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大丈夫か質問への反感

「大丈夫か」の質問は卑怯である。往々にして質問者は大丈夫か否かを知りたいのではなく、大丈夫であると確認したいだけである。質問者はあなたの身を案じているわけではない。ただ単に自分の質問にYESと答えてほしいだけである。「大丈夫ではない」とは言い辛い。「大丈夫か」と尋ねられた人は、「大丈夫です」と答えなければならないという空気がある。「私は大丈夫です」と嘘をつくことになる。その心理を悪用した卑怯な質問である。


本当に大丈夫でなければ答えることも大変である。相手の思考に余計な手間をかけさせてしまう。「大丈夫か」の質問は相手を困惑させ、場合によっては侮辱されたと感じさせることもある。「大丈夫か」の質問は相手の心を傷つける可能性がある。「大丈夫か」という質問が持つ欺瞞性について、多くの日本人が無自覚である。


往々にして「大丈夫」という回答をした時が一番苦しい。「私は大丈夫です」との言葉は信用できない。相手が「大丈夫です」と答えれば、「本当にそうなのか?」と疑ってかかるものである。「大丈夫」という言葉は便利だが、意味がない。「大丈夫」という嘘の言葉に騙されてはいけない。


「大丈夫か」と質問するくらいならば、「大丈夫じゃなさそうなら、無理して言わなくて良いぞ」と言いたい。良心があるならば「大丈夫か」と質問してはならず、「あなたのために何もしてあげられなくてごめんなさい」と言うべきである。相手から反応を引き出すためには、相手の気持ちを考えなくてはならない。


地震があるとTwitterでは決まって「地震大丈夫」との質問がなされる。「地震大丈夫」がトレンドに入ってしまうこともある。しかし、ダメならば答えることもできないので、自己満足なだけの意味のない問いかけになる。


保身第一の無能公務員は「大丈夫か」と卑怯な質問をする。相手に「大丈夫です」と回答させ、それで問題ないというアリバイ作りにする。それ以上に悪辣なものが法務省の外国人収容施設である。

「入管のドクターはいつも『大丈夫、大丈夫、問題ない』と言って、ちゃんと診療をしてくれませんでした。頭が痛いときも手が痛いときも同じ薬をくれるか、『薬はない』と言うかのどちらかでした」(「壁の涙」製作実行委員会『壁の涙―法務省「外国人収容所」の実態』現代企画室、2007年、111頁)。

「収容所の医師に三回診察を受けましたが、『だいじょうぶ、だいじょうぶ』と言って終わりでした」(同書124頁)

患者が苦痛をうったえているのに勝手に「大丈夫」と決めつける。「大丈夫」という言葉で問題を存在しないものとする。


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