117話 憑魔同士のぶつかり合い
信じられなかった。私の道標で、私が生きたいと思う理由で、私が大好きなあの人が、目の前で潰された。最期に私を見た時に笑顔だった。まるで私に笑って生きてと言っているようだった。
「うわあああああああ!!」
私は持ち上げられた掌の下を見る。そこで私が見たのは、まるで潰された後の蝿のように原型をとどめていない亡骸だった。悲しい。憎い。辛い。色々な感情がごちゃ混ぜになって、憎いあいつを殺したいのか、辛くて耐え難いから一緒に死にたいのか、どうすれば良いのか分からなかった。
今溢れ出ている想い、昨日少年に伝えておけば良かった。後悔で涙が溢れ、止まらなかった。
「動いたな! 約束を違えたな! 貴様も殺してやろう。すぐ少年の元へ送ってやる!」
そして巨大な手が私にも迫ってきた。私はそれを避ける気も起きなかった。
◆
真っ白な世界。僕はここを知っている。僕の魂の部屋だ。だけどなんでここに居るのか理解できない。僕はセルゲイにやられて、この魂は天に飛び立つはずなのに。
「こうして顔を突き合わせて話すのは久しぶりね」
声をかけられた方を見る。案の定そこにはサキが居た。
「ごめんサキ。僕、負けちゃった」
「人間、レノン・ラティーノスはセルゲイとの一騎打ちに敗れたわ」
サキは淡々と事実を伝える。
「じゃあ何で僕はここに居るの? サキと話せるのは走馬灯のようなもの?」
その理由が分からずサキに尋ねる。
「ルクレシウス……昔ギンの依頼の時の方のルクレシウスね。あの時私とレノンは魂の鎖で繋がった。私の魔力を流すことができるようになった」
「ここまで来るのに何度もお世話になったよ。ありがとう」
「まだ気づかないの? 私の魂の鎖とあなたの魂は繋がったの。そして私の魂はこの部屋に固定されているーー」
気が付かなかった。だってサキも今まで言わなかったから。
「僕は、憑魔なのか……!」
「正解。あなたは今まで死の機会がなくって、人間として振る舞ってきたから気づかなかったみたいね。そのまま最後まで過ごせれば良かったのにって思っているわ」
「でも憑魔なんだ。憑魔なら、今からセルゲイを倒せる?」
「ただの憑魔なら無理ね。でもあなたは天才魔女が関わっている憑魔。しかも第二の器よ」
サキは自慢気に、そして自信満々に言う。
「つまり勝機はあるんだね」
「当たり前じゃない!」
「サキ、じゃあ行こう!」
「待ってレノン。ちょっとこっち来て」
「分かった」
僕はサキの元に近寄る。するとサキが手を伸ばしてきた。僕はその手を握った。全身がバチバチする。リューナ城で吸魔の大鎌を手に取った時と似た感覚だ。だんだん強くなってきて痛くなってくる。
「その痛みで目が覚めるわ。即判断して為すべき事を為しなさい」
「ーー分かった」
そして僕の意識は魂の部屋から遠のいていった。
◆
意識を取り戻した僕達は瞬時に現状を把握する。自分の身体を元通りに癒すと、フラウに向けて振り下ろされるセルゲイの掌の下に立つ。そして右手を伸ばしてセルゲイの手を受け止める。
「えっ……?」
涙を流した少女が僕を見上げる。
「レノ……ン……?」
「セルゲイ、強化の魔法が足りないんじゃないか?」
「な、何だと!? 何故だ!? 貴様は! レノン・ラティーノスは確実に仕留めたはずだ!」
驚きの声をセルゲイは上げる。
「約束も違う。僕との一騎打ちの約束なのに、僕の前に仲間を殺そうとしたな? 僕はそれを許さない」
「あり得ない……だがあの赤く光る目は……あんな魂の形をした憑魔だと……? しかも第二の器に、第一の器の魂が合わさっただと!?」
セルゲイは現実を直視できず、戸惑っているようだ。
「サキ、この身体のバチバチは何?」
(あなたの身体の必死の抵抗ね。今私は、あなたの身体を第一の器に近づけようとしているわ)
「そうか。どんどんやってくれ」
その時実際に左腕が弾け飛んだ。
(急いで治癒して。いつどこが弾けるか分からないわ。常に治癒し続けて!)
「分かった!」
僕はサキの言う通りに治癒魔法を自分にかけ続ける。
(悪夢の魔剣を読み込み開始……)
サキが呟くように言う。サキが黒い剣を飛ばしている様が頭で再生される。魔法を取り込んで巨大化し、加速して敵の魔物に突き刺さる。
「憑魔だろうが関係ない! 塵も残さず燃やし尽くしてくれるわ!」
「完了……! 悪夢の魔剣!」
僕達は四本の黒い剣を炎に向かって飛ばす。炎を打ち消して剣は巨大化し、外皮を貫通し、セルゲイの巨大な心臓に突き刺さった。
「ぐおおおお……! そ、その魔法は! 第一の器しか使えぬはず……!」
「だけど僕達は使える。サキとならお前を倒せる!」
(吸魔の大鎌を読み込み開始……)
「完了……! 吸魔の大鎌!」
一度見たことある魔法だ。想像も容易く僕は黒い大鎌を右手に持つ。
(その杖は浮かばせて、両手で持つのよ)
「ありがとう!」
僕はサキの言う通り持っていた杖を手放し、両手で鎌を持つ。右腕が弾け飛んで痛みを感じるが、すぐ再生させる。
「ルシヴ十四世奥義、時空斬!」
「はっ!」
僕達は大鎌を振るい、斬撃とぶつける。斬撃は消え去り、大鎌は黒い光を増す。
「うぐう……! なんて滅茶苦茶な……!」
(大鎌の魔力をこっちに流せば自分の魔力として扱えて、逆に鎌に流せばそれだけ相手の魔法を無視して切り刻めるわ!)
「それなら一気に!」
僕達は浮かび上がり、セルゲイの魂の鎖を目で捉える。
「近寄るな! 第一の器の代替品の分際で!」
手を伸ばして氷の光線を放ってくる。
「悪夢のーーくっ……!」
左脚が弾け飛んで僕は魔法を唱えることに失敗する。氷の光線に直撃し、全身氷漬けになる。
「レノン!」
フラウの声が聞こえる。そうだ。フラウが、皆がいる。負けるわけにはいかない。
「氷に弱いのは怨恨の憑魔と変わらぬか。それだけ止まれば十分。消し炭にしてくれるわ!」
巨大な心臓から四つの手が出てきて撃墜点に照準を合わせて魔力を溜め始まる。これは避けないとダメだと直感が告げる。悪夢の魔剣でも大鎌でも防ぎきれない。身体に触れたらその部分が消滅する。僕は強化の魔法を使って全身に力を込める。内なる魔力の圧で氷にヒビが入る。
(全霊派を読み込み開始……)
魔力をそのまま極太光線に変えて撃っている様が流れる。分かる。これは帽子での放ってという動作と同じだ。そして氷が床に着く。それと同時に氷が砕ける。
「ルシヴ五世奥義、全霊派!」
「完了! 全霊派!」
僕達は大鎌を浮かせて、両手で構える。そしてお互いに同じ白い光線の魔法が放たれる。その光線は拮抗し、どちらも押し負けることなく止まる。
(絶対に負けない! 最強の魔女として、為すこと為すまで、負けるもんですかあああああ!)
「うおおおおおおおおおおお!!」
両腕の血が飛沫のように噴き出す。それを無視して打ち勝つ未来だけを想像する。
「な、何だと……!?」
その声が発せられると共に、均衡が崩れ、僕達が放つ光線がセルゲイの全霊派を打ち消した。そしてーー
「うごわああああああ!!」
巨大な心臓のセルゲイに大きな穴を空けた。
「これだけの穴を……! だが塞げば良い。塞げば……!」
そう言ってセルゲイの動きが止まったところで、僕達は大鎌を持って、脚に溜めた魔力を爆発させて一直線にセルゲイの魂の鎖まで飛ぶ。
「止まれえええええい!」
マンティコアの尻尾を三本生やし僕の動きを止めようとする。僕達はそれを全て切り刻んだ。血や汁の類は自動障壁で防ぐ。
「ぐわああああああああ!」
そして魂の鎖を外皮ごと真っ二つに切り捨てた。その直後、巨大な心臓は浮かぶことができなくなり、大きな音を立てて地面に倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ……」
(終わったのね……セルゲイ)
「もうあれを動かせる程の魔力は残っていないはずだよ」
僕は横になっている巨大な心臓を横目に見ながら言う。
「レノン!」
「レノンくん!」
皆が僕の元に駆け寄って来る。師匠は僕を見て、
「俺が見張っておく。今はそっちに集中して良い」
「まだ終わってないなら僕がーー」
そう言った直後少女が抱きついてきた。
「レノン! 大丈夫……? ねぇ、大丈夫なの?」
そして泣きじゃくって僕の胸に顔を擦り付ける。
「うん、大丈夫だよ」
僕は安心させるために言う。
「治癒魔法かけようか? どこか痛むところはある?」
「全身痛いですけど、自分で治せるから大丈夫です」
僕はセレーナの問いに答える。
「そっか。レノンくんも逞しくなったね」
「僕の力かと言うと微妙なところですが」
(あなたの地力がないとこんなことできないわよ。強くなったわね、レノン)
サキも僕を祝福してくれる。あのサキに認められるなんて昔では考えられない。それが堪らなく嬉しかった。
「レノン……! また無茶した! もうしないで!」
「僕だっていっぱいいっぱいだったんだ。だけどありがとう。気をつけるよ」
「私ね! 私ね! レノンのことが好き! 大好き……! こんな言葉じゃ伝えきれない程大好きなの……!」
(おお、フラウちゃん! 遂に!)
サキは急に茶化し始める。
「ありがとう。僕もフラウのこと大好きだよ」
(そんな軽い意味じゃないと思うけど?)
(軽い意味じゃない。本気で言っているつもりだよ)
(それならそうとちゃんと言いーー)
サキが言い終わる前、僕の右脚が弾け飛んだ。
「痛っ! くうううぅ……!」
「レノン!? 大丈夫!?」
「そうよレノンくん! 今すぐ手当を!」
セレーナがそう言った頃には僕は治癒を済ませていた。
「速い……!」
「僕、セレーナさんから教わって、弟子みたいなものですから!」
「本当に逞しくなってーー」
「うぐぐぐぐぐ……!」
地鳴りと共に部屋中に声が響いた。
「歓談中すまないが、敵に動きがあった。レノン、すまないがいつでも動けるようにしてくれ」
「分かりました」
僕は立ち上がってセルゲイを見る。起き上がる、浮き上がることはできていないようだった。
「もう我は、少年を相手には戦えぬ」
厳かな、聞くだけで緊張するような声が聞こえてきた。
「少年よ。伝えたい事がある」
「レノン、聞かなくて良い。切り捨てて終いにしよう」
ラドはそう言ったが、僕は首を振る。
「続けてください」
「助かる……これよりすぐ近くに大きな波が、そして長い間をかけて小さな波がメイジスを襲うであろう。今の我では、いや万全でも我は、受け止めきれない。代わりにそれを受け止めて、メイジスを守ってはくれないか?」
「それはそのつもりですが……どういう風の吹き回しでしょう。あなたは絶対に自分が支配しなくてはならないと定義していたはすですが」
(レノン!? 勝てるのよ? 皆で帰れるのよ! さっさと承って帰りましょう!)
サキの言葉はごもっともだったが、セルゲイの言葉に僕は納得できなかった。
「我はこのやり方でしかメイジスを守れないと考えていた。だが現実はこの様だ。器とはいえ、メイジス一人にやられる始末。故に言の葉を伝えた後、自壊する」
「それで良いのですか? 守りたいものがあったのでしょう?」
「これでは我は大きな波に勝てぬ。だが貴様らなら可能性はなくはない。メイジスの存続の為、我はそれを頼む」
「……わかりました。セルゲイ、あなたがここまでメイジスのことを考えているとは思わなかった」
「終わった話だ。但し悩んだ時、我の真似をするな」
「絶対にしません。僕は救うなんて大袈裟な事はしません。皆でメイジステンで生きます」
「それで我に立ち向かう勇気があるのならそれで良いーーさあ、これで終わりにしよう」
そう言うと、セルゲイは神殿の出口を開けてくれた。その後、言った通りに自己崩壊し始めた。そして消える間際に、
「理想同盟……我らが帝国の、メイジスの失敗により生み出された組織。少年……貴様らの僅かな可能性に賭けたぞ」
と残して消滅した。
「また、理想同盟か……」
僕達はその言葉を聞いて、セルゲイがいなくなった神殿を後にした。




