120話 夢の世界
「う……」
木漏れ日が差す中、僕は意識を取り戻した。
「ちょっと眩しいな……」
どうしてこんな所で眠っていたのだろう。いつもはこんな事はないのに。
「あっ、レノン起きた?」
「うん、まだちょっと寝ぼけているけど……」
僕は幼馴染のフラウの声に反応する。フラウとは同い年で、同じ村、隣の家の子だ。
「見守ってくれていたの?」
「見守ってというか、レノンの寝顔が余りにも気持ちよさそうだったから、一緒に横になっちゃった」
「そっか。ありがとう。フラウは優しいね」
「優しいなんてそんな……私もそうしたかっただけだから……」
「あはは、そっか。じゃあ、眠気覚ましに散歩でもしようか」
僕が立ち上がると、
「レノン! 大事な物を忘れているよ!」
「大事な物? あっ……!」
僕は横に置いてある本を見つけ、それを両手で抱えた。とても分厚い本で、区分は小説だ。なんて事ないただの少年に天才魔女の力が宿り、大冒険をする話だ。
「どこまで読んだの?」
フラウは僕に尋ねる。
「実はね、全部読み終わったんだよ!」
そうだ、読み終わって満足してそのまま寝てしまったのだった。
「最後のお話はどんな内容だったの?」
フラウは身を乗り出して聞く。
「この帝国を二つに割っていた悪い宰相って人を倒す話だったよ」
「宰相って何?」
「皇帝を補佐する役割の人だよ。その人が皇帝みたいに振る舞っていたんだ」
「レノンは難しい言葉をいっぱい知っているよね」
「勉強はフラウの方ができるけどね」
まるで勉強ができそうに僕は振る舞ったが、文字の読み書き、算術などは実はフラウの方が上手なのだ。
「そう言えばなんだけどさ。この本の最後まだ続きがありそうな終わり方をしたんだよね。こんなに分厚いから全部のお話が入っていると思っていたのに、不思議だなって思って」
「セレーナお姉さんに聞いてみようよ」
「そうだね」
僕達は歩いてセレーナお姉さんの家へ向かった。ちょっと眩しいけど、伸びをすると気持ち良い。そんな事を考えている内に彼女の家に着いた。
「セレーナお姉さん!」
「レノンくん? 今忙しくて手が離せないんだけど逆に聞いて良い?」
「なんですか?」
「すすぐための水を用意してほしいの。レノンくんは確かお水を出す魔法つかえたよね?」
「はい! 容器をください。水を入れて渡すので!」
「そこに置いてあるでしょ。その容器にお願い」
「はーい」
僕は水を出す魔法を唱えて、いつも通りセレーナお姉さんの手伝いとして容器に水を注ぐ。
「ありがとうレノンくん。それで、話って何かあったっけ?」
セレーナお姉さんは手を止めずに聞く。
「この本なんですけど、続き知っていますか?」
「うーん、知らないわ。ごめんね。ゼクシムにも聞いてみて」
彼女は申し訳なさそうに言った。
「俺も知らないな」
ゼクシムお兄さんは本を見て言った。
「そうですか……」
「続きは知らないが、誰も知らないなら作ってしまえば良いのではないか?」
「作ってですか……勉強頑張りまーす」
そうしてゼクシムお兄さんと別れて、僕は家の前に着いた。
「じゃあねフラウ! 新しいお話できたら教えるよ」
「ありがとう! 楽しみに待っているね!」
僕は家に戻り、分厚い本をザックリと読み直した。
「そうそう僕もそうなったらそうするよー!」
「僕にも天才魔女の力が降りてこないかなー。火事とか襲撃とかはごめんだけど」
「もし続きを書くならかー」
独り言を言いながら僕は本を流し見する。
「守護騎士になりたいけど、やっぱりお話を動かすなら封印都市の封印を解いちゃうかなー。そこしか舞台残っていないしーーそこに行ってそこに行って……」
「うっ……頭が」
急に頭が痛くなり、僕は本を閉じた。
「なんか変だ……でも……でも……」
何か思い出せそうな気がする。そんな気がした。
「時を止められて殺されたんだ」
「えっ?」
それには共感できない。僕は幸せな終わり方が好きなんだ。こんな最悪な終わり方は思いつくはずがない。となれば僕はこの話を体験しているのかもしれない。だとすればこの世界はーー
「夢の世界だ!」
そう叫ぶと僕は家から出て走り出した。
「急がないと!」
こんなところにいる場合じゃない。強化の魔法を使って更に早く走り出す。これが夢の世界ならーーまだ生きているなら、できる事があるはずだ。
「はぁ……はぁ……」
ダメだ。この世界から抜け出せない。それもおかしい。どうやら本当に夢の世界みたいだ。
ここから出る方法ーーやはりあの本を燃やすしかないだろう。
僕は本を持ち出して家の外に出る。本に向かって手慣れた炎の魔法、火炎弾を放つ。しかし、本は燃えなかった。
「これもおかしい……」
そんな時ーー
「レノン! どうしたの!?」
「レノンくん!? 今凄い音したけど!?」
フラウとセレーナさんが駆けつけてきた。
「この世界は本当の僕の世界じゃないんです!」
「えっ……?」
「どういう事……?」
二人共不思議そうな顔をして僕を見る。多分この本を壊せば元に戻るはずだ。考えろ。考えろ。ここから出る方法をーー
「ーー第二の器はそれが暴走したとき止めることに特化した器だ」」
セルゲイの言葉。それとは第一の器。つまりサキの事だ。これが表す意味は、僕はサキに勝つ事ができるという事だ。魔法じゃどうやっても敵わない。それならーー
「魔法を無効にしてやれば良い」
それなら想像してーー
「悪夢の魔剣!」
魔法を壊す魔法の剣。それを本に突き刺した。
「当たりだ!」
世界が光出して崩れていく。フラウとセレーナの方を見る。二人共僕を送り出すように手を振ってくれた。僕もそれに対して振り返す。
ーーありがとうフラウ、ありがとうセレーナさん、そして、優しい二人、そして師匠を作ってくれたサキ。
元に戻った僕がいたのは、いつものラティー村だった。復興も進んでいるようだ。
「ごめん。でも今はそれに構える時間がないんだ」
そうやってラティー村を後にしたと思ったその瞬間ーー
「残念だったなレノン。君が必要だから、使わせてもらうよ」
そう言われると同時に頭を殴られた。急だった為、対応もできず、僕は意識を失った。
◆
「今のところの戦線は上々さ。気になるのは、リューナの北部がルムンの怪物と未だ張り合っているのと、東部のティマルス軍を抑えていることくらいかな。両国共に空からのオウムの火炎爆撃と、ハクの都市結界破壊用の砲弾を受けてそこ以外はボロボロって感じだね。アムドガルドの歩兵隊が、サキの魔法でとんでもなく強化されているのが、相手には予想外だったみたいで快進撃を続けているよ」
ギンがルムンにいる仲間に戦況を報告する。
「出陣するわ」
「それが必要ないとギンは言ったように聞こえたが?」
ヴィロはハクに対して言う。
「私の勝手でしょ。相手の理想の邪魔をしてはならない。これが理想同盟の掟でしょ」
「確かにそうだが、無駄だと言っている」
「私には無駄じゃないの。もう貴方の奴隷じゃないんだから、指図しないでくれる」
「わかったーー俺も行く時間だ。クーリィとの約束を果たしてくる」
ヴィロは外に出る。そして一瞬でルセウの上空へ移動する。
「宣戦布告から半日が過ぎた。予告した通り、ルセウをメイジステンからアムドガルドに返す為に、残ったメイジスを殲滅する」
ヴィロはそう言うと、赤黒く、太陽みたいに巨大な球体をルセウに放ち、残っていた人を建物ごと殲滅し、更地にした。
「約束は果たしたぞ。クーリィ。返された土地。自由に使うが良い」
そう呟くと、ヴィロはまっさらな大地を一瞥した後、去っていった。




