嫌悪
嫌悪するものは昭和の体質である。具体的には昭和の精神論根性論である。これがパワハラ(パワーハラスメント)の元凶になる。最大のパワハラは頑張ることの強要である。「頑張れ」という発言がパワハラになる。頑張ればできそうな人に「頑張れ」と言うことも禁句である。頑張れと言うことがパワハラである。応援や激励の意味で言ったとの言い訳があるが、後付けの言い訳である。それが通るならば全てのパワハラが成り立たなくなる。
保身第一の無能公務員体質は他人に負担や我慢を押し付ける。他人に押し付けたら、「申し訳ない」と言い、「負担を押し付けた分は仕事が遅くて当たり前」と言うことが正しい。負担や我慢を押し付けたならば、その分、アウトプットが遅れることは当然である。負担や我慢を押し付けながらアウトプットは通常通りでは計算が合わない。
ところが無能公務員体質は自分の保身が第一のため、マイナス面を直視しない。反対に「仕事が早いから頼んで正解だった」と悪口を言い触らす。自分がマイナスの原因であることを認めることを避けるための醜い保身体質である。それが相手を持ち上げることになると勘違いしているために始末が悪い。そのように言われることは苦痛であり、嫌がらせになる。
負担を押し付けたならば、その分「会議に出なくて良い」「説明をしなくて良い」「忘年会に出なくて良い」となるならば、まだ理解できる。生産性をあげるためには何かを削らなければならない。ところが、無能公務員体質は、そのような配慮をしない。負担を押し付けておきながら、会議などの無駄な作業は通常通り要求する。
日本人は不利な状態から頑張って何とかすることに意義を感じる愚かな性向があるが、公正さを無視している。不利な状態から頑張ってアウトプットを出せるならば、フェアな条件ならばもっと良いアウトプットを出せることになる。無駄なことをしていることになる。
浜崎あゆみはカリスマ歌姫であるが、デビュー当時からカリスマだった訳ではない。アイドル的にみられていた彼女を一躍カリスマにした歌が「A Song for xx」である。そこには「いつも強い子だねって言われ続けてた 泣かないで偉いねって褒められたりしていたよ そんな風に周りが言えば言う程に 笑うことさえ苦痛になってた」との歌詞がある。この歌詞に多くの人が共感したらカリスマになった。
マイナス情報に直面したら、迅速かつ正確に報告することが正しい。例えば進捗の遅れというマイナス情報に直面した場合にどのように報告するかという問題がある。
A「云々の遅れがある。このため、完成予定日が〇日遅れる」
B「云々の遅れがある。しかし、自身の担当分には貯金があるため、全体の完成予定日の遅延がない」
Aが正しい事実である。一見するとBは有能そうに見えるかもしれないが、みっともない点数稼ぎである。中には自分の遅れを他人に押し付ける無能公務員体質を喜ばせるだけである。目の前の問題を解決することが大事であるとして負担や我慢を押し付けることを強要することは最低である。
対面コミュニケーション至上主義は苦痛である。他人に拘束される時間は長く感じられる。人によって何をしているかによって時間は長くも短くも感じられる(リズ・ガートン・スキャンロン、オードリー・ヴァーニック著、オリヴィエ・タレック絵、木坂涼訳『ながーい5ふん みじかい5ふん』)。会うだけで腹立たしい人間が、この世にはいるものである。非生産的な活動であり、生産性を悪化させる要因である。生産性を高めたいならば対面コミュニケーションを減らすことである。
「怒りをごまかすことなく、恨みを美化することなく、進んでいきたい」(榊原紘『歌集 悪友』書肆侃侃房、2020年、126頁)。これは表現者の正しい精神である。文章を書くことは過去にこだわることである。日本には過去を水に流すことを美徳とする愚かしい傾向があるが、奴隷根性を増やすだけである。




