16話 任命式
認定試験の激闘からまた何日か経った頃。僕は朝からシロップを食べていた。
(まあ、普段売ってるのってこんなものよね。食べられるくらいには美味しいけど、甘さ控えめってやつ? 流行ってるのかしら?)
「うん……そうかもね……」
「あ、今付いてない部分が舌に触れたでしょ? 漬け方が足りないんじゃない?)
「ちゃんと付けてるよ! というか触覚ないんじゃなかったの?」
(ないわよ。でも味の貧しさでそれくらいわかるわ。あと『付ける』じゃなくて『漬ける』だから。まず全面にコーティングされていないのがおかしいと思うわ)
さも当然だと言うように返答するサキ。一口目の最初だけ味の違いがわかった気がしたが、これだけの量を食べていれば同じだ。
…………つらい。
わがままを言うことは減ったが、これだけは欠かせないらしい。僕の方もそんな彼女とやっていくコツをようやく掴めてきた気がしている。それにはお互いに譲歩する事が必要だが、僕がするべき点はどうやらここらしい。
(あ、そういえば任命式の招待状来てたわね。面倒そうなのに、わざわざお城まで行かないといけないの?)
「えっ、ちょっと待ってーー」
当たり前のように話を切り出したが、僕の頭も舌もそれどころではない。水をカップに入れ、それを飲み干す。多少はスッキリしたので招待状に目をやる。
(レノン・ラティーノス……あなたにもちゃんと名字があったのね。聞いた事ないけど)
「一応母さんがラティー地区を任されていたからね。小さいし、村の人と協力して生活してたから名乗る機会なんてなかったけど」
サキは少し驚いたように言うので答える。名字は全員が持っているものではない。一部の役職を任命された時に与えられるものだ。
ーーと言っても僕の場合は何のバックアップもないため、名ばかりなのだが。それに、母さんにもあまり他の人にひけらかすものではないと言われてきた。
「そう言えばーー」
(私について聞くのはなしよ)
サキは悟ったのかピシャリと言った。
「……内容を見る限り、三日後みたいだね」
(はぁ……手続きだけじゃなくて、わざわざそんな事までもやるのね。本当にお堅い騎士様みたいだわ)
「一応目標だったんだから面倒とか言わないでね? 騎士見習いは信頼性を高めるために騎士に倣って任命式を行う。領主様から任命章を授かって、それが騎士見習いである証明になる。名誉な事じゃんか」
(私がメイジスやってた頃には騎士が全部の仕事をこなしていた事から考えると、一部と言ってもその代わりに依頼を受けて信頼を得るのは大変よね)
「ーー確かに大変そうだね。どうやらもうリシューでは、依頼は騎士見習いに頼むのが当たり前になっているみたいだけどね」
(それなら良い場所ね。拠点にして実力を上げて騎士見習いの中でも信頼されるようになるために練習しましょ!)
僕達は宿を出て、それまでと変わらずに休まず練習を積んだ。
◆
そして任命式当日。領主の城に僕達は向かった。この都市でーーつまり今まで見た中で一番大きな建物で、騎士見習いを目指してこの地に来たときに遠くからでもすぐわかるほどだった。
「やっぱり目の前に来ると大きいなぁ! ね! サキ!」
(そりゃ皇帝から領地を任される程の人なのだからデカい城くらい建てられるわよ)
サキは冷静に話す。自分とのテンションにギャップを感じる。
「サキは驚かないの? こんなに大きな建物なのに?」
(大きさにロマンは感じないわ。男の子だけでしょ? そういうので嬉しいのって。まあ、それに私は旅慣れているし、色々なものを見てきたから)
「地図は読めなかったのにね」
(それは言わないの……! レノンが読めるようになればそれで良いの!)
「ハハハ、そうだね」
僕は既に降りている橋の先で話している人を見る。その人が門番みたいで、その装備から、本物の騎士だ。僕と同じくこれから任命式に参加すると思われる人と話をしている。
その白い鎧には見覚えがある。どうやら試験の前に話した少女みたいだ。
「あの子も受かってたんだ。良かった良かった」
(そうね。でも良いとこの子みたいだし、楽勝だったかもよ? 逆にレノンの方が向こうに心配されてたかも?)
全身を鎧で覆っているためにこうして見ると中が少女だとはわからない。ただ、剣を持っているのが見えたため、杖無しで魔法が使えるのだろう。きっとサキの言う通りだろう。
門が開き、促されて鎧の少女はその奥へ入った。どうやらあそこで招待状を見せてから門の中に入るらしい。次の人が話し始めたので僕もその人の後ろに並ぶ。
すると後ろから鎧を着た二人組が僕達の前に割り込んできた。
「ちょっと待ってよ。僕が並んでたんだけど」
「何だ? 並んでたのか。てっきりただの見物人かと思ったぜ」
「鎧も着てないもんな。忘れたのか? まさかーー」
「鎧を忘れる馬鹿がいるかよ! ハハハハハ!」
二人組は僕をバカにして笑う。
(なんか感じ悪いわね。いかにも鎧のおかげで勝てましたって感じの小物だわ)
サキは二人を見て嫌悪感を示すような口調で話す。
「これ、招待状。僕もちゃんと合格したんだけど」
鎧の二人組は僕の招待状を見ると、驚いた顔をする。
「本物っぽいな。それどこから持ってきたんだよ」
「盗んだ前提とか流石に酷すぎだろ。悪魔じゃあるまいし」
(悪魔って……会った事がないからそんな軽々しく言えるのよ……まあ、相手にしちゃダメよ)
「盗んでないよ……! 悪魔でもない! しっかり勝ったって!」
サキは相手にするなと言うけど、黙ってたら本当に盗んだみたいだ。折角頑張って勝ったのにどうして盗んだことになるのか。悪いこともしてないのにいきなり悪魔呼ばわりするし、この人達はなんなんだろうか。
「でも鎧もない金無し農民の分際で、しかも才能もなさそうなチビのガキが、あの三頭獣に勝てるわけないだろ。それ持っててもどうせ入れないんだから持ち主に返しとけよ。今ならまだ大事にならずに済むぜ」
「というか確かに悪魔じゃないぞ。むしろ劣魔族だろ。そのバカそうな顔、剣族の血が混ざってそうだし、まともに魔法も使えなさそうだしな」
努力して勝ったのに、更にそんな事を言われたら冷静になっていられない。
「そこまでバカにすることないだろ! 魔法だって使える! 劣魔族だって言うんだったらここで勝負しろよ!」
(劣魔族ーーそれも、軽々しく言って良い言葉じゃない……!)
劣魔族とは、メイジス同士以外の間に産まれた魔法が上手く使えず、メイジスと認められない人の事だ。当然禁止されている事だし、目の前のこいつは、父さんや母さんが帝国の法を破っていると言っているのだ。
ーーそこまで言うのなら勝負して認めさせるしかない。
「ほお、そこまで言うのならーー」
鎧の二人組みの片方も、杖を取り出して言う。
「次!」
門番の騎士の人の声がする。
「はい! ロワゾです。剛力の剣士ダウリの息子です。これが招待状です」
「君がダウリ殿の息子か。確認は済んでいる。入っていいぞ。次!」
「命拾いしたな。今度噛みつくときは手袋くらい用意しておけよ――あっ、そこの人……!」
鎧の少年は去っていった。ロワゾと言ったか。忙しい人だ。さっきまで僕のことをバカにしていたと思えば、今度は相方を待つ間にさっき門を通った鎧の少女に話しかけている。
どうせ彼にとっては暇つぶしでしかなかったということなのだろう。
「次! ローブの君だ。君は……本当に勝ったのか……?」
騎士の人が呼びかけ、僕の方を見る。そして顔を曇らせてうーんと顔を歪める。
「なんだ。やっぱり捕まってやがる。じゃあな劣魔族!」
もう一人の方もそう言うと去っていく。
「僕の名前はレノンーーレノン・ラティーノスです! ほら、勝ったって招待状にも書いてあります!」
僕は必死にそう言って、招待状を見せる。
「なくなった村の領主の家の名前か……偽装する側も毎度よく考えるものだな」
「嘘じゃないです! ちゃんとラティー村の村長……領主の息子ですって!」
ひけらかすものではないとは言われても、偽装などと言われては流石に黙ってはいられない。
「あーくっそ、煩いガキだな。どうしたものか……はい、どうされましたか?」
先程の二人組から離れて、白い鎧の人が騎士に近寄る。小さい声で聞き取れないが、何か話しているらしい。
「はい。確かに仰る通りで騎士見習いには試験前の顔合わせも、保証人を立てることも、公式には必要ないとされています。しかし、それはあなた様の見紛う事なき立派な鎧を身につけていらっしゃるからであり、鎧も着けていない人を信用出来るかと言われますと……騎士見習いの品格を守るためにも、不正の可能性がある人物はーー」
また鎧の人が騎士に話しかける。
「……今こちらの方が君を確かに信頼に足る人物だと証明なさった。先程は失礼をした。行きたまえ」
騎士の態度が急に変わる。鎧の人が何か言ってくれたらしい。
(何それ、あまりにもお粗末だわーーはぁ……さっさと行きましょう)
言いたい事や聞きたい事は沢山ある。でもそれは、任命式が終わった後に聞けば良い。そう自分に言い聞かせた。
「はい。ありがとうございます」
僕はそう言うと門を通り抜け、任命式の会場に向かって歩いた。
(何が証明よ。貴族の娘がちょっと口出しただけじゃない。そんなのでコロコロ態度を変えるなんて、やっぱ騎士って本当にただの犬ね)
騎士との会話が終わるとサキがすぐにそう言いだした。この声が他の人に聞こえなくて良かった。そう思いつつ、お礼を言おうとしたときには、鎧の人は既に走り去ってしまっていた。
「行っちゃったね。一言だけでもお礼を言おうと思ったのに……」
(不思議な子ね。でも助けてくれたってことは、あなたも嫌われてないのかも?)
「だと良いけど……にしても…………」
(今はその事を気にしても仕方ないわ。今は任命式に集中しましょう)
サキの言う通りだ。今は任命式だ。もう一度そう言い聞かせた。
「うん、これが終わったら絶対にお礼をしよう」
(助けてもらったらしなくちゃね。本人には何でもない事でも、されると嬉しいから)
僕は頷くと、助けてもらったおかげで入れるようになった城の中へ入る。
一歩踏み入れると自分の村の家と比べるとまるで別世界へ来たようだった。まず、外から見た大きさからして広さが違うのは当然だが、透明な窓がいくつもあり、部屋の中に光が入っている。そして花が飾られているが、その入れ物は陶器で出来た壺だった。
(中々飾ってある壺ね)
僕もそう思うが、先程田舎者だとバカにされたばかりだ。凄いと声に出すのを抑えて見渡すだけにしておいた。
「合格おめでとうございます。私は領主アラン様の元で仕えている者です。今から式場にご案内致します」
目の前にいた白い服の女の人に声をかけられた。これも見るのは初めてだが、メイドさんなのだろう。
「はい! お願いします!」
ここに来て先程までと大きく変わった丁寧な対応に緊張するが、答えてついていく。
「このガラスや花の入れ物は珍しいですね。この細かな模様ーーアムドガルドのものですか?」
歩きながら僕は質問する。アムドガルドとは剣族が多く住む地域だ。
「はい。アラン様は、アムドガルドからの移入品を大層お気に召しております。そのためこの城にはガラスや壺、銀食器を始めとして様々なものが集められ、リシューにはアムドガルドから移入品をそのまま運ぶ便まであるほどです」
「そうなのですね。綺麗なものばっかりで凄いです!」
「アムドガルドの加工品を使用する事は良家のステータスだと言われていますが、アラン様はその域を超え、更なる芸術の域を追求なさっているのです」
メイドの女性が歩みを止め、僕の方を向いた。
「失礼しました。少々話しすぎてしまいましたね。こちらの部屋が認定式場になります。中に入ってお待ちください」
「はい。ありがとうございました」
「いえ、では私はこれで失礼します」
礼をしてメイドは去っていった。それを見送ってから僕は扉を開けた。
そこでは鎧を着た騎士見習いとなる人達が並び、式の開始を待っていた。僕もその列に加わる。
(みんな鎧ーー居心地が悪いわ。お友達になれそうな人はいないのかしら?)
居心地は悪いと思うが、声や態度には出さずに待つ。何でも自由に言えるサキは羨ましいな。
少し経つと煌びやかな服を着た男が部屋に入り、僕達の前に立つ。男は小さく咳をすると、周りの話し声も聞こえなくなった。それを確認した後、話し始めた。
「認定試験に合格した六名の騎士見習いになる諸君。揃っているようなので、任命式を始める。言うまでもないが、私はリシューの領主であり、陛下から伯爵の爵位を授かったアラン・ノルドである。私が諸君らを騎士見習いと任命する。名前を呼ばれた者は前に出ろ。任命勲章を授ける」
式場の静かな空間に領主の声だけが響く。
「ダン、前へーー」
「はい」
鎧を着た青年が前に出て、アランの前で跪く。そしてアランは剣を青年の肩に当てる。
「汝、陛下のためにその命を尽くすと誓うか?」
「はい。誓います」
「よろしい。汝を騎士見習いに認定する」
「ありがとうございます。承りました」
青年はそう言うと、勲章を受け取る。そして後ろに下がった。次の人も同じく剣と任命章を受け取り、後ろに下がる。
「レノン・ラティーノス」
「はい!」
僕は前に出て、アランの前に跪く。アランはこれまでと同じように剣を肩に当てる。
「汝、陛下のためにその命を尽くすと誓うか?」
「はい。誓います」
「汝を騎士見習いに認定する」
「ありがとうございます。承りました」
認定勲章を受け取る。自分は騎士見習いになったのだなと感じる。後ろに下がる。
「ロワゾ」
その後も騎士見習いとなった者が呼ばれ、儀式を行った。そして最後の一人となった。
「フラウ…………さあ、前へーー」
名前を呼ばれ、全身鎧の騎士は前に出る。
周りの騎士見習いがその名前を聞いてざわつく。鎧の見た目に反して女性なことが驚きだったのもあるがーー
(名字が呼ばれない……確実に名のある家のはずなのにね)
サキの言う通りだ。この出で立ちで貴族じゃないというのも変だ。何か理由があるのだろう。そして名前はフラウと言うのか。次にお礼を言うときのために覚えておこう。
「汝、陛下のためにその命を尽くすことを誓うか?」
「はい……ます」
「よろしい。では汝を騎士見習いに認定する」
「あ、ありがとうございます……えっと、う、承り……」
少女は小さい声で答えた。あまりに小さい声だったので最後の方が聞こえなかったが、一連の流れを終えると、そそくさと後ろへ下がった。
「以上で認定式を閉幕とする。諸君らは今日から騎士見習いだ。しっかりと帝国の民の抱える問題を解決してくれる事を期待している。だが、その前に――」
式の終わりを告げると同時に全員が目を離そうとするが、もう一度アランに注目を集める。
「君達に初の仕事を与える。私が初の依頼人となることを誇りに思いたまえ。で、その内容だがーー」
後ろに立っていた騎士に依頼状を広げさせる。
「君達には五日後にアムドガルド地方のクフリーまで行ってもらい、そこからルセウまでアムドガルド商人の馬車隊を護衛してもらいたい」
騎士見習い達は顔を見合わせる。そしてざわざわと話し始める。
「初の仕事からこのような仕事で大丈夫なのか?」
「我々に期待してくださっているのか?」
「馬もなしに五日でアムドガルドへ?」
アランは手でそれらを制する。そして再び静かになる。
「安心したまえ。これは危険性が低い仕事だ。それに日にちが迫っている依頼を任せるのは私の責任だ。諸君一人一人に車を出そう。馬ではなく剣族だがねーー」
僕達の表情が不安そうに見えたのか、彼はこう続けた。
「護衛と言っても大した事はない。自身の防衛もままならない非力なアムドガルドの剣族どもを、普通の魔物から守ってやれと言っているのだ。熟練の者も雇っている。ただ、馬車隊の列は長い故に守るには数が必要だ。そこで、諸君らの出番というわけだ。熟練の者から学ぶが良い。何か質問、異議申し立てのある輩はいるか?」
誰も口を開く者はいなかった。
「ではこれで……」
このまま終わると思ったその時、
部屋は突如黒い煙に覆われた。たちまち視界は真っ暗になった。
「なんだこれは!?」
「誰がやったんだ!?」
突如起きた出来事にその場にいた全員は困惑した。
「こいつもしや……姿を現せ! 成敗してくれ……ぐわああああああああ!」
一人の男の断末魔が響いた。その後、鎧がーーそして剣が、床に叩きつけられる音がした。




