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逆行して歌手を目指します  作者: 林田力
オーディション
13/62

高校生

高校には行きたくなかった。偏差値で輪切りにされることが面白くなかった。母がよく作ってくれるイカリングのようだった。昔は海で元気に泳いでいたのに、今では輪切りにされ、ドーナツのような無様な格好に料理されてしまった。成績は平均より少し上という程度で、良きにつけ悪しきにつけ、それほど目立つ位置ではなかった。


小学校や中学校と違い、受験してまで行くことも面白くなかった。受験は、それほど価値もないもののために、余計な心配ばかりさせられるものだった。受験制度などというものは、自分達がかつて経験した苦しみを他人にも味あわせなければ気がすまない大人にとってのみ存在意義があるものと思えた。


「学校なんか行かないで歌手になるためのことをしたい」と思っていたが、きちんと現実は見据えていた。どうあがいても世の中がどうにもならないことを十分すぎる程知っていた。親の思いもあり、高校は通い続けた。今という時期は夢を実現するための貴重な一行程だと考えていた。


現実を無視するほど、子供ではなかった。夜空を見上げて夢見心地になっているだけの少女とは違い、地に足つけてひたむきに自分の夢と向かい合っていた。大きな山にあたるまでには何年も退屈極まりない仕事を地道にこなすしかない。農民が作物の実りを待つように、夢が実現するきっかけを待っていた。いずれ必ず春が来るとしても、冬場の暖房が不要ということにはならない。


心がこもって真面目な人間は小心で慎重に事を運ぶ。怖がる必要もないものを怖がるならば臆病者だが、怖がるべきものを怖がらないならば阿呆である。計算もなく、前に進むだけの無鉄砲な愚かさはない。臆病と評価されることさえ厭わない。


一過性のものは長続きしない。短兵急に事を急いでも、世の中は甘いものではない。分別は何よりも重要な徳である。「行動力」や「実行力」は何も持っていない、従って失う物がない連中における美徳に過ぎない。当人はリスクを考えない行動を勇敢で行動力に溢れていると自慢気に考えるかもしれないが、能天気な人間は後始末をさせられる周りが迷惑する。


狂信者は好んで破滅に至る道を歩みたがるが、詩夜葉はたとえ志半ばで倒れるとしても、成功の見込みのない暴挙に及び、容易く葬られるのは真っ平だった。甲子園球児ではないのだから、燃え尽きるつもりはなく、後日の試合のことも考えなくてはならない。「華々しく戦って美しく滅びよう」という軍国主義者の愚かしい自己陶酔は詩夜葉には無縁だった。


高校卒業後は就職すると早くから決めていた。商業科を選択した理由も、高校卒業後、すぐに就職しやすいようにという思いがあったためである。将来には今は見えない川が幾つもある。それを横切る手段をできるだけ多く残しておくことは賢明なことである。


また、自分が習ってきた算盤など得意なものを考えた時に、普通科よりも商業科のほうが合っている気がした。高校でも算盤を習うが、余裕でできた。そのため、習っていて良かったと思った。


世間的には商業科が普通科より下に見られていた。自分とは面識もない人が問題を起こしても、「また商業科かよ」と言われて気分悪い思いをしたこともあった。自分は何もしてないのに、何か自分まで悪く言われているようだった。学校という世界が益々嫌いになった。


早く卒業したくて仕方なかった。やる気がなくて、サボることばかり考え、あまり充実感がなかった。文化祭の準備の時に、皆は一生懸命クラスの出し物の準備をしているのに、ガラーンとなった教室に段ボールを敷いて寝ていた。皆がお祭り気分で盛り上がっていても、一緒に盛り上がる気分にはなれなかった。


先に卒業して就職した先輩からは「絶対、学校に行っている時の方が楽しいよ。仕事しだしたら、今の学校のよさがわかるから」と言われたが、詩夜葉は学校というところが苦手だったから、とにかく卒業したかった。ハンバーガー屋でアルバイトした経験からも、働く方が新鮮に思えた。


勉強は必ずしも嫌いではなかったが、学校生活は嫌であった。また、知的好奇心はあっても学校の勉強は嫌いということもあった。例えば歴史は好きな科目だった。しかし歴史小説を読む限りは興味深い過去の世代の経験も知恵も生活の営みも、教え方によっては数式と同じように退屈で無味乾燥したものになってしまうのは驚くべきことだった。


また、教師や教科書は前方後円墳やピラミッドの建設を文明の偉業として位置付ける。しかし権力者の虚栄心に共感するよりも、賦役を課せられた人民の苦痛に思えを馳せることが、民主主義社会における教育のあるべき姿ではないかと感じていた。


会社生活が楽しいものと考えるほど夢見てはいなかったが、給料を貰うためなら我慢することもできた。しかし、学校は何も帰ってこなかった。逆にこちらが授業料を払ってまで、尊敬できるかも分からない人にへいこらするのには耐えられなかった。


お気に入りは占いであった。専門誌を定期購読するほどであった。信じているというよりも、楽しんでいるという方が近かった。こだわりだしたら止まらなくなる性格で、自分の好きなこととなると、知らず知らずのうちに情報を集め、あれこれ試して楽しみの幅を広げている。のめりこむと、もやもやとしたものが徐々に見えてくるようになった。


学校に残って友達とコックリさんをやって、先生に叱られたこともある。今でも部屋は風水に気をつけている。朝の占いでも、双子座の運勢がいいと、一日気分がいい。運が悪いと軽く凹む。おみくじも、結果に気持ちが左右される。


高校の古文か日本史かで平安貴族の物忌みの風習を習った後は、学校に行きたくない日は物忌みと称して欠席した。傍から見れば単なるサボりと変わらないかもしれないが、教養のある理由をつけることで、一人で優越感に浸っていた。


占いなどを大切にする姿勢は歌手になる上で役に立つものだと思う。実際、芸能界は縁起を担ぐ世界である。成功した人ほど才能や実力だけでここまで来たわけではないことを心得ている。見えない力に何度も助けられた。逆行というあり得ない経験も占いを大切にしたお陰である。


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