124話 憑魔に教える事
アゲートの刺突をセレーナの盾で防ごうとするが、突き破られる。その瞬間に師匠が僕を抱えて刺突をギリギリのところで躱す。
「今のが刺さっていれば汝は死んでいたであろう。恐怖を感じたか? 少年よ」
「怖くない。皆が僕を助けてくれるから」
「何故汝は死を直前にして恐怖を感じないのか。この戦いで暴いてみせる」
そう言うとアゲートは僕に向かって剣を振りかざした。
「守る!」
そうして盾を作って振りかざされた剣を受け止めた。
「ふっ!」
ラドは火炎竜を放つ。鎧が取れている為、傷を負わせる事ができると判断したからだ。
しかし。それは間違いだった。
「転移魔法か!」
僕は吸魔の大鎌でラドから放たれる火炎竜を受け止める。空間が歪められ、撃った火炎竜がレノンの真後ろに転移したのだ。
「これなら!」
師匠が剣を振り、状況を打開しようとするが、僕の元に斬りかかってきた。
「レノンくん!」
セレーナの盾で何とか防いだ。
「遠距離魔法もダメ、剣もダメとなると何をすれば良いかわからんぞ!」
ラドは焦りを隠さずに言った。
「こうなる事はわかっていた。貴様らでは我に傷をつけることはできない。空間転移と広範囲魔力察知は、生存の憑魔の我に与えられた特殊能力。逃げ延び、生存する為に特化した魔法だ」
そうして僕に近づく。
「貴様は我の攻撃を怖くないと言ったな?」
そう言うと炎の弾を四発放つ。
「レノンは私が守る!」
フラウが間に入って四つの弾を捌ききった。
「今この者と話しているのだーー大いなる剣よ、今我が魔力で再現せよ」
そう言ってフラウの頭上に剣が現れ、落下して突き刺そうとしてきた。フラウは頭上の地点から離れるが
「逃さぬ」
剣を転移させてフラウの頭上に合わせてきた。
「フラウ! 動かなくて良い! これでどうだ!」
僕は悪夢の魔剣を発射して魔法の剣を消した。
「レノン! ありがとう。ごめんなさい……」
「気にしなくて良いよ。それよりーー」
僕はアゲートを睨みつける。
「話に戻ろうーーそれなら汝は死んでいる事になる。生への執着こそが生きる事なのだから」
「僕は生きているぞ」
「ならば恐れているのか?」
「生きるという定義がお前と違うだけだ。僕が既に生きているからかもしれないけど、僕は何の為に生きるかに重点を置いている」
「何の為に生きるか……確かに我と定義が違うな」
アゲートは剣を突き出して転移させ、僕の目の前に出した。
「レノンくんは絶対に守る!」
セレーナは盾を出して防ぐ。
「中々調整が難しいものだな。恐怖を与えるなら殺してはならぬ。しかしその程度の攻撃では防がれてしまう」
アゲートは完全に僕達との戦闘を止めている。僕に恐怖を与える事だけに専念しているようだ。
「火炎竜ーー三つ首!」
三方向から火炎竜が襲いかかってくる。セレーナは半円状の盾で防ごうとする。しかし、相手の魔法が強力でヒビが入る。
「何度も同じ手を……!」
僕が悪夢の魔剣で盾ごと薙ぎ払おうとした瞬間、空間転移が行われ、腕から先が、転移され、僕は自分自身を斬りつけた。
「ぐあっ……」
更に火炎竜が盾を突き破り、僕に襲いかかってきた。
「うわああああああああ!」
三体の火炎竜だけでも痛いのに自分で斬った傷口を焼いて痛みが増している。
「レノンくん! 今助けるから!」
セレーナが僕に治癒魔法を使ってくれた。おかげでまた立ち上がれる。
「今のは痛かった。怖かったよ」
「おお! それなら汝は今、しっかりと生きているのだ。さあ逃げるが良い。死の恐怖を感じれば逃げるというのが生き物というものだ」
アゲートは攻めることを止めて逃げる時間を用意してくれる。
「確かに怖い。何もないなら逃げていたところだ。だけど、逃げない理由がある!」
「何だと? 命を守る以外にやることがあると言うのか」
「そうだ。僕には歩みを止めない理由ーー生きる理由がある!」
「生きる理由とな? 述べてみよ」
アゲートは疑問に首を捻る。彼は憑魔故に僕が行動する理由もわからないらしい。
「サキを救い出す事だ! サキを閉じ込めて利用するヴィロを倒し、あの狭いルムン城から連れ出す事だ」
「フ、ハ、ハ! だがその道は険しいぞ。途中で死んでしまうかもしれない。今でも我がその気になれば汝など瞬殺できるしな」
転移魔法の扉を開き、僕の周りにも出現させる。そして剣を投げ入れ、剣が別の転移の空間に消えていき、また別の転移の空間から出現する。二、三度躱した後、大鎌で捉えて剣を真っ二つに斬る。アゲートはほおと声を漏らした。
「そうかもしれない! でもそれを諦めたら死んでいるのと変わらないんだ!」
「死んでいるのと変わらない? 生きながら死ぬという事か。意味がわからないぞ」
「大切な仲間を見殺しにしてまで生きようとは思わないと言っているんだ!」
「なるほど。そういう人間もいるということか。面白いではないか」
「何を言っているんだ? アゲート。お前も同じだ」
アゲートは分からないと言った様子で僕の言葉を聞く。
「我も同じとな? どこが同じだというのだ」
「お前も生きるという理由の為に生きた。生きようとする事を諦めず、求め続けた」
アゲートはその言葉を聞くと笑い出した。
「フフフ、フハハハハハ!! それではお前はこういう事が言いたいと! 死体である我はずっと生き続けていたと! ハハハハハ!」
「その通りだ。僕は十五歳だけど、お前は古い憑魔だったな。それだけの間、一つの理由だけで生き続けていたんだ。感服するよ」
「だが、未だに実感が湧かぬ。我が生き続けていたなどと言われてもな。既に生きているのではあれば、理由さえあれば生き続けられるというのであれば、この研究は無駄だったという事である。だが我はこの生き方しか知らぬ。どうすれば良い?」
「僕の生きる理由を見ていかないか? それで生きる理由を見つければ良い」
「なるほど。汝は我に一緒に戦わないかと言っているのだな?」
「その通りだ」
「面白い! 面白いではないか! 汝の生き様とやらをとくと見せてもらおうではないか!」
「ハク! 聞いていたか! 我は生きていた! この少年は汝の言う通り、我を導く存在になり得るかも知れぬ!」
転移空間を自身とハクの元に作り出し、ハクを引っ張って自分の元に引き寄せた。
「痛いわアゲート。剣族の身体は千切れ易いっていつも言っているでしょう」
「ハク、我は既に常に生きていたと教えてもらった。我はレノンの戦う理由を見守る為にこの者達と共に戦う。汝もついてくるが良い。面白いものが見られるに違いないぞ」
アゲートは興奮気味にハクに説明した。
「まあ、こうなるわよね」
「ハクさんはわかっていたんですか?」
「上手くいく訳ないとは思っていたけど、成し遂げた時は私も引っ張られるとは思っていたわ」
「よろしくお願いします! アゲート、ハクさん!」
僕は二人に対して言った。
「よろしくーーサキ、ヴィロ、怨恨の憑魔を残したら……次はやっぱりギンになるわね」
「ギンさんですか……何もかもが謎ですね。ハクさんはその件については詳しいですよね。対策、お願いします」
「対策してどうにかなれば良いんだけど……」
その時ーー
大きな地震が起きた。
「何だったのでしょうか?」
地震が治まったのを確認して僕は聞いた。
「始まったのね」
いつものように落ち着いた様子でハクが言う。
「何か知っているのですか?」
「世界が結界でメイジステン、アムドガルド、ティマルス、ルムン四つに分断されたわ」
「ええっ!? どういう事ですか」
「直にわかるわ。それより今はやることがあるのーー」
ハクはそう言うだけで、この場では語らなかった。
◆
「サキ、結界の展開ありがとう。これで理想の世界を作れるよ」
「まあ、これくらい簡単な魔法よ。維持するのは面倒だけど」
「そこは何とか頼むよ。ハクに自動化してもらうまでの辛抱さ」
ギンはサキにそう言うと部屋を後にする。
だけどアゲートだけならまだしも、ハクまで味方につけるとは。これはまずい予感がする。脅しは通用しない。催眠術でも、最悪殺害してしまっても良い。何か手を打たなければ。一千年の悲願が崩壊してしまいそうな気がしてならない。
「サキに知られるのはまずい……刺客を送るか? 我々に賛同する悪魔なんてごまんといるはずだ……でも、いや……」
ギンは少し考えた後、
「その間にどちらにも手を打たれるのはまずい。私が出るしかないか」
そう言って真剣な表情をしてルムンを後にした。




