107話 女王の号令
「遂にこの時が来たか。計画よりは大分早くなったが」
セルゲイは厳かに言う。
「私はこの時を待ち続けておりましたよ」
「陵墓を護る貴方が来るとなると実感が湧くものだな。グルージよ」
細身高身長の男に対して掠れた声の老人が述べる。
「我はこの器を用いて神となり、永遠を手に入れる。そして終わることのない世界帝国を築き上げる」
「素晴らしいお考えです。誰もが存在を願った神という存在。遂にこの世に降臨なさる瞬間を目の当たりにできるとは」
セルゲイの言葉にグルージと呼ばれた男は喜びの声を上げる。
「戦争を避ける為に独立したであろうリューナ=イヴォル王国と我々は戦争を行おうとしている。これは何が起きるかわからないということを意味している。ルクレシウス、ベイリーよ、気を抜くではないぞ」
「これが最後の戦争。全てを尽くして勝利を手にして見せましょう」
「同じく全てを尽くしてこのメイジステンを守りましょう」
二人は立ち上がったセルゲイの言葉に答えた。
「ではルクレシウスよ。ゴーギャンを借りるぞ。良いな?」
「勿論でございます」
「では戦争は任せた。グルージ、出るぞーー」
「はい!」
グルージは飛び上がって返事をした。
「永遠を手に入れる為にな」
◆
「レノン・ラティーノス」
アメリアは肩に剣を乗せる。
「はい」
「あなたはリューナ=イヴォル王国のために、その命をかけて戦うことを誓いますか?」
「誓います」
「あなたをリューナ騎士団従騎士から騎士への昇格を命じます」
「この上なき幸せです。全身全霊を以てリューナ騎士団、そしてリューナ=イヴォルに貢献することを誓います」
一連の流れを終えてリューナの騎士達から拍手が湧き上がった。そう。僕はティマルスの件とレックの件で遂にアメリア陛下から一人前の騎士として認められた。遂にとは言ってもまだ従騎士の初任給出ていないが。
「レノンくんおめでとう! これから任務一緒になるかもしれないね。その時はよろしく!」
「浮かれて前に出過ぎるなよ? 後衛なんだからな」
先輩騎士達から声をかけてもらえた。僕は騎士団で最年少ということもあり、色々な先輩から良くしてもらっていたので結構顔は広い。
「僕もう剣持って戦えますから!」
(ようやくよねー。これでやっと騎士って感じ)
「杖なしってだけで剣技はまだまだだけどな」
「それは……そうなんですけど……」
先輩に突っ込まれて僕は小声になる。事実だからだ。
「なんだ、ちっこいし可愛いやつめ」
「ワシャワシャしないでくださいー!」
(小さいやつあるあるよね……私も何度もされたことあるわ……)
頭を雑に撫でられて僕は抵抗する。
「そらそら仕事か訓練を始めろ! 休みじゃないんだぞ!」
「はい!」
皆その声を聞いて散らばっていく。僕がこの忙しい時期に騎士になったのか。それは理由があった。
レックとの激戦から数日が経った。南部の領主達はレックの殺害を許すまじとして、セルゲイもそれを受け入れたという。つまりそれはーー
「戦争が始まります」
ここはリューナ城の大広間。そのように語ったのは、我が国の女王。僕にすら予想できた事態が今まさに現実となろうとしているのだ。集められた騎士達は、騒がずその言葉を受け止めた。
「セルゲイ軍は南部から見て近くのイヴォルに、詳細に言えばヒガール平原で戦争を行うと言ってきました。リューナ騎士団もレックの件で甚大な被害を受けましたが、イヴォルに騎士を派遣しなければなりません。どの隊を派遣するかは追って伝えますが、一つ吉報があります」
騎士達は顔を見合わせる。
「我々と女帝アンナとの交渉の結果、女帝騎士団と協力する事が可能となりました」
(女帝騎士団のイヴォルの騎士達もシーザーに憧れて騎士になった人が多いから、どんどんリューナ騎士団に乗り換えているって言うしね)
女帝派もリューナとイヴォルなしとなると単純な軍事力では、今のリューナ=イヴォル王国に勝てないくらいという噂もある。滅亡を避ける為には妥当なのかもしれない。
「リューナとイヴォルの連絡通路は舗装されている為、馬車で半日もあれば移動できます。よって主戦場であるイヴォルに物資を調達する為に、ここを占有する必要があります。この二つで激戦が予想される箇所となるでしょう」
(激戦……多くの人が戦ってーー)
僕はその言葉に対してゴクリと唾を飲み込んだ。
「しかし我々は四天王の一人、レックを打ち破っています。この戦いは勝てる戦いです。リューナ騎士と女帝騎士、一人一人がこの日の為に鍛錬を積み重ねてきたはずです。その成果を存分に発揮しなさい!」
「「うおおおおおおおおおおおお!!」」
騎士達が手を振り上げて叫ぶ。少し経つと、アメリアは静止の合図を取った。
「レック討伐に関わった者、あとエイミー副医長はこの後話がある為、謁見の間に来るように。では以上です。各隊長にはその後に伝えます。それまでの間、思い残す事ないように過ごしなさい」
「「はっ!!」」
騎士達は声を合わせて言うと列を成して部屋から出ていった。僕達も謁見の間に向かった。
「よく集まってくれました。ゼクシムもいますね」
「勿論だ」
ここには僕、師匠、ラド、パロ、エイミーが招集されている。セレーナとフラウはイヴォルにいる為、集まれない。僕がこの時期に騎士になった理由は、セレーナと別行動の任務を与えられるからだった。
「さて、貴方達にはですがーー」
今まで気を張っていたからか、僕達とはレックを倒した時に一緒にいたからかはわからないが、一息ついて柔らかい口調になっていた。
「メイジス同士の戦争は、弱者の数では強者には勝てない。貴方達の実力を認め、セルゲイ軍四天王を倒す専門の遊撃隊になってもらいます。しかしセレーナは、イヴォルで戦う本隊の指揮を取ってもらう為、遊撃隊には参加できません。代わりにエイミーに行ってもらいます」
「承知しました。セレーナさんと一緒ではないのは寂しいですが、後輩も居るので、精一杯頑張ります!」
エイミーは元気一杯に答えた。
「後はーーそうですね。残りの四天王の情報を共有しておきましょうか」
「ありがとうございます」
「まず現帝国騎士団長ベイリー。真紅の鎧で全身を覆っているのが特徴で、炎の魔法を操る騎士または炎を喰らう騎士と呼ばれる騎士です」
「聞いたことがあります。奴は相手が放った炎の魔法を自分の力にしてしまうという話ですね。やりにくい相手です」
アメリアの言葉にラドが返す。
「その通りです。レノンやラドは炎の魔法を中心に使うので、特に気をつけてください」
「承知しました」
僕達は礼をして感謝の意を示した。
「次はルクレシウスです」
「ルクレシウス……?」
僕は聞いたこと、いや、戦ったことのある名前に反応する。
「まずは話を最後まで聞いてください。ルクレシウスは帝の影の長である事を意味します。今代がどのような姿をしているかは不明ですが、地の魔法の使い手で、分身するかの如く岩の兵士を作り出す強敵です。エイミーに似ていると言えるでしょう」
「どっちが本当の創造魔法使いかを証明してみせます」
エイミーは得意気にそう言った。
「それでレノン、何か言いたい事があるのですか?」
「僕はルクレシウスと名乗る者との戦闘経験があります。既に倒したと言いたかったのですが、襲名するものだったのですね」
「そうですね。残念ですが、ルクレシウスとの戦いは今回も避けられないかと思います」
僕の言葉にアメリアは目を瞑りながら答えた。
「そして最後の四天王グルージですが、皇族の墓守の一族です。統一された帝国時代にほぼ全く戦っていない為、情報が少な過ぎます。神を信仰する力を魔力に換えると言いますが、どのようなものかは不明です」
「戦わない四天王だなんて怠慢も良いところだゾ」
「以上が私が知っている四天王の情報です。完璧な情報でない事は謝罪します」
「そんな謝らないでください。僕は情報がもらえただけで嬉しいです」
僕は首を振って答えた。
「ありがとうございます。一つ確認なのですが、パロ、貴方も我々の為に戦ってくれますか?」
「オレはここに居る誰にも死んでほしくない。だから戦うゾ」
「ありがとうございます。ではまずはパロに乗ってイヴォルに行ってください。そしてセレーナと情報共有をして四天王の場所を突き止めてください。念の為言っておきますが、できるだけリューナ=イヴォル王国の領空を飛ぶように」
「どこが領空かよくわからないからラドに教えてもらうゾ」
「ほとんど連絡通路の上空を飛ぶ事になるだろう。俺が教えるから問題ない」
「ラド、頼みましたよ」
「はっ!」
ラドは溌剌と返事をした。
「これで私の話は以上です。可能な限り早くイヴォルに向かってください」
全員が返事をして謁見の間を後にする。そして戦場に向かう準備を整えた。
(遂に戦争が始まってしまうのね)
小さな声でサキは呟いた。
(サキはまだ覚悟が決まっていないの? 僕はもう決めたよ。最期まで戦い続けるって)
(勿論最期までレノンと戦い続けるわ。でも、私も覚悟を決めないとね)
「気持ちの整理はつけておけ。この先いつ休めるかもわからないからな」
ラドが僕達に向けて言った。
「俺はとっくにつけている」
「僕もです」
「その為のリューナ騎士ですから」
「今更見過ごせないんだゾ」
ラドの言葉に僕達は答える。ラドは頷いた後、
「ではーーいざ出陣!」
巨大化したパロに乗ってイヴォルに向かった。




