お疲れ様です
「お疲れ様です」が仕事の挨拶である。「お疲れ様です」は「疲れているでしょう」と相手を労わる気持ちがある。「お疲れ様です」は「私はあなたが大変そうだと感じました。どうぞご自愛くださいませ」という意味である。「お疲れ様です」は相手に負担をかけない言葉である。この言葉を使うだけで、相手の負担を減らすことができる。だから使うべきである。
実際に疲れているか疲れていないかは問題ではない。たとえ相手が元気でも「疲れているでしょう」と労わることは良いことである。疲れていると決めつけて「お疲れ様です」と言うことは優しい。ここには頑張ることを強要する精神はない。そこに「頑張ってくださいね」の意味はない。
芸能界では昼でも夜でも「おはようございます」が挨拶という風潮があるが、「お疲れ様です」が好きである。朝の早い段階で、まだ疲れていないとしても「おはようございます」ではなく、「お疲れ様です」ということには味がある。「そんなに言うほど働いていないよ」「そこまで言われるほどの仕事をした覚えがないんだけど?」と思う人もいるかもしれない。「今日も一日頑張ろう」と頑張ることを強要されるよりは良い。「お疲れ様です」は頑張ることを美徳とする昭和の精神論根性論に毒されていない。
「お疲れ様です」と言っても誰も怒らない。「お疲れ様です」という言葉には相手を気遣う気持ちが込められている。それが伝わるだけでも嬉しいものだ。「お疲れ様です」と言われることで、自分の仕事ぶりが認められて褒められた気分になれる。「お疲れ様です」は「私はあなたの仕事ぶりに感服しました」という意味でもある。「お疲れ様です」は本当に優しい言葉である。
相手を思いやる心がなければ「お疲れ様です」とは言えない。この基本を忘れて応用に走ると失敗する。失敗例は「大丈夫ですか」の質問である。これらの質問は相手に「大丈夫です」との回答を事実上強要する卑怯さがある。「お疲れ様です」の労わりは「大丈夫ですか」の質問の卑怯さとは正反対である。ここに思いやりは存在しない。
「大丈夫ですか」の質問は相手を心配しているように見せながら、実際には心配などしていない。「私にはあなたのことを心配する義務も責任もないですよ」と言っているだけである。それなのに「大丈夫ですか」と聞かなければ気が済まない人がいる。それは何故なのか? 答えは簡単だ。単にアリバイ作りのために「大丈夫です」との回答が欲しいだけである。つまり自分が楽になるためだけに聞いている。これは他人を傷つける行為と同じである。
「大丈夫ですか」と質問する人は怠惰な人であることが多い。自分にとって都合の良いことしか考えないので、他人にも同じように考えるべきだと思い込む。「大丈夫ですか」の質問は人を不快にさせる。故に安易に使うべきではないし、できれば使わない方が良い。意識して使わなくすれば誰も言わずに済むものである。しかし、多くの人ができていないからこそ、言葉使いは難しいと言われる面があることも確かである。




