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天才魔女との憑依同盟  作者: アサオニシサル
1章 騎士見習いへの道
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12話 異民の地

「抵抗はよせよ。その矢には痺れ毒が塗ってあるからな。あんたはこの森の侵略者だ。こうなるとは知らなかったとは言わせないぞ」


 人の声が聞こえる。痺れる中、首の角度を変えると、ローブとは違った服と毛皮のマントを羽織った男が僕のことを見下していた。


(今すぐ抵抗しないことを示して)


 僕は両手を開いて杖から手を離し、ゆっくりと、上げられるだけ上に伸ばす。それを見た男と狼達は顔を見合わせる。


「俺はティマルスの民の並獣族、名をザックと言う。魔族の子よ。随分と潔いように見えるが、そちらからわざわざティマルスに何の用だ? 国境を越えた先は自分で守れ、誰もこの森を通すななどと一方的に警備を押し付けたのはお前ら魔族だぞ」


 並獣族の男はそう言った。メイジスが嫌う民族本来の名称――魔族呼びだ。だが、ここは堪えるしかない。


「僕の名前はレノンです。ティマルスで採れるシロップを友達が欲しいって言ってたので、買ってあげたかったんですけど、お金がなくて買えなくて……」

(レノン! ちょっとそれは……!)


 サキも焦る通り、盗もうとしたことを認めることになる。だけど誤魔化す言葉が思いつかない。大人しく白状することにした。


「なるほど、泥棒の類か。勝手に森に入って盗もうとするなんて許されーーなんだ? 子ども…………?」


 話の途中で止め、伝心狼の方を向く。その後腕を組み、僕を見る。何かを考えているようだ。


(伝心ね。あの狼達が何か言っているみたいだわ)

「あ、あの……」


 僕が話しかけようとすると、男は再び僕を見た。


「彼らが、『お前は抵抗出来ない子どもだから許してやれ』と言っている」

「本当、ですか……?」

「さっき戦ったこいつーーバロンが言っているんだ。『大人というものは、子どもに情を見せなければならない』と。俺達は心ない悪魔じゃない……今回は特別に許してやる。それと、ついてこい」


 ザックはそう言うと、動けない僕に近寄ると、急に持ち上げーー


「うおあぁ!?」


 驚き叫ぶ僕をバロンの背中に乗せた。そして森の奥へと歩きだした。他のオオカミ達はザックを見た後去って行った。


(皆行っちゃったわね。用は済んだって事かしら?)


 確かにそうかもしれない。本当に伝心で意思疎通が取れているようだ。僕達は同じ身体に居ても取れていないのに。


「そろそろだぞ。見てみろ。明るくなってきたぞ」


 森の奥の奥に進んだはずなのに入り口より明るい。まるで陽の光に照らされたようだ。その光源となる緑の光は地面から湧き上がっており、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 お話のような世界に加え、バロンが歩くときのトントンという刺激も相まってボーッとしていると思わず眠くなってしまいそうだった。


「すごい綺麗な場所ですね。こんな景色初めて見ました……!」

(そうね――ここにいると心が安らぐわ)

「ここは獣王様のご加護がしっかり届いているんだ。そうやってこの森は守られている。森だけじゃなく、ここに住む俺達民の生活もな」

「獣王様のご加護ーー自分だけじゃなく、皆まで守るなんて、凄い王様なんですね」

「そりゃああれだけの広さのティマルスを統べる王だぞ? 魔物からも人である並獣族からも尊敬されている偉大な方さ。民の事を第一に考えているからこそ、名誉のために無闇に争うより、メイジステンの皇帝に従って平和を保っている。他の誰にも真似出来ない偉業だと俺は思うね」

「いつかティマルスに行って、会ってみたいです!」

(私も行きたい! いっぱい食べたい!)

「ハハハ、会いたいと来たか。多忙な日々を過ごしておられると聞くからな。謁見となると、どうだろうなーー」


 少し困り顔でそう答えて歩いていると、木造の小屋が見えてきた。


「よし、着いた。ちょっとそこで待ってろよ」

「はい。わかりました」


 ザックはそう言い残すと小屋に向かって走っていった。バロンが膝を折ったので、降りてその顔を覗く。

 メイジスの子ども達を震え上がらせるその顔は、相変わらず凛々しくて牙は鋭い。しかし、僕を見ても座ったまま大人しくしているままだった。


「あっ……怪我してる…………」


 その顔を見つめていると、牙から血が出ているのが見えた。治してあげようと痺れで少し震える手をかざすと、彼にそっぽを向かれてしまった。


(警戒してる……無理もないわよね)

「大丈夫、大丈夫だよ。痺れ癒し、傷癒しーーほら」


 僕は痺れを取った後、自分の傷に手を当てて治してみせる。それからもう一度手をかざすと、今度はじっとしてくれた。


「ありがとうーー傷癒し」


 そうしていると、小屋からザックが出てきた。


「もう仲良くしてんのかいな。ほらよ。お前が探し求めていたものだぞ」


 その手が持っていたのはシロップが入った容器だった。


(あっ……これって!)

「も、貰っちゃってもいいんですか!?」

「持ってけ。勝手に盗ろうとしたのに今更聞くな」

「ーーありがとうございます!」

「それを持って帰ればその友達も喜んでくれるだろう。だが、もうするなよ?」

「はい、もうしません。ご迷惑をおかけしました……」


 僕はしっかりとシロップを受け取った。ザックもバロンも最初は怖いと思ったけど、とても優しい人だった。


「じゃあもう用は済んだな?」

「はい! ありがとうございました!」


 僕がお礼をするとーー


「それなら入り口まで行くぞ」

「送ってくれるんですか!?」

「一人じゃ帰れないだろ?」

「はい……」

「気にするなって。じゃあ、行くぞ」


 頭に手を乗せられた僕は、ザックとバロンに連れられて歩きだした。


「なあ、並獣族についてどう思う?」


 ザックが僕に話しかける。


「とても優しくて良い人だと思います」

「ありがとなーー俺はさ、どの民族も優劣なんてないと思うんだ」

「優劣ですか……? すみません。メイジス以外の人とはあまり関わった事がなくて……」


 リシューに来てからもほぼメイジス、時折剣族の人を見かける程度で、並獣族の人は見かけた事すらない。


「おっ、そういや魔族じゃなくてメイジスって呼んでいるんだったな。もし気を悪くしたならすまなかった」

「いえ、悪かったのは僕なので仕方ないことだと思っています」

「いや、そういうことじゃない。俺達並獣族は、魔物自体に対しては悪いイメージを持っていない。伝心で会話も出来るし、魔物も人と同じだ。並獣族の獣に並ぶという言葉も、こいつみたいな獣族と共に歩んでいるって意味とも取れる。だから、魔族という意味も決してわざと悪く呼んだわけじゃないんだ。魔物と近い民族本来の呼び方を嫌う必要などないと思っているからこそだ」


 魔族というのは魔法が使える僕達の民族本来の呼び方だ。


「魔法が使える民族だから魔族。確かに何も間違ってはいませんし、悪い意味もないですよね」

(魔物と似ているのが魔族に嫌だったから勝手にメイジスと呼んでいるだけだしねー)

「ああ、そこでだレノン。こいつはメイジスが嫌う魔物だが、今のお前から見てどう思う?」


 横を一緒に歩いているバロンを指してザックはそう言った。


「正直なところを言うと、戦ったので……そのときを思い返すとちょっと怖いですーー」

「まあ、そうだよな。でもこいつら、伝心狼やティマルスで暮らす魔物達は、話せばわかってくれる優しいやつらなんだ」

「そうなのかなって、さっき体感しました。少しだけですが、触れ合うことが出来たのでーー」

「ああ、あれか。バロンのやつ、大分困ってたぞ」


 ザックはフッと笑った。


「ええ!? そうなんですか? な、なんて!?」


 手当てをしたとき、嫌がってそうだったので、何を言われてるのか気になった。


「『なんかずっと見てるがどうすれば良いか』とか『こんな子どもでも魔法が使えるのか!?』とかな。今は怪我を治してくれた事を感謝してるし、悪くは言ってない」

「良かったー。怒ってたらどうしようって思いましたよー」

「まあ、そんなように、俺達並獣族と伝心で話す事も出来る。きちんと相手を理解すれば、野良の魔物みたいにいきなり襲ってくる事もない。だからさ、帝国にも『獣族』として、一つの民族として認めてほしいと思っているんだ」

「なるほど――」

「でも帝国のメイジスには理解してくれる人なんていない。俺達を異民族と言って見下し、魔物だと言って彼らに剣を向ける。俺は――いや、ティマルスの民はみんな、この世界を変えたいと思っているんだ」

「変えるべきだと思います。僕も、どの民族も仲良しで、どの民族も国を行き来するような世界が良いです」

「レノンはまだ若いだろう。広めろと言うつもりはない。そう言ってくれる人を俺達が増やせれば、きっと遠くない未来、変けていけるんじゃないかって思うんだ」

「僕もそう思います。将来守護騎士になろうとしている者として、僕からもそういう風に変えていきたいです」

「守護騎士かーー騎士を目指すやつがそう言ってくれると嬉しいな。今回の事、忘れるなよ」

「はい!」


 メイジスだけでなく、他の地域に行って他の民族のことも助けられるようになりたい。僕はそう思った。


「おっ、出口だ」


 暗い森の中と外の世界の丁度狭間で止まった。森の外は日が暮れ始めていた。


「着いた! 今日はありがとうございました!」

「俺達はここまでだ。メイジステンには行けない。緩衝地帯のこの森でお別れだ。また会おうな、レノン。お前の名前、覚えておくからな。獣王様への謁見が叶うような立派な守護騎士になれよ」

「はい! 頑張ります! お二方も元気で、きっとまたいつか!」

(何か縁があれば!)


 僕達はザックとバロンに別れを告げ、森から抜け出した。


「戻ってこれた……本当に良かった」


 ようやく一安心して力が抜ける。その場に座り込んだ。


(本当にそうよ! もうあんな無茶なことはしないで! 良いわね?)


 その疲れに追い打ちをかけるサキの声。辛いのだが、こんなのでも有り難みを感じてしまう。


「わかってるよ……ごめんね。でも良かったよ」

(結果的にお情けをもらったから助かっただけ。騎士見習いの冒険としては大失敗なんだからね?)

「それもわかってる。だけどこうしてまたいつも通りサキ話してくれるから、それだけは僕が勝ち取った成功だよ。僕にとっては、それが一番必要なものだとわかったからね」

(それは……その、私のために、本気になって頑張ってくれたからーーありがとう。えっと、そうね。うん、嬉しかったわ。何だかちょっとだけ、昔の事を思い出して、懐かしかった……)


 サキは小さな声で呟くようにそう言った。


「喜んでくれたなら嬉しいよ。まだ弱いし、守護騎士までの道のりは長いと思うけど、これからもよろしくね」

(うん、よろしくーーそれよりも早く家に帰りましょ! 折角苦労して手に入れたんだもの! きっと格別に美味しいわ!)

「そうだね、急いで帰ろうか!」

(でも零さないようにね? 一滴でも零したらそれも舐めなさい!)

「それは流石に無理だって」


 僕が答えると彼女は小さく笑った後、


(ーー冗談よ。わかっているかしら? 冗談だからね!)


 なんて変に気を遣って後から真面目な調子で言うからこっちが笑ってしまった。ともかく宿に帰るため、走って帰った。

 サキは凄い魔法を知っていてまだ色々謎なことは多いが、少し一緒に暮らしただけで既にこっちの明るい少女のイメージが強い。ずっとこのまま明るいままでいてほしい。僕はそう思った。



 ◆



「お勤めお疲れ様でーす……入れてもらって良いですか……?」

「もう夜だぞ……って! 何だその様は!? ボロボロじゃないか!」

「魔物とやり合って失敗しちゃって……怪我は治したんで大丈夫です。服も直さなきゃなんですけどね……」

「……入れ。信じてやる」

「ありがとうございます……!」

「俺は見逃す。だからお前も見逃せ。約束だ」

「ーーわかりました」


 礼をすると、僕は街に入る。そして宿屋に入るがーー


「何やっていたんだい! もうとっくに仕事は始まっているんだよ?」


 開口一発目で怒鳴り声が聞こえる。無理もない。時間を守れず、仕事をサボっているのだから。


「ちょっと練習していたら遅くなっちゃってーー」

「そんな怪我には見えないよ? それに、大事そうにそんなものまで手に持ってさ」

「あっ……」

(ごめんなさい……)


 僕が持っているシロップの容れ物を見て彼女は言った。


「今日の仕事は良いよ。休んで、その服を直しな」

「いえ、仕事なので……」

「パンも一つなら取っても良い。夜もあるから、程々にしなよ?」

(え、本当に!?)

「ーー良いんですか?」

「勿論、ただでとは言わないよ。独り占めはダメさーーレナにも分けてやるならね」

(……それで許してくれるのなら、分けてあげても良いわ)


 サキもそう言ったので、


「ありがとうございます! 勿論ですよ!」


 僕は大きく一度頷いて答えた。


「じゃあもう行きな。朝降りてきてまだみっともない格好してたら、その時は許さないからね?」

「はい! では今日は、失礼します!」


 返事をした後、自分の借りている部屋に戻る。ようやくシロップを食べる時間が出来た。早速開けて、パンにつけて、と……さて、どんなものかなーー


(甘ーい! うん! これよこれ! ティマルスで採れたそのままのシロップは濃縮度が違うわ! もっとたくさんかけて!)

「その……二人にも分けるんだからそんなにかけるとすぐなくなるというか……僕の味覚がなくなるというか……」


 甘い。甘いのは良いのだが、サキの要求量が多い。あまり甘さに慣れてなかったせいか甘過ぎて舌が溺れてしまっている。これは、中々に重い。


(わかってるわかってる。飲んでるわけじゃないんだからそんなすぐになくならないわ! それに受かったらまた買ってくれる約束だし。これはいつか飲めるくらい稼いでもらわなきゃね!)

「受かったら買う分は別だったの!?」

(そりゃそうでしょ。同盟相手との約束なんだから。破らないわよね?)

「う、うん。わかった。破らないよ……」


 確かにパンだけよりは美味しい。しかしこの量の多さ。これからはサキを満足させるための甘さとの戦いという新たな戦いの火蓋が切って落とされたことを体感したのであった。

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