喫茶店
とある喫茶店を訪れたのだが、そこで出されたコーヒーが非常に不味かった。正直言って飲めたものではないレベルだった。もちろん私はそれを面と向かって指摘したりせず、黙って飲み干したわけだが、こんなものを平然と出す店が果たして存在するのかと思いながら店を後にした。
場所は新宿駅近くの雑居ビルの一階にある小さな店で、看板も出ておらず一見すると営業しているかどうかすらわからないような佇まいであった。しばらくしてマスターらしき男がやって来た。
「ようこそ当店へ。初めてのお客様ですね」
「ええ、そうなんですよ」
「ではこちらのお好きな席に座ってください」
一番奥の壁際の席を選んだ。壁には絵画がかけられており、天井からは古めかしいシャンデリアがぶら下がっていた。照明はやや薄暗く全体的にアンティークローズな雰囲気を醸し出していた。
「ここは一体何屋ですか?」
「何でも屋のつもりでやってるんですけどね……。一応喫茶店と名乗っていますが、あまり普通の喫茶店らしいことはできません。基本的には料理を出すだけですよ」
「じゃあコーヒーは不味いということですか」
「それは飲んでみてから判断してほしいです」
注文を取りに来た店員の顔を見て驚いた。なんとその顔に見覚えがあったからだ。彼は昔のスタッフだった男である。名前は確か佐藤といったはずだ。退職後一度も会うことはなかったがまさかこのような場所で再会しようとは夢にも思わなかった。向こうも同じことを思ったらしく一瞬お互い戸惑った表情を浮かべたがすぐに元に戻った。
「ご無沙汰しております」
「久しぶりですね」
「このお店に良く来られているのですか?」
「いや、今日初めて来ました」
「そうだったんですか……」
会話はそれで終わった。気まずい沈黙が流れる。お互いに何を話していいかわからなかったのだ。しばらくして料理が出てきた。出てきたものはオムライスとナポリタン、それにサラダだった。どれも見た目は普通であったが一口食べてみるとその味は予想を遥かに下回っていた。
「どうでしょうか?」
「うーん、美味しくはないです」
「やっぱり駄目でしたかね」
「いや、そういう意味じゃないですが」
「どういう意味です?」
「あなたが作ったものではないですね」
「はい、違いますよ」
「この味はおかしいのではないですか」
「どうしてそう思うんです?」
「だってこれ、インスタントでしょう」
私はスプーンを片手に持って、オムライスの中に埋もれている黄色い物体を指した。それは紛れもなくインスタントラーメンの麺だった。
「よくわかりましたね。その通りです」
「やっぱり」
「この店は、材料は全て安物で賄っているということになります。だから値段相応の味しか出せないわけです。それでもやはり美味しいものを食べたいという欲求には勝てないというのが本音でして、それでこういう形で提供させていただいています。もちろん、ちゃんとした食材を使ったものも用意していますので、そちらをお求めの際は是非また来てください」
「なるほどね」
苦笑しながら言った。その後、出されたものを全て平らげた後、会計をして店を出たが、その時になってふと思った。あの店は本当にただの趣味で作った店なのか?確かに味自体は酷いものだったが、あれだけの設備と内装を整えるためにはかなり金がかかったはずだ。それならば赤字覚悟でも経営が成り立つレベルのものになるだろう。まともなものが出てくるまで通う価値はあるかもしれない。もっとも、二度と行くつもりはないが。
今年は例年よりも暑い夏になりそうだ。連日猛暑日が続き、熱中症で倒れる人が続出しているというニュースを目にする。そんな中でもエアコンの使用を控えるつもりである。理由は単純明快である。理由は単純明快である。電気代がかかるからである。もちろん節約しなければならない理由もあるのだが、それ以上に家計への負担が大きいことが問題なのだ。
日本でもブラックフライデーBlack Fridayのセールが行われるようになった。小売店にとっては「クリスマス前の最後の大売り出し」である。ブラックフライデーはハロウィンのように日本に定着するだろうか。
ブラックフライデーはアメリカ合衆国発祥である。元々は買い物客で道路が混雑して問題が多発するという悪い意味で使われていた。アメリカ発のイベントという点ではハロウィンでゴミだらけになった渋谷の街を連想する。うんざりするような状況をブラックと表現することは、シックリくる。ところが、小売店が黒字になる金曜日という意味で解釈されるようになり、肯定的な意味で使われるようになった。
株価が大暴落したブラックマンデーという言葉があり、ブラックフライデーが肯定的に使われることに違和感がある。しかも、小売店が黒字になるから嬉しいという発想は売り手の論理であり、消費者本位のビジネスではない。日本企業がアメリカから学ぶとすればブラックフライデーよりもカスタマーサクセスの発想だろう。商品を並べて大々的にセールを実施し、セール経過後に売れ残りの商品を廃棄することは環境面でもコスト面でも大きな損失になる。
加えて日本語のハードルがある。日本語では「腹黒い」「白黒つける」など黒に否定的なイメージがある。さらに従業員を劣悪な条件で働かせるブラック企業という言葉が定着した。これらを克服してブラックフライデーに積極的なイメージをつけられるだろうか。少なくとも、その結果、ブラック企業にまでモーレツに頑張ることは美徳という類の逆転のイメージ転換がされることは避けてほしいものである。
まずは地道な努力を続けなければならない。そしてそのためにも今は執筆に集中しなければ。そう思いながらパソコンの前に座った。さっそくキーボードを叩き始める。文章を書き進めるごとに自分の中のストーリーが出来上がっていく。あと少しだ、もう少しで書き終わる。




