125話 最初の皇帝
「陛下。森の魔物の軍勢を下した今、アムドガルドと対等である必要はありません。一週間もあればできます。征服してしまいましょう」
「君は私がミドリ先生から文字、言葉、魔法の定型化ーーどれ程の事を教わったか、それに救われたかを軽視している。アムドガルドは征服しない」
私は強い口調で部下に告げる。
「ミドリ様に危害を加えるとは言っておりませぬ。それに世界統一が目の前に……」
「ダメだと言ったらダメだ。退がりなさい」
「はっ……」
私は怒りを抑えながら言うと、部下を下げた。
直後、嫌な予感がして時間を止めた。そして私は走った。いつもの場所。そこで一人の剣族の女性が血を流していた。
「ミドリ先生……! 何で……!?」
私は治癒魔法をかけたが、助からないとわかってしまった。
「先生! どうしてですか!」
「ルシヴ、もう君に教える事はない。そして、君の邪魔をしたくなかったからさ。他の理由なんてない」
「でも先生!」
「アムドガルドの征服はもう決定事項だ。たとえ王であっても君の一任だけじゃもう止められない。だから、君が王位を追われる前に、邪魔者とはおさらばさ」
「そんなのってないですよ! そんな事なら先生が居てもアムドガルドを征服していました!」
「それは……できないよ。君は……優しいからね」
ゲホゲホと咳き込むとミドリ先生は血を吐いた。
「先生!」
先生はその場で息を引き取った。それからはあまり覚えていない。ただ、私は世界を統一した皇帝となっていた。
◆
「アゲート! 今ギンはどこにいる?」
「もうルムン城を出た。後少しの時でこちらと接触するだろう」
「そんなにも早く!?」
僕が驚いていると、
「アゲート、私の部屋に繋いで。魔力回復薬が置いてあるわ」
「あの男は時止めの中でしか戦わない故、我は戦えない」
そう言いながら空間を割いた。ハクはその中に消えていき、すぐに戻ってきた。
「はいこれ! 飲んで!」
「はい!」
一気に一本飲み干すと、もう一本渡された。そっちを飲むのは中々辛かったが、何とか飲み干した。
そして一息ついた瞬間、世界が止まった。
「やっぱりアゲートがいた方が良いね」
走ってきたのか少し呼吸が荒い。
「ギンさん! 何でそれぞれの国に結界を!?」
僕はギンに問いかける。
「レノンくん、君は何も知らなくて良い。前みたいに、ただ私に殺されてくれさえすればね」
「この前の僕とは違います」
ギンは、一気に距離を詰め、僕に仕込み杖ではなく剣を突き出した。僕は後ろに下がり、
「悪夢の魔剣!」
ギンの剣を払った。その後も斬りかかるが、払いを受けることしかできなかった。
その時ーーダダダダッという轟音と共に魔力の弾丸が発射され、ギンに襲いかかった。
「ハク、やはり君は……!」
「レノンを殺させる訳にはいかないわ。それに、私もサキをルムンに閉じ込めるのは反対だから」
「君を相手にするのは嫌だ。退いてくれないか」
「そうもいかないでしょう。何れ戦う事になるわ。ルシヴ一世さん」
ハクはギンに向かってルシヴ一世と言った。ギンはそれに対して黙り通した。
「ギンさんがあのルシヴ大帝何ですか!?」
僕は思わず叫ぶ。一千年も生きられる人間がいるかと思ったが、恐らく時を止める魔法で不老なのだろう。
「そう。彼はルシヴ一世、メイジステン王国唯一の国王であり、メイジステン帝国の初代皇帝。一代で言語もバラバラで森の民族だった魔族を剣族の文字と言葉で統一し、アムドガルド王国とティマルスを支配した男。その別称はルシヴ大帝。からの目的はーー」
「もう良いハク。私から説明する。私の目的は、大陸をあるべき形に戻す事だ。一国が全てを手に入れるなんて歪んでいる。私とヴィロが持ちかけて独立戦争をついこの前までしていたが、あれも長くは続かない。とある代の皇帝で少なくともアムドガルドは再征服されるだろう。それが私には、許せない」
「だからって交易も交流も断つなんて……それに、同じ民族同士でも争いは起きますよ。ついこの前メイジステンで起きた事じゃないですか!」
「それは同じ力での戦いだ。激しくなる事もあるが、人として認知される。例えば、奴隷にはならない」
「それもわからないですよ。今がそうだからって結界で閉じた後の世界で同じかはわからないです」
僕の意見対しギンは、
「それなら調整を入れれば良い。丁度サキがいるんだからね。私もいるしね」
と答えた。
「またサキを道具みたいに扱うような事を……!」
「確かに道具みたいに扱っているかもしれないが、仕方ないんだ。そうしないとまたすぐ戦争が起きてしまうのだから」
「サキは人間だ! 例え憑魔であろうとも、笑ったり怒ったりもする。それに僕の中に閉じ込められてやっと自由になれたのにこの扱いはあんまりだーー悪夢の魔剣!」
僕はギンに接近して剣を振るう。ギンはそれを受け止めて払って僕の剣を飛ばした。
「神に意志は関係ない。ただ為すべきことを為してくれればねーーそれに、サキ自身も力ずくで逃げないのを見る限り、使命として受け入れているんじゃないかな。それとーー」
「剣の技術はまだまだだね。悪夢の魔剣は驚くべき速さで成長しているけど、私の剣を折るまでには至らない。口だけで技術が追いついていないよ」
「くっーー悪夢の魔剣!」
「そうか! 魔法で作った剣だから拾いに行かなくて良いのか! でもーー」
「邪魔させてもらうわ」
ハクが魔弾を放つ。
「自動障壁があるからーー」
しかしハクの魔弾は、自動障壁を突き破った。
「そんな馬鹿な!? 痛たたたた!」
「あなたの自動障壁を丁度打ち破るくらいまでに調整したもの」
「せやっ!」
「いたあ!」
僕の剣がギンに当たり、切り傷を残した。ギンは一回退き、治癒魔法を使った。
「まさか二人ともそこまで厄介とはだけど剣だけじゃないぞー!」
そう言うと氷の棘を飛ばして、当たるときに地面が割れた。
「悪夢の魔剣ーーうわっ!」
地面が割れて足場が崩れたせいで、剣を振れず、氷の棘が突き刺さった。
「傷癒やし! ハクさん!」
ハクは氷の棘が刺さっていながら地割れからは横に飛び退く事で逃れていた。
「ハクに効いていないー!?」
「サキの強化の魔法がかけてあるから、生半可な攻撃は通用しないわ」
「ハクの方が強いんじゃないかなこれー!」
ギンは驚き思わず声を上げた。
「今度は全力でいくよ?」
そう言うとギンは引っ掻く動作をして、それがハクの元で実体化して襲いかかる。大地ごと抉る威力だ。ハクは後ろに下がるも、ギンは回り込んでおり、ハクを斬りつけようとした。
「ハクさん! 悪夢の魔剣!」
僕は悪夢の魔剣を投げてギンの剣を弾いた。その隙にハクに距離を取った。
「くそっ! 上手くいかないな」
「今斬るのを躊躇ったわね。何度も言っているでしょ。私はミドリ先生じゃないって」
「わかっているさ!」
「ミドリ先生……ですか?」
「ルシヴ大帝に剣族の言葉と文字を教えた剣族の人よ。言わば家庭教師ね」
「私は先生を裏切ってアムドガルドを侵略した。先生は側近に殺された。私が命じた訳じゃないのに、非難の言葉を私に告げさせまいと気を利かせての事だった」
「それで? その人と私がどう関係があるって言うの? どっちも色の名前だから似ているなんて言わないわよね?」
「作ってほしいものが沢山あるっていうのはある。でもそれ以上に君は大切な仲間なんだ。君を失ったら私は一人ぼっちだ。ヴィロとサキも仲間だけど、君は私にとって特別だ」
「それがミドリ先生と重ねているって言っているのよ。こんな貴方に口汚くうるさい剣族、普通は嫌うでしょ。ちょっと役に立つところを重ねて見ているだけよ」
「…………そうかもしれない」
「後ね。ギン。あなたはもうルシヴ一世じゃないのよ」
「それは……!」
「長い間をギンとして生き続けたから。あなたはギンなの。ルシヴ一世の行為を今更悔やまなくても良いと思うわ。貴方がやらなくとも必ず誰かがやっていたから。それに、貴方は商人じゃない。国を跨ぐのが仕事みたいなものでしょ」
「ぐうの音も出ない。確かにその通りかもしれない。君はいつもそう思わせてくれる。でも、メイジステンがアムドガルドとティマルスにした事に思う事があるのは事実だよ」
「他に方法があるでしょ。サキを使わなくとも。あの子を笑顔のままで両国を守ることをーー」
「そうだね」
「納得したなら剣を納めなさい。ヴィロにも文句を言いに行くわよ」
ギンは剣を治めると思いきや、ハクを切り裂いた。
「ギ……ン……!?」
「一千年待ったんだ。君をミドリ先生と重ねるなと言うのであれば、そうするよ。でも、その結果はこうだ」
「何でそんな不意打ちのような真似を! 誇り高きルシヴ大帝が!」
「今はもうただのギンだ」
「レノン……傷は勝手に癒えるから、ギンに集中して……!」
ハクは絞るように声を上げる。
「ギンさん……」
「後は君だけだレノン! ここで君を切り捨ててやる!」
「悪夢の魔剣ーーうわああああああ!!」
僕はギンに言われた通り切り捨てられた。
「傷癒やし……!」
「さあ、諦めるんだ。共にあるべき世界で生きよう」
「レノンは止まらない。私ももう止まらない……! 殺していきなさい!」
「……これで折れてくれる事を祈るよ」
ギンが去ろうとしている。僕はその足を掴んだ。
「ギンさん……!」
「格好良く去ろうとしているんだ。邪魔しないでくれるかな?」
ギンは僕を蹴飛ばすと去っていこうとした。
その時ーー
「ギン! ミドリ先生が殺された時の無念も、一千年望んだ執念も私には到底分からない! だけど……一度見たサキを解放する夢をもう諦められない!」
ハクは追尾弾を撃ち、魔弾何発も放った。
「それは謙遜だよハク。年月は違えど、無念と執念を持って戦ってきた。そんな君がなんで……レノン達に無理矢理従わせられているだけなら連れ戻してみせる。こっちにおいで」
「そうじゃない! 未来でサキ達と笑っていたかったからよ! ギン、あなたもいて当然でしょ!」
ギンの動きが止まり、自動障壁を突き破ると、魔弾が何発か当たった。
「痛い! 痛たたたたた!」
「一緒にサキを救ってよ! 私を助けてよ!」
「うっ……!!」
ミドリ先生とハク。重ねていないなんてとんでもない。常に私は二人を重ねていた。でもーー
「ミドリ先生はそんな事言わなかったな……」
それは失望じゃなくて渇望。そう言って欲しかった。そう言ってもらえれば私も気づけたのにーー
「レノン、今よ!」
「はい! 悪夢の魔剣!」
僕はギンの首に剣を突きつけた。
「ずるいぞ……二人共……」
「騙し合いはお互い様でしょ」
「あはは……そうだね……」
「もう、良いでしょう?」
「理想は諦めたくないけど、ハクのことを守りたい。ハクは折れないんだろ? 私の負けだよ」
こうしてギンとの戦いは終わりを告げた。
◆
「ギンが折れたようだ。残る理想同盟は俺とサキ達。三人だけだ」
「えっ……そうなの? 何よ。私にしかできない使命だからやるべきってあんなに強く押していたのに、結局こうなるのね。じゃあこの結界はいらないわね」
サキは魔力を絶ち、バリバリと音を立ててメイジステン、アムドガルド、ティマルスの結界は崩壊し、ルムンだけとなった。
「俺は変わらない。ずっとサキの仲間だ」
「ええ。私も信じられるのはヴィロだけって出会った頃からずっと思っているわ」
「それで良い。ずっと導き続けてみせるからな。どんな敵が来ても打ち払ってみせる。見ていてくれ」
ヴィロはサキから目を離さずにそう言った。




