第六話 三層
【古の森林】第三層。
木々が生い茂り、より一層の自然味と危険さを感じさせる、そんな印象の層だ。
ここの最高到達階層は第四層、つまり現状ほとんどの冒険者にとって、最前線はこの第三層ということである。
一層は狼などの小型の獣系が多く生息する草原エリア。
二層は猪などの中型の獣系が多く生息する山林エリア。
では、三層は。
三層の特徴は木々の数とその大きさにある。
今までの階層よりもさらに大きな木々が階層中を埋め尽くし、その大きな枝葉によって光は阻まれ、延々と続く薄暗い森林の光景が広がっている。
そして、ここから出現する魔物の脅威度が跳ね上がる。
代表的なのはイビルベアやシャドウウルフといった中・大型の魔物だ。
この階層の魔物は群れを成さない。
なぜなら、「必要が無い」からだ。
この階層の突破に必要な物、それは純粋な強さ。
各魔物の縄張りを突破できるだけの実力。
もう一度言おう。
ほとんどの冒険者はこの階層でとどまっている。
それが示すのはつまり、「ほとんどの冒険者がこの階層の魔物に勝てない」ということに他ならない。
ーーーーー
「で、俺にどうしろと?獲物もないのに」
アリサに連れられるまま俺は三層の入り口にまでやってきたが、流石にこの勢いで三層に挑まされるのはマズイ。
俺の能力じゃ死なないことは出来ても相手の魔物を倒せない。
お互いに倒せないとなれば後は体力や集中力の勝負になるが、俺は人間で向こうは魔物、そんなの比べるまでもなく勝敗は決まっている。
「そうね。まあ、流石に三層を一人で、ってのも厳しいでしょうし。うん!私が一緒に戦ってあげるわ!」
「最前線冒険者様が手伝ってくれるとは光栄だな」
「でしょ?もっと感謝してくれても良いのよ」
「いや、今までも手伝えよ。どう考えても手伝うの遅いだろ」
「いいじゃん勝てたんだから」
「あのなあ、さっきのイノシシとか割とギリギリだったんだからな。なんかあったらどうしてくれるんだよ」
「そのときはこの最強美少女である私が颯爽と助けてあげるのよっ」
「なんとも頼りにならなそうな応援だな…」
「ま、細かい話は置いといて、さっさといくわよ、ヒロ」
「へいへい」
軽口を叩きながら俺は三層へと足を踏み入れる。
(とはいっても、なんだかんだ調子よくなってきてるんだよなあ)
先ほどの戦いでも、俺にしては割と冴えてたと思う。
(なんだかんだこいつといると昔のペースに戻るって言うか、うーん、癪だ)
とりあえず今は置いておこう。
(他事考えながらダンジョンなんて死にに行くようなもんだ)
とにかく、今は目の前のことに集中すべきだ。
「そんじゃあ行きますかねえっと」「屈んでっ!」
気配を感じ、咄嵯に身を伏せる。
頭上を風切り音とともに何かが通過していった。
「やるぅ……私」
「お前かよ」
「ふふん、私のパートナーとして相応しいくらいには成長したみたいね?」
「言ってろ」
さて、今の一撃で大体分かった。
「こいつは?」
「シャドウウルフね」
影は一つだけではない。
俺たちを囲むように五体の影狼がこちらの様子を伺っている。
シャドウウルフはその名の通り、黒い体毛を持つ狼型の魔物だ。
大きさは大型犬程度だが、その牙と爪はとても鋭く、また俊敏性にも優れている。
しかし、この魔物の最も恐ろしいところはその速さでもなければ、凶暴性や耐久力でもない。
最大の特徴は影による己の分身を作り出すこと。
そして、いくら分身を倒したところで本体を倒さなければ何度でもノーダメージという点だ。
「本体は一つ!それ以外は倒しても意味ないよっ!っと」
アリサは俊敏な動きで影の攻撃を避けながら情報をくれる。
「なるほど」
俺も適当に攻撃をいなしながら影達をよく観察する。
「…………」
「攻撃しないの?」
「少し待ってくれ」
「ふーん?いつでも準備できてるわよ」
アリサは余裕そうだが、俺は正直そこまで余裕はない。
第一に、影の動きは速く、俺自身まだ影からの攻撃に慣れていない。
第二に、素手の俺に有効な攻撃の手段が無い。
第三に、影達は連携して襲ってくる。
(…だが、本体がいて、連携して襲ってくると言うことは)
「アリサ、右から2番目のやつ、頼めるか?」
「りょーかいっ!」
アリサが目標に向かって剣を突き出す。
「エアッ!」
刀身がほのかに輝くと、剣先から暴力をまとった風が一直線にシャドウウルフへと向かう。
(風魔法?いや、詠唱がない。そもそも剣を触媒にする魔術師なんて聞いたことがない)
風を避ける為に、二体の影が動く。
「ごめん、外した!」
「いいや、当たりだ。だって分身なら、避ける必要ないもんな!」
避けた先には俺がいる。
当然、大した脅威もない俺の姿など見えてはいないだろう。
(…ここだ)
「ウガァッ」「グルルゥ」
左右からの挟撃。
片方は首筋に、もう片方は脇腹に鋭い牙が迫る。
俺は左に踏み込みながら右手で持った短剣を横薙ぎに振るう。
「グギィッ」
左手の個体が苦悶の声を上げる。
俺の狙い通り、俺の刃は奴の首元に届いたようだ。
しかし、同時に俺の左腕も噛まれている。
だが痛みはない。
左腕を噛んだはずの影は、その牙が腕を貫通する前に虚空へと消え去った。