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まだ見ぬ未来のその先へ  作者: 天園 章文
第一章 『異世界との邂逅』
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第一章1  『異世界転移』

 時刻はおよそ太陽が上空約六十度程度の高さまで昇った頃合いだろうか。体感は午前十時頃のように感じる。辺りは、人々が行き交っているものの人数はそんなに多くない。まだ朝方にも関わらず、どこか静けさを多少感じる。

 空を見上げれば、眩い日光が斜めの角度から細い通りの路肩のベンチに腰かけている彼に向かって照らされる。


「今は十時くらいか?って言ってもこの世界に十時という概念あるのか知らねぇけど」


 黒髪で黒い瞳、高すぎず低くもない平均的な身長の青年は、ベンチに腰掛けながらそのようなつまらないことを考えている。


 ズボンのポッケに入れていたスマートフォンを取り出すと、画面を確認する。しかし、黒色の薄い長方形に表示されたのは『圏外にいるため、電波を受信出来ません。』という警告文のみ。

 その警告文を見た青年は落胆する。


「何もかもが水の泡だな、はぁ」


 ため息をついた青年は、明るく輝く日光に照らされながら、ベンチで一人、今日の予定だったことを思い出す。『何もかも』とは、彼の今日の予定のこと。それが全て無駄になってしまったのだ。


 今日は近所のスーパーで買い物をして、区役所で用事を済ませて、美容院にもよる予定だった。彼が一番楽しみだったのは、料理である。

 一人暮らしをしていた彼は、料理や洗濯、掃除など家事全般をこなせる。一人暮らしが彼に身に付けさせたスキルである。

 冷蔵庫の中身を確認し、足りないものを買ってきて、今日は今までに挑戦したことのない料理を作るつもりだった。


 しかし、現実の有り様はどうか。見たこともない辺境の地――異世界でベンチに腰かけているだけ。

 見知らぬ土地に転移させられ、今日の予定は全て白紙となった。挙句の果てに、俺の生活を担う便利な代物のスマートフォンまで使い物にならなくなるというおまけ付き。


 このような有り様では、つまらないことを考えていないとやっていけないのである。


「どうして異世界転移なんてしてしまったんだろうか?」


 青年は、眩い日光に照らされながら、ベンチに腰かけている現状を引き起こした原因について、疑問を呈した。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 明月 統(あかつき すばる)は、両親を知らない。どこで生まれたのかも分からない。俗にいう『記憶喪失』というものである。

 両親の顔が分からず、両親の名前も知らない。さらに、自分の名前も分からない。そのような訳の分からない状態のまま、雨降る日本のとある歩道でポツンと突っ立っていたのが、今から十二年前のこと。当時八歳だった。

 両親不明ということで、統は養護施設で青春のほとんどを過ごした。明月統という名前は、養護施設で出会った同い歳の子達に付けてもらったものだった。

 時が経ち、十八歳の頃に退所してそれからは働きながら、一人暮らしをしていた。


 そんな矢先、今年二十歳の明月統は、よく知らない異世界に転移してしまったのである。


「昨日異世界転移ものの小説読んだけどさぁ。いや流石に、自分が異世界転移するなんて思わないでしょ、まじで!」


 昨夜、仕事帰りに立ち寄った書店で、異世界ものの小説を購入していた。タイムリープものだったのだが、就寝前に一冊読んでみたところ、つい面白くて読み入ってしまい、夜更かししてしまったのだ。


 異世界転移自体初めての経験であり、何故異世界転移してしたのか、どういう原理で転移したのか、誰かが関わっているのか、どうして統が転移したのか、なにも分からずじまいなのである。


「昨日、なにか異変でも予兆でもなんか不思議なことでもあったか?普通の日常だったはずだけどなぁ」


 普通の日常。朝起きて、朝食食べて支度して、昼は会社で勤務して、夜帰宅して夕飯、風呂を済ませて、明日に備えて眠る。そんな普通の日常を、統は送っていたはずである。


 異世界に来て特にすることがない統は、『異世界転移』に繋がるかもしれない『なにか』について考えていた。


「異変、異変ねぇ」


 う~んと、数十秒長考した末に、統はあることに気づいた。


「あ、一つあったわ! 俺の部屋にあの不思議な鉱石。今朝、買い物に行こうと支度しているときに見たな。あの鉱石が赤く輝いていたの!」


 統が住んでいた部屋の片隅に、いつからか所持していた出処不明の鉱石があった。確か、ネックレスに付いてた小さなものであったはず。

 昨晩、夜更かししていたときには特には輝いていなかった。支度しているときに、輝いていることに気づいて不思議に思ったのである。


「不思議に思っただけで、特に調べようとしなかったな。調べとけばよかったか?」


 今更感が満載の自問自答を繰り広げたところで、異世界にいる現状が変わるわけではない。

 そんなことは分かっている。異世界転移に巻き込まれた身として、真相を突き止めなければいけないことが多数ある。


「いつか異世界転移の真相を突き止めないとな。それにしても、これからどうするかな」


 ただただずっと異世界でベンチに腰かけていても仕方がない。といっても今の統に元の世界に戻る術も当てもないうえに、何かできるわけでもない。

 当分の間は、この世界で生きていくことになるのだが、


「こんな手持ちでどうしろってんだ?武器なんて持ってもないし、身を守れるものすらねぇ」


 黒色の斜め掛けバッグ(何も入ってない)、一年前に購入した黒色のスマートフォン(圏外で使えない)、鼠色の折り畳みの財布(所持金六千三百五十円)、いつも持ち歩いているハンカチ、紺色の生地に白いひものスニーカー、紺色のズボン、白いTシャツと上から羽織る黒のジャケット。以上が現在の統の所持品の全てだ。

 この中で身を守れそうなものといえば、せいぜい斜め掛けバッグくらいか。こんな小さなもので守れるとは到底思えないが。むしろ、この小ささで自分の身を守れる者がいるのなら教えてほしいものだ。


「こんなとこにいても仕方ねぇ。とりあえず、人通りの多いとこに行くか」


 人通りの少ない細い道に居ても、特にすることがない統は、人通りの多い大通りに向かうことにした。




 大通りへ向かう最中、統は八百屋の露店で店先に並べられた『リンゴに似た果物』を購入しようとしたのだが、店主のおっさんに日本円をきっぱり断られてしまった。店主によると、日本円の硬貨は見たことがないと言い、紙幣に関しては『ただの紙切れだろ?何の価値があるんだよ』と罵られる始末。結局購入できずに終わったのである。


「なんだよ、あのおっさん。日本円馬鹿にしやがって!」


 出身国の貨幣を馬鹿にされた統は、怒りを露わにしたものの、よくよく考えれば異世界に居るのだから、異世界人が日本円を理解できないのも無理はない話。むしろ、統がこの世界の通貨を理解しなければならないのではなかろうか。俗にいう『郷に入っては郷に従え』というやつである。


「そうだ、あのおっさんあの果物を『ランゴ』っていってたか?」


 先ほどの八百屋のおっさんが、リンゴに似た果物のことを『ランゴ』と呼んでいたのを思い出す。見た目はリンゴとほぼ同じであることを考えると、同じ果物でも統の知っている呼び方ではないのかもしれない。


 先程、さり気なく店主と会話してしまったが、不自由なく意思疎通はできていたからに、言語問題においての唯一の障壁となるのは、異世界文字のみということになるのだろうか。

 八百屋の露店に並んでいたランゴの表記は、明らかに見たこのない文字で書かれていた。特殊な文字列、特殊な字体で書かれた異世界文字を当然読むことはできなかった。


 そんなことを考えているうちに、いつの間にか細道から大通りへ出るところまでやってきていたらしい。

 大通りへの出口に架かっているアーチを潜ると、統の視界には美しい光景が飛び込んできた。



 石材や木材、煉瓦でできた建築物が大通りを挟み込むように立ち並び、石畳や煉瓦で舗装された通りには路肩側に木が一定の間隔で植えられている。様々な石材が使われているのか建築物の壁は様々な色で彩られている。

そこには、異世界の群衆が行き交い、活気に満ちている。挨拶を交わす人、親子連れで歩く家族、露店で商売する人、その形容は様々だ。


「さっきぶりとは言え、やっぱすげぇな!」


 日本とは違う景観や雰囲気。中世ヨーロッパ風の景観ではあるものの、それからはなにか異世界特有の雰囲気が漂っている。その美しい景観を目にした統は感動した。

 初めて異世界にやってきたときも同じ反応をしていた。

 やはり、異世界に慣れていないからだろうか、異世界という新鮮さに二度も感動してしまった。


「さすが、異世界ファンタジー! これぞ中世ヨーロッパといわんとばかりの雰囲気を醸し出しているぜ! やっぱ、フィクションはこうでなきゃな! まぁ、これは現実なんだけど」


 そう、これは現実である。フィクションではない。実際に統は異世界に居るのである。


 そんなことを考えているうちに、統は自身の周囲から放たれているであろう違和感を感じ取る。

 近くを行き交う人々は、なにか『珍奇』なものでも見るかのように、こちらに目線を向けている。


 当然といえば当然の話。なにせ、辺りを観察すれば、人々は統の知らない風采をしているのだ。ある人はローブを着ていて、ある人はコートを羽織り、またある人は華やかなドレスを着ている。さらには、風ではためいた白いマントに腰に剣を携えた騎士も歩いている。

 『ズボン』に『Tシャツとジャケット』、『スニーカー』を身に付けた統のような『モダンな服装』をした人は、誰一人としていないのである。

 さらに分かることとして、風采が多種多様なことだろう。赤髪や青髪、銀髪に金髪の人もいる。髪色だけでなく瞳の色も赤、青、黄、緑と多種多様。この世界では、髪や瞳がカラフルなのは普遍的なのかもしれない。

 ついでに容姿も様々だ。普通の人のほかに、犬耳や猫耳、キツネ耳などの獣人やエルフもちらほら見かける。まさに、異世界といった感じである。

 様々な風采の人々が行き交う大通りでは、統は明らかに周囲から浮いているのだ。


 異世界にとっての在り来たりで満ちていた場所に、ただ一人異様な風采の男が居るのだから、怪しげな色をした目で見られても仕方がない。


 周囲の人々が向ける怪しげな目線の理由を考察していた統。

 その時、不意にその背後から新たな声が聞こえてきた。


「おい、兄ちゃん。邪魔だよ! そこ退きな!」


 後ろを振り向くと、そこには統より少し背の高い筋肉質の亜人の男が立っていた。



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