより大柄で力が強いと言っても、我々の何倍にもなる巨人じゃない。魔法は使えないし、強化の魔法を使った騎士相手には何人束になろうと敵わない。メイジステンが千年帝国となっている理由の一つだし、奴隷にしたり都合の良い労働力として好き放題に扱える理由だ」

「好き放題ってそんな……」


 村で生きてきた僕は奴隷を見たことはないが、クフリーに行くまでに聞いた奴隷ではない車夫の話を聞いた。その話を聞く限りだと、その車夫ですら厳しい生活と感じたのに、奴隷となったら更に扱いが酷くなると聞いて心が痛んだ。


「綺麗に言葉を飾っても現実は変わらないからねーーそれで、私達が世間に認められるには、その剣族を奴隷とすることで体裁を保つか、私が剣族と地位を並べるかの二択しかない。だけど私が剣族と地位を並べてしまったら、二人で生きていくのは不可能だ。飢えで死ぬか使い殺されるかしか道はないと思わないかね?」

「その道で生きていくのは現実的ではないと思います」

「因みに二人でアムドガルドで暮らすのはなしだ。元々メイジスによる支配で恨まれているし、私がそのメイジスだから剣族にすら嫌われて生きていけなくなるからね。すると今のように隠れて生きていくしかなくなるんだけど、ここまでの事情はわかってもらえたかい?」


 ギンは僕達に確認するように聞く。つまり剣族と対等に生きていくなんてことは不可能ということだ。


「はい。深刻な状況で、このままではいけないと思います。しかし、本当に僕達で良いのでしょうか? 騎士見習いで、しかもなったばかりですし……」

「帝国にバレるから騎士には頼めない。騎士に告げ口しなさそうな、私の気持ちにある程度同調してくれる人じゃないといけない。その中で実績を持った人でなくてはならない。まだ騎士見習いを始めたばかりだとしても、杖なし、剣を持つフラウちゃんは貴重でこれ以上にない適任だ。勿論報酬ははずむよ」

(ごめん、さっきの訂正! 私からもお願いするわ。その剣族は、きっと私のお友達の子なの。こいつと二人で生きているとか不安だし、会わせてもらえないからしら?)


 サキはそう言った。僕も真面目な事情を聞いてから考えは変わっていた。


「僕は受けたいと思っているけど、どうかな?」

「えーっと……」


 フラウはその危険性からまだ決めかねているようだった。


「報酬は金貨五枚ずつで合わせて十枚にするよ。受けると言ってくれたら先に二枚ずつ渡しても構わない。フラウちゃんの方が強そうだからね。是非来て欲しいと思っているんだけど……」

「金貨五枚ですか!?」

「私は本気だからね」


 僕が報酬の額に驚くとギンはそう答える。依頼の掲示板を見た事がないので詳しくわからないが、受付所を経由すると税金として取られるシステム上、始めたばかりで金貨を貰える事などそうそうないはずだ。


「でも、そう言うのって金額の問題じゃ……」


 フラウがそれに対して不安そうに言う。


「うーん、やっぱりお嬢様をお金で釣るのは不可能かーーなら、こうしよう。君のお父さん、偉大なるイヴォル辺境伯の情報を提供するということでどうかな?」

「な、何か知っているのですか!?」


 それを聞いたフラウはとても驚いたのか今まで出したことがないほどの大きな声を出した。


「リューナ=イヴォル領の共同領主だし、リューナかイヴォルで領主をしているのではないのですか?」

「イヴォル辺境伯ーー当時は元帝国守護騎士団長シーザー卿か。彼は、あの出来事があってから……もう十五年になるのかな? その間、リューナに行っていないんだよ」

(えっ……! そう…………そうだったのね……)

「それってつまりーー」

「ああそうさ。彼女はお父さんの顔を覚えていない。勿論イヴォルなんて危険地帯にのこのこ歩いていくなど許されるはずもない。城の中は昔のルムンのように鉄壁だとしても外は危険だ。会いたくても会えないという、今の私のような状況を十五年も続けてきたのさ」

「そうなんだ……」


 フラウは顔を下に向けたまま何も言わずにじっとしている。

 僕も村の人みんなに良くしてもらったけど、親は母さん一人だ。父さんには会いたいと思った事は何度もあるけど、死んでいるからもう会えないと思うしかなかった。でも、フラウは違う。生きているのなら、会いたいと思うのは当たり前だ。会えなくなる前に会わせてあげたい。僕はそう強く思った。


「私は逆位置タロットという新聞を書いて売るくらいには情報通でね。取引に使う情報は信頼してもらっても構わないよ。もし報酬としての情報が間違っていたら私は嘘つきだと広めてもらっても構わないとも」


 フラウは僕の方を見る。今の話を信頼して良いのかを僕に尋ねているらしい。


(ギンは確かに逆位置タロットという新聞を書いているわ。リシューで売った後だからその近くのルセウにいて、こうして会ってしまったわけだし)

「多分、信じてみても良いんじゃないかな?」


 フラウはそれを聞いて決めたらしくギンの方を向く。


「わかりました。私も、その依頼を受けます」

「本当かい? それは嬉しいね。そうと決まれば今日は休んで明日の朝に出発しようか。それで良いかな?」

「はい。それで大丈夫です」


 僕はそう言い、フラウが頷く。すると、ギンは前金として本当に金貨二枚を渡してくれた。


「ありがとうございます! でも、本当に貰って良いのですか?」

「前金とはそういうものだよ。それよりこちらこそありがとう。じゃあ君達の分も宿を取りに行こう」

「いえ、さすがにそこまでは……」

「それも前金だと思って受け取ると良いよ。私は依頼を受けてくれる人が決まってとても嬉しいんだ。私は商人だからいっぱいお金を稼ぐのが好きだけど、いざというときのために使えなきゃ意味がないからね」

「わかりました。ありがとうございます」

「うん、それで良いよ。さて、では宿を取りに行こうーー」


 ギンは僕を振り切って階段を降りていってしまった。僕達も追いかけると、既に新たに二つ部屋を取り終えたところだった。

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