酒好き異世界に落とされる
「やっべっ! 保護局だぁーっ」
いきなりの店長のそんな叫び声で店内は大騒ぎ。
ここは焼き鳥と酒の美味い店。ちなみに二階。
炭火で焼く匂いと煙をなるべく上に逃がすため、わざわざ二階に飲み屋を作ってある。
あと、ちょっと隠れ家風にするためかな。
「入口っ!鍵かけろーっ」
「客逃がせーっ!」
「時間作れーっ!」
「逃げろーっ」
「に、肉、肉隠せーっ!」
「酒捨てろーっ」
「出口塞がってるっ!」
「どっち行けばいいーっ!」
入口の扉の前に椅子やテーブルでバリケード。
コップに継がれていた酒は床にぶちまけられ、瓶のやつは隠された。
臭いがひでぇ。炭火もその辺の水をかけられたのかぼっふんと灰が巻き上がっている。ホコリとアルコールと焦げた匂いと灰の細かいのが巻き上がって噎せるむせる。
大騒ぎだな。
入り口の階段の方からドタドタと足音。
ガチャガチャゴトゴトと何かが転がり落ちる音。
裏の隠し出口に殺到するバイト店員と客たち。
「出口は他に何のかーっ」
「ま、窓を開けろーっ」
裏口が混みすぎているのか、木窓を開けようと棒を外す音。
窓から格子が外され、開口部が大きくなると舞い込む風。
それからは店の窓を開けて飛び出そうとする客たち!
二階だから怪我はそんなにしないと思うけど。
やっぱさすがに困るのか、違法な酒と肉は!
保護鳥食っちゃまずいよな。あと出所の分かんない酒な。税金? ちゅうの? そんなの知らんがな。醸造はしてないもん。ははは。
ぼけっとそんな他人の様子を見ているオレ。
すると突然襟首掴まれて後ろに引っ張られた。
ぐえっ!!!
しぬしぬしぬ!
そっちのが死ぬーっ!
結局そのまま意識落ちたよね、オレ。
くらくらってしたらマジ目の前が真っ暗闇のまま記憶が無くなってた。
気づいたらジメジメしたうす暗い臭い場所に寝かされていた。
どこだ? ここ。
身体を起こして見回すと店長とバイトくん達とオレ。
これ、店側と客を分けたのかな?
オレたちは店の時の格好のまま。
店長とオレはエプロンつけたままだし、バイトくん達はいつものシャツとズボンとベスト……。
あ!
オレ、ケンチー。
よろしくな?
よろしくって言われても困る?
いや、オレも困ってる。
ヒッジョーに困ってる……
どんくらいココにいたのか分かんないけど、そろそろヤバそーな予感。
ああ、地響きしてきた。
ココがどこなのか何階かも知らんけど。
オレが帰らんから迎えに来たんだろうなぁ、アイツら。
地響きで身体揺れてるな。
うん。建物も揺れてるよな。
うわぁ、揺れるゆれる。気持ち悪っ。
コレ、もしかしてオレが怒られるやつ?
なんか理不尽!
オレ! 被害者じゃん!
何にもしてないのに……
ふて寝してよっ。
転がったらネチャってしてるのが手についた。
うわぁ床汚ぇ!
さっきまで気づかなかったけど、こんなとこに寝てたんだ。はぁ。
外がめちゃくちゃ騒がしくなってきた。怒鳴る声がそこら中に響きわたる。
「アマダンコッコが街に入ってきたーっ」
「保護局は何してるーっ!早いとこ捕まえてくれーっ」
「踏まれるなーっ逃げろーっ」
「バカヤロウ!切るんじゃねぇっ!希少保護動物だっ!」
「う、後ろからミッシンコッコが大挙してきたーっ」
「街が潰されるっ」
「まさかのスタンピードかーっ」
「何の兆候も無かったはずだーっ」
「逃げろーっ」
大騒ぎだし大惨事になったような。
うん。だろうな。知ってた。こうなるの、知ってた。
あいつらエサの時間待てねぇんだもん。
あーあ……せっかくここに慣れて来たのに。この街からもおサラバかよっ。
あいつらの何が希少保護動物なのかわかんねぇよ。森の中には普通に生息してるっつうの。
まあ、でかいのには中々進化? しねえけどな。
一番でかいアマダンコッコっていうのは体高三メートル位の鶏っぽいやつ。全体的に鈍い銀色。灰色じゃないんだよなぁ。たまにギラッて光ってるし。んでなんで光るのかは知らん。
羽根が金属みたいでかなり強度がある。火も水もある程度弾く羽毛。特に尾羽の芯は何かの武器の素材になるって聞いたな。多少魔法も使ってくるしな。そこそこ強いんじゃね? 重量もあるしな。踏まれても蹴られても、爪を引っ掛けられても怪我をしそうだよな。
後ろから突っ込んで来てるらしいミッシンコッコ達はそれより小さいけど(二メートルぐらいの体高)風魔法の威力が強くて、鶏なのに空飛んでる時があるくらいだ。上に跳んで羽根で滑空してるだけどけどな。どうやら魔法で舵きってるらしいわ。ははは……
ヒヨコん時は可愛いのにな。幼鳥で普通の鶏サイズ。見た目はまんま鶏。これくらいの時が肉は柔らかいんだよね。旨みはもう少し大きくなってからだけど。
チッキンの大きさ(体高一メートルぐらい)になってからが店に卸してた肉になる。
モモ肉はもっちりプリプリ、ムネ肉はしっとり旨みたっぷり肉汁ジュワーっ。手羽は中から溢れる脂と皮のムチムチで、内臓は甘辛く炊いて、モミジとガラは旨みたっぷりスープになる。
炭火で炙ると余分な水分が抜けて味は濃くなるし、香ばしい香りはつくし。やーっとこんな感じに作って食べられるようになったのに。
あーあ。ちくしょぉ。
やっと、やっと定住できるかもって思い始めたとこなのに。
アマダンコッコとミッシンコッコは希少価値が高くて、国の保護鳥指定なんだよな。ちっとも希少じゃないのに。
どうやら知られてないみたいなんだ。コッコが何度か進化したらそれになれるって事。まあ森の力が大量に無いと無理なんだけどね。
建物が潰れたら……オレたちココでおしまい? なわけねえよな。
早くここから出してくんねぇ?
実はオレ、異世界人なのよ。高橋憲一っていう地球の日本人。28歳。
トラックの運ちゃんでさ、連休前にしこたま仕入れた酒持ってツマミ持って寮に帰る途中でコッチに落とされたんだよね。
コッチの神ってヤツに!
ふつう異世界転移ってトラックに撥ねられたりしてなるんじゃねえの?
オレ、歩いてただけなのに。
テンプレな真っ白い空間で言われたよね。ゴメンゴメンって軽ーく。
ふわふわ浮いてるから幽霊かとおもったよ。影も薄いし。空間の真っ白さでボヤけて見えてたんだな。
良く聞いてみると、どうやらテンプレの異世界召喚がそばであったらしくて。
それを見守っていた神ってやつが!
「さぁて休みだー!酒とツマミ~おいしいもっのたくさーん♪♪たくさん食べるオレが好き~♪」って浮かれ鼻歌してたのを見て連れて来ちゃったーって宣いやがった!
何の為に十年も真面目に働いてたんだ?!
全ては旅行と酒と美味いもんの為だろうが!
毎日、汗水垂らして必死で働いて!
たまーの休みに遊んで飲んで食べるためでしょうが!
年一の長期連休(五日しかないけどな)の為に貯金して、高くてもいいからと美味い酒と食いもん。スマホで読む『な○う小説』みたいなラノベ系?
オレにとってはそれっきりしか無い楽しみだったんだ。
何かいる? 必要ならつけるよ?
そう神に言われたけど。
意味なんかわかんねぇ。
そんなモンより、オレのもとのせ・い・か・つ!に戻して欲しかったマジに。
結局、オレは存在すらしないモノに成り果てて。
母ちゃんも兄ちゃんも姉ちゃんもオレなんか知らねって存在なんてなりたく無かったよ。
その分なんかつけるって……
その何かはこっち来た時は使いこなせなかったし、持ってるもんは身一つ(服は着てたけど)。
原っぱに気がついたら立ってた。
ぼけっと立ってた。
なんじゃこりゃだよな。
見回すと辺りは鬱蒼と繁った森。そこにぽかんと円形の原っぱ。柔らかそうな草の高さは十センチもない感じ。
ど真ん中に立ってたオレ。
何かつけると言われてたのに何も持ってない。
えっ?
コレでどうしろと?
水は?
食いもんは?
住む所は?
町があるの?
人は住んでるの?
それより森って獣がいるんじゃね?
何も持ってないオレに身が守れるのか?
しゃーない。他人はいないし、やってみるか。
テンプレのアレ!
「ステータス」
うっかり手を伸ばして格好つけた感じでやっちまったけど、何にも出て来なかったさ。
どうすりゃいいんだよって……。
ジャケットのポケットに飴かガムが無いかと探ったら……出てきたのは酒とツマミ……。
まさかのポケットから出てくるはずの無いポン酒の四合瓶とツマミのジャーキー。
ドラ○もんのポケットかよっ!