94話 父、そして女帝への謁見
「レノンくんもお嬢様もお疲れ様でした。レベルの高い戦いだったと思いますよ。怪我は大丈夫ですか?」
セレーナは馬車に僕達を乗せて、治療を行いながら言う。
「ぼ、僕は大丈夫です。ちょっと魔力を使い過ぎただけなので……それより、フラウは大丈夫?」
僕は隣の席のフラウに話しかける。
「私も大丈……ちょっときついかも……レノンの火炎竜、本当に凄かったから。鎧の塗装も剥げちゃったし……」
「鎧はお城に着いたら直させますので」
「ありがとう、セレーナ」
「そもそもなんであの後動けるのさ。勝ったと思っちゃったよ」
「もしフラウに鎧がなかったら危なかったかもしれないね。ところで、レノンくんは鎧持っていないのかな?」
シーザーが僕に尋ねる。
「僕は従騎士なので、鎧は支給されていなくて持っていないんです」
「そうか……従騎士でその強さ……」
「リューナの騎士と比べても遜色ない強さだと思うよ。時期が来れば騎士になれるよ。私からも推薦しておくね」
セレーナが優しくそう言ってくれた。
「レノンの方が強いんだよ。前衛と後衛が戦ったら前衛が有利だもん」
「流石にまだそこまでにはなれていないよーーですが、フラウと善戦できて、自信になりました」
「そうよ。レノンくんはもっと自信持って良いと思うわ」
(戦うことを勧めた甲斐があったってものよ)
皆僕のことを褒めてくれて応援してくれている。何だかそれが嬉しかった。
その後イヴォル城の客間に僕達一行とアメリアが集まり、これまでのフラウと過ごしてきた日々の話をした。
「そうか、フラウは良い友人に恵まれたんだな」
「うん! 今回もレノンのお陰で参加しようって思えたから」
「そうかーー」
(最強の騎士と呼ばれた男も、ここではただのパパね)
感慨深そうにシーザーは聞いていた。アメリアも僕とフラウのことに関して何も刺すことはなかった。サキはあんな事を言っているが。
「娘と会えてどうだ? 俺の時とは喜び度合いも違うだろう」
「ゼクシム! 君も一緒だったのかーーまさか、久しぶりに君と再会した時も私はとても嬉しかったよ。もう会えないと思っていたしね」
「俺もだ。悪魔になって以降は全てを捨てたつもりでいたからな」
「悪魔の理由ーー禁術探し……君のことだ。蘇生だろう? 私でもそうするさ」
「ああ……」
そして話にひと段落がついた後、アメリアが言った。
「シーザー、既に話したから知っているはずだけど、彼、魔女サキの関係者よ」
シーザーの顔が真剣なものに変わる。
「そうだったな。殿下はーー何と話したら良いか……」
シーザーは歯切れ悪くそう言った。
(馬鹿シーザー! そう呼ぶなっていつもーー)
「殿下? サキの話ではないのですか?」
僕は疑問に思い、尋ねてみる。
「サキ様はメイジステン帝国の第二皇女だよ。てっきり本人から聞いていると思っていたけど、いや、意思の疎通は難しいのか……?」
「いえ、普通に話せるのですが! 話してくれたことがなかったので知らなかったです!」
(もーもーもー! 話すわけないじゃない! 私はそんな肩書きいらないもん!)
サキは会話をぶち壊そうとしているのか、喚いている。
「殿下がレノンくんの身体に憑依している事は聞いていた。フラウと一緒に行動している君だとは気づかなかったな……」
そこで一度シーザーは間を置いた。そして口を開く。
「殿下はここで匿っていたんだ。悪魔王ヴィロから取り戻した後はね。だけど、彼女はこの城が好きじゃなかったのかよく城に穴を開けて抜け出していたのだが……」
(だってつまらないじゃない。でも結果は……アムドガルドやティマルスで話した通りだわ)
「その後の話は聞いています。アムドガルドにいたときや、ティマルスで聞いたんです」
僕がそう言うと、シーザーは小さく息を吐いてから、
「そうか……その部分を今口にしなくて良いのは助かる。もし可能なら殿下と話がしたい。つまらない男と言われるのはわかっているのだが……」
「つまらない……懐かしいな。いつもつまらない城を抜け出していたからな。もう城の脱出口は全部塞ぎ終わったか?」
師匠はシーザーに確認する。
「それは勿論。それより何度も催促して申し訳ないが、殿下と話をーー」
(最低のシーザーに語る言葉なんかありません!)
怒ったサキが言ったそのときーー
「ご歓談中申し訳ございません。今すぐお伝えしなければいけないことがありましてーー」
騎士がノックをして声を発する。
「話してみてくれ」
部屋の外でそう述べる騎士にシーザーは、優しく言った。
「陛下が私に挨拶もなしに城に入るとは何事かと……今すぐ謁見の間に連れてくるようにと」
(ここシーザーの城だし……それよりあの女がいるの!? 最悪だわ……)
「よく考えればその通りだ。すぐに移動しよう」
そして席から立ち上がった。
「皇帝、アンナ陛下は宰相派の脅威から身を護る為にイヴォル城で匿っているんだ。最初に説明すべきだったのに……すまない」
シーザーは深々と頭を下げた。
「フラウとの再会は貴方にとって何にも勝る喜びでしょう。忘れても仕方ありません」
意外にもアメリアがそう言った後、
「ですが急ぎましょう。あの方は気が短いのでーー」
アメリアに急かされながら、僕達は騎士に連れられて謁見の間に向かった。
「女皇陛下、お連れしました」
騎士が言うと、
「中に入ることを許す。その後貴方は職務に戻りなさい」
「はっ!」
アンナはその騎士を下がらせた。
扉を開くと一段と輝く金と赤の世界だった。
柱や机などは全て金で、装飾品、そして並ぶ護衛の騎士は赤で統一されている。
「大会の優勝者がどちらもイヴォルと縁深い人と聞いて驚きました。それどころかあの妹サキに憑依と言うのですか? されているなんてーー口を開くことを許可します。今はどんな気持ちですか?」
「優勝した喜び、シーザー辺境伯と会えた喜び、そして陛下に謁見させてもらえた喜びが積み重なって言葉として表現できない程です」
「そこの娘は?」
「レノンと同じように嬉しいです」
僕とフラウはそう話した。
「アメリアの娘、もう少し話したらどうです? 折角この皇帝が言葉を耳に入れるといっているのですよ?」
「あのっ、なんて言葉にすれば良いかわからないというかそれだけで、考える時間もなかったのでーー」
フラウは慌てて言った。
「次の機会にはこのようなことがないようにします。私の至らなかったところです」
アメリアはそう言うと、深々と頭を下げた。
「誰が口を開いて良いと言いましたかアメリア! いつも貴方は独断専行ばかり。誰がこの国の頂点だと思っているのですか」
アンナは立ち上がり、アメリアを睨みつけた。
「それは勿論、陛下と存じ上げております」
「では何故独断専行ばかりするのです。許可を取らずに勝手に騎士を雇う、騎士団に金を払わないで自分の領土だけで騎士を囲い込む、挙句の果てには勝手に騎士団の騎士を奪うなどやりたい放題ではありませんか」
「奪っているつもりなどございません。騎士団の騎士が、騎士を辞め、我々リューナ騎士団に入団しているだけの話です」
「くっ……それだけではありませんよ。アムドガルドやティマルスに勝手に騎士を送る、と問題行為ばかり。私を蔑ろにしているとしか思えません」
「騎士団を自分で持つ件に関しては、リオナにはそれができる財力があるということです。騎士団の騎士ではない為、報告は不要と考えていました。あと、用事は急を要したので、許可など手間取っていたら、アムドガルド、ティマルス両方とも崩壊していたでしょうから」
アメリアはキッパリと反論した。
「どこまでも腹が立つ女ですね貴女は!」
「あと、今回の私の独断専行の件、今回の挨拶とは関係ないと思うのですが、あとでいくらでもお聞きしますので今は本題に戻すべきかと思われますが」
「アメリア! 貴女はもうここで口を開かないでください!」
アメリア承知しましたとばかりに礼をした。
「お母様は……悪い人だったのですか……?」
フラウは弱々しく言葉を並べる。
「その通りです。メイジステン北部女帝派の規則を全く守らない秩序を乱す存在ですよ。あの女は」
「……そ、そんな……お母様は正しい、期待に応えられない私が悪いと思って生きてきたのに!!」
「あの女が勝手をしなければ、女帝派はどこまで勢力を伸ばせていたか……」
「陛下の邪魔をしていたなんて! お母様なんか嫌い!」
フラウはそう言うと、部屋から走り去ってしまった。
(すぐに追いかけましょう!)
「うんーーでは失礼します。フラウ! 待って!」
僕もフラウの後を追いかける。
「見た目がこれなのに、話題にされる時間すらもらえなかったゾ」
パロ含む、アメリアを除く全員がフラウを追いかけていた。
あくまでフラウも飛び出しただけで、遠くまで逃げるつもりはなかったのだろう。すぐに合流できた。
「どうしようレノン……私、間違った事をしている家に帰りたくないよ……」
フラウは呟くように言った。
「一先ず場所を移そう。私の部屋で良いかな」
全員が頷き、シーザーの部屋に入った。シーザーがフラウに話しかける。
「フラウ、アメリアはフラウの事を大切に思っているよ。自分のような人生を送ってほしくなかったからあれだけ厳しいんだ」
「お母様のように……苦労していたとしか聞いたことなかった。でもリオナは名家でーー」
「確かにリオナは名家だった。だけどお兄さんが最期まで騎士である事を望み、領主にならなかったんだ。アメリアは領主に必要な知識もないまま領主になり、周りの領主から馬鹿にされ、いびられて領土を奪われたりもした」
「あのお母様が……? 信じられない……」
「彼女には才能があったし、努力家だったから今がある。けど、教えてもらえなかったから苦労したという気持ちが強かったから、フラウにはそんな苦労をさせまいとしているんだ。フラウに強く当たっていたのは父親の代わりに厳しくしようと思っていたのかもしれない」
「そう。お母様は一度も私をお父様に会わせてくれなかったーー」
「その事情も複雑だ。まず、陛下をお守りする役目がある以上、私は十年以上イヴォルから離れることができなかった。そこは……本当にごめん」
「お父様は悪くないよ。謝らないで」
フラウは首を振って言った。
「それに騎士の問題で十年以上アメリアはイヴォルの地に足を踏み入れる事を禁じられていた。フラウだけをあの魔境イヴォルに行かせることなんて、アメリアにはできなかったんだ。今回みたいな特例でなければ、独断雇用の騎士なんて城には通さなかったからね」
「意固地に理由は話さなかったけど、お母様は、私に意地悪をしていたわけじゃなかった……」
うんうんと聞いていたが、二つ疑問点が出てきた。
「気になったことが二つあります。一つ目は、独断雇用の騎士の何がいけないのか、二つ目何故特例でアメリア大伯が今イヴォルに居られるのか、です」
「レノンくん、鋭い指摘だね。騎士の独断雇用と言っているが、ルール違反ではないんだ。基本的には帝国騎士団ーー今は女帝騎士団か。イヴォルにある中央組織から各々の領地に騎士を派遣する形が正しいんだけど、アメリアはそうしない。傭兵を大量に雇っている状態なんだ」
(つまり、怪しい動きがあったときに騎士団の命令で軍事力を取り上げられない事をアンナは嫌っているということね)
サキの発言は多少過激だが、間違ってはないのだろう。
「私もレノンくんも大伯から雇われているだけだもんね。因みに医療隊は、中央組織にはない大伯が用意した組織なのよ」
セレーナが説明を付け足してくれた。
「もう一つの問題は今回特別なことを起こすからだ。これは協力者がいるとき、つまり別の機会に話そう」
シーザーはフラウを見て言った。
「お母様はただ厳しいだけじゃなかった……でも悪い人なんでしょ? 陛下が……」
「そこは難しい点だ。騎士団から雇う必要があるわけではないし、私から見ても騎士団の動きは遅かった。アムドガルドもティマルスは騎士団頼りだとしたらもっと破滅的な状態になっていたかもしれない」
「じゃあアムドガルドもティマルスも、お母様が独断専行で騎士を雇ったから救えたって事……?」
「一概には言えないけど、私から見たらそう思える。彼女は陛下からの糾弾より、こういう事態に備える事を自ら選んだという事だね」
「そっか。怒られるとわかっていても正しいと思ってやりたい事だったんだ……」
フラウは、大きく呼吸をして、
「それなら私、お母様に認められたい! 私の考えもありだなってお母様に納得されるようになりたい!」
前向きで力強い目つきをして言った。
「アメリアには個室がある。私も一緒に行こう」
「ありがとう。お父様、とっても心強いよ」
「フラウ、僕も味方だからね」
フラウは大きく頷き、アメリアの個室に向かって行った。




