132話 魔女の暴走
ヴィロ。私の一番大切な人。嫌な記憶から取り出せたのは、戦いに参加せずにヴィロを見殺しにした事。その後にシーザーに魔法が使えなくなる呪いをかけたが、ただの腹いせであり、意味がなかった。そして十五年後、すなわち今またもや私はヴィロを見殺しにした。
だが今回はどうだ。また見殺しにするのか。違う。もうヴィロがいない世界は嫌だ。今度こそヴィロを守ってみせる。
◆
「……どこに連れ去ったか知っている人はいないの?」
サキは小さく呟く。
「そう……じゃあ探さなきゃ……!」
「準備……準備……準備……」
サキは、強化の魔法を重ねがけする。
瞬間移動をしてアゲートの元に現れ、鎌を振り回した。慣れている慣れていないの問題じゃない。大鎌を武器として持つにはあり得ない速度で追いかけて、あり得ない速度でひたすら振り回してきた。
「サ……キ……?」
僕はさっきまでと様子が違うサキを見て言う。名前を呼ぶのも恐ろしい獣のようなサキに対して恐怖を覚えた。
「ぬう……! この速さは! ぬわあああ!?」
飛び上がってもついてきて、空中でアゲートの体をバラバラに解体した。血がべったりとついたその姿は、先程までの先とは異なり、化け物に見えた。
「ヴィロ……ヴィロ……!」
「このままどっかに行かせるのは危険だ! 何とかして止めないと!」
セレーナが全体に聞こえるように言った。
「でもアゲートがあんな目に遭ったんだぞ。俺たちでどうにかできるか?」
「一つだけあるはずだ。レノンの覚悟があればだが……」
師匠の言葉に対してラドが問う。
サキはもう一度空間を裂いてその中に入ろうとする。しかし、またもや地面に落ちた。
右腕だけになっても指を動かしていたのだ。そして右腕から全身が生えてきて元に戻った。
「今だ!」
僕は火炎竜を放ち、
「わかった!」
フラウも雷を落とし、
「オレも忘れちゃ困るんだゾ!」
パロも風刃の竜巻を放った。しかし、全ての攻撃が吸魔の大鎌に防がれてしまった。その魔力を吸収し、鎌は巨大化する。サキはそれを引きずって歩きだした。
「アゲート! 無事なのか!?」
ラドが全身元に戻ったアゲートに尋ねる。
「我は生存の憑魔である。あれだけ部位が残っていれば再生できる」
「本当に憑魔は化け物だな……だが、これを繰り返せば時間は稼げる。何とか凌いでくれないか?」
「良かろう。それが少年の理想に通ずるのであれば」
サキはもう一度アゲートに向かっていく。
「サキ!」
「サキちゃん!」
「サキさん!」
僕達は声をかける。しかしサキは振り向きもせず、アゲートを再び切り刻んでいく。そして右手をバラバラに切り刻んだ。
「これなら……邪魔されない……!」
そう思ったのも束の間、またもや線を引かれて空間を裂かれ、サキは勢いよく転落した。
「何で……? 左手……?」
サキは左手を滅多刺しにした。しかしアゲートは頭から蘇生した。
「やられてばかりなのも心外であるーー大地よ隆起し、数多の棘となれ!」
それに応えるように地面から何本もの棘が現れる。自動障壁は破壊できた。しかし、サキに当たっても逆に棘が折れてしまった。
「何重にもかけられた強化の魔法。この魔法では抑えきれぬか……」
サキは棘を薙ぎ払い、吸魔の大鎌の糧とする。鎌はさらに大きくなった。
「魔法は逆効果かもしれぬな」
アゲートは言った。
「今度は邪魔されないわ」
サキは三人に分裂し、一人は全身を大雑把に、残りの二人で両手両手を細かく裁断した。
「やりおるな……!」
アゲートが唸る。手の修復に時間がかかる為、空間を裂けなくなったのだ。
「師匠、今こそ決行するべきです」
僕は師匠に言った。
「危険だぞ? 良いのか?」
「はい。もう今しか好機はありませんーーただ自動障壁を破壊してください」
「わかった」
サキが空間を裂いた直後、師匠は風の剣を最大出力にして、自動障壁を破壊した。
「誰よ! 邪魔するのは!」
サキは振り向いて師匠だと理解し、悪夢の魔剣を放った。
「俺の仕事はこれでおしまいだ。すまないがもう一弾ある」
僕はサキに向かって飛びかかる。
「悪夢の魔剣!」
「鎧を着た状態で悪夢の魔剣を!? そんなのまともに剣も振れないはずーー」
サキは驚き硬直した。その時、僕の鎧は消え去り、法衣を着た状態に戻った。
「鎧は魔法だったのね……! 悪夢の魔剣を一回も使わないから騙されたわ。でも!」
サキはそう言いながらも吸魔の大鎌で受けて立つ。鎌、剣共に消えた状況で、僕はサキを押し倒した。
「何の真似よ! 邪魔しないで!」
サキは僕に向けて手を翳し、口を開いた。その瞬間に、
「サキ! もう止めにするんだ!」
僕は大きな声で叫んだ。
「邪魔しないで! 私は貴方をいつでも殺せるのよ?」
「でも殺していない。それに君はずっと力を抑えて戦っていたんだろう。本気だったらさっきみたいに全員を一瞬でバラバラにできたはずだ」
「手加減なんて……そんなつもりはないわ」
「じゃあ戦いたくないから無意識にそうしていたんだ。そんな無理して戦う必要なんてないんだよ」
「無理なんて……でも、それでも私は止まらない。ヴィロが幸せに生きられる世界を作ってみせる」
くそっ、やっぱり僕だけじゃ説得するには足りないのか。これだとふっ飛ばされる或いは殺されると覚悟した時、
「私は、ヴィロの為にーー」
「サキ、それならもう戦わなくても良いぞ」
包み込むような優しい声が、頭上から聞こえた。
「ヴィロ! いないから心配したのよ! 誰かに攫われたって思ってーー」
サキは安心からか、涙を流しながら言った。
「勝手に出ていって悪かった。ハクが急にな。魔弾筒を片手に言われれば断ることもできなくてな」
「最後に無理矢理ヴィロの道筋を決めるなんて、昔と逆転したものね」
ハクはふふんと、珍しく胸を張って言った。
「それ会った時にも言っていたな。十五年前、お前は生きる価値があると思って残したが、不服だったか?」
「ええ、不服だったわ。この十五年間ずっとその件については憎み続けるほどにね」
「ヴィロ……でもどうして? この世界じゃ貴方はーー」
「俺は幸せに生きられるーーハクが俺をリューナまで連れていってくれたんだ」
「アゲートの空間を裂く魔法を剣の形にした道具を使ったの」
「何でリューナまで?」
「その通りです。私はヴィロと話しました。ハクさんの頼みなら門前払いはしませんからね」
そこに立っていたのは、アメリアだった。
「ルムンを拠点に新しい理想同盟を作ろうって話になった。レノン達を含め、三国がみんなで平和を守る組織をな。俺はそこに所属する。サキ、一緒にいてくれると、安心だ。来てくれないか」
ヴィロの問いに対し、
「ヴィロ……それでも私、心配よ。貴方は私の為に悪魔になり、多くのものを失ったわ」
「不幸なことがたくさんあるだろう。だが、それを超える幸せを手に入れられると思った。レノン達のように、サキが話してくれたように。話の中に出てきたサキの仲間達はみんな優しかったが、あれは嘘なのか?」
「そんな事はないわ! みんな良い人達よ! 今度紹介するわね!」
「楽しみにして待っている」
「うん!」
サキは泣きながら最高の笑顔で答えた。
こうしてサキとの戦いは終わりを告げた。




