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海外小説の大丈夫の欺瞞

大丈夫の質問への反感は海外を舞台とした小説や海外の小説でも描かれる。小説の登場人物達は様々な状況の中で生きている。その登場人物達の言葉や態度を丹念に見ていくと、そこに作者の意図を読み取ることができるようになる。


佐藤賢一『ナポレオン 3 転落篇』(集英社、2019年)では百日天下で復権したナポレオンはフーシェに「息災でしたか」と尋ねる。これに対してフーシェは「息災でしたとお答えしたいのは山々ながら」と答えた(349頁)。

世の中には「息災でしたか」と質問されると現実はどうであれ、「息災でした」と答えることが無難であり、社交辞令というような「常識」がある。それを無視するフーシェは、それなりの人物である。この点ではフーシェという人物に対して好感を持つことができる。

この前にフーシェはナポレオンによって辞職させられている。「息災でした」と答えることは本心にはならない。ナポレオンが「息災でしたか」と尋ねること自体が馬鹿にした話である。「息災でしたか」と尋ねることはフーシェに対する嫌みであり、「私はあなたを侮辱していますよ」というサインと変わらない。

このようなことをするからこそ、フーシェはナポレオンを嫌いになったのだろう。フーシェは百日天下の後にナポレオンを退位させて臨時政府首班となり、ナポレオンをフランスから追い出した。


小説『インフェルノ』には「平気かね」「まったく平気じゃない」というやり取りがある(ダン・ブラウン著、越前敏弥訳『インフェルノ 下』角川文庫、2016年、91頁)。混乱の原因を作った人物が「平気かね」と質問することは馬鹿にしている。

「平気かね」という質問は平気かどうか心配しているよりも、相手に「平気です」と答えて責任逃れをしたいという思惑が見え見えである。「平気じゃない」と答えることは正しい。まさに小説の中の人物の台詞としてふさわしい。ところが、混乱の原因を作った人物は、このやり取りのあとに「あの男は立ち直る」と考える。都合のよい思考回路である。


大丈夫の質問への反感はSFでも描かれる。ジョン・スコルジー著、内田昌之訳『老人と宇宙』(早川書房、2007年)では尋問官に調子はどうかと聞かれて主人公は「バラバラです」と答えた。これに対して尋問官は「われわれはジョークに付き合う気分ではないのだ」と切り捨てた(299頁)。

主人公は惑星コーラルへの遠征で重症となり、ようやく話せるようになったばかりである。「バラバラです」との回答は正直なものだろう。尋問官はアリバイ作りのために質問し、単に「大丈夫です」と言わせたいだけである。

主人公には「ジョークを言っているつもりはない」と反論する資格がある。しかし、「ジョークを言っていない」と主張しても、無能公務員体質の尋問官には通じないだろう。尋問官はアリバイ作りのために会話しているだけであり、お互いの会話は噛み合わない。

一方で友達との会話は味がある。

「だいじょうぶ?」とジェシー。

「肋骨が折れたみたいだ」

「そんなことをいいたいんじゃないわ」

「いいたいことはわかってるよ。たしかに、なにかほかのものも折れたみたいだ」(321頁)

ここでは「大丈夫?」の質問は「大丈夫です」との回答を期待した公務員的なアリバイ作りではない。反対に「身体的にも精神的にも大丈夫ではない」と回答しないと許さないくらいの雰囲気である。本当に相手を心配している質問である。


ショーン・ウィリアムズ、シェイン・ディックス著、小野田和子訳『星の破壊者 上 銀河戦記エヴァージェンス 2』(ハヤカワ文庫、2003年)では対立関係の相手から「あいつの容態は?」と質問されて、ロシュは「まるで心配しているみたいなことをいうじゃないの?」と答える(302頁)。

これは巧みな受け答えである。往々にして本当に心配しているのではなく、単に社交辞令で尋ねる輩が多いためである。中には相手が「大丈夫」と答えることを期待して責任回避のために尋ねる保身第一の無能公務員体質も存在する。


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