欠点
詩夜葉には欠点も弱点もある。そして詩夜葉は自分の欠点にも弱さにも誇りを持っている。それらが詩夜葉を作っているからである。それは理想像においても同じである。弱さも狡さも情けなさも全てがありのままの自分と受け入れている。理想の自分を空想することは現在の自分を否定することではない。現状に不満があったとしても、本質的に自分は好きである。自分が好きにならなければ誰も好きにはならない。欠点も含めて自分が好きである。
自己愛が強く、自意識が異常と思えるほど肥大化していた方が歌手には向いていると自分を慰めている。芸能界で生き抜くためには、自我を肥大化させないと、やって行けない。一般社会での感覚だと、「なんだコイツ」という感じになる。
万人に愛される性格でないくらいでちょうどいい。自分の仕事に誇りを持つためには、どうしてもそういう点が必要になる。アーティストに限らず、職人さんも頑固・偏屈な人が多い。才能がある人ほど反骨精神や批判精神も余計に持つものである。結局、凡人の集まりである大衆社会の中で個性を貫いくために生じる副作用なのである。
詩夜葉が自覚している欠点は嫌だと思ったらすぐに顔に出てしまうことである。つまらないと思った時、怒った時も顔に出てしまう。表情に出るというより、むしろ無表情になる。だから、顔に出やすい分、「ちょっと抑えなきゃいけないかな」と思うこともたくさんある。
美人にありがちな厳しい表情をしていることが多い。写真を見返しても、普通の状態でもきつめの表情になっている。人見知りで緊張することが多いため、そのような表情になってしまう。しかも目つきが見方によっては、他人を見下すようにも見えてしまう。視力がそれほど良くないために、このような目つきになってしまうのだが、それでかなり損をしている。怒っていないにもかかわらず、「怒っているの?」と聞かれたこともある。
気が強そうで、キツそうな性格に見えるが、実は泣き虫である。言葉や仕草の端々に繊細な面が見られる。怒る時は怒っていいし、泣く時は泣いていいが、普通の自分でいることが一番大事である。意図して自分を低めることで媚態に努めることはしない。
他人に対しては冷たくなってしまうこともあるが、親しい人には気さくで優しくなる。面倒見が良くて頼りがいのある姉貴分を演じることも多い。仲良くなった人から「明るいね」と言われたこともある。最初は暗い人と思われていたようである。
詩夜葉にも人に優しくありたいという気持ちは月並みにある。小学三年生の頃、同じクラスの子が消しゴムを落とした時に、「落ちたよ。ハイ」と拾ってあげたこともある。楽しくなくても笑うことも学んでもいる。嫌われないために、笑顔を作ったり、ごく自然に条件反射のように振舞ったりすることが社会のルールであることも知っている。
しかし「いい人だね」と言われたいわけではない。だから、自分が正しいと思ったことは口にするし、行動もする。それで詩夜葉のことを嫌いになったり、怖いと感じたりする人がいても、それは仕方がない。感情を押し殺すことが大人の世界でも、不満は口に出して言わないと全く伝わらない。好かれたいために努力するつもりはないし、皆に「優しい」と思われるのは絶対無理である。現存する俗物を全て愛さねばならないという無茶な要求に応じるつもりはない。
人と一緒にいると、人一倍ストレスを感じてしまう。人が大勢いるだけで、「うわっ、人多いの苦手やなあ」と思ってしまう。人から圧迫感を受けてしまうのである。
詩夜葉は決して人間嫌いではない。むしろ寂しがり屋なくらいである。実際、詩夜葉に友人が少ないのは、友人を選ぶ趣味が詩夜葉にあるわけではなく、相手から近寄ってこないだけであり、相手の方から親しんでくれれば、詩夜葉が拒否することはない。
知らない人と関係を作るのが下手である。元々、人見知りであり、初対面の人に特に自分から話しかけたりしない。聞かれたことには答えられるが、自分から積極的に語るということをしなかった。向こうから寄ってこない人には自分から歩み寄ろうとしなかった。
自分を飾ったり、出しゃばったりしない分誤解されやすいところがある。誤解されていると知っても自分からは誤解を解こうとしない。価値観や精神的な波長の異なる人々に自分の思考を理解させることは面倒である。
知らない人の中では借りてきた猫のように大人しくなる。完全な受け身になってしまい、自分を出せない。もじもじしていて常にうつむき、目が合うとそらしてしまう、そんな状態であった。
間違ったことをした時は、自責の念から、自分でやってしまったことに悔やみ、何とかしようと思い、状況をより悪くしてしまうことがある。きちんとしようとしすぎて、逆に泥沼にはまってしまう。どんどん沖に向かってボートを漕いでいってしまう。取り乱して、より傷口を広げてしまう。これもピュアな性格から来る人間的魅力と考えている。
しっかりした倫理観を持った人であればあるほど、後になって後悔して、苦しむことになる。詩夜葉は小学生の時、友達に口喧嘩して「死ね」と言ってしまったことがある。それで、先生にこっぴどく怒られた。その時は「アホ」や「マヌケ」とどこが違うのかと思い、不満だったが、今では、当時の自分の短慮さに、胸がチクチク痛む。