プロローグ1『キセキ』
あの悲劇から長らく続いた世界の安寧は、たった一つの愚かな欲望によって突如崩れ去った。世界を導いていた希望の光は失われ、地上の民に与えられた十の心の支えは何処かへ消えた。崇高な頂きに君臨しようとする身勝手で未熟な愚か者は、十人の使徒を従えこの世界を牛耳った。
この世界の民たちは各国の神聖な存在も理念も決して忘れてはいない。
しかし、時が経つにつれて彼らの説いた教えは少しずつ薄れていった。
この世界に来た青年よ。君はいずれこの世界を旅するだろう。この世界――十国全てを巡る中で、君は一体何を知見する? 十国の理念は君にどう影響を与えるのだろう?
『剣なき秤は無力なり。秤なき剣は暴力なり』己の正しさを信じる余り、人々は他の目線で物事を考えようとしなくなる。その時振りかざした『正義』は、本当に正義と言えるのか?
人には『自由』が与えられる。それは時に脅威となる。かつて、自由を盾に権力を振るう者が現れた。しかし、今を生きる者たちはあのトラウマを決して繰り返したりはしないだろう。
国家の『安寧』は万民の希望であり、全ての国家が渇望するものだ。過去に過ちを犯した国は、歴史を繰り返さないため、理念を体現するために、一体どのような安寧を見出したのか。
人の生は有限である。故に、人がこの世界に残せるものはたかが知れている。しかし、この国の人々は国に『永遠』を求める。幕府も将軍も臣民も。その願いの根幹には君の知らないものがある。
自然は常に弱肉強食。それは人の世においても同じこと。弱国は強国にのまれ、強国は強大な影響力を得る。だからこそ人々は国に『繁栄』を求めるのだろう。
『秩序』なきものは混沌と化す。それを肝に銘じて秩序を維持してきた国は、たった一人の傲慢な男によって支配された。『リベルテの二の舞』と危惧される国の未来は一体どこへ向かうのだろう。
人は信頼をもとに他者と『契約』を結ぶ。この国の民たちは皆、家族、友人と結ぶたった小さな『約束』すらも重んじる。それは、そこに彼らなりの信念があるからだ。
人の心は時に善へ悪へと揺さぶられる。しかし、世の理に従いて万物の因果は巡る。故に、『純粋』を理念とする民たちは崇高な者から一体どのような教えを受けたのか。
人を『愛』することを理念とした国には、君主一族の『兄弟殺し』と呼ばれる伝統がある。そんな理念と乖離した伝統に、この国の民は、当事者の君主たちはどのような思いを抱くのだろう。
これまで人は『知識』に触れ、情報を巧みに扱うことで文明を発展させてきた。しかし、知識を理念とする国は、とある一人の考古学者が見つけた『謎の書物』をきっかけに理念と相反する方針を取った。果たしてそれは『英断』か? それとも『愚断』だろうか?
青年よ。最後の国に辿り着いても決して安堵するな。誰もそこで足を止めることはできない。
この世界――十国全てを旅することだけが君の目的ではない。
君には使命を背負ってもらう。
君が、邪悪が蔓延り邪心に染まった愚者が跋扈するこの世界の『真実』を知ったとき、初めてその意味を理解することができるだろう。
君はこの世界に残された最後の希望の光なのだから。
青年よ。怯えるな。前を向け。
君には我々が付いている。
メシアよ。世界を救う『キセキ』となれ。