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天才魔女との憑依同盟  作者: アサオニシサル
2章 白鎧の少女
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23話 ルムンの怪物

 その姿は、違和感そのものだった。頭を見れば伝心狼であるが、胴体は屈強な三頭獣のもの。そしてその胴体に巨大な鳥の魔物であろう赤い翼と、飛竜と思われる大型のトカゲ種の翼が一対ずつはえていると言った姿だったからだ。

 異物はトカゲを咥えると、力強く羽ばたいて大きく後ろに飛んで距離を取る。そして獲物を食べる。


「おい……これってあの『ルムンの封印』に出てきたルムンの怪物じゃないか……?」


 騎士見習いの一人が呟く。それを聞くと、周りも騒ぎ出す。

 ルムンの怪物ーー『ルムンの封印』という昔話に出てきた継ぎ接ぎの怪物の総称だ。ルムンは怪物達を用いて帝国に反抗したらしいが、そんなのあくまで物語のこと。別のことの例えだと思っていた。


「そうだよ……! 別の種類の翼がついている魔物なんて見たことがないぞ!」


 そう、だが目の前にいるそれは、他の例えが思いつかないほど物語の怪物だった。


「でもいたとしても、なんでルムンの怪物が外に出て来てるんだよ! 封印都市ルムンから出られないはずだろ!?」

「知るか! そんなことより逃げろ! ここに何かあったときに幸運なことに責任を取ってくれるやつもいるんだしよ!」

「えっ? えっ!? ちょっと待っーー」

「グヴオオオォォォ!!」


 僕が声をかけようとすると、ルムンの怪物と呼ばれたそれが大きな声で吠える。


「逃げろ! こんな安賃金の依頼で命を懸けられるか!」


 一人がそう言いだすと周りの騎士見習いも走って逃げだした。そんな中、ルムンの怪物は僕に向かって突進してきた。


(こっちに来るわ!)


 背後には馬車の積荷がある。避けたら依頼は失敗だ。


「くそっ……! 障壁!」


 土から盾を作るも、その盾は脆く、突き破られた。その衝撃で吹っ飛ばされる。


「ぐえっ!」

(大丈夫!? これって……壁?)


 サキの言う通りだ。どうやら固い壁のような物にぶつかったようだ。


「大丈夫か? 手荒な真似ですまない。だが、馬車は守ったぞ」


 僕に声をかけたのは指示を出していたディードと呼ばれた男だった。


「ーー残ってくれたのですか?」

「話は後だ。凍水陣!」


 ディードが魔法を唱えると怪物の足元がぬかるんで足が沈む。そこから水が湧き出て凍らせる。怪物は飛び上がって避けようとするも、後ろ脚が凍りついて飛べずに不時着した。


「長くは保たない! もうこれからは荷物は保証できない。以降は命よりも品が大事なやつだけが馬車に残れ!」


 その声を聞いて商人達は慌てて馬車から降りて逃げ出す。

 怪物は、前足をバタつかせ、翼をバタつかせてなんとか逃れようとしている。


「氷柱!」


 一つ大きいのを作り、前足を狙って突き刺そうとするが、やはりその足は固く、弾かれる。そして、尻尾が蛇の頭となっていたらしく、こちらを向いて火を吹いてきた。


「うおっと!」


 ギリギリ躱すことに成功したが、炎の熱が凍らせていた魔力を上回り、氷が溶けてしまった。後ろ足を上げ、動かせるかを確認しているようだ。


「封じるのはここまでが限界か……」


 男は残念そうに言うと、怪物は二対の翼を使って飛び始める。


「風刃! 避難する時間は稼げたと思います。ここからが本番です……!」

「そうだなーー」


 風の刃は軽く躱される。


「グオオオオオオオ!!」


 空に自らの存在を知らしめるかの如く怪物は吠える。そして同時に上空から炎が撒かれる。尻尾の蛇の仕業だ。躱すこと自体は容易だが、地上に叩きつけられた炎は黒く真っ直ぐに、紙に線を引いたような跡を残し、薙ぎ払うように地上の物を燃やす。


「馬車が!」

(レノン! 見ないように……)


 馬車が燃え、繋がれた馬にも火が移る。

 すると、車に繋がれた馬の金具が外れ、走って逃げ出す。他の馬も外されており、既にその姿はなかった。


「良かった……ありがとう! フラウ!」


 金具を外したのは、ここに残ってくれている人。フラウだった。戻ってくると言って、本当に逃げないでいてくれたのだ。


「いや、死ぬのは見たくないが……正気かね!? ん? いや、まさかーー」


 彼女を見ると、空に向けて手を伸ばしたところだった。空に向けて強い光が放たれると、怪物の上空に魔法陣が浮かび上がる。怪物もそれに気がついたようで、そこから離れようとする。


「妨害しないとーー」

「今すぐ目を閉じろ!」


 手を伸ばした僕をいきなりマントで覆って視界を奪う。やがて耳を貫くが如き轟音が僕を襲った。


「うわっ! な、何が……?」


 音が止み、僕が空を見上げたときには既に何もなかった。


「……グゥオオオオ!? グアオオオオォ!」


 大地を揺るがす衝撃と足音、咆哮を聞き、探すように視点を下げると、地べたでのたうち回る怪物の姿があった。

 貫かれたのは僕の耳でなくやつの翼だった。叫び続け、首を振り回すやつの目は誰を捉えることもない。

 ーーそう、気づけば怪物は飛べない、見えない、聞こえないという状況に追い込まれていたのだ。


「待て!」


 怪物に向かって駆け出す少女を止める男の声。少女は驚き、こっちを向く。


「今の魔法、見事だった。だが、何故何も合図せずに使った!」

「えっ!? え、あの! あの……!」


 少女は急に怒鳴られ、気が動転した様子で慌てふためく。


「無事だったんですから、そんなこと今言わなくてもーー」

「今じゃなければダメだ! こちらが事前に察してなければ、目の強化が不完全なこの少年があの光を直視していた。そしたら戦線は崩壊していただろう。もし今言わず、また使われれば今度こそ崩壊するぞ……!」


 ハッとしたフラウは、怒っているディードの理由を理解したようだった。そしてディードの元へ駆け寄る。


「そ、そういうつもりじゃ……その、ごめんなさい!」


 その様子を見たディードは、


「助太刀は嬉しい。翼を封じたのも嬉しい。だがチームで戦えーーできるか?」


 段々と落ち着いた口調になっていき、最後は優しく問いかけた。


「は、はい!」

「グルルゥ……グヴオォォォ!」


 未だに怒りを表す声が良くなりかけた雰囲気を破壊する。立ち上がった怪物の目は、僕らと目が合う位置で止まり、怒りを大地に叩きつけながら向かってきた。


「三手に分かれろ! 散らばれば誰かしらが攻撃するチャンスがあるはずだ!」

「「わかりました!」」


 ディードの指示の通り僕達は散らばって避ける。怪物は休まず僕に追撃を仕掛けてくる。


「止まって!」


 フラウは足止めのために後ろ脚を狙って剣で突き刺す。しかしその固さ故に傷が浅かったらしく、それでも怯まず前足の爪を振り上げて僕を襲おうとする。


「ここで動きを止められれば……障壁!」


 一度止まっての追撃のため勢いがないと思っての判断だ。そして実際にその爪攻撃を受け止めてみせた。


(やったーーって、あら……?)


 僕の盾の勝ちと思ったのも束の間、その盾が倒れてきた。


「うっそだろおおお!?」

(消して! 盾消して!)


 僕は言われるがままに盾を消す。しかしそれは完全に悪手であり、その上にいて盾を押し倒していた怪物の爪がそのまま降ってきて肩に刺さってしまった。


「ぐうあっ!」


 その痛さに思わず片目を閉じてしまう。


「レノン!」


 フラウは怪物の背中に深く剣を突き刺す。痛さに仰け反ったそのとき、その中で電撃を流す。怪物の身体のあちらこちらから血が流れる。


「グヴアアアア!!」


 僕は暴れる怪物に一度は踏み潰されるも、前足が浮いたときに転がって抜け出す。


「その隙もらった!」


 ディードが蛇の口に氷柱を刺し込む。蛇が炎を吐いてその氷柱を溶かすまでにもう二本刺し貫く。


「グガアアアアアアア!!」


 怪物は苦しみ、無茶苦茶に羽ばたくと、その巨体を浮かび上がらせるまでには至らずとも僕達を吹き飛ばす。その後二人の攻撃が効いたのか、うずくまる。

 飛ばされた僕は肩を抑えながら顔を上げると、まずは辺りを見渡して敵と味方の場所を確認する。


「あっ……ディードさん……その傷…………」


 するとディードを見つけたが、なんと鎧全体が黒く焦げ、一部色が剥げていた。しかも剥き出しだった手や顔の一部は火傷して爛れているように見える。僕が襲われている間、蛇から炎の直撃を受けたのだろう。

 ーーその赤く爛れた肌を見て、あの日命からがら逃れようと彷徨う故郷の村の人を思い出した。


「助けなきゃ……」


 このままでは今にも倒れて動かなくなってしまう。そんな気がした。あんなに救えなかったことを後悔したのに、ここで見捨てるわけにはいかなかった。

 僕もおぼつかない状態だが、身体は動く。だから杖を地面に突き立てて立ち上がり、歩いて男に近づく。


(今の状態が見えているの!? まずは自分の状態をーーその傷を癒しなさい!)


 サキの声が頭の中で響き、ディードが何か叫んでいるのが見えた。

 火は危険だ。焼かれたら、すぐに治癒魔法をかけないと死んでしまう。僕は足を引きずりながらも男の方に歩き続ける。そしたら男の方が駆け寄ってきた。


「走れるんですね……! 今治しますからーー」

「チッ……何を言っているんだお前は!」


 そう怒鳴りながらディードは透明な水を取り出し僕の傷口にかける。それは染みるが、効果はあるようで傷は少しずつ痛みは消えていった。


「だって! 火傷してるから、死ぬ前に助けなきゃ……! 傷癒し!」


 僕は爛れた顔のすぐそこまで手を伸ばし、傷癒しを使った。


「これで大丈夫ですね……」

「馬鹿か! そんなかっこいい事はもっとかっこよくなってから言え! 無様な格好で言っても決まらんぞ!」

「でも……! 火は人を殺します。火で人も魔物も死ぬんです!」

(レノン! 何言ってーー)

「お前が死ななければ誰も死なん! 見習いの見習いのガキが! 俺をなめるなよ!」


 その声を聞き、怖さにビクッとする。


「……良いか? 戦況を把握して正しい判断をしろ。勝って終わらせることに集中するんだ」

(聞こえた? まずは落ち着いて。誰も死なないために上手く立ち回って勝つのよ)

「はい。傷癒しーー」


 二人の言葉を聞いて、自分に回復魔法を唱える。


「それで良い。お前は治癒魔法が使える。それならお前が死ななければ、戦線は立て直せる」

「……はい」

「そしてやつも大分弱っている。やつの炎も一度は浴びたが、返しに氷柱を突き刺してやった。氷も溶けかかっているが、今のところまだ炎は吐けず、身体の方も鎧の子と向き合うので精一杯だ。隙を突いて一気に押し切るぞ」

「わかりました。その、すみませんでした……」

「ルセウでいくらでも聞いてやる。一気に決めるためにチャンスを窺うぞ。お前は盾と治癒魔法以外、何ができる?」

「自分の使える魔法の中なら火が一番強いです」

「ん? それも火……そういうことなんだな。わかった。そっちに合わせる」


 そう言ってディードは僕から離れる。

 フラウを探し、見つけると、一人で怪物と向かい合っていた。その繰り出し続けることが精一杯だというような怪物の大振りの攻撃を軽々躱し、剣で軽く傷を負わせる。距離を取ることもせず、常に相手の視界に入るように立ち回っている。


「立て直した! 隙を作ればこちらが決める!」


 ディードはフラウにそう叫ぶ。返事の代わりに大きく頷くと、声を聞いて振り向いた怪物に剣を突き刺し、その固い胴体を貫いた。


「貫いても、やっぱり死なない……!」

「集中……集中……」


 怪物を見ながらそう呟く。そしてフラウが怪物の振り降ろそうとする前足を、勢いをつけた腕と剣で押し戻し、斬り払いながら後ろに大きく跳んだ。


(今!)

「火炎竜!」

「炎牙噛砕!」


 背後から炎の竜、上下から炎で作られた先端部が尖った牙が同時に襲う。


「グガアアアアアアアーー」


 怪物の全身を焼き尽くさんばかりの炎に、大きな悲鳴が響き渡る。

 炎に晒されながらも、それでもなお、怪物はこちらに向かって来る。死にものぐるい、お前だけは殺してやるというようにーー


「くっ……! この怪物があああ!」

「ーーもっと、魔力を炎に……!」


 魔力はある。まだ出せる。身体を潰す限界は知っている。まだ全然そこまで至っていない。

 ーーもう誰も傷つかないように、ここで出し切るんだ。


「もっと……もっとだああああああああああ!!」


 魔法陣は更に大きく、竜もーーーーその口は、まるで鼠を食べるかの如く怪物を覆って飲み込む。


「アアアアアア!?」


 怪物の足を止め、むしろ押し返す。


「レノンが……こんなに大きな……?」

「アアアアァァァァァ!!」


 しかし炎の中、影のままだが曲がった足を伸ばし、僕の方に顔を向ける。そして、一歩踏み出そうとする。


(良いわね、押してる押してる! いっけええええええええええ!!)

「ァァァァァーーーーーー」


 サキに背中を押されるままに最後の一押し。宙に浮いた足は二度と地を踏むことなく、そのまま横に倒れ込んだ。


「終わった……? よ、良かった……」

(良かったけど……にしても気味が悪いわ。何なの、これ……?)

「ねぇ……レノン。この魔物、この前のようなーー」

「ん? この前?」


 よく見ようと僕が怪物に近づいていたが、フラウの言葉に立ち止まって振り向く。すると急に蛇が顔を上げ、炎を吐いてきた。


「なっーーこの化け物が!」

「やっぱり……そうだ!」


 ディードにより透明な盾が張られ、炎を防ぐ。それを見たフラウが蛇の尻尾を切断し、その後怪物の身体を両断した。断面から切れた鎖が見えた思うと、それは跡形もなく消え去り、怪物は静かになった。今度はしばらく様子を伺ったが、再び動き出すことはなかった。


「大丈夫!?」


 その様子を見届けた後にフラウは僕の元に駆け寄ってきてくれた。


「相手は得体の知れない化け物だ。最後まで気を抜いてはいけない」

「はい。すみません……ありがとうございました」

(ごめんなさい。不注意だったわ……)


 今のは僕の不注意だ。サキのせいじゃない。そう思い、反省する。


「ーーだが、怪物だけでなく、鎖だと……? どうなっているんだ……」


 ディードが小さく呟くのが聞こえた。


「あの、さっきの鎖について、何かわかるんですか……? 前にも見たことがあって……」


 気になったらしく、フラウが珍しく自分から拾って質問する。


「こっちの話だ。君達のレベルで関わって良い話ではない。それよりもルセウに行くぞ。まだ依頼は終わってはいない。今回の成果を報告するまでが依頼だ」

「えっと……でもこれって……」

「そうだ。我々は勝利こそしたが、依頼は完全に失敗だ。街で何か言われたら逃がしてやっただけマシだと開き直るしかあるまい」

「「はい……」」


 三人は怪物と焼けた車を置いてルセウへ向かった。


「ところでこの怪物、ルムンの怪物って言ってましたよね? それってあの『ルムンの封印』に出てくると関係あるんですか?」


 ルセウへと向かう道、僕はディードさんに聞く。

『ルムンの封印』は、誰もが子供の頃に読み聞かせられる帝国の歴史を伝える教本『帝書』の物語の一つだ。


「あれを本物と断定はできないが、ルムンの怪物のルムンとは、あのルムンだ」

「帝国になる前の、メイジステン王国の都市、今は封印された廃都市……ですよね? それとどう関係が?」

「ルムンという都市は、今のティマルス地方に統一される前の魔物地域と、旧アムドガルド王国の両方に面していた。立派な領主によりメイジステン王国最前線の都市の一つとして栄えていた。しかし、古代大戦を経てメイジステンが世界帝国となった後、帝国に反抗し、封印された。それから千年以上もの間完全に結界で封鎖され、出入りは不可能だ。それは今も続いている」

「物語はそのように書いてあったと思います。でも、どうしてそんなことに……? メイジステンの一部なのに、何で反抗をしようと思ったのでしょうかね?」

「何をしようとしたかは諸説あるが、帝国に反抗して封印されたのは事実だ。説の一つに、帝国に組み込まれた後も、魔物地域を統一して今のティマルスを作った獣王と手を組み、異形の怪物を作っていたという話がある。それがルムンの怪物だ」

「ティマルスの方が魔物を使った実験なんてしますかね? 僕にはそう思えませんが……」


 リシューの東の森での出来事、会話を思い出す。ザックはティマルスでは人と獣は平等だと言っていた。今の話はそのイメージとは遠過ぎる。


「それはわからん。あくまで噂だ。だが、古代大戦は今の領主同士の争いとは比べ物にならない規模の殺し合いだったとされる。敗戦直後のティマルスは種の生き残りを賭け、それだけ必死だったとも見て取れる」

「そんなものなんですかね……」


 なんだか悲しい気がしたけど、今のザックの想いはその過去があったからこそかもしれない。僕はザックとバロン、そしてあの怪物をそれぞれ思い返してそう思った。

 帰る途中でルセウから来た騎士に会ったが、深く問われる事はなく、討伐したという事実の確認のために怪物を見に行った。

 そして僕達はルセウの街に着いた。街の中に入ると同時にクフリーの商人達が待っていた。


「わ、私達の荷物は……!?」

「燃えた」


 男のその言葉を聞き、騒然とする。


「騎士見習いだから失敗したのだ……!」

「……その通りかも知れない。だから依頼も失敗で報酬もなしだ。文句はない」

「貴様らのせいでこっちは大きな損失だ! どうしてくれる!?」

「ルムンの怪物が出るなど聞いてなかった。来なければこのようなことにはならなかった」

「弁明をしろと言っているのではなく、我々の損失をどうしてくれるのかと聞いているのだ!」

「そういう規約はない。そうだなーー次からは依頼状にルムンの怪物が出没する危険性あり。対応出来る者のみ募集とでも書いておいてくれ」

「な、なんてやつだ……!」

「生きているから文句が言えるんだ。責め立てることができて、少しは楽しかっただろ? それだけ得をしたと考えろ」


 そう言うと僕達を引っ張って歩いていく。そして商人が見えなくなったところまで歩いた。


「俺達は人命を救った。それを誇りに思え。文句を言うやつなど、放っておけ」

「はい…………」

「そう落ち込むな。あれはイレギュラーだったが、よく逃げずに戦った。それとーー火は怖いか?」


 ディードは僕を見て言った。フラウも心配そうに僕を見ている。


「……もう大丈夫なつもりでした。自分でも使っているのでーー」

「いや、君が火を使っているのは、扱いやすいからではないな」

(それってどういうこと?)

「それが一番敵を傷つけられる武器だと思っているからだ。しかしそれは努力から来る自信ではない。火を一番恐れているからだ」

「……そうかもしれません。知っている人が、仲間が火を浴びるのを見て、とても怖かったです。さっきも嫌な事を思い出してしまいました」


 薄々は気づいていた。あれ以降火の魔法を覚えて使ってきたが、仲間が火に当てられたことはなかったと記憶している。今でもこんな怖いことだとは思いもしなかった。


「そうか。あえて深くは聞くまい。だが、あまり火を恐れ過ぎるな。そして、火を信じ過ぎるな。お前はその火に打ち勝ってそこにいるはずなのだから」

「ですが、どうすれば……?」

「さっきも言ったように、正しい判断をしろ。お前はまだ新人だろう。だが色々な属性の魔法が使え、しかも中々良いものをもっている。死なずに、辞めずに騎士見習いを続け、火だけに拘らずあってほしい」

「はい。まだ半端者だと自覚していますが、騎士見習いは続けていくつもりなので、そうなれるように頑張ります。ディードさんでしたよね。この後はどうするんですか?」

「先程から呼ばれていて思ったが、よく知っているな」

「依頼の途中に名前を呼ばれていた気がしたので」

「そうか。俺は、次の依頼がある。今回失敗した以上受けられるかはわからないが、とにかくもうこの依頼は終わった。お前達も好きに動くと良い。じゃあな」


 そう言って男は去ろうとする。


「あの、僕はレノンって言います! ディードさんは騎士見習いで生計を立てられているんですか?」


 僕が呼び止めるとディードも足を止める。


「俺もそれなりに長く騎士見習いをやっているからな。最初は大変だが、慣れだ。それと、そこの鎧の子はーー」

「えっと…………」


 ディードはフラウに向けても聞いたが、本人が口ごもっているのを見ると手を前に出して止めた。


「言いたくなければ、言わなくて良い。共に仕事ができて光栄だった。まずは土地に育ててもらえ。最初は誰でも新人だ。簡単な依頼でも、それをこなして経験を積めば、名声をもらえる依頼も少しずつ回ってくるだろう。もしお前達が辞めなければ、またどこかの仕事先で会えるかも知れないな」

「わかりました。ありがとうございました!」

「あ、ありがとうございました!」


 お礼を言って手を振ると、ディードも軽く手を挙げ、それに応えていた。


「じゃあ、僕達も行こうか。今日はもう疲れたから今すぐ宿屋で良いかな?」

「その……もう、宿屋行く…………ないです……」


 僕は少し驚くが、すぐに言う。


「僕が出しておくよ。それくらいはあるから、今日はとりあえず休もうよ」

「ーー良いの?」

「うん。というかこの後野宿には流石に出来ないよ」

「じゃあ……ありがとう」


 宿屋に行くと決まったので僕達は歩きだす。そして宿屋の前まで行くと、入り口前に立っている男に話しかけられた。


「やあ、そこの酷い服と鎧の君達」

「……それって僕達のことですか?」

(うえっ……嘘でしょ…………)


 気分が良くなるような呼び止められ方ではなかったが、立ち止まって話をすることにする。それにしても初対面の相手にサキがこんな反応を聞いたのは初めてだ。


「君達以外に誰がいるんだい? まあ、それで、君達が今この街で話題になっているあのルムンの怪物を倒した人達なんだろう?」

「僕達だけじゃないですけど、まあ、一応……」

「うん、やっぱりね。君達にお願いしたいことがあるんだけど、良いかな?」

「えっと、どちら様でどのような依頼でしょうか……?」

(あのときに心構えをしておくべきだったわ……)


 銀色の髪をした男は、ニッコリとしてこう言った。


「私は、旅する商人だよ」

(何で私が知ってる人の中でも変なのとばっかり会うのよー!)

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