106話 それを殺すということ
作戦は成功したーーつまりギンは、レックを殺す方法があると言った。誰もが問いかけようとした時、その横に答えがあった。
黒き布切れに骨だけのーー怨恨の憑魔だった。
「君達がレックの魔力を減らすという作戦は、つまりレックに最強の防御を展開してもらうということだったんだよーーイヴォルで凍っていた怨恨の憑魔を回収しておいたんだ。君達には害は加えさせない。むしろ手助けをするんだ。良いね?」
「は、はい……そんなことができるなら……」
ギンの言葉に驚きながらセレーナは答える。
「じゃあ怨恨の憑魔よ。吸魔の大鎌を出してくれ」
「汝の言う通りにするのは無理だ! ここで全員殺してやる!」
怨恨の憑魔がそう言って鎌を出した瞬間、
「やっぱり話し合いは無理か……よっと」
ギンは魔法陣を展開させ、一瞬で怨恨の憑魔を凍らせる。
「レノンくん。この鎌を持って、その氷の塊を斬ってもらいたい」
「そんな事できるんですか?」
「まあまずは持ってみて」
ギンはさあ早くと促す。フラウが、
「あの! 危なくないのですか?」
と心配した声で聞くと、
「レックを倒せるなら、些事だろう?」
ギンは笑顔で答えた。
「僕、やります!」
皆のこれまでの頑張りがなかったことになってしまう。そして何より、レックがまた復活するのは考えるだけで恐ろしかった。僕は吸魔の大鎌と呼ばれた鎌を手に取った。すると全身至る所でバチッと音がした後、頭でも音がした。
◆
バチッ
黒のローブの男が一人。
「俺に任せておけば問題ない。サキは見ていてくれ」
バチッ
黒のローブの男を囲んでいるのは、幼いけど、ハクさん? ギンさん? それに、巫女様?
「大丈夫だ。いつか安住の地を見つけられる」
バチッ
また黒ローブの男だ。それにさっきのハクさん?
「シーザーが動いた。アゲートも敗れた。理想同盟は終わりだーー最終作戦に移る。ハク、お前の役目は終わった。もう不要だ。好きに生きると良い」
「私も一緒に行く! 最期まであなたの役に立って、あなたと一緒に死ぬ!」
バチッ
シーザーさんと黒ローブの男。男に剣が突き刺さっている。
「シー……ザー……! 帝国に、サキを返すな……! 頼む……サキを……サキを救ってやってくれ……!」
バチッ
◆
(ノン……レノン!)
「レノン!」
世界が戻る。サキ、そしてフラウの声が聞こえる。右手を見てみると、鎌は黒々と光っていた。
「気がついたかい? サキの魔力はもう充填されたから、そろそろ斬ってもらっても良いかな?」
ギンが優しく語りかける。そうだ。僕はレックを斬るためにこの鎌を持ったんだった。
「はい!」
そして僕はギンの言う通りレックの氷を一閃した。豆腐のように簡単にレックは真っ二つに両断された。
「あのレックを……やりやがった……!」
ラドの言葉に対して、
「レックの弱点は、どんな凄い魔法を使えてもただのメイジスであったこと。これ含めての作戦だよ。だから、私達全員の勝利だ」
ギンは答えた。
「あ、ありがとうございます……! 助かりました……!」
僕はギンに言った。
「君達に死んでほしくないからねーー怨恨の憑魔よ。我らが理想の元、良くやってくれた。目的は果たしたんだ。我々は去るとしよう。それで良いよね? ゼクシム?」
「ああ。怨恨の憑魔は殺させはしない」
「ゼクシム……?」
「お前、怨恨の憑魔を守るというのか?」
セレーナとラドの言葉に頷く。驚いている間に、ギンと怨恨の憑魔は去っていった。
「どういうことだ?」
「話せない」
ラドの問いかけに師匠は短く問いかける。
「隠し事か……こうなるとお前は口を割らないからな。まあいい。リューナの城は氷が溶け始めて水浸しだ。それにこいつをどうするかだがーー」
「いらないのならもらっていきますよ」
ふと剽軽な声がした。
「どうせ碌なことに使うつもりではないのだろう。貴様などに渡すつもりはない」
「私は棺桶売りのゴーギャン。棺桶売りですから死体は運びますとも。宰相様の元にーー」
「それならば尚更だな」
ラドは剣を構える。僕達も続いて武器を構えた。
「私もそれなりに強いと自覚しておりますが、ここで戦うのは無しとしましょう。土よ舞い上がれ!」
セレーナが盾を張る。土と言ったが、このリューナ城が水浸しだった為、泥となった。僕達はこれが目眩しと気づいた頃にはゴーギャンはレックを棺桶にしまっていた。
「渡すわけにはいかない」
師匠は一発食らわせるが、棺桶を盾にして防ぐ。
「さすが第三の器。魔力の質が違いますね。では折角距離も取れたのでこれにてドロン!」
ゴーギャンと名乗った男は城から飛び降りて行ってしまった。
闘技場には血と水と泥だけが残った。
◆
「やあやあ帰ってきたよ。見事作戦は成功。シーザーもようやく帰れるね」
「ここでも二人が良くしてくれたから、良い毎日を送れたよ」
「さあ、あれ、でも行くならリューナ? イヴォル? どっちが良い?」
「リューナが良いな。フラウ達が居るし、リューナの騎士とイヴォルのいざこざを解決させようと思うんだ」
これまで居たイヴォルの騎士は女帝の騎士だ。リューナ=イヴォルが王国となった以上、リューナ騎士団で治めなくてはならない。
「それで、女帝様はどうするのさ?」
ギンの言葉に、
「事が終わるまで一緒にリューナかイヴォルに来ていただけると今後の方針を決めやすい為、ありがたいのですが……」
シーザーが丁寧な口調で尋ねた。
「それで良いわよ。国交を結ぶところからだし、話し合いしなければいけない事も多過ぎるし。シーザーとなら安全だし」
アンナはシーザーの提案に頷いた。
「そっか。じゃあ私もリューナで商売をしようかな。復興支援として色々売れそうだし」
「今回は私達を助けてくれてありがとう。君達ーー理想同盟にとって私は旧敵なのに」
「今の君は脅威に値しないさ。それに、レックを排除したかったのは私も同じだし。今後とも仲良くしようよ」
「ところで、剣族のあの人は、前から理想同盟にいたあの子かい?」
「それを知ってどうするのさ。理想同盟は未来を見ているよ。ささ、リューナに向かおうじゃないか」
ギンはさあ掴まってと言って。二人をリューナに連れて行った。
◆
レックを倒した日はみんな疲弊しており、城の復興どころじゃなかった。
「本来は城の方が良いですが……」
とアメリア陛下は言うが、城は水浸しで使い物にならない為、宿を取ってくれた。そこでシーザーとアンナと合流した。相変わらずだが、リューナの皆様が取る宿は素晴らしかった。
そして次の日ーー僕達はリューナ城に戻った。
「さて、城の復興を始めましょう。まずはこの水浸しの状態の改善が最優先です。医療隊はセレーナの指揮の元行うように。また食糧など様々な物を備蓄し直さなければなりません。そこはギンやその他の商人と私とシーザーが話し合いましょう。水浸しになって使えなくなっているものがあれば教えてください」
アメリアはそう言うと、急いで部屋を後にした。
「この人数で城全部は大変ですがーー」
セレーナが頭を悩ませていると、
「そこでエイミー隊、到着なのです!」
「なんか元気なのか来たゾ」
聞き覚えがある声が聞こえた。
「エイミーちゃん! 無事だったのね!」
「私もセレーナさんに会いたかったですー!」
二人は抱き合って涙を流していた。
「外に五十八人待機させています。騎士でない者もいますけど、何か役に立てるはずです」
「ありがとう。とっても助かるわ」
「エイミー副医長の分身のお陰で時間を稼ぐ事ができました。散らばって逃げた為、ここで待っていれば合流できると思います」
エイミーの横にいたミスティーリアは補足をした。
「何故こんなところに魔物が!」
「今回の件で関わったから待遇良くしてほしいんだゾ」
「普通に喋れるんですね!?」
ミスティーリアはパロを見て驚いていた。
「そうなのね。流石エイミーちゃん。偉い偉い」
「後輩くんがいる前でそれはやめて欲しいですー」
そう言わず自ら離れようとしないエイミーであった。
「ところでロジムスはいますか?」
「エイミーと一緒に逃げてきたのです!」
アメリアの問いに対してエイミーは答えた。
「それなら清掃の指揮はロジムスに取らせてセレーナはイヴォルに向かわせましょう」
「畏まりました。お嬢様の事を必ずお守り致します」
セレーナはアメリアの指示を承った。
ミスティーリアの報告通り次々と騎士が合流した。そのおかげで二日目で水浸しの城の手入れが終わり、綺麗になった。
「シーザー、セレーナ、イヴォルの事、任せましたよ。あとフラウのこともです」
「分かっているよ。アメリア」
「必ずや私の役目、果たしてみせます」
「お父様の元で働かせていただく事、感謝します」
フラウはアメリアの代理でリューナ代表としてイヴォルへ向かう事になったのだ。
そしてセレーナは今回フラウを再起させた功績でフラウの訓練担当に戻ったのであった。
「レノンはリューナに残します。やってほしいことがあるので。良いですね、セレーナ?」
「はい。畏まりました」
「それでは時間までは自由に過ごしてください」
「はっ」
三人はアメリアの前から去っていった。
そして、ギンとの商談の際、僕がアメリアに相談をすると、
「レノンの帽子代で金貨五十枚が未払い? ハクさんの作ったものなので価値があります。今回の活躍も考慮してリオナが払いましょう」
「本当ですか!?」
「あまり借りを作りたくないですし、労働力を取られても困りますので」
「そういう話ならこちらも喜んで」
ギンは金貨五十枚を受け取った。
「レノン、そういえばですがーー」
「はい!」
アメリアから僕に話しかけるのは珍しい。
「あなたの実力、活躍は騎士に相応しいものです。それなのでこの復興作業が終わったら、セレーナの従騎士から一人前の騎士に昇格させます。まだ誰にも言っていないので口外しないように」
「はっ、はい!? あ、ありがとうございます!」
(おめでとうレノン! すごいスピード出世ね!)
(ありがとうサキ。僕もビックリだよ!)
「ではもう業務に戻って良いですよ」
「それで、他に欲しいものなのですがーー」
僕はここで一息つけるが、アメリアはここに戻っても忙しいことには変わりがないようだ。そんなことを思いながら一階に向かう為に階段を降りていると、セレーナの姿があった。
「レノンくん、今回はご苦労様でした。いえ、今回も、かな?」
出発まで時間があるらしいセレーナは歩きながらそう言うと、歩み寄ってきた。
「どちらも僕にできることをやっただけなので、むしろお役に立てて光栄でした」
「そんなに畏まらなくても良いのに。これならお嬢様の方が良かった?」
「いえ、セレーナさんにはいつも助けられているのでここでお話できて嬉しかったです」
「えー、じゃあお嬢様と私だったらどっちが嬉しかった?」
「そこの嬉しさは比較するものじゃないですよー」
そのときーー
「セレーナ、遅れてすまなかった」
「ぜ、全然遅れてないわよ。レノンくんともほんの少しだけ話していただけだし」
「ほんの少ししか話せなかったのか。レノンも来るか?」
「来るって、どこにですか?」
「ただの散歩だが? 今回の件のことを思い出しながらでもとセレーナから誘いがあったからな」
「レノンくんはこれから忙しいみたいで、だから少ししか話せてなかったの。じゃあね、レノンくん。また後で話そうねー」
僕は目をぱちくりさせる。
「これって、セレーナさんは僕より師匠の方が良かったってことだよね」
(あはははははははは! でも、レノンでも気づけるとかセレーナも下手過ぎるわ。でもレノンには私がいるから悔しくないもんね?)
(うん。そうだね)
でもなんかこうしてサキと戦い以外の話をしていると落ち着くな。
(サキ? そう言えば、理想同盟って知っている?)
(何でレノンがその名を……? じゃなくて、知らないわ)
それはもう知っていると言っているようなものだ。
(怨恨の憑魔の鎌を持った時に見て、聞こえたんだ)
(ふ、ふーん。でも私よく知らないなー)
(嘘だ。絶対知っているよね?)
(私の過去の詮索はやめてほしいわ)
真面目な口調。これ以上聞くのは良くないな。サキの過去って言っても、サキは一度も見えなかったし、関係ないのかもしれない。
鳥の囀りが聞こえたので、耳を傾ける。そして、
「平和になったんだなぁ」
ポツリと僕は呟いた。
◆
一方その頃。メイジステン南部では。
「レックがやられたようだな」
嗄れた声の老人が言う。
「だが何故こうなった? 誰もリオナと戦えとは言っていないはずだが」
宰相の目と声には怒りが滲んでいる。
「奴は四天王の中でも最も人の話を聞かないですからね」
美しい声をした騎士が言う。
「まあ良い。して今度こそ器は……」
「第一の器の回収に失敗しました。レックが氷漬けにして取れないようにしてしまった後、リューナに向かってしまった為に……」
「何故メイジステンの血筋は無駄なことばかりするのだーー」
宰相は怒りのあまり口にした。
「そうではないな。ではその中には第三の器が入っているという事で問題ないな」
「はっ。仰せの通りです」
嗄れた声の老人は棺を献上した。
「こちらから仕掛けたからとはいえ、先帝の皇子が殺されたとなれば、リューナ=イヴォル王国が中立を望んだとしてもこちらとてやらざるを得ないな。準備を始めよーー」
厳かな雰囲気を取り戻した宰相が言う。
「戦争のな」




