129話 譲れない戦い
サキ、未来を意味する俺がつけた名前。
その少女は、俺が蘇ってからは、いつも楽しそうに話す。十五年前には考えられなかった事だ。ゼクシムとの冒険、レノンとの冒険。その話はどれも面白い話だった。記憶を消してからの俺は、面白い冒険などなかった。生きるか死ぬかのみ。良い記憶などないに等しい。
レノンの言う不幸を超えた幸せとは、ああいう話の事なのだろうか。俺にはそんな記憶がないから教えてやれない。
サキは幸せなのか。それならどうして俺は呼ばれた。まだ不幸だからに決まっている。やはり戦わなければーー
◆
先程ヴィロは瞬間移動せずに降りた。どうやら瞬間移動は靴が担っていたらしい。
「ここからが本番だ」
ヴィロの言葉に対し、僕は話しかける。
「ヴィロ! この戦いはこれで終わりにしないか?」
僕はヴィロに問いかける。
「何故だ。俺はまだ戦える。戦う理由もある」
「サキの理想として、お前が安心して暮らせる世界を作るというものがあった」
「よく知っているとも。だからこそルムンを結界で隔てるのだ。その中は不幸が起きない楽園にしてみせる」
「そんな事しなくたって、二人の理想を叶える場所を作ってみせる!」
「無理だ。劣魔族は迫害される。それに、俺は悪魔の王と呼ばれるだけの所業をした。もう後には戻れない。譲る事はない」
「幸せは不幸がない世界と言ったな。それはお前が幸せを知らないからだ。幸せな事をたくさん経験させてやる」
「そこまでする必要はない。今の世界で十分だ」
「そうか。それでも僕は諦めない! お前に打ち勝ち、お前が暮らせる場所を作ってやる!」
「俺は既に、満足していると言っている!」
ヴィロは僕との距離を一瞬で詰めて、セレーナの盾を突き破って斬りつけた。
「うわあああああ!」
今のは瞬間移動ではなく、高速移動だ。ヴィロの強化は鎧でやっているらしい。そして、自分の強化の魔法さえ消してしまう悪夢の魔剣は、諸刃の剣で、一回の攻撃で死に至る事もある。
「レノンくん!」
エイミーが空かさず治癒魔法をかける。しかし、傷が癒えなかった。
「レノンくん、傷、癒えないの?」
セレーナがレノンに確認する。
「はい。あの赤の剣の能力だと思いますーー悪夢の魔剣!」
僕は魔法を唱え、ヴィロの赤の剣を消す。
「昏睡の呪い」
狙いは僕かと思ったらセレーナだった。不意打ちに対応する為に盾を張ったが予測は外れ、セレーナは倒れ込んだ。
「セレーナさん!」
「セレーナさんを……! 許せません!」
体を蝕む毒でも痺れさせる毒でも毒であれば治せる。しかし、呪いとなるとわからない。禁術に値するもので、事例が少なくて対応できない。
エイミーが二人に分身して片方を向かわせる。
エイミーの短剣の捌きはヴィロの速さに追いつけるものだったが、一撃の重さに差があり、どんどん追い込まれていった。
「そうはさせない」
師匠が風の剣を巨大化させてヴィロを襲う。しかし鎧が硬すぎるせいで攻撃が通らない。
「通るなら全員に使った方が良さそうだな」
そう言って広い範囲に睡眠の呪いを使う。
「こんな広い範囲になんて!」
「悪夢の魔剣」
僕は魔法を無効化する剣を握って呪いを回避した。
「この一撃を食らえ」
ヴィロは自身の頭上に大きな黒炎の球を発生させ、それを僕達に放った。
「悪夢の魔剣!」
ヴィロが目の前に現れて、僕を蹴り飛ばした。そして黒炎球が僕達全員を襲う。僕は起き上がる事もできず、
「全力悪夢の魔剣!」
「またか」
ヴィロは距離を取ったが、標的は僕の仲間達だった。仲間達の首元に少しだけ剣を刺した。みんなの目が覚めた。するとエイミーが三人に分身して、一瞬で治癒をした。今度は治癒ができた。
「治癒が届いた!?」
「昏睡と同じく、呪いの魔法効果だったんだと思います。悪夢の魔剣に触れる事で解除しました」
「変幻自在だと……!?」
ヴィロは僕の悪夢の魔剣の使い方に驚いていた。
「できるかわからなかったさ。でもやった。諦めていないからだ!」
「ヴィロ、貴方ではもう手詰まりなんじゃないかしら」
セレーナがヴィロに降伏を促すように言う。
「俺にはまだ鎧がある。勝利を譲る訳にはいかない。それよりもハク、俺達と暮らさないか? 必要なら工房も用意するぞ」
「サキを閉じ込めるの、私は反対だから。貴方は変える気ががないのよね」
「……ないと言っている!」
「それなら、撃つけどーー」
そう言ってハクは追尾弾を三発放った後、魔弾を何発も放った。
ヴィロは今度は複数の黒い弾丸を放ち、追尾させた。
「爆破せよ」
黒の弾丸はそれぞれの元で爆発した。セレーナが全員に光の盾を張ったが、凄まじい爆発を起こした。
「うわあああああ!」
「くそっ! 踏ん張らなければ、爆風に飛ばされる……!」
師匠は爆風に耐えているが、僕は耐えられずふっ飛ばされた。立ちあがろうとすると目の前にヴィロがいた。
「レノンくんを守る! お願いゼクシム、ラド!」
障壁を突き破った赤の剣は、とどめとばかりに僕に突きつけたが、
「この風をお前の方に流す」
風で赤の剣をずらし、当たる先を心臓から肩に逸らしてくれた。
「うがっーー」
痛い。激痛が走る。だが、ヴィロの算段が外れた今が好機だ。
「悪夢の魔剣!」
光の盾が軽減してくれているが、それでも激痛が走る。でも止まらない。僕はもう一度鎧に悪夢の魔剣を刺した。今度は直撃した為、鎧は消えた。
「くっ……信頼故に為せる技か」
「鎧は消えた。もうお前は戦えないだろう」
「籠手が残っている」
そう言って、逃げながら黒の弾丸を放ち続けた。それも束の間の話で、即ラドに捕らえられた。
「レノン、籠手の破壊を」
「はい! 悪夢の魔剣!」
僕は魔剣でヴィロの最後の装備を破壊した。
「否が応にも応じてもらうぞ」
「ああ、生きることができるなら手段は選ばない。サキが悲しむからなーー」
ヴィロは倒れたまま呟いた。
「サキと話しているときだけが幸せだった。だが今はサキの事を想う友達がこんなにいるとは……ヴィロという男は惨めなやつだったな」
「惨めなんかじゃない。僕と考え方、やり方は違っても、お前はサキの為に戦った。そして、僕達はまだ手を取り合える」
僕はヴィロの目を見てそう言った。
「……そうか。俺はサキと楽しく冒険できたお前達が羨ましかったのか。もしそんな世界があったのなら、俺もサキと一緒に色々ーー」
その時、一撃が僕を襲う。それは警戒を緩めていなかったセレーナの盾で防がれた。その後、他の誰もいないはずの結界の中に一つの影が現れた。
「ヴィロ! 装備も全部壊されて……あいつと来たら……どうやってヴィロと取り返す……?」
怨恨の憑魔がそう言った後、一人の男が動いた。
「俺に任せろーーラド、ヴィロを怨恨の憑魔に引き渡してくれ」
「何故だ? 何をするつもりだ」
「そうよゼクシム! 何で怨恨の憑魔の手伝いなんて……」
ラドとセレーナは師匠を糾弾した。
「わからない。だがサキがそう言っているんだ。退いてもらおう」
「断ると言ったら?」
「どかすに決まっている」
そう言うと師匠がラドに風の剣を突きつけ、ふっ飛ばした。そして、ヴィロを怨恨の憑魔に渡した。
「ゼクシム……感謝している」
怨恨の憑魔はヴィロを抱えてルムン城の中に入っていった。
「俺も後を追うが、信じられなくなったか?」
「そんな事ないわ。サキちゃんの事なんでしょ」
セレーナはゼクシムの目を見て言った。
「追いかけましょう!」
僕達は怨恨の憑魔を追いかけてルムン城に入った。
そして玉座の間に、白い髪、赤い目、黒い三角帽と法衣のサキが座っていた。怨恨の憑魔に追いつき、ほぼ一緒に部屋に入った。
「サキ!」
「レノン! それにみんなも!」
「我を見よ。そしてヴィロを見ろ」
「ヴィロ!? どうしてこんな目に……」
サキは傷ついたヴィロを見て驚いて言った。その後すぐに治癒魔法をかけた。
「貴様、何故ヴィロを助けなかった!」
怨恨の憑魔は怒りを声に表していった。
「だって、ヴィロが見るなって言うから」
「ヴィロが言ったからではない。仲間を見殺しにしたのだぞ」
「それは……」
「それは、貴様に記憶がないからだ」
怨恨の憑魔は憎しみを込めながら言った。
「記憶……?」
「貴様には十五年前の嫌な記憶が抜けているーー」
「我はただの怨恨の憑魔ではない。貴様の嫌な記憶を元に作られた憑魔だ。十五年前の敗北の記憶も、貴様が嫌な記憶として記憶を飛ばした事も覚えている」
「私が、そんな事を……」
「今こそ我を、我が記憶を取り込め! それで初めて我々はサキになれる。ヴィロを救えるのだ!」
「初めて本当の私に……?」
「サキ! 止めるんだ! そんなの嘘だ!」
僕はそう叫ぶが、
「ううん、これで合っている。あいつの事は嫌いだけど、だからそれが本当だって分かるの」
サキは怨恨の憑魔に手を伸ばし、魂を吸収した。そして怨恨の憑魔の器は、粉々になって風に流されていった。
「うっ……うぅ!」
サキはうめき声を上げた。
「サキ! 大丈夫!?」
そんなサキに僕は声をかける。
「……思い出したわ。十五年前の事も、何もかも。私はヴィロを守らなければいけないーー」
サキは目を瞑ったまま、指を小さく振る。そしてヴィロを檻にしまい、後ろに下げた。
「ヴィロが迫害されない都市をルムンに作って閉じこもるわ。だってそれがヴィロへの恩返しになるんだもの」
赤い目を見開いて言った。