14話 騎士見習い認定試験(前編)
「よし、着いた!」
(にしても広いわね。試験のためにこんな広い会場を用意したの? 思ったよりも大層な組織なのね)
リシューの中でも二、三番目に大きな建物。それがこの騎士見習い依頼受付所だ。依頼をしに行く、依頼を選んで受ける以外にもーー
「この試験会場は普段は練習場になっているみたいだよ」
(ふーん、それはそれで本格的ね)
そうして辺りを見回していると、既に参加者と思われる人がちらほらと集まっていた。僕も受付を済ませ、周りの人を見ながらも時間になるのを待つ。
(こう見ると色々な人がいるわね。あなたと同じようにローブ姿の人や……鎧を着ているのは、金持ち商人や上位の騎士見習いの子かしら?)
「確かに……親がマリアさんくらいだったら鎧も買えそうだもんね」
(鎧があるとそれだけで全然違うはずよ。不公平だわ)
「ここまで来て僻んでも仕方ないよ。今は全力を出すことだけを考えよう」
(そうだけど……こういうときのあなたは肝が座ってて頼もしいわ。ちょっと羨ましくも思えるほどにね)
「そうでもないよ。まあ、僕が合格するかどうかに他の人の強さは関係ないからね」
カーン、カーンーー
そんな話をしていると、時計塔の鐘が鳴った。それを聞いた試験官が周りを見渡し、試験の説明を始めた。
「ではこれより今回の受験者十八名の試験を行う。この認定試験では、実際に魔物と戦ってもらう。無論一人でだ」
試験の概要について説明をすると、試験官は受験者を見て移動の指示をする。
「それでは一番から六番の受験者は担当の番号の試験官の指示に従い、指定場所に移動せよ。即試験を開始する。七番以降は前の試験が終わり次第開始するため、待合室で待機せよ。以上だ」
(レノンは七番よね)
僕は頷き、一の部屋の担当の試験官を探して並ぶ。試験官はそれぞれ三人の受験者を連れて実施会場に移動し、順番が来るまで待合室で待機する事になった。
次が自分の番だと思うと落ち着かない。そう思って隣を見ると同じ受験者である鎧を着た人が一生懸命本を読んでいた。
「すごい……! 綺麗な鎧だなぁ……」
僕は口を押さえて小さな声で呟いた。その鎧は傷一つなく真っ白で全身を覆い、光り輝いていた。
(確かにあまり見ない立派な鎧を着ているわ。ただの騎士の家じゃないーーあれはきっと……中々立派な名家の子ね)
名家の子か。今まで話したことないけどどんな感じなんだろう。一生懸命本を読んでいるが、兜まで着けたままなので、読みにくそうだ。その姿から相当緊張しているように見える。
自身の気を紛らわすことも含め、その立派な鎧の人に話しかけてみる事にした。
「ちょっと良いかな? 試験緊張するし、少し話さない?」
後ろを向いている白い鎧の人に話しかけるとビクッとしてこちらを向いて目が合う。
「……わっ!? あの、その……」
余程驚いたのか魔物から逃げるように距離を取られ、そっぽを向かれてしまった。
(怖がられてるわよ)
「う、うん……でも……」
急に話しかけて驚かせてしまったのは申し訳ない。でもそれより気になったのはーー
「今の声って、もしかして…………」
(女の子の声ね。そう思うと、確かに小柄なのかしら?)
サキも言う通りかっこいい鎧の人の声は、想像していたものと違ってか弱そうな少女の声だった。
「僕より小さい女の子もこれから試験を受けるんだ……」
(メイジスは魔法の才能よ。体格がどうであれ、必ずしも強さに直結しないわ。この私みたいにね)
「そっかーー」
思えばその通りだ。村とは違って都市の身分が高い家の子ならしっかり魔法も使えるだろうし、そんなものか。ここは都市なのだから、頭を切り替えなければ田舎者扱いされてしまうかもしれない。
僕は頭を振って切り替えると、もう一度話しかけようと近づく。
「さっきはごめん。驚かせちゃったかな? 僕はレノン。ラティーから来て、騎士見習いを目指しているんだ。良ければ君の名前を聞いても良いかな?」
「ラティー……?」
僕は謝って自己紹介をするも、少女はそれだけ呟くと、更に距離を取る。遂には壁際まで行き、慌てた様子でさっきとは別の本を取り出して読みだした。
(良家のお嬢様には、小さな村の名前なんて一々覚えていられないのよ。それと言葉遣いとかかしら? きっと教養のない人って思われたのよ。はぁ……そんなお嬢様思考の人なんて関わらない方が無難よ)
「そういうものなのかな……?」
(ええ、そういうものよ)
いや、きっと試験前だから喋っている場合なんかじゃないだけなんだ。だって本を読んでいるし。そう思い込むことにした僕は、自分も本を取り出して読み始めた。
それにしても兜を被ったままでもしっかりと本は読めるのだろうか。凄く聞いてみたくなったが、声をかけると迷惑になると思ったので、自分の事に集中することにした。
ーーその後どちらも全く話さないまま時間は過ぎた。
「七番!」
「はい!」
番号を呼ばれた僕は返事をして立ち上がる。
「邪魔してごめんね」
それだけ言うと部屋から出て、試験官に案内されると第一訓練室と書いてある部屋に入った。
その部屋の中央には檻があり、伝心狼と同じくらいーーつまり僕より大きく、一つの胴から三つの頭がくっついている奇妙な獣が入っていた。
「……強そうだなぁ」
(魔物にはこんな姿をしたのもいるのね。でも気持ちで負けちゃダメよ)
「七番か。簡単に説明するぞ。良いか?」
試験官の人が僕に声をかける。
「大丈夫です。お願いします!」
さっきのことを気にしていても仕方がない。気を取り直そう。返事をすると試験官は頷く。
「良い返事だ。君にはこれから目の前にいる魔物、三頭獣と戦ってもらう。私は隠密の魔法を使い姿を消し、君の技術を審査させてもらう。万一の事があれば手を貸すが、それ以外の場合は一切手を出さない。基本いないものだと思って構わない。説明は以上だ。ではーー始めてもいいか?」
「はい!」
「了解した。それではこれより、七番の試験を開始する!」
試験官の声と同時に檻が開き、中にいた三頭獣がゆっくりと四肢を動かしながら出てくる。その後、檻はバラバラに崩れてなくなった。後ろを振り向くと、試験官は既に見えなくなっていた。
前を向くとそれぞれの顔と目が合った。まず三頭獣は耳に響く声で吠えた。
「ーーーーーーーー!!」
「ーー! ーーーー!!」
「ーーーー! ーーーー!」
「なっ……!? なんだこれ……!」
それは伝心狼のように獣らしい遠吠えではなかった。単に煩いという言葉では表せるものではない。
(酷い声……! こいつ……!)
あまり聞き覚えがない不快なものであり、しかもそれぞれが吠えるために三重に聞こえる。そのままだと頭がおかしくなりそうで思わず耳を塞いだ。
(怯まないで! 来るわ!)
こんな煩い中でもサキの声は聞こえる。気づいた時には、既にこちら目がけて走り出していた。
「準備!」
思い出したようにすぐ強化の魔法を唱え、早速飛びかかってきた三頭獣の攻撃を躱す。しかしやつは着地すると、間を空けず再び飛びかかってきた。
「速い! くっ……! 障壁!」
躱せないと判断し、その攻撃を土で作った盾で防ごうとする。しかし、ぶつかった衝撃で盾は壊れ、僕は吹っ飛ばされる。そして勢いそのままに建物の壁にぶつかった。
「痛っ! 正面からは防げないか……」
(仕方ないわ。バロンのときもそうだったけど、あれだけ大きいと力も強いわ)
「バロンと同じか。それなら……準備!」
強化に回す魔力を増やし、立ち上がるとすぐ横に跳び、飛びかかってくる三頭獣をギリギリ躱す。その後それは大きな音を立てて壁にぶつかったが、全く効いていないという風に吠える。
「またこの声……! 何かわかる事は?」
(知らないわよこんな化け物! こんなのどこから捕まえーー)
「うん、なんとなくわかってた! とりあえず火炎弾!」
吠えている間動きが止まったので、炎の玉を一つお見舞いする。それを見た三頭獣は、当たる直前に動き出すも判断が遅かったらしく左の頭に当たる。しかしやつの足は止まる事はなく、左の頭では激しく頭を振りながらも、他の二つの頭でこちらをしっかり捉えて距離を詰めてくる。
「効いているように見えるんだけどな……!」
こちらが何とか躱したとしても着地したら次の攻撃、次の攻撃と隙がない。強化の魔法をかけてもなお向こうの方が速く、詰められては追いつかれる。
向こうから飛びかかってきたので、後ろに下がり、その追撃の噛みつき攻撃を避ける。そして貪欲にも着地後、間髪入れずに追撃を加えようとしてくる。
「今だ! 火炎弾!」
僕は、その状態のまま炎を三発の球体に分け、目の前にあるそれぞれの頭に放つ。三つそれぞれに当たると、怯んで動きを止めて体勢を崩した。
「傷癒しーーこれでいけそうか……?」
(どうやらこいつは三つの頭を同時に怯ませないと動きを止める事は出来ないみたいね。でも、そうとわかればこっちのもの! そうやってジワジワ攻めていきましょう)
「わかっ……」
「ーーーーーーーー!!」
距離を取って傷を治す僕を見失ったのか、起き上がるとその響く声で一匹が吠え始めた。
「ーーーー!」
「ーーーー!」
その後、共鳴するように後から吠えた後、後ろを向くと僕を見た。するとやはりこちらに向かって突進してきた。
「それじゃあ怯まないぞ……! 風刃!」
低めに大きめの風の刃を撃つ。砂を巻き上げながら少しずつ上昇し、三頭獣を襲う。
しかしそれに気づいたのか、小さく声を出すと、三頭獣は跳躍して避ける。照準がずれ、足に当たる。
「裏目に出たか……!」
砂なら目潰しで足止め出来ると思ったのだが、足に当たっては意味がない。全く効かず、落下する勢いそのままに爪で切り裂こうとしてくる。
「くっ……!」
直撃は避ける。その衝撃はドンと大きな音を立て、避けながらでも振動を感じる程だった。僕は着地した時に一瞬態勢を崩してしまい、休まず伸ばしてきた爪に裂かれる。
「ぐああ! 速い……!」
声が漏れてしまったが、その後の追撃の噛みつきだけは避ける。ローブは赤く染まるが、動けなくなるほどの重傷ではない。
(大丈夫!?)
「これは、ちょっときついな……どうにかしないと」
(まずはその傷を!)
息を漏らしながら僕は考える。後ろに回り込み、時間を稼ぐ。
頭が三つもあって重いのか、あの獣は向きを変えるのだけは時間がかかる。
「ーーーーーーーー!!」
「ーーーー! ーーーー!」
「ーーーーーーーー!!」
またもや吠え出す。やつがこちらを見失えば吠えるために時間は稼げる。一つでも頭を動かなくすることが出来れば楽になるのだが――
「単純な攻撃しかしてこないくせに……」
しかし、認めざるを得ない。単純な行動しか出来ないこの三頭獣に押されているということは、自分の力があれに大きく劣っているという事をーー
(あいつはまだまだ元気そうよ。レノン、疲れてない? その傷は大丈夫なの?)
「今はまだ大丈夫ではあるけど……」
どう考えても自分にはこの化け物に付き合って延々と戦っていけるほどの体力ない。そして既にあの攻撃を躱しきれない。
「もしかしたら、やつは体力お化けで、僕が疲れて動けなくなるのを狙っているのかもしれない」
勝つためには万一噛まれても致命傷を負わない程度の強化と、あれを倒す魔力を取っておく必要がある。長引かせていられないーーもっと良い方法をと考えている時間が、ない。
「覚悟を決めるしかない……か」
(レノン! まずはその傷を癒しなさい!)
僕はサキの指示を無視して向かってくる三頭獣に向かって杖を向けた。




