辛さは味覚ではない
桐田詩夜葉は辛党ではなく、辛いだけの料理は好まない。味が分からないほど辛くすることは愚かである。チキンなどの期間限定メニューでは辛い味付けとするものが多いが、安直さを感じる。辛さを売りにするメニューがあるが、味で勝負していないことになる。素材を味わいたい向きには辛さは余計である。辛いメニューと辛くないメニューでは辛くないメニューを選択したい。
辛いだけの料理は辛いというよりも痛い。人の味覚は五種類ある。甘味・塩辛味・苦味・酸味・旨味である。これらは五味と呼ばれる。辛さは味覚ではなく痛覚である(船山信次『毒 青酸カリからギンナンまで』PHPサイエンス・ワールド新書、2012年、123頁)。辛い味で喜ぶことは痛くて喜ぶようなものである。
激辛で刺激が強い食品を食べ続けると、食道や胃腸を悪くする。漫画やアニメには辛い物を食べて唇が腫れ上がるという描写がある。それは誇張ではない。口周りと舌がヒリヒリする。食べ過ぎると、お腹がユルユルになる。
辛さには中毒性という弊害がある。辛い食べ物による舌の痛みを和らげるために脳内麻薬とも呼ばれる「エンドルフィン」が分泌される。脳内麻薬の中毒になると辛い料理が病み付きになる。体はダメージを受けている。体を壊してまで食べてしまうことは滑稽である。
花形怜原作、才谷ウメタロウ画『本日のバーガー』(芳文社コミックス)のベトナム料理のフェアの社長の主張は正論である。「アジア料理といえば唐辛子という発想が浅はか」は正しい。辛さの刺激で特別な料理を食べたつもりになるならば、食材を味わっていない。
「本場の物が日本人の舌に合うはずがない」との指摘も正しい(『本日のバーガー 4』)。アジア料理の辛さは遺伝子レベルで受け付けないことがある。この社長は朝令暮改と批判される(『本日のバーガー 5』)。しかし、それは顧客志向であるためである。最初に立てた計画に固執し、状況の変化を無視する公務員感覚の対極にある。
桐田詩夜葉はバーを訪れた。カウンター席のみの小さな店だった。そこに座った瞬間、私は大きく目を見開いた。カウンターの向こう側には女性が立っていた。若く美しい。日本人ではないことは一目瞭然であった。彼女は私の視線に気がつくと「どうしたの?」と言いたげな表情を浮かべる。それがあまりにも可憐だったので、詩夜葉は言葉を失ってしまった。そして、思わず彼女のことを見つめてしまった。
彼女は不思議そうに首を傾げるばかりで何も言わなかった。女性の笑顔だけがいつまでも頭の中に残っていた。物腰柔らかな態度もあり、同性ながら魅力的だと感じた。やがて詩夜葉は我に帰ると慌ててウイスキーを注文した。ウイスキーばかり飲んでいては飽きてしまう。そこで焼酎に切り替えた。
焼酎にも様々な種類があり、そのどれもが素晴らしい個性を持っている。芋や麦などはもちろんのこと、最近では米から作られた酒もある。米で作られた酒というのは不思議なものだ。日本酒のように甘口のものもあれば、焼酎のようなきついものもある。これは実に面白いことだ。同じ酒を異なる土地で作り、それを楽しむことができるのだ。それはまるで旅行をしているような気分になる。どこにでも行くことができるし、その地に行けば現地の酒を飲み歩くこともできるだろう。これほど楽しいことはない。




