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逆行して歌手を目指します  作者: 林田力
オーディション
19/62

最終審査

最終審査が近づくにつれ、神経が高ぶった。しかしこれまでの選考ほど、酷くはなかった。最終審査が終われば全てが終わる。オーディションに応募すると決意して以来、気の抜けない状態がずっと続いていた。合格するにせよ、不合格になるにせよ、終わったことに対して、ホッとすることは間違いない。


そもそも最終審査まで残ること自体が恐ろしいほど嬉しいことだった。他人から評価される経験が乏しかった詩夜葉には、自分の歌が他人に認められたことが純粋に嬉しかった。自分の歌に自分は満足しているが、それが他人にとってはどのくらい価値があるかは別問題である。それがオーディションという場で結果を出すことができた。


一方で最終審査に残された理由は、最年長の詩夜葉がいることがテレビ的に面白いからではないかという疑念が頭から離れない。しかし、だからといって、手を抜いても良いことはない。いずれにせよ「周囲に気を使わずに思いっきりやろう」と考えた。


最終審査は歌だけでなく審査員との面接があった。面接があることは事前に知らされておらず、当日初めて知った。しかも審査員はスタッフではなく、今をときめくロック歌手である。芸能人と会うということだけでも滅多にないが、夢の実現がかかって入るところで会うことになろうとは思いもよらなかった。


最終審査では黒のパンタロンスーツを着た。姿勢をよくすると、実に颯爽として見える。髪形は普段のもの、つまり髪を下ろして臨んだ。そのせいか、ロック歌手から「さらに年を取ったな…。前回と印象が違う」と言われてしまった。しかも緊張感から表情が固くなっていたようである。後から自分の表情を見ると、苦労も滲み出て、疲れた印象を与えていた。精神の苦しみが優しい顔立ちに気高い苦悩の表情を与えていた。


これらは選考では普通、マイナスイメージになるものである。それでも詩夜葉は「これまで苦労を重ねてきたから、表情もきつくなってしまった」と話した。とにかくよく話した。他の応募者と比べて、言葉の量は三倍以上あったと思う。


自分が分かりきったことを話していると認識していたが、止まらなかった。自分のことをきちんと伝えたかった。おしゃべり、特に親しくない人とのおしゃべりが好きではない詩夜葉は、自分がペラペラしゃべっていることに腹が立ったほどである。しかし、不思議と恥ずかしいとは思わなかった。


詩夜葉の苦労は自分のやりたいことと現在していることのギャップに由来する。他人と比べて格別大変な苦労をしているわけではない。しかし苦労の受け止め方が人と異なる。物でも高性能な精密機械ほど、衝撃に弱く、壊れやすいが、人も同じである。才能のある人ほど繊細で傷つきやすい。


小さい花は、ちょっと踏みつけられたくらいで、萎れてしまう。しかし、それは花が美しくないことを意味しない。アーティストは感受性が強くければ大成しない。焼野原から経済大国にしてしまうような前に進むことしかできない、鈍い人間では感性も発達しない。


「今の生活から抜け出したい」

この思いを隠すことなく正直に訴えた。気持ちが高ぶって「人生冒険したい」という大言まで飛び出した。詩夜葉は暗い客席へ向けて叫ぶ女優のように叫んだ。自分の心の叫びを強調するために、両手を天井に伸ばすことまでした。


詩夜葉の迫力と言葉の大胆さがロック歌手を驚かせたようである。後で聞いた話だが、羊の皮の下から狼が鋭い眼光をきらめかせたかの印象を受けたという。詩夜葉の思いも「それはそれでいい」と納得してくれた。二人の間に理解が流れ、それが電流のように体を走ったような気がした。


受かりたい気持ちは誰よりも強く持っていたし、オーディションでは自己の全てを表現できたと満足している。一つのことを成し遂げたという達成感で不思議なほど満たされていた。



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